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第1章 ウィムンド王国編 2
報告その4 - 氷嵐竜と鉱穿竜 -
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「地図魔法と喚ばれた竜の現在地を同期させ、順次、やってくる竜を示すゆえ、そちらを見てくれ」
「は、はい……」
そちら、と言われて示された方へ目を向けた一同は、浮かんでいる地図の描かれた四角を注視する。
ぐん、と描かれていた地図が遠景に遠退いていくような具合で縮尺が変わり、彼等が見たことすらなかった世界中の大陸や海の広さが一目瞭然な代物に変わる。
地図の中心にはウィムンド王国の国土が存在しているアルガハスト大陸。
距離は様々あれど、その四方八方に8つの赤い点が描かれていた。
「まず、最初の1体は西の海側からこちらに向かって来ている此奴だ」
タン、と手元にある半透明の紫板を1つ指先で押しながら言ったアーウィンの言葉と同時にアルガハスト大陸の西にある、最も近い赤点が明滅する。
「現在位置と進行スピードから逆算して、このまま進んできた場合の到着予定は5日後の午前10時となる」
明滅する赤点から引き出し線が引かれ、その上に書き記された天空文字を訳す形でそう続ける。
「やって来る竜は “氷嵐竜 ランペルドマーフェージ 通常種” 」
再び手元の紫板、先程とは違う位置の物をタン、と指先で押したアーウィンの動きに対応するタイミングで地図魔法の隣へと新しい四角が現れて、そこに白銀がやや青味がかったような体色をした竜が描き出された。
一瞬にして四角の中で巻き起こった吹雪に目の前で起こっている現象ではないのが分かっていながら、その場の一同が僅か、身を後ろに引いた。
「見ての通り、大きく鋭い氷の礫が含まれた嵐を纏って現れ、例え現地の季節が夏場であろうが、常夏の地、灼熱の火山島であろうが、その身と能力に一切の影響を受けることなく、極寒のブリザードを広範囲に渡って齎す氷竜の1種だ。吐き出すブレスも氷の礫が風属性を帯びて5.8m/sの速度で前方方向30°から80°の範囲に渡って飛んで来る。平均到達距離は120mだ。VITステータス520、AGIステータス300に届かぬ者と氷耐性スキルまたは極寒耐性スキルを持たぬ者は、ヤツのブレス範囲内には近づかぬことを強く勧める」
四角の中で何かを威嚇するように盛大な咆哮を上げたランペルドマーフェージは、大きく息を吸い込むような動作をした後、白銀に輝いた口元からブレスを吐き出した。
説明通り、風属性が含まれているのだろう氷の礫は、畝り渦巻きながら凄まじい速度と勢いで吐き出され、一瞬だけ映ったアーウィンらしき人影がそれを避けたことで、背後にあった岩壁を深く穿った上、ガチガチに凍りつかせていた。
それでもランペルドマーフェージはブレスを吐き出すことを止めず、頭と首を振りながら氷の礫を振り撒いている。
こんなものを生き物が全身で食らったならば、即死は確実だろうと誰もが息を飲んだ。
それだけではない。
背にある一対の翼を飛び立つ鳥のようにはためかせれば、地に刺さらず落ちただけの氷礫が再び上空へと舞い上がり、矢のように天から降り注いだ。
これが最初の1竜目。
しかもこれでまだ通常種。
とてもではないが、自分達だけでは勝てる気がしなかった。
絶望に染まる室内の者達を視線だけで見て、アーウィンが僅かな逡巡の後、口を開く。
「………海上で此奴を迎撃出来ぬ場合、酷な話しではあるが、通過地点の漁獲と農作物、畜産への被害は諦めてもらう他ない」
「⁈」
当然と言えば当然の被害を耳にして、漸くそれに思い至ったことで浮かぶ驚愕の中、ミューニャが思わず椅子から腰を浮かせた。
「ヴェルザリスでも⁈」
この問いかけだけでは、この場の者達が意味を理解出来ないと思ったのか、テーブルの上で両手をギュッと握ってからミューニャが続ける。
「殿下の御国でも被害を受けないようにすることは出来ないのニャ⁈」
「我が国では、此奴の鱗5枚で一般家庭で使われる型の冷凍冷蔵庫が1台10年、性能を保つ」
被害? 何それ? 美味しいの?
大型竜ったって、所詮、通常種じゃん?
倒せることは当然のように前提ですが何か?
氷嵐竜とか、姿見せただけで冷凍冷蔵庫の継続エネルギー塊がやって来た的な扱いをするだけだよ?
それで何か問題あります?
会ったことも見たこともないヴェルザリスの国民達が、アッケラカンと口々にそんな答えを返してくるのが、聞こえてくるようだった。
アーウィンが口元を覆っていた左手をずるりと上に滑らせて、額を支えるような仕草をしながら告げた内容は、それくらい彼の国に於ける該当竜の存在意義と扱われ方を物語っているように感じられたのだ。
「……………」
「だから我が国とは比較をせぬ方が良いと……」
何度も。
そんな感じで続きそうな風情でアーウィンから溢れた呟きに、これは確かにした質問が悪かった、と悟らざるを得なかった。
「あー……えーと……アーウィン殿下。今は夏の初めも過ぎてるんで、麦の収穫は終わってますから、それ自体がダメにならなけりゃ税の支払いと主食の維持はどうにかなります。ですが魚と野菜、肉類や卵なんかも期待出来なくなるんじゃ、階級の上下を問わず台所事情が逼迫します。だから、出来ればコイツを海上で迎撃することを考えたいんですが」
「そうだな。海軍戦力はどの程度、必要となりますかな?」
繋ぎ言葉を繰り返してから、どうにかこうにか主題を捻り出したようにして言ったスライの言葉は、有り体に言ってフォローというより提案寄りの代物で。
同意を示したフリュヒテンゴルト公爵も意識を軍の投入へ切り替えたようで、スライの質問を補足する形で質を重ねた。
「最低でも砕氷船に火炎撃砲と氷雪遮断結界が装備されて居らねば意味はないな」
「無理ですわ」
アーウィンの言葉に即座の否を唱えたのは海軍伯の娘であるフェリシティアだった。
「真冬でも海が凍ることのない我が国に砕氷船は一隻たりともございませんし、残り5日で北方の国から借り受けることも買い上げることも出来ないでしょう。間に合いませんわ」
「ならばいっそ出さぬ方が、兵の被害は少なかろうな。幸い此奴が真っ直ぐに来てさえくれれば、現れるのは国の港側。海上で仕留めれば、漁業以外に深刻な被害は出るまい」
「殿下御1人で、海上にて迎撃なさると?」
その言葉が示す未来を察してベントレー子爵が眉間に深い皺を寄せ、険しい表情を浮かべながら問いかけた。
「被害を最小限に抑えたいのならば、選択肢はそれしかあるまいな」
「では、せめてギリギリまで……王都から竜の姿が確認出来るまで迎撃を引き伸ばすことは可能ですか⁈」
質問の真意が何処にあるかを前面に出して再度、問われたことに額から頬へと移した左手の指先で頬杖をつくような仕草をしながらアーウィンの視線だけが彼へ向く。
「信じぬ者に竜種大行進の信憑性を示したい、と?」
「御意にございます」
「………検討しておこう。次だ」
意味も意義も理解は出来るが、主に安全面を考えると即答は出来ないと判断されたのだろうことは流石に分かった。
再び前へと視線を戻したアーウィンが、右手の指先で紫板を叩くと氷嵐竜を見せていた板が8分の1程の大きさまで縮小されて、新たにテーブル上へと別の板が垂直方向で現れた。
同時に地図魔法上にあった北東の点が明滅を始める。
「2体目にやって来る竜は、北東から来るこの個体。到着予定は7日後の夕刻前後」
到着予定を告げたアーウィンが、新たに出した板へと2竜目となるのだろう個体を映し出す。
そこには黒寄りの焦げ茶色をしたゴツゴツの表皮を纏い、厳つい顔貌に太く鋭い牙列、申し訳程度の大きさしかない翼な癖に、しっかり高速で空を飛ぶ姿があった。
「此奴は! グラドビーステアでは⁈」
思わず立ち上がり、気色ばんだローガンが問うたことにアーウィンが首肯する。
「その通り。“鉱穿竜 グラドビーステア 通常種” 進路変更がなければ、北にあるセテンバーグ公国または北東にあるカールミッツア帝国のどちらか。最悪、両国に被害を齎した後、この国へとやって来るだろう」
「此奴の生態を考えるならば、セテンバーグ公国一択じゃ! あそこは、大陸有数の鉱山国なのですからな。間違いなくそちらを通るじゃろう。最悪、そこに居着くやも……!」
「普通ならばな」
ローガンの抱く懸念にアーウィンが静かに否を発した。
板上では、映し出された姿が一瞬揺らぐ程の重量感で着地したらしいグラドビーステアが、勢いよく目の前の岩肌に噛み付き、口内に入った物をボリボリと咀嚼していた。
「だが此奴は現在、ハーモニアエリゾンの竜種召喚共鳴の影響下にある。侵攻を邪魔さえしなければ、食事程度の被害で済む可能性の方が高かろう」
ローガンとアーウィンが、それぞれの見解を交わし合っているのを尻目に口元を隠しながら。
「何か食ってる何か食ってる何か食ってる何食ってんだあれ? 銀? あ、違ぇわ。ミスリルじゃねぇかあ? あの塊ぃ? うわぁっ……あれだけで一体、金貨何枚飛んでくんだよ、勿体ねぇ。1晩経って固くなった唐黍入りの麦パン齧ってるみてぇに周りの岩ごとスッゲー勢いでボリボリボリボリ食ってんじゃん。ないわー」
なんて映像を見ながらスライがボソボソ呟いていて、思わず黙してしまった2人と残り一同の視線がそちらを向く。
隣に座っていたバリナが、それにすら気づかず、映像に見入っているのを見かねて、スライの脇腹を横から肘で小突いた。
「あ? ……ああ、すんません。鉱石食う竜とか初めて見聞きしたもんで、つい」
「そうだな。鉱山地帯にはよく出る害竜だが、市街地で見かけることは滅多にないだろうからな」
「確かにのう。此奴以外だと鉱石系のリザード種くらいですかのう」
「流石にローガンさんは、地妖精だけあって詳しいんですね」
誤魔化すようにスライが口にしたことへ、ローガンが己の知る限りの情報、という意味でそれを開示すると、すかさずバリナが話しを繋ぐことで話題の主筋を戻していった。
「うむ。竜もリザード種も出来れば儂らとて拝みたくはない連中なんだがの」
「地妖精の間では、これって感じの討伐の仕方とかってないんですか?」
「リザード種程度ならば討伐も出来ようが、グラドビーステアが出たならば、もう1度、掘り返すことを覚悟して、鉱山路ごと爆破魔導具で崩落させるくらいしかないのう」
「うぇっ⁈」
「それでも大人しく潜ってくれるかは、ある種、賭けみたいなもんじゃがのう」
「空を飛ぶ上に地中にも潜る種類の竜なのですね? 確かに硬そうですから、地中にも行けそうですわ」
ローガンとバリナのやり取りから拾い上げた情報を確認するような形でフェリシティアが問う。
「そうだ。特に硬さで言うなら此奴の体皮強度は特級品で、我が国でも城や砦を作る際の礎石や外壁に使われておる程だ」
また誰がが不用意に尋ねてくるより先に言ってしまおう、とでも考えたのか、前置きのように告げてからアーウィンが己の言葉の後を続ける。
「戦闘する場合の要点としては、まず、アダマンタイトクラスの武具で漸く手傷を負わせられる程度なので、物理戦闘職との相性は最悪だと言えよう。対魔法戦を前提に考えても上級魔法未満は、ほぼ通用せぬ。1番脅威となるだろう攻撃は、これだ」
タン、と軽いを音をさせながら指先で紫板を弾くと厳つい竜のボリボリ食事風景が一変し、低く唸るような咆哮を上げたグラドビーステアが、高濃度の魔力を纏って輝き始めた。
「通称、魔力硬皮弾。此奴の体皮にある鱗、その1番古い部分を剥離させたものを魔力で包み込み、周囲150m全方位に向け、3.6m/sの速度で飛ばして来る。この攻撃の前兆攻撃として、同直径範囲内に上級大地魔法の地動震災波を3発連続で放って来る。その衝撃波は空気中にも拡散され、固定の浅い構造物などは一撃で粉微塵となって吹き飛ぶ程の威力となる。大きな揺れが3度襲って来た後、すぐに硬皮弾の放射攻撃が放たれるゆえ、両攻撃への対応を考えた場合、STRステータス630、VITステータス570、AGIステータス350に届かぬ者、振動耐性スキルを持たぬ者は、200m以上離れた地点からの遠距離魔法攻撃以外を選択せぬことを強く勧める」
アーウィンの言葉を裏付けるように、3度強い揺れで画像が乱れた後、岩の塊みたいな物が高速で幾つも周囲へとブッ放されているのが見えた。
「なぁ、ローガン爺さん。セテンバーグ、鉱山犠牲にすんの許容すると思う?」
「あー……どうじゃろうのぅ?」
「……食事程度で済むなら退治出来ない以上、許容せざるを得ないのニャ。でも、もしその食事が長引いて、事実上、居着かれたも同然みたくなったら、あそこ鉱山国だからニャア……?」
スライの問いかけへ言葉を濁したローガンに代わって現実問題として線引きせざるを得ないラインをミューニャが告げる。
「この竜が、鉱石も貴石も関係なくこうしてお食べになるのでしたら、正直、セテンバーグは国として立ち直れるか怪しいレベルで終わりますわね」
「食べるのですか? 殿下?」
フェリシティアが口にした懸念に画像の中の竜が、選り好みして鉱石を食らっているような映像がなかったことを知りつつもレンリアードが問いかけた。
「……残念ながら貴石も美味そうに食うぞ? 加工後の製品である武器防具や宝飾品、建屋の装飾ですら食べるのだから。そこを鑑みれば寧ろ、貴石を食べん筈もなかろうて?」
「あーあ。ヤバくないですか、それー? セテンバーグご自慢のキンキラ宮殿すら終了のお知らせじゃないですかー」
「現地の教会建築も軒並み終了だニャー」
この大陸には殆ど棲息すらしていない筈の竜が大量にやって来ると聞いていた時点で何となく予想はしていたけれど、やはり自国だけでどうこう出来る範疇に問題や被害が収まりそうもない、と手始めの通常種2竜を聞いただけで理解出来てしまい、アーウィンを除いた一堂は、実に様々な意味合いを以って深々と溜息をついてしまった。
「は、はい……」
そちら、と言われて示された方へ目を向けた一同は、浮かんでいる地図の描かれた四角を注視する。
ぐん、と描かれていた地図が遠景に遠退いていくような具合で縮尺が変わり、彼等が見たことすらなかった世界中の大陸や海の広さが一目瞭然な代物に変わる。
地図の中心にはウィムンド王国の国土が存在しているアルガハスト大陸。
距離は様々あれど、その四方八方に8つの赤い点が描かれていた。
「まず、最初の1体は西の海側からこちらに向かって来ている此奴だ」
タン、と手元にある半透明の紫板を1つ指先で押しながら言ったアーウィンの言葉と同時にアルガハスト大陸の西にある、最も近い赤点が明滅する。
「現在位置と進行スピードから逆算して、このまま進んできた場合の到着予定は5日後の午前10時となる」
明滅する赤点から引き出し線が引かれ、その上に書き記された天空文字を訳す形でそう続ける。
「やって来る竜は “氷嵐竜 ランペルドマーフェージ 通常種” 」
再び手元の紫板、先程とは違う位置の物をタン、と指先で押したアーウィンの動きに対応するタイミングで地図魔法の隣へと新しい四角が現れて、そこに白銀がやや青味がかったような体色をした竜が描き出された。
一瞬にして四角の中で巻き起こった吹雪に目の前で起こっている現象ではないのが分かっていながら、その場の一同が僅か、身を後ろに引いた。
「見ての通り、大きく鋭い氷の礫が含まれた嵐を纏って現れ、例え現地の季節が夏場であろうが、常夏の地、灼熱の火山島であろうが、その身と能力に一切の影響を受けることなく、極寒のブリザードを広範囲に渡って齎す氷竜の1種だ。吐き出すブレスも氷の礫が風属性を帯びて5.8m/sの速度で前方方向30°から80°の範囲に渡って飛んで来る。平均到達距離は120mだ。VITステータス520、AGIステータス300に届かぬ者と氷耐性スキルまたは極寒耐性スキルを持たぬ者は、ヤツのブレス範囲内には近づかぬことを強く勧める」
四角の中で何かを威嚇するように盛大な咆哮を上げたランペルドマーフェージは、大きく息を吸い込むような動作をした後、白銀に輝いた口元からブレスを吐き出した。
説明通り、風属性が含まれているのだろう氷の礫は、畝り渦巻きながら凄まじい速度と勢いで吐き出され、一瞬だけ映ったアーウィンらしき人影がそれを避けたことで、背後にあった岩壁を深く穿った上、ガチガチに凍りつかせていた。
それでもランペルドマーフェージはブレスを吐き出すことを止めず、頭と首を振りながら氷の礫を振り撒いている。
こんなものを生き物が全身で食らったならば、即死は確実だろうと誰もが息を飲んだ。
それだけではない。
背にある一対の翼を飛び立つ鳥のようにはためかせれば、地に刺さらず落ちただけの氷礫が再び上空へと舞い上がり、矢のように天から降り注いだ。
これが最初の1竜目。
しかもこれでまだ通常種。
とてもではないが、自分達だけでは勝てる気がしなかった。
絶望に染まる室内の者達を視線だけで見て、アーウィンが僅かな逡巡の後、口を開く。
「………海上で此奴を迎撃出来ぬ場合、酷な話しではあるが、通過地点の漁獲と農作物、畜産への被害は諦めてもらう他ない」
「⁈」
当然と言えば当然の被害を耳にして、漸くそれに思い至ったことで浮かぶ驚愕の中、ミューニャが思わず椅子から腰を浮かせた。
「ヴェルザリスでも⁈」
この問いかけだけでは、この場の者達が意味を理解出来ないと思ったのか、テーブルの上で両手をギュッと握ってからミューニャが続ける。
「殿下の御国でも被害を受けないようにすることは出来ないのニャ⁈」
「我が国では、此奴の鱗5枚で一般家庭で使われる型の冷凍冷蔵庫が1台10年、性能を保つ」
被害? 何それ? 美味しいの?
大型竜ったって、所詮、通常種じゃん?
倒せることは当然のように前提ですが何か?
氷嵐竜とか、姿見せただけで冷凍冷蔵庫の継続エネルギー塊がやって来た的な扱いをするだけだよ?
それで何か問題あります?
会ったことも見たこともないヴェルザリスの国民達が、アッケラカンと口々にそんな答えを返してくるのが、聞こえてくるようだった。
アーウィンが口元を覆っていた左手をずるりと上に滑らせて、額を支えるような仕草をしながら告げた内容は、それくらい彼の国に於ける該当竜の存在意義と扱われ方を物語っているように感じられたのだ。
「……………」
「だから我が国とは比較をせぬ方が良いと……」
何度も。
そんな感じで続きそうな風情でアーウィンから溢れた呟きに、これは確かにした質問が悪かった、と悟らざるを得なかった。
「あー……えーと……アーウィン殿下。今は夏の初めも過ぎてるんで、麦の収穫は終わってますから、それ自体がダメにならなけりゃ税の支払いと主食の維持はどうにかなります。ですが魚と野菜、肉類や卵なんかも期待出来なくなるんじゃ、階級の上下を問わず台所事情が逼迫します。だから、出来ればコイツを海上で迎撃することを考えたいんですが」
「そうだな。海軍戦力はどの程度、必要となりますかな?」
繋ぎ言葉を繰り返してから、どうにかこうにか主題を捻り出したようにして言ったスライの言葉は、有り体に言ってフォローというより提案寄りの代物で。
同意を示したフリュヒテンゴルト公爵も意識を軍の投入へ切り替えたようで、スライの質問を補足する形で質を重ねた。
「最低でも砕氷船に火炎撃砲と氷雪遮断結界が装備されて居らねば意味はないな」
「無理ですわ」
アーウィンの言葉に即座の否を唱えたのは海軍伯の娘であるフェリシティアだった。
「真冬でも海が凍ることのない我が国に砕氷船は一隻たりともございませんし、残り5日で北方の国から借り受けることも買い上げることも出来ないでしょう。間に合いませんわ」
「ならばいっそ出さぬ方が、兵の被害は少なかろうな。幸い此奴が真っ直ぐに来てさえくれれば、現れるのは国の港側。海上で仕留めれば、漁業以外に深刻な被害は出るまい」
「殿下御1人で、海上にて迎撃なさると?」
その言葉が示す未来を察してベントレー子爵が眉間に深い皺を寄せ、険しい表情を浮かべながら問いかけた。
「被害を最小限に抑えたいのならば、選択肢はそれしかあるまいな」
「では、せめてギリギリまで……王都から竜の姿が確認出来るまで迎撃を引き伸ばすことは可能ですか⁈」
質問の真意が何処にあるかを前面に出して再度、問われたことに額から頬へと移した左手の指先で頬杖をつくような仕草をしながらアーウィンの視線だけが彼へ向く。
「信じぬ者に竜種大行進の信憑性を示したい、と?」
「御意にございます」
「………検討しておこう。次だ」
意味も意義も理解は出来るが、主に安全面を考えると即答は出来ないと判断されたのだろうことは流石に分かった。
再び前へと視線を戻したアーウィンが、右手の指先で紫板を叩くと氷嵐竜を見せていた板が8分の1程の大きさまで縮小されて、新たにテーブル上へと別の板が垂直方向で現れた。
同時に地図魔法上にあった北東の点が明滅を始める。
「2体目にやって来る竜は、北東から来るこの個体。到着予定は7日後の夕刻前後」
到着予定を告げたアーウィンが、新たに出した板へと2竜目となるのだろう個体を映し出す。
そこには黒寄りの焦げ茶色をしたゴツゴツの表皮を纏い、厳つい顔貌に太く鋭い牙列、申し訳程度の大きさしかない翼な癖に、しっかり高速で空を飛ぶ姿があった。
「此奴は! グラドビーステアでは⁈」
思わず立ち上がり、気色ばんだローガンが問うたことにアーウィンが首肯する。
「その通り。“鉱穿竜 グラドビーステア 通常種” 進路変更がなければ、北にあるセテンバーグ公国または北東にあるカールミッツア帝国のどちらか。最悪、両国に被害を齎した後、この国へとやって来るだろう」
「此奴の生態を考えるならば、セテンバーグ公国一択じゃ! あそこは、大陸有数の鉱山国なのですからな。間違いなくそちらを通るじゃろう。最悪、そこに居着くやも……!」
「普通ならばな」
ローガンの抱く懸念にアーウィンが静かに否を発した。
板上では、映し出された姿が一瞬揺らぐ程の重量感で着地したらしいグラドビーステアが、勢いよく目の前の岩肌に噛み付き、口内に入った物をボリボリと咀嚼していた。
「だが此奴は現在、ハーモニアエリゾンの竜種召喚共鳴の影響下にある。侵攻を邪魔さえしなければ、食事程度の被害で済む可能性の方が高かろう」
ローガンとアーウィンが、それぞれの見解を交わし合っているのを尻目に口元を隠しながら。
「何か食ってる何か食ってる何か食ってる何食ってんだあれ? 銀? あ、違ぇわ。ミスリルじゃねぇかあ? あの塊ぃ? うわぁっ……あれだけで一体、金貨何枚飛んでくんだよ、勿体ねぇ。1晩経って固くなった唐黍入りの麦パン齧ってるみてぇに周りの岩ごとスッゲー勢いでボリボリボリボリ食ってんじゃん。ないわー」
なんて映像を見ながらスライがボソボソ呟いていて、思わず黙してしまった2人と残り一同の視線がそちらを向く。
隣に座っていたバリナが、それにすら気づかず、映像に見入っているのを見かねて、スライの脇腹を横から肘で小突いた。
「あ? ……ああ、すんません。鉱石食う竜とか初めて見聞きしたもんで、つい」
「そうだな。鉱山地帯にはよく出る害竜だが、市街地で見かけることは滅多にないだろうからな」
「確かにのう。此奴以外だと鉱石系のリザード種くらいですかのう」
「流石にローガンさんは、地妖精だけあって詳しいんですね」
誤魔化すようにスライが口にしたことへ、ローガンが己の知る限りの情報、という意味でそれを開示すると、すかさずバリナが話しを繋ぐことで話題の主筋を戻していった。
「うむ。竜もリザード種も出来れば儂らとて拝みたくはない連中なんだがの」
「地妖精の間では、これって感じの討伐の仕方とかってないんですか?」
「リザード種程度ならば討伐も出来ようが、グラドビーステアが出たならば、もう1度、掘り返すことを覚悟して、鉱山路ごと爆破魔導具で崩落させるくらいしかないのう」
「うぇっ⁈」
「それでも大人しく潜ってくれるかは、ある種、賭けみたいなもんじゃがのう」
「空を飛ぶ上に地中にも潜る種類の竜なのですね? 確かに硬そうですから、地中にも行けそうですわ」
ローガンとバリナのやり取りから拾い上げた情報を確認するような形でフェリシティアが問う。
「そうだ。特に硬さで言うなら此奴の体皮強度は特級品で、我が国でも城や砦を作る際の礎石や外壁に使われておる程だ」
また誰がが不用意に尋ねてくるより先に言ってしまおう、とでも考えたのか、前置きのように告げてからアーウィンが己の言葉の後を続ける。
「戦闘する場合の要点としては、まず、アダマンタイトクラスの武具で漸く手傷を負わせられる程度なので、物理戦闘職との相性は最悪だと言えよう。対魔法戦を前提に考えても上級魔法未満は、ほぼ通用せぬ。1番脅威となるだろう攻撃は、これだ」
タン、と軽いを音をさせながら指先で紫板を弾くと厳つい竜のボリボリ食事風景が一変し、低く唸るような咆哮を上げたグラドビーステアが、高濃度の魔力を纏って輝き始めた。
「通称、魔力硬皮弾。此奴の体皮にある鱗、その1番古い部分を剥離させたものを魔力で包み込み、周囲150m全方位に向け、3.6m/sの速度で飛ばして来る。この攻撃の前兆攻撃として、同直径範囲内に上級大地魔法の地動震災波を3発連続で放って来る。その衝撃波は空気中にも拡散され、固定の浅い構造物などは一撃で粉微塵となって吹き飛ぶ程の威力となる。大きな揺れが3度襲って来た後、すぐに硬皮弾の放射攻撃が放たれるゆえ、両攻撃への対応を考えた場合、STRステータス630、VITステータス570、AGIステータス350に届かぬ者、振動耐性スキルを持たぬ者は、200m以上離れた地点からの遠距離魔法攻撃以外を選択せぬことを強く勧める」
アーウィンの言葉を裏付けるように、3度強い揺れで画像が乱れた後、岩の塊みたいな物が高速で幾つも周囲へとブッ放されているのが見えた。
「なぁ、ローガン爺さん。セテンバーグ、鉱山犠牲にすんの許容すると思う?」
「あー……どうじゃろうのぅ?」
「……食事程度で済むなら退治出来ない以上、許容せざるを得ないのニャ。でも、もしその食事が長引いて、事実上、居着かれたも同然みたくなったら、あそこ鉱山国だからニャア……?」
スライの問いかけへ言葉を濁したローガンに代わって現実問題として線引きせざるを得ないラインをミューニャが告げる。
「この竜が、鉱石も貴石も関係なくこうしてお食べになるのでしたら、正直、セテンバーグは国として立ち直れるか怪しいレベルで終わりますわね」
「食べるのですか? 殿下?」
フェリシティアが口にした懸念に画像の中の竜が、選り好みして鉱石を食らっているような映像がなかったことを知りつつもレンリアードが問いかけた。
「……残念ながら貴石も美味そうに食うぞ? 加工後の製品である武器防具や宝飾品、建屋の装飾ですら食べるのだから。そこを鑑みれば寧ろ、貴石を食べん筈もなかろうて?」
「あーあ。ヤバくないですか、それー? セテンバーグご自慢のキンキラ宮殿すら終了のお知らせじゃないですかー」
「現地の教会建築も軒並み終了だニャー」
この大陸には殆ど棲息すらしていない筈の竜が大量にやって来ると聞いていた時点で何となく予想はしていたけれど、やはり自国だけでどうこう出来る範疇に問題や被害が収まりそうもない、と手始めの通常種2竜を聞いただけで理解出来てしまい、アーウィンを除いた一堂は、実に様々な意味合いを以って深々と溜息をついてしまった。
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