天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 2

疫癘竜が齎す厄災

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 再び、1番見やすい前面へと持ってこられた光板では、表示されていたペスティアルウィルガストが、鮫と同じような形をした顎を開き、恐らくはブレスなのだろう。
 何やら不穏な感じがする濁った水色と真紫、そして黒色の混じり合った代物を勢いよく吐き出した。
 ベシャリ、ベシャリ、と酔客の吐瀉物を連想せずにはいられない形で周囲の木々や岩々、地面などに着弾したそれは、光板内で遠目に映し出されていてもウネウネとたくさんの小さなものが、その中で蠢いているのが分かって、全員が全員、ドン引きしたような表情を浮かべながら見詰めていた。
 バリナとミューニャは、その悍ましさを誘う光景の所為か、思わず隣り合っていた互いの身を抱き締めた。
 フェリシティアは口元を掌で覆って目を眇め、男性陣は口元をへの字に曲げて眉間に皺を寄せていた。

「……見た目通り、此奴のブレスは体内で盛大にその数を増殖させた病原体の坩堝るつぼとなっている。ブレス射程は決して長くはなく、特に属性も魔法も帯びてはおらぬゆえ、そこに関してだけは他の竜と比べた場合、マシと言わざるを得ぬ。計測されたブレスの速度も1.2m/sメルガセック程度、射程距離も精々が50mメルガ。範囲も下射角15°、前方向に左右30°以内とあって、余程、鈍重な者でなくば、ブレスの直撃を避けることは十分可能だ。だが、問題は寧ろ着弾後で、考えようによっては、着弾点付近が毒沼出現レベルの汚染地域となることが、此奴との戦闘に於ける懸念事項の1つ目だ」

 アーウィンは、そこまで説明してから紫板を指先で叩く。
 映し出す内容が切り替えられたらしい同じ光板上では、アーウィンではない誰かがペスティアルウィルガストを剣で斬りつけていて、血と鱗が盛大に飛び散り、攻撃していた人物は、その血をモロに頭から被ってしまっていた。
 その直後、光板に映し出されていた人物は、手にしていた剣を取り落とし、苦しみ出したと思ったら、助けを求めるように片手を此方に延ばしながら振り返り。

「キャアっ!」
「うわあっ!」

 顔面や首元に無数の寄生虫が張り付き、今まさに体内へと皮膚を食い破りながら侵入しているのが分かる様が映されて、一種の恐怖映像と化していた。

「見ての通り、ブレスだけに問題があるのではなく、飛び散った血液や鱗、皮膚などにも病原体が存在する為、物理攻撃及び風魔法による斬攻撃は全て非推奨とされている。これが戦闘時懸念事項の2つ目だ」
「ウニャア……攻撃手段が、物凄ぉく、限られちゃうのニャ!」
「その通り。ブレスだけならばまだしも、こうして飛び散る血や身体の破片全てを実害が出る前に処理することすら、ほぼ不可能に近い」
「た、確かに……」

 胃の中から酸っぱいものが込み上げてきそうな光景に、どうしても言葉を詰まらせてしまうことが止められない様子で、ベントレー子爵が相槌を打った。

「戦闘時懸念事項の3つ目は、この4枚ある翼膜羽から巻き起こされる12.8m/sメルガセックの速度を記録する突風だ。これにより予めブレスなどにより撒き散らされた病原体の内、細菌、ウィルス、真菌に区分されるものが風に乗って周囲へと更にバラ撒かれることとなる。それを完全に防ぐ手立ては、残念ながら我が国でも存在しない」
「そんなっ……!」
「クラマカンタゼストによって、障害物となりうる森林や建物などが排除された後に、この脅威が現実のものとなった場合の危険度想定は、筆舌に尽くしがたい値となるだろう、という他にない」

 アーウィンの言う通り、遮蔽物皆無の状態で風に乗った病原体がどこまで飛んでゆくのかなんて、想像もつかなかった。

「殿下。例えば、なのですが」
「うん?」

 口元を掌で押さえたまま、フェリシティアが問いかけて来たことにアーウィンの視線がそちらを向く。

「戦いを優先するあまり、ブレスや落下物の処理が遅れ、着弾及び落下したものが乾いたり、こびりついてしまったのだとしても、それを起因とした感染は免れないのでしょうか?」
「乾いた分だけ、今度は自然の風に乗って運ばれるだけであろうな。吐瀉物と勘違いした鳥などの獣や魔物が食すことで、人や家畜への2次感染が起こることもあり得るゆえ、乾く乾かないに関わらず、放置自体が危険であることは、明言しておこう」
「つまり、この竜との戦闘は、戦う者と処理する者とが戦場に同時展開する必要があるということですかな?」
「上陸前に大規模範囲の氷結魔法で疫癘竜ごと始末できぬのならば、そうならざるを得ぬだろうな」

 フリュヒテンゴルト公爵の問いに、ハッキリと言い切ったアーウィンの答えが返ると、その場の者達は揃って頭を抱えたり額を押さえたりといった姿を見せた。

「何でよりにもよって南から来んだよ、この竜。上陸阻止とか絶対無理なの、もう確定してんじゃねぇか……っ!」

 呻くような声音で吐き出されたスライの言葉は、150年という時を経て尚、変わることなき隣国との関係、そして心の障壁が、国境以上の隔たりとして両国の間に横たわっていることを暗に示していた。

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