天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 2

冊立不能の理由たるもの

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「ふむ。そこまで嫌ならば仕方あるまいな」

 どう見ても最初から好き好んで聞かされてはいなかっただろう竜の咆哮にバカルダサーレが否を口にしたことで、やっとアーウィンは紫板を叩いて咆哮をリピートで流す行為を辞める言葉を口にした。
 水色の半透明な光を放つ板上で、身体を横へ回すようにして球体の中から床へと降り立ち、バカルダサーレの方へと歩いてゆく。

「先程、御用改めと申しておったようだが、この者が何処の誰で、何の権限を以ってここへ乱入しておるのか、分かる者は誰か居るかね?」
「っ!」

 アーウィンの問いに、その場の者は誰もが喉を詰まらせる。
 第1王子でしかなく、まつりごとにも刑務にも携わってなどいないバカルダサーレにアーウィン捕縛の権限がないことは明らかだ。
 加えて言うのであれば、フェリシティアがアーウィンの傍付として侍ることを約した時に彼の国境侵犯については、この国の最高権力者である国王陛下自ら不問の判断を下しているのだ。
 これからこの大陸に起こることを考えても彼を捕縛することで生じるリスクは、計り知れないものであり、間違ってもバカルダサーレにそれを肩代わりできる実力も能力もありはしなかった。

「恐れながら申し上げます。バカルダサーレ王子殿下。お父上であられる国王陛下から、ワイバーン討伐と城下町の復興を手助けしていただいた礼として、不測の事態であった国境侵犯は不問とする裁定が既に下されております。何を以ってして、捕縛などと申されて、騎士達と共に強行突入を敢行されたのですかな?」

 一応、相手は次期国王なので、立てない訳にも行かず、席を立って2人の傍まで足を運んだフリュヒテンゴルト公爵が、そう問いかけた。
 対するバカルダサーレは、涙と鼻水と小水とでグチャグチャになったまま、未だガタガタと震えていた。

「ううっ、あ、姉上がっ、思い上がったっ、田舎の王族にっ、この国のっ、次期国王がっ、だれなのかっ、思い知らせてやれとっ! 捕まえてっ、閉じ込めてっ、姉上の為にっ、一生っ、宝石を作らせてやるからっ、連れてこい、とっ!」

 素直に背後関係を白状ゲロったバカルダサーレの言い分。
 あっさりと判明した黒幕とその目的に室内へと呆れ色の溜息が唱和された。

「アーウィン殿下、失礼いたしました。どうやら国王陛下をはじめ、我々と王のお子様達の間にきちんとした情報共有がされておらなんだようです。国を代表し、伏してお詫び申し上げます」

 フリュヒテンゴルト公爵が、その場に片膝をつき、右手を胸に当てて上身を前へと深く折り曲げ、立てている膝よりも下に頭の位置を落として謝罪を送った。
 それを目にしたアーウィンは、一言も音声を発さないまま視線を再びバカルダサーレへと戻した。
 ビクッ、とあからさまにバカルダサーレの身が跳ねる。

「次期国王と申すからには、この者が貴国の王太子という認識でよいのだな?」
「いえ。残念ながら冊立はしておりませんので、第1王子殿下のお立場におられます」

 問われたことに事実のみをフリュヒテンゴルト公爵が答えるとアーウィンの眉間に僅かな皺が寄った。

「然程、幼くは見えぬ容姿だが、幾つなのだ?」
「半年程前、15になられた由にございます」
「その年で何故、冊立出来ぬ? 国への貢献や血統、後ろ盾のいづれかに、看過出来ぬ問題でも発生しておるのか?」
「はい。……御婚約者がまだお決まりにならず、おっしゃる通り、冊立に足る実績も特にない状態でごさいまして……」

 疑念も顕に質問を重ねるアーウィンは、フリュヒテンゴルト公爵が、その問いに答える度、どんどん眉間の皺を深めている。
 信じられないものを見るような目になっていく彼の様子が深まってゆくにつけ、何故か自分達が居た堪れなくなってきて、室内の者達は皆、一様に俯き、目を閉じて口元を1度もにょらせてから、ぐっと閉じた。

「昨日のワイバーン戦に出陣は?」
「いえ……お腰の剣は、美術装飾品でございまして実用には、耐えられず……魔法も……バカルダサーレ王子殿下の属性は、土のみでして。全魔力を注いでも、こう、水面の泡のように、地面が、ぽこっとするだけでございまして……ワイバーンと戦うどころか、近づかせる訳にも、なかなか……」

 物凄く言いにくそうに並べられたことに、アーウィンの面が驚愕に染まった。
 思わず、といった風情でバカルダサーレを凝視すると彼はまるで「ワイバーンなんて無理無理」と言わんばかりに激しく首を横に振りまくっていた。

「フリュヒテンゴルト公爵」
「はっ」
「貴国の貴族制度は、王族も含めて色々と緩やかなようだな? それとも権力を行使する時に、その正当性を問うことなく、血筋だけで無許可行使が罷り通るのかね?」
「っ、誠に、申し訳なく……」
「確かに共有不足や伝達不足もあるのだろう。だが、このような専横を容認する文化・・が歴史上で長続きした試しはない。例え此度、私が竜の脅威を退けたとしても、その国自体が民の起こす革命で消え去れば意味がないのだがな?」

 ここまでの話しを聞いていれば、やってくる竜が巻き起こす大陸規模の災害で民がこれまでの飢饉など比べ物にならないレベルで困窮するのは目に見えている。
 そんな時世に、竜への対抗手段も持たず、普段よりも更に求心力の落ちた各国の王侯貴族達が、ただ自分達から搾取するだけの存在と化したことに気づいた者から民は反旗を翻す。
 どうせ飢えて死ぬのなら、戦って富める者から奪うことで生き延びる可能性に賭ける死を選ぶ。
 そんな未来が来ないと誰が言い切れよう。

「く、くだらぬ! 民の起こす革命なぞ、軍で蹴散らし、先導した者を見せしめに殺せばよいのだ!」

 虚勢なのか、はたまた本心からそう言ったのか。
 バカルダサーレが叫んだ言葉にフリュヒテンゴルト公爵は、悔しげに奥歯を噛み鳴らし、口を噤んで居た者達が一斉に立ち上がって彼を睨みつけた。
 それを見て一瞬だけ、怯むような仕草をしたけれど常からそうだからなのだろう。
 グチャグチャな様相もそのままに、勢いよく立ち上がると完全に見下した目をして、その場の者達を睥睨す為、顎を反らして無理矢理、目線を下げる形で室内を見やる。

「次期国王たる俺の言葉に、何か文句でもあるのかっ⁈」

 大上段から言い放った言葉に廊下から慌てて走って来たような音が響く。

「大有りだ、愚か者っ‼︎」

 会議室へと走り込んで来た人物は、そう叫んでバカルダサーレの頭を左手で鷲掴みすると足を払って、掴んだ頭を床へと叩きつけた。

「‼︎」

 その人物に、室内の者が皆、息を飲む。

「………陛下」

 フリュヒテンゴルト公爵が、呆気に取られて呟いた呼称に室内の空気が凍りついていた。



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