天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 2

政治体制の差異

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「見苦しい所を見せた。重ねてお詫び申し上げる」

 国王アドルフィルトが再び、頭を下げたことにレンリアード以下、その場の者達は困惑しか抱くことが出来なかった。
 寛大と言えば聞こえはいいが、今代国王は、とても大雑把な人物であると貴賤を問わず、この国の民達の間では認識されていたからだ。

「ワイバーンの襲来程度で終わっていたならば、せずに済んだであろう決断を下さねばならなかったお辛い心中、お察し申し上げる」
「……気遣い、痛み入る」

 アドルフィルトの謝罪を謝罪として受け取らないことで、第1王子と第1王女を罪に問わずにいられるよう配慮してくれたアーウィンの心遣いに、彼は下げた頭を上げることが出来なかった。

「平和な世であったならば、来るべき時までその姿勢を観た後に野へと降らせるもまた、王家の血に連なる者として負うべき責を放置した結果のことと思うていたが、此度の報告とされた内容、加えてあの傷1つないワイバーンの亡骸を見た後では、それこそが余の怠慢、傲りでしかなかったのだということを認めぬ訳にはゆかぬ。アーウィン殿下。貴国の教育制度の話しも聞いた。そなたを始めとした国の傑物達が育つ土壌を永きに渡り醸成し続けた歴代王家の方々に心からの尊敬を」
「それこそ、国柄と国民性、そして政治体制の差異に過ぎぬ話しでしょう。そろそろ頭をお上げいただきたい。これ以上は、私が居た堪れぬゆえ」

 少し困ったような声音でアーウィンが言ったことにアドルフィルトは報告書の内容を脳裏に浮かべた。
 国土に出没する魔物の約8割が竜種であり、地上からは国土ごと切り離され、高空に浮かんでいるヴェルザリス。
 自力でワイバーンを単独討伐出来ねば農業すらも立ち行かず、本来は別々の組織である冒険者ギルドと狩人ギルドが国家防衛を担う組織の前提機関として据えられているというヴェルザリス。

「アーウィン殿下。貴国は、国民皆兵を実現出来る王政政治を敷いていると聞き及んでおる。それは、やはり……このような強力な竜種の脅威に常、晒されて居るから実現出来るのだろうか?」
「無論、それもあるでしょうが、要素としては我が国の貴族制度にもその理由の一端はあるかと」

 すっかり立ち話しを始めてしまったアドルフィルトとアーウィンに、どうしていいのか分からない面々が立ち尽くす中、フェリシティアがワザと少し大きめに茶を淹れる音を奏でる。

「おお、このように立ったままで話すことでもありませんでしたな。国王陛下に侍女として付けていただいた彼女は、とても優秀で美味い茶を入れてくれるのです。お時間が許すのならば、喉を潤してゆかれては如何ですか?」

 フェリシティアの意図にすぐ気づいたアーウィンが席を勧め、アドルフィルトはそれに肯く。

「うむ。余の都合で中座させてしまった公爵と子爵が戻るまで、竜に関する話しは進め難かろう。その暇で構わぬゆえ、是非にヴェルザリスの話しを余に聞かせて貰いたい」
「私で答えられる範囲でありますれば」

 アドルフィルトの求めにアーウィンがそう答え、2人共が着座したことで、漸くその場の者達も腰を下ろすことが出来た。

「先程の貴族制度という話しだが、そんなに他国と貴国は違うのかね?」
「はい。我が国では、貴族に取り立てられることは比較的容易くなっておりますが、その維持と陞爵、爵位の後継に関しては他国と比べ、かなり厳しいのではないかと私個人としては考えております。ですが、恐らくこの制度が見直されることは、我が国の国柄からして今後も有り得ぬことでしょう」
「無条件で血統による後継決定をしておらぬということかね?」
「はい。例えば親が伯爵位にあっても我が国に於いて、その子供の身分は平民スタートなのです」
「えっ⁈」
「うわっ、マジかよ。厳しい!」

 思わずこれまでの調子でアーウィンの言葉へと反応してしまったバリナとスライが、慌てて自分の口元を両手で塞いだ。

「はっはっは! 構わん。この場でアーウィン殿下が許しておることを余がどうこうする気はない」

 自分達のした不敬な所作を笑って赦したアドルフィルトに、スライとバリナが、安堵で大きく息をついた。

「して、貴族の子を平民の身分とすることにどのような意味があるのだ?」
「1つは、親の権力や財力を以って我を通すことが出来なくなり、実力で劣れば生まれも育ちも平民である者ですら己を優先することがないという現実を知り、己が身で体験して育つことになります」
「あー! それ、あれだ! 俺は伯爵家の子だぞーって言う奴に俺ら平民が毎度思う “だからなんだよ? 伯爵なのはお前のオヤジでお前じゃねぇよ” ってなる、ヤツ! そっかー。ヴェルザリスじゃ、それがもう、制度として通じねぇんだ?」
「そうだな。我が国では貴族の子が、3歳で1番最初に市井で浴びる言葉の洗礼として有名な文言となっているものだな、それは」

 懲りずに話しへ入って来たスライに律儀に答えたアーウィンは、フェリシティアが茶を配り置く間、口を閉ざした。
 ほんの僅かの時間、過ぎ去って行く時間が早く感じていたアドルフィルトだったが、そこで一息入れることが出来て、漸く少し気分が落ち着いた。

「もう1つの意味としては、その爵位を継ぐに値する力のない者に血統だけで爵位を与えぬという意図があります。我が国の格言曰く “尊き血ブルーブラッドは遺伝や血統では受け継がれない。高い水準の教育と適切な躾のみがそれを可能とする” などと言われておりまして。そういう思想が、血統よりも能力や実績、人格などを重視する制度に反映されているのだと言えるでしょう」

 完全実力主義という程、堅苦しいものではないが、長男だからとか、本家の人間だから、という他国の王政政治における家を存続させる為に当然とされる尺度が、ヴェルザリスにはない、ということなのだろう、とこの場の者達は理解した。

「我が国では、平民でも定められた規定を満たす国への貢献が認められれば、准男爵の身分はすぐに与えられるのです。Bクラス冒険者くらいになれば、1度は叙爵された者も少なくありません。ですが、その維持が難しい。准男爵、騎士爵は5年に1度、男爵、子爵は3年に1度、伯爵、辺境伯、公・侯爵は半年に1度、我々王族は3ヶ月に1度、王太子位にある者は1ヶ月に1度、国王夫妻に至っては週に1度、国への貢献と認められる功績を示さなければ即、降爵または降格。下手をすれば爵、だっ爵とて有り得ます。王妃が側妃に降格……など、我が国では、さして珍しい話しでもありません。そのような背景事情があるゆえに、市井では元子爵くらいの立場の者ならば普通に溢れて居りますよ」
「えっ? それって爵位詐欺みたいなのとかは、起きたりしないんですか?」

 レンリアードが驚いたように問いかけたことは、ウィムンド王国でも他国でも、ある程度は起きている話しだった。

 見る者が見れば分かる違いも市井では、よく分からないけどそんなものなのかね? で流されてしまうことの方が多いので、自分を貴族であると名乗って待遇をよいものにしようと謀るのだ。

「誰が上がって、誰が落とされたとか、今、誰がその地位に居るのかという情報を我が国では、皆がいつでもすぐに手に入れられる状況にあるゆえ、照会されたら即、真偽が判明するような犯罪は、起きようがないだろうな。稀に他国から何らかの理由で我が国を訪れた者達が、それを使って揶揄われていた事例は幾度かあったようだが……市井では、元爵位持ちがよくやる自虐ネタという認識らしくて、身体的、または金銭的被害が出ていないなら、中々取り締まる訳にもゆかなくてな」

 己が貴族から平民に降格したことが、自虐ネタで済んでしまう国というのも中々に珍しい気がしてアドルフィルトを含めた一同は、複雑な表情を浮かべて反応に困っていたのだが、その中でミューニャが何かに気づいたように、両の耳を頭上でピンと跳ね上げた。

「あ! 殿下、3ヶ月以内に御国へ帰らないと王族じゃなくなっちゃうのニャ⁈」
「いや、私は向こう20年分くらいは問題ない。我ながら、あれこれと手を出し過ぎた感が否めぬのだが、父上や3人の母上、2人ずつの兄王子と姉姫、妹姫に協力したり、私と母を同じくする末の妹姫が10歳の誕生日を機に立ち上げた商会を手伝っていたりしたら、気づいた時にはそんな話しになっていたようでな……その仔細を訊ねに来た時の宰相閣下は、顔が笑顔なのに目は全然笑っていなくて、当時の私は、子供ながらに “あ、これはきっと私が何かやらかしてたんだな” と内容を聞く前から分かってしまい、物凄い危機感を抱いたものだ……懐かしい」

 何処かしみじみとした口調で答えたアーウィンに。

「その政治体制から申せば、ヴェルザリスの王太子にはアーウィン殿下がなっていそうな気がするのですがのう? 失礼ながら、王太子となられた殿下の兄上様は、それ程までに優秀な御方だということなのですかな?」

 ローガンが次に気になったのだろうことを問いかけると、何故かアーウィンの笑顔がわざとらしいくらいの爽やかさを醸し出した。

「まず、前提として私と2番目の兄上に、王になる気が欠片もなかった」

 スパッと告げられた内容に全員の面に訝し気な皺が刻まれた。

 王になりたくない、という王族もこれまた珍しい気がしないでもない。

「そして、私以上に国に貢献出来る者がおらず、私と2番目の兄上は、1番上の兄上を王に望んだ。なので、自分達の派閥が形になるより先に私も2番目の兄上も1番上の兄上の派閥に入ってしまったのだよ。多分、その辺りに1番上の兄上が王太子となった理由の1つがあるだろうな」
「これはまた、随分と強行突破されたものですな? 普通、王族に生まれた男児は、王になるたがるものなのではないかと思うのですがな?」

 ローガンは、自分のした質問に返ってきた答えにあった「欠片もなかった」発言の辺りから疑問に思っていたのだろうことを直接、アーウィンへと投げかけた。

「国王陛下。貴方ならば、私と2番目の兄上の思いが、お分かりいだだけるのでは? 王子ですら年齢が上がると共にその気らいが強くなるのに、王になぞなった日には……」

 言葉の途中を切って、はぁ、と嘆息したアーウィンは、憂い顔を見せながらボソッと続きを口にした。

「公務と執務で自由時間消えますよね?」



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