狐火探偵白峰と、嘘をつく人間たち

坂本餅太郎

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狐に化かされた男

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「狐に、化かされたんです」

 依頼人の男は、そう言って深く頭を下げた。
 額が畳につきそうなほどの勢いだった。

「山で道に迷って……気づいたら、全部なくなってました。
 金も、通帳も、家の権利書も」

 雨宮は思わず身を乗り出した。
 それだけ失えば、人生が壊れてもおかしくない。

 だが白峰探偵は、男を一瞥しただけで、煙管に火を点けた。

「妙だな」

「な、何がでしょう」

「狐はな」

 白峰は、煙を吐きながら言った。

「全部は奪わない」

 男の指が、ぴくりと動いた。

「化かすなら、余白を残す。
 戻る道も、悔いる時間もだ」

 雨宮は、はっとして男を見た。
 白峰は、淡々と続ける。

「全部失った、というのは――
 化かされた話として、出来が良すぎる」

 男の喉が鳴った。

「……山に行く前、誰と会った」

「そ、それは……」

「狐じゃない。人間だ」

 白峰の声は、静かだったが、逃げ場を与えなかった。

 調べれば、すぐに分かった。
 男は自ら、怪しげな投資話に乗ったのだ。
 都合のいい説明と、甘い言葉に。

「狐のせいにすれば、楽だったんだろう」

 白峰は、男を責めるでもなく言った。

「自分が選んだと認めずに済む」

 男は、崩れるように座り込んだ。

「……怖かったんです。
 何もかも、自分の判断だったって思うのが」

 しばらく、沈黙が落ちた。

 やがて男は、深く頭を下げた。

「狐はいなかった」

 白峰は、ゆっくりと首を振る。

「いたさ」

 雨宮が、驚いて白峰を見る。

「ただし、騙したのはそいつじゃない。
 人の中に棲む狐だ」

 帰り道、雨が降り始めた。

「白峰さん」

 雨宮は、ずっと胸に引っかかっていたことを口にした。

「あなたは……どこまで、人なんですか」

 白峰は足を止めた。

 雨の中で、その横顔はひどく曖昧だった。

「全部、人だったら――
 ここにはいない」

「……全部、あやかしでも?」

「それも違う」

 白峰は、雨宮の方を見ずに言った。

「だから探偵をやってる」

 狐火は、境界に灯る。
 人が人でいるための、最後の目印として。

 雨宮は、その背中を見つめた。

 踏み込んでしまったのだ、と悟りながら。
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