33 / 160
033.外階段の奇妙な足音
しおりを挟む
あれは、私がまだ学生だった頃の話だ。
都内の古びたマンションで一人暮らしをしていた私は、何の変哲もない日常を送っていた。
学校に通い、アルバイトをし、夜には簡単な自炊をする……そんな平凡な生活だった。
だが、そのマンションには、何かがいた。そうとしか思えない出来事が次々と起きたのだ。
私の住んでいた部屋は五階だった。
マンションにはエレベーターがなく、毎日外階段を上り下りする必要があった。
その階段は薄暗く、コンクリートがむき出しのまま。雨が降るとぬれて滑りやすくなるし、夜には街灯も頼りなく、正直言って気味が悪い場所だった。
しかし、家賃が安かったので、多少の不便さには目をつぶることにしていた。
最初に「奇妙だ」と思ったのは、引っ越して一週間ほど経ったある夜のことだった。
その日もアルバイトが遅くなり、マンションに帰り着いたのは夜十一時を回った頃だった。
外階段を上るとき、私はいつも背後が気になって仕方がない。
それでも意識的に前を向き、階段を駆け上がった。
部屋の鍵を開け、靴を脱いでから、ふと気づいた。誰かが私の後をつけてきたような気がする。
いや、気のせいだろう。アルバイト帰りで疲れていた私はそう自分に言い聞かせ、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
しかし、深夜二時ごろだっただろうか……外階段で音がした。
コツ……コツ……と硬いものがコンクリートを叩くような音だ。
私は眠りの中でその音に気づき、意識が覚醒していくのを感じた。音は一定の間隔で続いている。
まるで、誰かがゆっくり階段を上っているかのように――。
音が五階に近づいてくるにつれ、心臓がどんどん高鳴った。
部屋のドア越しに気配を感じた気がしたが、怖くて確かめることができない。
そのまま布団を頭までかぶり、耳を塞いだ。だが、音はやがて止んだ。
次の日、私は「気のせいだった」と無理やり自分に言い聞かせ、普通に学校へ行った。
しかし、その日の夜も同じ時間に音が聞こえてきた。
しかも今度は、さらに奇妙なことに気づいた。
音は確実に五階まで上ってきたのに、誰も階段を降りる気配がないのだ。「上ってきた誰か」は一体どこに行ったのだろうか?
怖くなった私は、次の日、管理人に相談した。
しかし管理人は「夜中の音? このマンションは古いからなあ。風で何かが動いたんじゃないのか?」と、まともに取り合ってくれなかった。
その夜も、また音が聞こえた。「コツ……コツ……」と。
一歩一歩、確実にこちらへ近づいてくる。私は限界だった。
意を決して玄関のドアを開け、外の様子を確認することにした。
ドアノブをゆっくり回し、恐る恐る外をのぞくとーーそこには誰もいなかった。
ただし、ひとつだけおかしなことに気づいた。
階段の五階部分に、小さな黒いシミのようなものができていたのだ。
それは人間が靴でつけた泥汚れにしては奇妙な形をしており、何よりも、生臭いようなにおいが漂っていた。
それから私は、次第に疲弊していった。
夜中に響く音は止む気配がなく、時には音が五階を越えてさらに上へ向かっていくように思えることもあった。
六階は存在しないのに……。
その不安を抱えながら日々を過ごしていたある日、学校の友人にその話を打ち明けた。
すると友人の一人が、面白がるように言った。
「お前の部屋さ、何か曰くがあるんじゃねえの?」
冗談だと思いたかったが、その言葉が私の中で引っかかった。
そこで私は、意を決して部屋の過去について調べてみることにした。
マンションの管理人や近所の住民に話を聞き、図書館で過去の新聞記事を漁った。
そして、驚くべき事実を知ることになる。
五年ほど前、このマンションの五階で女性が転落死していたという記事を見つけた。
遺体が発見されたのは外階段の下。警察は自殺として処理したが、近隣住民の間では「自殺ではなかった」という噂が囁かれていた。
さらに調べを進めると、彼女が亡くなる直前に「夜中に誰かが階段を上ってくる」と友人に語っていたという証言が残っていたのだ。
その話を知ったとき、私の背筋に寒気が走った。
夜中の音は、彼女の最後の足音なのか……それとも彼女を追い詰めた何かの音なのか?
その日から、私はできるだけ早く家に帰り、夜中の音を無視しようと心がけた。
しかし、無視し続けることはできなかった。音はますます頻繁に、そして強く響くようになっていった。
ある夜、音が階段から私の部屋の玄関に移動してくるのを感じた。
コツ……コツ……とドアのすぐ外側で止まる。
そして、今までにない感覚が襲ってきた。視線を感じるのだ。
ドア越しに、何かが私を見つめている……そんな気配がした。
私は意を決して声を出した。
「誰かいるのか!」
すると、ドア越しに小さな声が返ってきた。それは明らかに女性の声だった。
「どうして……助けてくれなかったの……」
頭が真っ白になった。思わずドアを開けようと手を伸ばしかけたが、その直前で止めた。
こんな状況で、何かが「助けて」と言っている。それが人間の声だと思えない。
結局、私はそのまま動けず、朝を迎えた。
夜が明けると、不思議と気配も音も消えていた。
それから数日間、私は友人の家に泊まり込むことにした。
しかし、部屋を離れても奇妙なことは続いた。
友人の家でも、真夜中になると「コツ……コツ……」という音が窓の外から聞こえるのだ。
そして、それはどんどん近づいてくる……。
結局、私は大学を中退し、実家へ戻ることを決めた。以来、あの音を聞くことはなくなった。
しかし、今でも思い出すと、背筋が凍る。
あれは一体何だったのか? そして、あの声の主が何を訴えたかったのか……。
それを知る術は、もうない。
都内の古びたマンションで一人暮らしをしていた私は、何の変哲もない日常を送っていた。
学校に通い、アルバイトをし、夜には簡単な自炊をする……そんな平凡な生活だった。
だが、そのマンションには、何かがいた。そうとしか思えない出来事が次々と起きたのだ。
私の住んでいた部屋は五階だった。
マンションにはエレベーターがなく、毎日外階段を上り下りする必要があった。
その階段は薄暗く、コンクリートがむき出しのまま。雨が降るとぬれて滑りやすくなるし、夜には街灯も頼りなく、正直言って気味が悪い場所だった。
しかし、家賃が安かったので、多少の不便さには目をつぶることにしていた。
最初に「奇妙だ」と思ったのは、引っ越して一週間ほど経ったある夜のことだった。
その日もアルバイトが遅くなり、マンションに帰り着いたのは夜十一時を回った頃だった。
外階段を上るとき、私はいつも背後が気になって仕方がない。
それでも意識的に前を向き、階段を駆け上がった。
部屋の鍵を開け、靴を脱いでから、ふと気づいた。誰かが私の後をつけてきたような気がする。
いや、気のせいだろう。アルバイト帰りで疲れていた私はそう自分に言い聞かせ、シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
しかし、深夜二時ごろだっただろうか……外階段で音がした。
コツ……コツ……と硬いものがコンクリートを叩くような音だ。
私は眠りの中でその音に気づき、意識が覚醒していくのを感じた。音は一定の間隔で続いている。
まるで、誰かがゆっくり階段を上っているかのように――。
音が五階に近づいてくるにつれ、心臓がどんどん高鳴った。
部屋のドア越しに気配を感じた気がしたが、怖くて確かめることができない。
そのまま布団を頭までかぶり、耳を塞いだ。だが、音はやがて止んだ。
次の日、私は「気のせいだった」と無理やり自分に言い聞かせ、普通に学校へ行った。
しかし、その日の夜も同じ時間に音が聞こえてきた。
しかも今度は、さらに奇妙なことに気づいた。
音は確実に五階まで上ってきたのに、誰も階段を降りる気配がないのだ。「上ってきた誰か」は一体どこに行ったのだろうか?
怖くなった私は、次の日、管理人に相談した。
しかし管理人は「夜中の音? このマンションは古いからなあ。風で何かが動いたんじゃないのか?」と、まともに取り合ってくれなかった。
その夜も、また音が聞こえた。「コツ……コツ……」と。
一歩一歩、確実にこちらへ近づいてくる。私は限界だった。
意を決して玄関のドアを開け、外の様子を確認することにした。
ドアノブをゆっくり回し、恐る恐る外をのぞくとーーそこには誰もいなかった。
ただし、ひとつだけおかしなことに気づいた。
階段の五階部分に、小さな黒いシミのようなものができていたのだ。
それは人間が靴でつけた泥汚れにしては奇妙な形をしており、何よりも、生臭いようなにおいが漂っていた。
それから私は、次第に疲弊していった。
夜中に響く音は止む気配がなく、時には音が五階を越えてさらに上へ向かっていくように思えることもあった。
六階は存在しないのに……。
その不安を抱えながら日々を過ごしていたある日、学校の友人にその話を打ち明けた。
すると友人の一人が、面白がるように言った。
「お前の部屋さ、何か曰くがあるんじゃねえの?」
冗談だと思いたかったが、その言葉が私の中で引っかかった。
そこで私は、意を決して部屋の過去について調べてみることにした。
マンションの管理人や近所の住民に話を聞き、図書館で過去の新聞記事を漁った。
そして、驚くべき事実を知ることになる。
五年ほど前、このマンションの五階で女性が転落死していたという記事を見つけた。
遺体が発見されたのは外階段の下。警察は自殺として処理したが、近隣住民の間では「自殺ではなかった」という噂が囁かれていた。
さらに調べを進めると、彼女が亡くなる直前に「夜中に誰かが階段を上ってくる」と友人に語っていたという証言が残っていたのだ。
その話を知ったとき、私の背筋に寒気が走った。
夜中の音は、彼女の最後の足音なのか……それとも彼女を追い詰めた何かの音なのか?
その日から、私はできるだけ早く家に帰り、夜中の音を無視しようと心がけた。
しかし、無視し続けることはできなかった。音はますます頻繁に、そして強く響くようになっていった。
ある夜、音が階段から私の部屋の玄関に移動してくるのを感じた。
コツ……コツ……とドアのすぐ外側で止まる。
そして、今までにない感覚が襲ってきた。視線を感じるのだ。
ドア越しに、何かが私を見つめている……そんな気配がした。
私は意を決して声を出した。
「誰かいるのか!」
すると、ドア越しに小さな声が返ってきた。それは明らかに女性の声だった。
「どうして……助けてくれなかったの……」
頭が真っ白になった。思わずドアを開けようと手を伸ばしかけたが、その直前で止めた。
こんな状況で、何かが「助けて」と言っている。それが人間の声だと思えない。
結局、私はそのまま動けず、朝を迎えた。
夜が明けると、不思議と気配も音も消えていた。
それから数日間、私は友人の家に泊まり込むことにした。
しかし、部屋を離れても奇妙なことは続いた。
友人の家でも、真夜中になると「コツ……コツ……」という音が窓の外から聞こえるのだ。
そして、それはどんどん近づいてくる……。
結局、私は大学を中退し、実家へ戻ることを決めた。以来、あの音を聞くことはなくなった。
しかし、今でも思い出すと、背筋が凍る。
あれは一体何だったのか? そして、あの声の主が何を訴えたかったのか……。
それを知る術は、もうない。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる