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066.地球語が届かない
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俺がその存在を最初に見たのは、深夜の郊外にある廃工場だった。無機質なコンクリートの壁に囲まれたそこは、いつも不気味で人の気配などあるはずもない場所だ。それなのに、その夜は妙に空気が違った。背筋がぞわぞわする嫌な予感があったのに、俺は無理やり好奇心を抑えられず、フラッシュライト片手に工場の中へ足を踏み入れてしまった。
床には埃と割れたガラスの破片が散らばっている。ふと、何かが光った。ライトを向けると、それは水滴のように滑らかな、しかし異様に冷たい輝きを放つ物体だった。金属とも液体ともつかない、不自然なそれを前に俺は息を呑んだ。
その時だ。「何か」が動いた。
最初は影が揺れたように思っただけだった。けれど、それはすぐにはっきりと形を持ち始めた。無音で動くそいつは、人間とは似ても似つかない姿をしていた。青白い肌がまるで光を放っているようで、細長い手足が蜘蛛のように鋭く動く。だが、最も異様だったのはその目だ。顔の中央を支配する巨大な一対の黒い瞳が、じっとこちらを見据えていた。
俺は身体が固まったように動けなかった。心臓が耳の奥で大きく脈打つ音だけが聞こえる。奴はゆっくりとこちらに向かってくる。
「……誰、だ?」
俺は何とか声を絞り出したが、その声は情けないほど震えていた。しかし、奴は答えなかった。ただ、目を細めたように見えた。怒りとも興味ともつかない曖昧な感情を感じさせる仕草だった。
「おい、聞こえてるのか……?」
再び問いかけたが、返事はない。代わりに、奴の長い指がゆっくりと動き、俺に向けて何かを示すような動作をした。その動きは、まるで何かを伝えようとしているようだったが、俺には全く意味がわからなかった。
焦燥感が募る。俺は恐怖を押し殺しながら一歩後ずさると、奴はそれを見逃さなかったのか、目を鋭く光らせて再び距離を詰めた。
「俺に何をするつもりだ……?」
問いかけた瞬間、奴の背後から突然奇妙な音が響いた。電子音とも金属音とも取れる異質な音が空間を支配し、俺は耳を押さえた。振り返ると、廃工場の奥に設置された巨大な機械が、突然動き始めているのが見えた。その光景に目を奪われている間に、奴が俺の至近距離にまで迫っていた。
「……!」
奴は、言葉にならない奇妙な音を発しながら、細い指で俺の胸元を指した。その動作が何を意味するのか、俺には理解できなかった。ただ一つ確かなのは、何か恐ろしいことが起きようとしているということだ。
「話が通じないのか……?」
俺は思わず呟いたが、奴は何の反応も見せなかった。その瞬間、頭に電流が走るような感覚がした。奴の指が俺に触れた瞬間、全身が痺れるような感覚に襲われたのだ。
視界が歪む。頭の中で、何かが侵入してくるような気配がした。思考に割り込むように、未知の言葉やイメージが流れ込んできた。断片的な映像――無数の星、荒廃した風景、そして奇怪な生物たち。
「……これ、何だ?」
その問いにも答えはない。ただ、奴の目が俺をじっと見つめ、そして次の瞬間、俺の意識は暗闇に吸い込まれた。
気がつくと俺は工場の外にいた。目の前には、真っ黒な夜空が広がっている。月も星も見えない。ただ一つ、遠くの空に巨大な光が渦巻いているのが見えた。
俺は全身に冷たい汗をかいていた。工場での出来事は現実だったのか? それとも悪夢だったのか?
だが、ふと手を見るとそこには奇妙な跡が残っていた。まるで火傷のように皮膚が焼け、複雑な模様が刻み込まれている。
あの目を思い出す。奴の視線、そして触れられた感覚。それが今でも俺を締め付けるようだった。
俺はその日以来、工場には近づかないようにした。しかし、俺の中には確信がある。あれはただの偶然ではない。奴らは、俺に何かを伝えようとしていた。そして、それはこれから始まる何かの前触れなのだと。
――――――――――
あれから数日が経ったが、俺の心は一向に落ち着かない。あの夜に起きた出来事が、どうにも頭から離れないのだ。焼けつくような模様が残る手を見るたびに、胸の奥からじわじわとした不安が広がる。医者に見せる気にもなれない。その模様が何なのかを説明する術がないからだ。
一方で、どうしても気になって仕方がないのは、あの廃工場だ。あの存在が何だったのか、俺に何をしようとしたのか。何もかもが謎のままだが、同時に俺は、もう一度確かめなければならない気がしていた。もしかしたら、あれは俺だけが知るべき事実だったのかもしれない。
夜更け、俺は自転車を漕いで廃工場へ向かった。懐中電灯をポケットに忍ばせ、静まり返った町を進む。月明かりはかろうじて俺の道を照らしていたが、その明るさは頼りないものだった。
工場に到着すると、やはり空気が違った。何かが息づいているような感覚。それは風の音や虫の鳴き声の類ではない。耳ではなく、肌で感じる感覚だ。何もいないはずの空間に誰かの視線があるような、そんな嫌な気配がする。
工場の扉を押すと、錆びついた蝶番が低く軋んだ。その音が静寂を切り裂き、俺の神経を逆撫でる。
中は相変わらずだ。埃が積もった床、割れた窓、朽ちた機械。だが、その奥に目を向けた瞬間、俺は心臓を掴まれたような感覚に襲われた。
そこに、奴がいた。
同じ青白い光を放つ肌、異常に長い手足、そしてあの黒い瞳。奴は俺をじっと見つめていた。だが、今回は違う。奴の背後には、同じ姿をした複数の存在が佇んでいたのだ。
「……何が、始まるんだ?」
俺の声は震え、空間にかき消された。奴らの動きは一切ない。ただ、その目だけが俺を見つめ、何かを訴えかけているようだった。
そしてまた、あの耳を裂くような電子音が工場内に響き渡る。音の震動が俺の身体に伝わり、頭が割れそうなほど痛む。膝をつく俺の目の前で、奴らの姿が少しずつ変わり始めた。
光が強くなり、輪郭がぼやける。やがて、奴らの体は形を失い、一つの巨大な塊となって蠢き出した。何かが、目の前で生まれようとしている。それが何かはわからない。ただ一つ確信がある。俺はここにいてはいけない。
俺は立ち上がり、全力で工場を飛び出した。振り返ることもなく走り続ける。ただ、背後で響く奇怪な音と、頭の中で再び流れ込んでくる断片的な映像が、俺を追い詰める。
星が落ちるような光景、崩れ去る街、人々の叫び声。そして最後に、あの黒い瞳だけが浮かび上がる。
俺が見たものは何だったのか。そして、俺に何をしようとしていたのか。
逃げ切った俺の手には、さらに模様が広がっていた。それはまるで地図のような形をしていて、俺に何かを指し示しているようだった。
この模様の意味を知る時、俺の運命が決まるのだろう。それが良いことか、悪いことか……その時が来るのが怖くて仕方がない。
床には埃と割れたガラスの破片が散らばっている。ふと、何かが光った。ライトを向けると、それは水滴のように滑らかな、しかし異様に冷たい輝きを放つ物体だった。金属とも液体ともつかない、不自然なそれを前に俺は息を呑んだ。
その時だ。「何か」が動いた。
最初は影が揺れたように思っただけだった。けれど、それはすぐにはっきりと形を持ち始めた。無音で動くそいつは、人間とは似ても似つかない姿をしていた。青白い肌がまるで光を放っているようで、細長い手足が蜘蛛のように鋭く動く。だが、最も異様だったのはその目だ。顔の中央を支配する巨大な一対の黒い瞳が、じっとこちらを見据えていた。
俺は身体が固まったように動けなかった。心臓が耳の奥で大きく脈打つ音だけが聞こえる。奴はゆっくりとこちらに向かってくる。
「……誰、だ?」
俺は何とか声を絞り出したが、その声は情けないほど震えていた。しかし、奴は答えなかった。ただ、目を細めたように見えた。怒りとも興味ともつかない曖昧な感情を感じさせる仕草だった。
「おい、聞こえてるのか……?」
再び問いかけたが、返事はない。代わりに、奴の長い指がゆっくりと動き、俺に向けて何かを示すような動作をした。その動きは、まるで何かを伝えようとしているようだったが、俺には全く意味がわからなかった。
焦燥感が募る。俺は恐怖を押し殺しながら一歩後ずさると、奴はそれを見逃さなかったのか、目を鋭く光らせて再び距離を詰めた。
「俺に何をするつもりだ……?」
問いかけた瞬間、奴の背後から突然奇妙な音が響いた。電子音とも金属音とも取れる異質な音が空間を支配し、俺は耳を押さえた。振り返ると、廃工場の奥に設置された巨大な機械が、突然動き始めているのが見えた。その光景に目を奪われている間に、奴が俺の至近距離にまで迫っていた。
「……!」
奴は、言葉にならない奇妙な音を発しながら、細い指で俺の胸元を指した。その動作が何を意味するのか、俺には理解できなかった。ただ一つ確かなのは、何か恐ろしいことが起きようとしているということだ。
「話が通じないのか……?」
俺は思わず呟いたが、奴は何の反応も見せなかった。その瞬間、頭に電流が走るような感覚がした。奴の指が俺に触れた瞬間、全身が痺れるような感覚に襲われたのだ。
視界が歪む。頭の中で、何かが侵入してくるような気配がした。思考に割り込むように、未知の言葉やイメージが流れ込んできた。断片的な映像――無数の星、荒廃した風景、そして奇怪な生物たち。
「……これ、何だ?」
その問いにも答えはない。ただ、奴の目が俺をじっと見つめ、そして次の瞬間、俺の意識は暗闇に吸い込まれた。
気がつくと俺は工場の外にいた。目の前には、真っ黒な夜空が広がっている。月も星も見えない。ただ一つ、遠くの空に巨大な光が渦巻いているのが見えた。
俺は全身に冷たい汗をかいていた。工場での出来事は現実だったのか? それとも悪夢だったのか?
だが、ふと手を見るとそこには奇妙な跡が残っていた。まるで火傷のように皮膚が焼け、複雑な模様が刻み込まれている。
あの目を思い出す。奴の視線、そして触れられた感覚。それが今でも俺を締め付けるようだった。
俺はその日以来、工場には近づかないようにした。しかし、俺の中には確信がある。あれはただの偶然ではない。奴らは、俺に何かを伝えようとしていた。そして、それはこれから始まる何かの前触れなのだと。
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あれから数日が経ったが、俺の心は一向に落ち着かない。あの夜に起きた出来事が、どうにも頭から離れないのだ。焼けつくような模様が残る手を見るたびに、胸の奥からじわじわとした不安が広がる。医者に見せる気にもなれない。その模様が何なのかを説明する術がないからだ。
一方で、どうしても気になって仕方がないのは、あの廃工場だ。あの存在が何だったのか、俺に何をしようとしたのか。何もかもが謎のままだが、同時に俺は、もう一度確かめなければならない気がしていた。もしかしたら、あれは俺だけが知るべき事実だったのかもしれない。
夜更け、俺は自転車を漕いで廃工場へ向かった。懐中電灯をポケットに忍ばせ、静まり返った町を進む。月明かりはかろうじて俺の道を照らしていたが、その明るさは頼りないものだった。
工場に到着すると、やはり空気が違った。何かが息づいているような感覚。それは風の音や虫の鳴き声の類ではない。耳ではなく、肌で感じる感覚だ。何もいないはずの空間に誰かの視線があるような、そんな嫌な気配がする。
工場の扉を押すと、錆びついた蝶番が低く軋んだ。その音が静寂を切り裂き、俺の神経を逆撫でる。
中は相変わらずだ。埃が積もった床、割れた窓、朽ちた機械。だが、その奥に目を向けた瞬間、俺は心臓を掴まれたような感覚に襲われた。
そこに、奴がいた。
同じ青白い光を放つ肌、異常に長い手足、そしてあの黒い瞳。奴は俺をじっと見つめていた。だが、今回は違う。奴の背後には、同じ姿をした複数の存在が佇んでいたのだ。
「……何が、始まるんだ?」
俺の声は震え、空間にかき消された。奴らの動きは一切ない。ただ、その目だけが俺を見つめ、何かを訴えかけているようだった。
そしてまた、あの耳を裂くような電子音が工場内に響き渡る。音の震動が俺の身体に伝わり、頭が割れそうなほど痛む。膝をつく俺の目の前で、奴らの姿が少しずつ変わり始めた。
光が強くなり、輪郭がぼやける。やがて、奴らの体は形を失い、一つの巨大な塊となって蠢き出した。何かが、目の前で生まれようとしている。それが何かはわからない。ただ一つ確信がある。俺はここにいてはいけない。
俺は立ち上がり、全力で工場を飛び出した。振り返ることもなく走り続ける。ただ、背後で響く奇怪な音と、頭の中で再び流れ込んでくる断片的な映像が、俺を追い詰める。
星が落ちるような光景、崩れ去る街、人々の叫び声。そして最後に、あの黒い瞳だけが浮かび上がる。
俺が見たものは何だったのか。そして、俺に何をしようとしていたのか。
逃げ切った俺の手には、さらに模様が広がっていた。それはまるで地図のような形をしていて、俺に何かを指し示しているようだった。
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