餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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075.炬燵の中

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 その日は私の家に、友人が集まった。  

 大学の授業が終わったあと、「たまには家飲みでもしよう」という流れになり、私の部屋で女子会をすることになったのだ。メンバーは私、真由、菜月の三人。  

 スーパーでお酒やつまみを買い込み、狭いワンルームに集合した。部屋にはこたつを置いている。十一月も終わりに近づき、冷え込んできたからだ。  

「やっぱ冬は炬燵だよね!」  

 菜月がぬくぬくと足を伸ばし、気持ちよさそうにしている。  

「炬燵があると、もう動けなくなるんだよね……」  

 真由が笑いながら言った。  

 私たちはお酒を片手に、くだらない話で盛り上がった。大学の授業の話、バイト先の愚痴、好きな芸能人の話……。  

 気がつけば、時間は深夜になっていた。  

「もうこんな時間!? 明日一限あるんだけど」  

 真由がスマホを見て慌てる。  

「まあまあ、もうちょっと飲もうよ」  

 菜月はまだ酔い足りない様子だった。  

 私は苦笑しながら、こたつの中で足を伸ばした。  

 その時だった。  

 ――ぐにゃ。

 何かを踏んだ。  

「……え?」  

 私は一瞬動きを止めた。  

 今、何かを踏んだ感触があった。布でもコードでもない。もっと柔らかくて、温かい……まるで、人の足のような。  

 私はぎょっとして、すぐにこたつの中を覗き込んだ。  

 菜月は胡座をかいていた。真由は正座。二人とも、私の足元にはいない。  

「ねえ……足、どこにある?」  

 私は震える声で聞いた。  

「え?」  

 二人はきょとんとした顔をする。  

「今、誰かの足を踏んだんだけど……」  

「いや、私たち関係ないよ?」  

 菜月はそう言いながら、自分の足を見せる。真由も「私も正座してたし」と言った。  

「じゃあ、今踏んだの……何?」  

 私はもう一度、こたつの中を覗いた。  

 ――何もない。  

 こたつ布団の中には、私たち三人の足しかなかった。  

「気のせいじゃない?」  

 菜月が軽く言う。  

「うーん……」  

 私も気のせいだったのかと思いかけた。  

 だが、その時。  

 再び――

 コツン。  

 足の甲に、何かがぶつかった。  

「……っ!」  

 私は悲鳴を上げそうになりながら、反射的に足を引っ込めた。  

「ど、どうしたの?」  

 真由が驚いて聞く。  

「今、何かがぶつかった……!」  

 私は震える声で言った。  

「何かって……?」  

 菜月がこたつの中を覗き込む。  

「……ないよ?」  

 当然、何もない。  

「やめてよー、怖い話なら他でやって」  

 菜月が笑う。  

「違う、本当に……!」  

 その時――

「え?」  

 今度は菜月が声を上げた。  

「どうした?」  

「今、なんか……私の足を……掴んだような……」  

 菜月の顔が青ざめている。  

「やっぱり……!」  

 私もゾッとした。  

「ちょっと待って! 本当にやめて!」  

 真由が慌ててこたつから足を引っ込めた。  

「一回、こたつ布団めくろう!」  

 私は恐る恐る、こたつ布団を持ち上げた。  

 こたつ布団をめくると、そこには……何もなかった。  

「え?」  

 私は混乱した。  

「な、ない……?」  

 菜月が震える声で言った。  

 こたつの中には、ただの床とヒーターがあるだけ。私たち三人の足以外、何もいない。  

「気のせい……?」  

 真由が恐る恐る言った。  

 だが、違う。  

 今確かに、菜月は「足を掴まれた」と言ったのだ。私も「何か」を踏んだし、足にぶつかる感触もあった。  

 私は慎重に、こたつ布団を元に戻した。  

「……気のせいじゃないと思う」  

 そう呟いた瞬間――

「……っ!」  

 私は息を呑んだ。  

 今、確かに見えた。  

 こたつ布団を下ろす直前、ほんの一瞬――

 ヒーターの奥、暗闇の中に、青白い足が覗いていた。  

「ねえ、やっぱりおかしい」  

 私は声を震わせながら言った。  

「やめてよ、もう……」  

 真由が怯えた声を出す。  

「一回、こたつから出ない?」  

 菜月が提案した。  

 私たちは無言で頷き、それぞれこたつから足を抜いた。  

 その時――

「っ!?」  

 突然、こたつ布団が膨らんだ。  

 まるで、中に誰かが潜り込んだように。  

「な……」  

 三人とも言葉を失った。  

 そして――布団の下から、ゆっくりと「何か」が這い出してくる。  

 こたつの端から、指先が覗いた。  

 人間のものとは思えない、異様に長い指。  

 青白く、爪が黒ずんでいる。  

「嘘でしょ……?」  

 真由が震えながら後ずさる。  

 這い出してくる何かは、異様にゆっくりだった。  

 私たちは恐怖で動けない。  

 やがて、指が床に触れ、少しずつ手の甲が見え始める。  

その時――

「うわああああっ!!」  

 菜月が叫びながら、こたつ布団を思い切り引き剥がした。  

「……っ!」  

 だが、そこには何もなかった。  

 こたつは、ただのこたつに戻っていた。  

「……今の、見たよね?」  

 私は震えながら二人に聞いた。  

「見た……見たけど……」  

 菜月は呼吸を整えながら言う。  

「本当に、何もいないの?」  

 真由が怯えながらこたつを覗く。  

 ヒーターも、床も、何も変わらない。  

 だが、空気だけは変わっていた。  

 明らかに異様な気配が、部屋全体に充満している。  

「……もう、無理」  

 真由が震えながら言った。  

「私も……今日は帰る」  

 菜月も同じだった。  

 私たちは慌てて片付けをし、急いで部屋を出た。  
 その夜は、誰も連絡を取り合わなかった。  


 翌朝、私は恐る恐る部屋に戻った。  
 こたつは、いつも通りだった。  
 あの夜の出来事が夢だったかのように。  

 だが、一つだけおかしなことがあった。  

 こたつ布団の内側――そこに、見覚えのない黒ずんだ足跡が、いくつも残っていた。
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