餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

092.鬼を積む

　気がつくと、俺は河原にいた。どこまでも広がる灰色の地面。冷たい風が吹きつける。見渡せば、あちこちで子供たちがせっせと石を積んでいる。

「ああ……ここが賽の河原か」

　なるほど、親より先に死んだ子供はここで石を積む運命らしい。確かに俺は交通事故で死んだばかりだ。記憶はある。なのに、こうして自分が幽霊になってるのは、なんというか実感が湧かない。

「おい、新入り！　さっさと石を積めよ！」

　隣の子供が声をかけてきた。どうやらこの賽の河原にはルールがあるらしい。言われるがままに石を拾い、積み上げてみる。なるほど、これは地道な作業だ。だが、何かがおかしい。
　積み上げた石が、突然崩れた。

「ちくしょう！　またか！」

　周りの子供たちが一斉に叫ぶ。どうやら鬼がやってきて、積んだ石を壊していくらしい。
　鬼は、にやにや笑いながら石の塔を蹴り倒す。

「積んだって無駄だぜぇ。どうせまた壊してやるよぉ」

　俺は無言で鬼を見つめた。すると鬼は、俺の視線に気づき、ニヤリと笑う。

「お前も積んでみるか？　どうせ無駄だけどな！」

　瞬間、俺の中で何かが弾けた。

「……ふざけんな！」

　思い切り石を掴み、鬼の顔面にぶつけた。

「ぐへっ！」

　鬼はその場に倒れる。周りの子供たちが驚いたように俺を見るが、気にしない。俺はさらに石を拾い、鬼に叩きつけた。

「積めってんなら、鬼を積む！」

　殴り倒した鬼を石の代わりに積み上げる。これがなかなか楽しい。鬼はじたばた暴れるが、そんなことはお構いなしだ。

「よし、もう一体！」

　俺の行動を見て、他の子供たちも立ち上がった。

「そうだ！　鬼を積もう！」
「積まれるのは俺たちじゃない！」

　子供たちは次々と鬼を捕まえ、積み上げていった。鬼たちは「やめろー！」と喚くが、そんな言葉を聞く耳はない。

　気がつくと、鬼の塔ができあがっていた。倒れていた鬼たちは、今やきれいに積み上げられている。

「……もっと鬼はいないの？」

　俺がそう呟いた瞬間、意識が遠のいた。
　次に目を開けると、病院のベッドの上だった。

「奇跡だ……！　心肺停止からよく戻った！」

　医者が驚いたように叫んでいる。どうやら俺は生き返ったらしい。周りを見回すと、家族が泣いている。

「お前、ずっと昏睡状態だったんだぞ……」

　親父が震える声で言う。

「夢を見ていたのか？」

　俺は首を振った。

「いや、地獄に行ってたよ。でも、まあ……楽しかったよ」

　俺は苦笑した。

　その日、病院の廊下で、小さな影を見た気がした。俺と同じように賽の河原にいた子供たちだったのかもしれない。
　もしかすると、まだ鬼を積み続けているのかもしれないな……。