餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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101.こっくりさんの代償

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 小学校六年生の時の話だ。

 あの頃の私は、怖い話が大好きだった。夏休みには友達と肝試しに行ったり、学校の七不思議を探したりして、怖がりながらもワクワクしていた。
 そんな私が、ある日を境に怖い話どころか、“こっくりさん”という言葉を聞くだけで震え上がるようになった。その理由を、今から話そうと思う。

 私の通っていた小学校は、どこにでもあるような古い校舎だった。全体が薄汚れたコンクリート造りで、廊下の床は磨り減って艶を失い、雨が降ると窓枠の隙間から水が染み出してくる。
 音楽室のピアノは調律がされておらず、妙に不気味な音を奏で、理科室には使われていない薬品が埃をかぶって並んでいた。こういう場所は、どうしても怪談話が絶えない。

 中でも、私たちの間で盛り上がっていたのが“こっくりさん”だ。小学校の高学年になると、誰もが一度は試してみるものだった。
 紙に「あ・い・う・え・お」や「はい」「いいえ」を書いて、十円玉を乗せて、みんなで指を置き、質問をする。霊が答えてくれる――そんな遊びだ。


 その日も、放課後の教室で友達数人と集まり、「こっくりさんをやろう」という話になった。私を含めて四人、同じクラスの仲良しグループだった。教室には誰もおらず、薄暗い夕方の光が窓から差し込んでいた。どこか背徳感のある雰囲気に、私たちは高揚していた。

「本当に動くのかな」「怖くない?」誰かがそう言ったが、誰も本気で怖がってはいなかった。怖いというより、面白半分だった。

 机の上に紙を広げ、十円玉を置く。そして、私たちは一斉に指を乗せた。「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」そう唱えた時、なぜか背筋に寒気が走った。
 窓の外から吹き込んでくる風のせいだろうか。いや、違う。それは、言葉にするのが難しい、妙な気配だった。

 最初は何も起こらなかった。十円玉はピクリとも動かず、友達の一人が「あれ? 動かないじゃん」と笑いながら言った。その瞬間だった。十円玉が、スッ……と紙の上を滑ったのだ。

「えっ……動いた!」

 誰かが叫ぶ。私たちは顔を見合わせた。

「誰か、力を入れてるんじゃない?」

 疑いの声が上がったが、みんな首を振った。私も力なんか入れていない。それなのに、十円玉はゆっくりと動いていた。最初は「はい」の方向に向かった。

「こっくりさん、こっくりさん、あなたはここにいますか?」

 友達の一人が恐る恐る尋ねる。十円玉はまた動き、「はい」の上に止まった。

「すごい……本当にいるんだ」

 誰かが小声で呟いた。その言葉で、私たちの興奮はピークに達した。次々と質問を投げかける。「私の好きな人、知ってる?」「明日の天気は?」こっくりさんは、まるで本当に答えているかのように十円玉を動かし、質問に応じた。

 しかし、ある質問をした時から、空気が変わった。

「こっくりさん、私たちに何か危険なことが起こりますか?」

 その質問をしたのは、私だった。なんとなく怖いもの見たさで口にしたのだ。すると、十円玉が動いた。「はい」の方へ……。

「え……どういうこと?」

 誰かが震える声で言った。私たちは不安になりながらも、さらに質問を続けた。

「どうして危険なことが起こるの?」

 そう聞くと、十円玉は「あ」「な」「た」「た」「ち」と動いた。

「私たち?」

 その時、窓がガタガタと音を立てて揺れた。風のせいだ、と誰かが言ったが、明らかに風の強さとは釣り合わない音だった。さらに、教室の隅で何かが動いた気がした。黒板の前にある掃除用具入れの扉が、わずかに開いていたのだ。

「やめよう……」

 一人が震えた声で言った。誰も反対しなかった。もうこれ以上続けるべきではない――全員がそう感じていた。

「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」

 私たちは急いでそう唱えた。だが、十円玉は動かなかった。何度唱えても、十円玉は紙の上に留まり続けた。その時、教室の外から足音が聞こえた。廊下を歩く音だ。誰かが来たのだと思い、振り返ったが、誰もいない。

「ねえ……誰もいないよ」

 その言葉で全員が青ざめた。足音は、確かに近づいてきている。にもかかわらず、廊下には人の気配がない。そして、足音が教室の前で止まった。

「……」

 息を殺して、誰も動けなかった。扉の向こう側に何かがいる――そう思うだけで、全身から汗が噴き出した。すると、扉がギィ……と音を立てて少し開いた。
 だが、そこには誰もいなかった。ただ、空気が変わった。冷たく、重たく、そして息苦しい空気が教室に満ちていった。

 その時、十円玉が動き出した。誰も触れていない。それなのに、スルスルと紙の上を滑っていく。そして、文字を指しながら「し」「ぬ」という言葉を作った。

「やめて!」

 誰かが叫んだ瞬間、十円玉が弾かれるように飛び上がり、机の下に落ちた。私たちは一斉に立ち上がり、教室を飛び出した。廊下を駆け抜け、外に出るまで誰も振り返らなかった。


 それから数日間、私は学校に通うのが怖かった。教室に入るたびに、あの時の空気を思い出してしまう。結局、こっくりさんをやった四人全員が、あの出来事について二度と話さなくなった。誰もが、自分の中で封印したのだ。

 その後、あの教室で奇妙な出来事が続いたという噂を聞いた。掃除当番だった生徒が、誰もいないはずの教室で机が勝手に動くのを見たとか、夜遅くまで残っていた先生が廊下を歩く足音を聞いたとか。
 どれも他愛ない噂話かもしれない。だが、あの日の記憶がある私には、それが本当だとしか思えなかった。


 それ以来、私はこっくりさんなんて二度とやらないと決めた。キツネの像を見ても怖くなり、神社の鳥居をくぐるのさえ嫌になった。あの時、こっくりさんを通じて何かを呼び寄せてしまったのだと、今でも信じている。

 あの教室――いや、あの場所には、まだ“何か”がいる。きっと、私たちが終わらせられなかった何かが。
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