餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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106.写真の中の男

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 友人の佐々木から写真が送られてきたのは、金曜の夜だった。何の前触れもなく、スマートフォンに通知が届き、開いてみるとそこには一枚の画像が添付されていた。特にメッセージはなく、ただ画像だけがポツンと送られてきたのだ。

 画像には、古びた部屋が写っていた。木造の床は傷だらけで、壁には薄汚れた襖が立てかけられている。中央には、こちらをじっと見つめる一人の男が立っていた。無表情で、どこか薄気味悪い顔立ちをしていた。髪は短く、色白の肌は妙に青白く見える。着ているものは古びたスーツで、どこか昭和の雰囲気が漂っていた。

「なんだよこれ……」

 思わず声に出したが、もちろん答えはない。佐々木が冗談で送ってきたのだろうか。それにしては説明も何もなく、ただ写真だけというのは妙だった。
 私は軽く肩をすくめてスマホを置き、そのまま寝ることにした。

 翌朝、目が覚めると、再び佐々木からメッセージが届いていた。今度もまた写真だった。添付されていたのは、昨夜のものとほぼ同じ写真――そう見えた。
 ただ、一つだけ違っていた。

 男の顔が、微妙に動いているのだ。

 最初の写真では正面を向いていたはずの男が、二枚目では少し首を傾けていた。まるでこちらを覗き込むような角度になっている。その変化はわずかだったが、確かに違っていた。

「おい、なんだこれ。どういうつもりだ?」

 私は佐々木にメッセージを送った。だが、返事はなかった。既読すらつかない。仕事で忙しいのかもしれないと思い、私はそれ以上追及しなかったが、どうにも気味が悪かった。
 写真をじっと見つめていると、男の無表情な顔が頭の奥にこびりつくようで、嫌悪感すら湧いてきた。

 結局、その日は仕事に追われて写真のことを忘れていた。しかし、夜になると、再び佐々木から三枚目の写真が送られてきた。

 今度の写真では、男が少し前に動いていた。わずかに足を踏み出しており、姿勢が変わっている。顔の向きもさらにこちら側へ傾いていた。まるで、写真の中からこちらをじっと見ているようだった。

 私はスマホを握りしめ、佐々木に電話をかけた。発信音が響き、何度目かでようやく繋がった。

「おい、佐々木! 一体どういうつもりだ? あの写真、なんなんだよ!」

「……写真?」

 電話の向こうの佐々木は、低い声で呟いた。普段の彼の陽気な調子とは違い、どこか曖昧で、まるで寝ぼけているようだった。

「とぼけるなよ。さっきも送ってきただろう? あの男の写真だよ!」

「俺……何も送ってないぞ」

 その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。佐々木がそんな冗談を言うような奴ではないことは知っている。だが、それならこの写真は一体――。

「本当に送ってないのか?」

「ああ。お前、疲れてるんじゃないのか?」

 佐々木の声が遠のいていくように感じた。私はそれ以上追及する気力を失い、電話を切った。だが、スマホの画面に映る男の顔が、どうしても頭から離れなかった。


 三日目の夜、四枚目の写真が送られてきた。その中の男は、さらに前へと歩みを進めていた。これまでの写真では部屋の中央にいた男が、今では画面いっぱいに迫っている。顔は相変わらず無表情だが、目だけはこちらを鋭く見つめているように感じた。

 私はその写真を見た瞬間、全身が震えた。男の姿が、ただの写真の中のものではないように思えたのだ。
 いや、写真を通じてこちらに近づいてきている――そんな錯覚すら覚えた。

「こんなのおかしい……」

 私は写真を削除しようとした。だが、スマホの操作を進めると、なぜか削除のアイコンが反応しない。何度試しても写真は消えなかった。
 仕方なくスマホを机に投げ出し、深夜の冷たい空気を吸い込んで気を落ち着けようとした。

 そのとき、ふと視線を感じた。部屋の窓の外――いや、窓ガラスそのものに何かが映っている。私は恐る恐る振り返った。

 そこには、写真の男が立っていた。

 スマホの画面越しに見ていたはずの男が、まるで現実の空間に飛び出してきたかのように、窓の向こう側にいたのだ。私は息を呑み、後ずさった。男は表情一つ変えず、ただじっとこちらを見ている。

「どうして……」

 声が震え、何も考えられなかった。男はゆっくりと窓に手を伸ばし、その指先がガラスに触れる。ガラス越しに聞こえるかすかな音が、私の耳に刺さった。

「やめろ……来るな!」

 私は叫び、部屋を飛び出した。階段を駆け下り、外へ逃げ出す。背後から追いかけてくる気配を感じた。振り返る勇気はなかった。ただひたすら走り続けた。

 気がつくと、町外れの古い公園にたどり着いていた。荒れ果てた遊具が月明かりに照らされ、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。
 息を整えながら、私は周囲を見回した。男の姿はなかった。

「……夢だ。きっと全部夢なんだ」

 自分にそう言い聞かせ、膝に手をついたときだった。ポケットの中でスマホが震えた。新しい写真が送られてきたのだ。

 恐る恐る画面を開くと、そこには私自身の姿が写っていた。男の立っていた古びた部屋の中に、私が立っている。まるで写真の中に閉じ込められているかのようだ。

 その後の記憶は曖昧だ。写真を見た瞬間、意識が遠のき、気がつくと自分の部屋の布団の中にいた。
 あの日の出来事は、本当に現実だったのか――それともただの悪夢だったのか。確かめる方法はない。

 しかし、一つだけ言えるのは、あの男の写真が未だに私のスマホから消えないということだ。そして、写真の中には、少しずつ動いているもう一人の私が写り続けている。
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