餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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152.出口はこちら

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 私の名前は美咲。  
 
 実は、この名前が嫌いだ。

 親が適当に付けたような響きがするし、実際、私が生まれたときなんて両親の関係は冷え切っていたらしい。

 そんな状況で、心を込めて名前を考えるなんてできるわけがない。

 だから、この名前は私そのものを象徴している。

 どうでもいい存在。

 誰かの人生の端っこにひっかかっただけの、取るに足らない存在。

 私は学校でも家でも透明だった。

 誰かに話しかけられることも少ないし、必要最低限の会話だけで日々が過ぎていく。

 友達はいたけど、心の底から信じているわけじゃない。

 いや、向こうだって同じだろう。

 表面上の付き合いに過ぎない。

 だから、私がいなくなっても誰も困らないだろうし、寂しがる人なんていない。

 それなら、消えたほうがマシだと思った。

 そんな気持ちを抱えながら、私はネットの海を彷徨っていた。

 死に方を検索するのは初めてじゃない。

 でも、どの方法も現実感がなくて、いまいち踏み切れなかった。

 飛び降りなんて勇気がいるし、薬だって簡単じゃない。

 首を吊るなんて苦しそうだし、失敗したらもっと惨めになる。

 そんなとき、ふと目に留まったのが「本当に逝ける自殺サイト」という文字だった。


 サイトのデザインは妙に簡素だった。

 黒い背景に白い文字だけが並んでいて、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。

 だけど、不思議と目を離せなかった。

 そこにはこう書かれていた。

「このサイトに辿り着いたあなたは、もう苦しまなくていい。確実で痛みのない方法を提供します。詳細はメールでお伝えします――」

 私は半信半疑でメールフォームに名前とアドレスを入力した。

 偽名でも良かったのだが、どうせ死ぬつもりなら本名でも構わないと思った。

 少しの躊躇いもなく送信ボタンを押した自分に驚いたが、それ以上に、返事が来るのが待ち遠しかった。

 数時間後、返信が届いた。  

 そこにはこう書かれていた。

「ご登録ありがとうございます。次の手順をお知らせします。深夜〇時に指定の公園にお越しください。出口への案内をいたします」

 深夜〇時、という曖昧な表現が妙に不気味だった。

 それでも、私は指定された公園の場所を確認し、その時間に行くことに決めた。

 どうせ死ぬなら、試してみる価値はある。


 夜の公園は想像以上に静かだった。

 街灯が点々と並んでいたが、その光は薄暗く、むしろ不安を煽るような雰囲気を作り出していた。

 時計を見ると約束の時間が近い。私はベンチに腰掛け、周囲を見回した。

 すると、ぽつりぽつりと人が現れた。

 どれも私と同じようにどこか影のある人たちだった。

 中年の男、若い女性、学生風の少年……みんな無言で、ただ時間を待っているようだった。

「来ましたね」

 突然の声に振り返ると、黒いスーツを着た男が立っていた。

 その顔は異様なほど白く、痩せこけた頬が不気味だった。

 どこか作り物のような笑みを浮かべながら、彼は私たちを見回した。

「皆さん、ようこそ。ここはあなた方が選んだ最後の場所です。さあ、“出口”はこちらです」

 男が手を差し伸べた先には、公園の奥に続く小道があった。

 昼間には気づかなかった道だ。

 いや、昼間には存在しなかったのかもしれない。

 私は胸の奥でざわつくものを感じながらも、他の人々と一緒にその道を進むことにした。


 道は次第に暗くなり、周囲の景色がぼやけていく。

 まるで現実そのものが薄れていくようだった。

 そして、やがて私たちは「それ」を目にした。

 目の前には、闇よりも濃い裂け目が広がっていた。

 底が見えない暗黒の空間。

 その裂け目からは、まるで生き物のような気配が漂っていた。

 私たちの中の一人が震える声で言った。

「これが……出口?」

 スーツの男はにこりと笑い、頷いた。

「そうです。ここから先へ進めば、あなた方はもう苦しむことはありません。さあ、どうぞ」

 彼の言葉に促されるように、一人の中年男性が足を踏み出した。

 彼は裂け目に吸い込まれるように進み、その姿が闇の中に消えた。

 次に若い女性が続き、彼女もまた音もなく姿を消した。

 私は足がすくんで動けなかった。

 だが、周囲の人々は次々と裂け目へ吸い込まれていく。

 まるで何かに引き寄せられるように、誰も疑問を抱かず進んでいくのだ。


 気づけば、私は最後の一人になっていた。スーツの男が微笑みながら私を見ている。

「どうしました? あなたも選んだはずです」

 その言葉に反論する気力はなかった。

 確かに私はここに来ると決めた。

 だが、裂け目を前にして、足が動かない。

 恐怖なのか、それとも別の感情なのか、自分でもわからなかった。

「もう戻れませんよ」

 男の声が冷たく響いた。

 その瞬間、私は理解した。

 この場所に来た時点で、選択肢など最初からなかったのだ。

 サイトにアクセスし、メールを送り、ここに来た。

 その一連の行動が、すでに私を「出口」へと導いていたのだ。

「さあ、行きなさい」

 男が囁いた。その声に押されるように、私は裂け目へと一歩踏み出した。

 足元が消える感覚。

 そして、全身を包む冷たい闇。

 意識が遠のいていく中で、私は思った。

 ここが出口だとして、どこへ繋がっているのだろう――。

 それを考える暇もなく、私の意識は完全に途絶えた。

――――――――――

 翌日、公園の片隅で、複数のスマホが発見された。

 画面には「本当に逝ける自殺サイト」の文字が表示されていたという。

 それ以降、その公園では奇妙な噂が絶えない。

 深夜になると、裂け目が現れるという話だ。

 そして、一度そのサイトにアクセスした者は、決して戻ることができないと言う。
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