百万回転生した勇者

柚木

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百万回目の転生

毒って痛いんだよな

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 東棟の整備を終えた翌日、俺は詰め所でまたくだを巻いていた。

「タクト、何をしたら学園の清掃を一日でクビになるんだ?」

「色々あったんです」

 あの後理事長に確認を申し出ると、理事長は激怒げきどしていた。
 ノノを学園内に入れたこと、フランのサボりを咎めなかったこと、ゴミの分別が出来ていないこと、掃除が雑なこと、他にも色々とグチグチと説教された挙句そのまま帰宅させられた。
 一応一日分の一万円はもらうことはできたが、俺の心は完全に折れた。

「じゃあ、やっぱりこっちの方がいいか? 少し危険だが、慎重にやれば死にはしない」

 イージスさんが差し出して来たのは討伐とうばつの依頼だった。
 都合のいいことに討伐の対象は、ウォーターエレメンタル。
 モンスター化した水の精霊で物理は効かない。そのうえダメージを与えられるのは水以外の魔法という特殊なモンスターだ。
 そしてエレメンタル系のモンスターは精神攻撃を仕掛けてくる。古い記憶を呼び起こしてこちらの感情を揺さぶる。これの討伐に行けば都合のいい記憶だけは取り戻したことにできる。

「やります。このモンスターの事を少し教えてください」

 それからエレメンタル系の講義をイージスさんに受け、魔法の【ウィンド】を教えてもらった。
 散々使った魔法なので聞く必要はなかったのだが、一応使い方は聞いておいた。
 これが終わればこの辺の記憶は戻ったことにすれば手間が減る。

 目的の場所は俺が最初に一角ウサギを狩った森。
 最初の町の近くの森は比較的ひかくてきおとなしいモンスターが多い。空腹の状態でなければ自ら襲ってくることも少ないはずだった。

「はあ……、これで何匹目だ?」

 十を超えた辺りで数えるのは止めたが、森のモンスターが絶えず襲ってくる。
 一角ウサギにアイアンアント、果てにはこの辺では珍しいグリズリーまで現れている。
 明らかに異常だ、自分の事ばかり考えていて気付かなかったが、そもそもエレメンタルがこの森に現れていること自体が異常事態いじょうじたいだ。
 エレメンタル系は本来スラム街の近くや、人の入らない森や洞窟の奥のように邪悪な力が集まりやすい場所に出現するモンスターだ。

 これは俺が受けて正解だったかもしれない。
 イージスさんくらいの人じゃないと、こいつらの対処はできないだろう。もしカロとか駆け出しのハンターが来ていたら、あっという間に囲まれてしまっていた。
 俺は更に森の奥に向かっていくととんでもない物が鎮座ちんざしていた。

「原因はこれか……、なんでこんなのがここにあるんだよ……」

 獣道を進み、人が普段訪れないところにそれはあった。
 大木ほどのドラゴンの卵。
 薄い紫色の被膜ひまくに覆われているということは、ポイズンドラゴン。
 過去の転生で何度も倒したことはあるが、どれも魔王の住処の側だ。
 雑食で大食い、その上専属のドラゴンキラーが隊列を作らないと討伐は不可能らしい。
 成長すれば触れたもの全てが毒に侵されてしまう特性も持っている厄介なアイドウロン。

 アイドウロンは人間以外に自分の体内で魔力を生成できる存在だ。
 最たるものはドラゴンで人間に友好的な物も好戦的な物も存在している。
 しかしドラゴンは標高の高い山の上や海底、火山の火口付近など人が踏み入れることが難しい場所で生まれる。
 決してこんな町の近くの森にいる様な存在ではない。

 そんな異常な場所にある卵は小さく脈打ちその中心には、大きなドラゴンが見えている。
 大きな翼が身を守っていることを除けば胎児たいじの様に手足を丸め卵の中に存在している。
 うろこまで生えているってことはだいぶ成長も進み近いうちに孵化うかしてしまう。
 森のモンスターが暴れている原因はこれとみて間違いないだろう。溢れる瘴気しょうき毒気どくけが周辺に悪影響を与えている。
 ウォーターエレメンタルもこいつが原因で生まれたと見て間違いない。
 この卵を壊せば、これ以上森が荒れることはないんだけど……。

 俺は改めて卵を見上げる。
 序盤でこんなのを壊すと思っていなかったので武器が無い。
 魔法で消したいんだけど、ドラゴンの中には極稀ごくまれに魔法に耐性を持っているのもいるんだよな。それで一度取り逃したこともあるし。
 仕方ない。即席でハンマーでも作るか。
 近くの大樹をへし折ろうとしたその時ドラゴンの目が開く。

 爬虫類はちゅうるいの様な目で俺を見据え、周囲を見渡す。
 時間は残ってないみたいだな。
 俺は近くの大樹を力任せに引き抜く。

「悪く思うなよ」

 俺は引き抜いた大木を力任せに振り下ろした。
 一瞬だけ感じだ反発も気にせず振りぬくが、大木が地面の当たることはなかった。
 ドラゴンの卵に触れたその一瞬で大木は砂のような枯れ木に変化し地面に落ちる。

 そしてズンと地面が揺れ、その衝撃で土埃が舞う。
 その奥に見えるはずの卵は消え、代わりに大きな影が見えた。
 土埃つちぼこりが晴れると俺の三倍はありそうなポイズンドラゴンがすでに臨戦態勢りんせんたいせいを取っていた。

 頑丈がんじょうな鱗は紫色に輝き、大木ほどの足は城壁を軽々と破壊し、手に携える長く鋭い爪は死を思わせる。
 それらの武器は確かに強力で、都市一つを壊滅に追いやれるが、本当に恐ろしいのはそこではない。奴の牙とブレスだ。
 牙は毒液を、ブレスは毒の煙を吐き出し、周囲を一気に汚染する。

「毒って痛いんだよな」

 それを知っていて素手で挑む俺を見たら、見た人達は自殺志願者だと思い「逃げろ」と止めるだろう。

「タクトさん、ダメです逃げてください!」

 そうこんな風に。
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