9 / 57
魔族の潜む街
詰め所のせんべい布団とは大違いだ……
しおりを挟む
「いいか、三人で口裏を合わせるんだぞ。ドラゴンは出たけど勇者様が助けてくれた。俺達は偶然森で出会った。森の警戒は怠らないようにと勇者様に言われた。勇者様は魔王を倒す旅に向かった。設定は以上だ。なるべく俺が説明するから二人は適当に相槌を打ってくれればいい」
「わかりました。勇者様!」
「フランちゃん、勇者様はやめる様にお兄さんに言われたでしょ」
「そうでした。タクト様」
「普通にタクトって呼んでもらいたいんだけどな……」
森の中に散らばるモンスターのドロップや、モンスターの核である魔石を無事に広い終わり、俺達は最後の打ち合わせをした。
口裏を合わせ、勇者の存在は俺じゃないとこの町の人達に印象付ける。
一人一つの袋を担ぎ詰め所に向かった。
「――という感じで、勇者様に助けて頂きました」
「よくわかったよ。ありがとうなノノ。それに引き換えタクトは説明もできないのか……」
「ごめんなさい……」
あれだけ大見えを切ったのに、俺は必要なことを何一つイージスさんに伝えることができず、説明は全てノノがしてくれた。
危うくドラゴンが出たという事実だけが独り歩きして町が大騒ぎになるところだった。
本当に情けない限りである……。
「しかし流石勇者だな。これだけのドロップを平気でくれるんだから懐が広い。もらったのはお前達なわけだが、現金と物資どっちがいいんだ?」
「欲しいものがあるので基本物資で余った分を現金にしてください」
「わかった、すぐに手配させるからこの用紙に希望の物をかけ」
一枚の紙を受け取り、生活に必要な物を書いていく。
「俺は書き終わったから二人も好きな物を書いてくれ」
そのまま二人も同じ紙に必要な物を書き終わりイージスさんに渡す。二人はあまり欲しいものが無いらしく紙はほとんど埋まらない。
このままだと結構なまとまった金が手に入りそうだな。
それから数日で物資が届いたと連絡を貰い、イージスさんに案内されながら新居に向かうことになった。
「急ぎだろうから家は空き家で少し古いんだが構わないか? 新しい家も準備はしているから仮住まいってことになる。他に書かれていた物も家に置いている」
「ありがとうございます。家は雨風がしのげるなら文句はないですよね、お兄さん」
「うん。本当に助かります」
今日も矢面に立って会話をしてくれているのはノノで、昨日と引き続きフランもいるのだが俺に隠れるだけ。
本当にノノのコミュ力が羨ましい。
「しかしノノはいいのか? 安全だろうが、男と一つ屋根の下だぞ?」
「大丈夫です。私はお兄さんの事好きですし、優しいので私が嫌がることはしませんから」
そう言ってくれるのは嬉しいが、男として見られていない感が悲しい。
今だって俺の腕に抱き付いているし、本当に兄のような扱いだ。
「よかったじゃないか。記憶の無いお前に妹ができたみたいだぞ」
「一人じゃないのは確かに嬉しいですけどね」
それからしばらく歩き、町の外れに家は立っていた。
見た目はお世辞にも綺麗とは言えないが、とても大きく丁寧に修繕されている二階建ての立派な家だ。
この辺りでは一般的な石造りの家で広さもそれなり、イージスさんの話では全部で五部屋あるらしい。
元は大家族が住んでいたらしいが、他の町に移住してからは空き家になっていたらしい。
これが俺の新しい家か。
豪邸とは到底言えないが、それでも自分の家というだけで世界一の豪邸の様に思えた。
「三人分の物は分けておいてるが、フランの分もこっちで本当によかったのか? お前の家に渡しに行ってもいいんだぞ」
「だ、大丈夫です」
そしてこの家の鍵を受け取ってイージスさんは帰って行った。
渡された鍵で玄関に入る。
外から見ても広かったが中はもっと広く感じた。人が住んでいたからかどこか生活感があり温かさを感じる。
一階は居間やトイレに浴室やキッチンなどの共有部分、二階が個人の部屋となっている。
個室で一番広いのは二階の奥にある部屋、その他の四部屋は全て同じ造りになっていた。
「家っていうよりも寮とか宿屋って感じだな」
「そうですね。そうなるとあそこのキッチンが受付でしょうか?」
俺達が家の内部を調べている間、フランはどこか不機嫌そうな顔をしていた。
「フランの荷物はここみたいだな。注文したのと間違っていないか確認してくれ」
フランは無言のまま部屋に入って行った。
やっぱり何か変だな。無口なのはいつも通りと言えばいつも通りなんだけど、違和感があると言うか、何かを怒っている感じだ。
「なあノノ、フランの様子がなんか変じゃないか? 怒ってるっていうかなんていうか変だ」
「お兄さんはフランちゃんの事が心配ですか?」
「当然だろ、仲良くなったわけだし。俺デリカシーとかそういうのはよくわからないし口下手だからな、フランを変に傷つけたりしたのかなって考えてたんだけどさっぱりだ」
何かしでかしたなら謝りたいんだけど、何をやらかしたかわからないせいで謝れない。
「お兄さんはフランちゃんの事が心配なんですね。そんなに悲しそうな顔しないでください。私が慰めてあげますから私の部屋に行きましょうか」
俺の答えを聞いたノノはわざとらしく考える素振りを見せたかと思えば、突然フランの居る部屋に向かってそんなことを言い始めた。
すると勢いよく部屋のドアが開いた。
「タクト様は、何もしてません! 私は怒っていません……から……?」
突然叫んだかと思えばそのままノノをにらみつける。
「ノノさん、少しお話があります」
これは間違いなく怒っている。いつものどこか怯えた言葉ではなくはっきりと力の籠った声だった。
ノノはやっちゃったな。という顔をしてフランの部屋に入って行った。
怒られるであろうノノの事は可哀想だが、フランがあそこまで感情を見せたのが何故か嬉しく感じ俺は自分の荷物を探した。
注文が多かったからかここの家主が俺だからかは知らないが、俺の荷物は一番広い部屋に置かれていた。
荷ほどきをしながら中身を確認する。
ベッドなんかの家具に、日用品、それと装備を一式。
装備は剣と鎧だ。鎧はチートスキル【金剛不壊】で壊れることがないため見た目用で十分なので一番安い物を選んだが、武器だけは少し高い物を選んだ。
チートスキル【鴉雀無声】のせいで【金剛不壊】の効果が無くなってしまうため、それなりの頑丈さが必要だ。
相手の面倒な魔法も向こうにできるから【鴉雀無声】は便利なんだけどな……。
それから数分ほどで全ての荷物が問題なく届いていることを確認を終えると、他の荷物は後でいいやと先に寝床を作ることに決め、ベッドにマット、布団を準備し早速横になってみる。
「ああ、気持ちいい……、詰め所のせんべい布団とは大違いだ……」
詰め所の布団は床で寝ているのと大差ないほどに薄く、その上埃っぽい。
寝床があるだけマシと自分に言い聞かせ寝ていたが、その必要はもういらない。俺の布団、俺の寝床がここにできた。
「もう、このまま寝てしまおうかな……、蓄えもできたし、家も寝床もあるしもういいんじゃないかな」
ふかふかのベッドというのは人から意欲という物をことごとく奪っていくな……。
「タクト様、入ってよろしいでしょうか?」
「いいぞ、入れ入れ」
急にフランが訪問してきたが、俺はベッドから動く気にはならない。
だらしないと思われても致し方無い。気持ちいいものは気持ちいいのだ。
「お休み中でしたか? 邪魔なら帰りますけど」
「大丈夫だぞ、別に寝るつもりじゃないし」
そうは言いつつも正直いつ眠ってもおかしくない。
「お休みになっていただいて結構です。その、差し支えなければ私がタクト様の部屋をお片付けさせていただきたいのですが」
「別に気を使わなくてもいいんだぞ。くつろいで行ってくれ」
「いいえ、気を使っているわけではなくて、私がお片付けしたいのです。よろしいですか?」
「わかった、じゃあ、片づけてくれ」
なんで片づけてくれるフランが下手に出て、片づけられている俺が上からなのか。
眠気で朦朧としている俺には何も考えることができなかった。
それは突然だった。
眠りから覚める程に異常な魔力が町に近づいてきた。
「タクト様どうかしましたか?」
部屋の中には片づけてくれているフランが突然起き上がった俺に奇異の目を向けているが、それどころではない。
「フラン、今すぐ家に……、いや、寧ろここの方が安全か」
この魔力は知っている。
魔王直属の近衛隊だ。
奴らは破壊衝動が魔力を宿した様な化け物で、免疫の様に魔王に害をなすものを破壊して回る通称『イミュニティー』。
どこの世界でも共通しているのはその名前と、純白のマントと純白の飾りのない仮面を身に纏っている姿だ。
ポイズンドラゴンが出た時に考えておかないといけないことだったな。
イレギュラーで片づけていい規模ではなかった。
こんな辺鄙な場所にあんなドラゴンが居る理由なんて、一つしかなかった。
誰かがわざとあそこに置いた。近隣の町からは離れていて全滅しても気づかれにくい。
「タクト様、どうかしたんですか? 怖い顔をしてらっしゃいますが……」
「ちょっとこの町にとって悪いことが起った」
それが何かを説明すよりも早く町の入り口で何かが墜落した音が聞こえた。
「今の音がそうなんですか?」
「お兄さん、外で何か凄い音が聞こえましたけど」
今の音に驚いてノノも部屋に入ってきた。
しかし今は事情を話している暇もない。
こうなると自分の事ばかり気にしても居られない。
正体がバレるかもしれないがこれを使うしかないらしい。
俺は届いた荷物の中からある物を取り出し装備する。
模様の入った真黒な仮面に安い防具だと気づかれない大き目の黒いマント。
これなら俺だと気づかれることはないだろう。
「二人とも絶対この家から出るなよ。この家の中は安全だからな。【プロテクト】これでこの家は魔王が来ても平気だ。だから絶対ここに居るように」
家の中から魔法陣は見えないが、この家に今防御魔法を張った。
魔王でさえ壊せない強固な防御魔法だ。これでこの家は万が一にも壊されることはない。
「お兄さん、その恰好でものすごく真剣そうに言われても反応に困るんですけど」
「タクト様カッコいいです」
ドン引きのノノとうっとりした表情のフラン。
その対照的な反応にどうしていいかわからなくなっているが、とりあえずイミュニティーの元に急ぐことにした。
「人間共、ポイズンドラゴンを倒した人間を出せ。イミュニティーの名において消却してくれる」
広場にはたくさんの町の人がいた。
その中にそいつは真っ白なマントに真っ白な仮面でそう町の人にそう宣言する。
明らかに異質で異様な姿の存在が、ドラゴンというありえない単語を口にしている。
その恐怖心が町の人々から反抗心を奪いイミュニティーの指示に従っている。
飛び出してもいいのか? 他のイミュニティーはこの場に来ているのか?
「そこの人間は知っているか?」
「ド、ドラゴンが出たことも、知らない……」
俺が悩んでいるうちに一人の男性が首を掴まれ持ち上げられる。しかし警備隊の人達以外にドラゴンの存在は知らされてはいない。
「た、助けてくれ……、ぐっ、がっ……」
その答えが不服だったらしいイミュニティーは男性の首をより強く締め付ける。
「知らないならこのまま死――」
考えている余裕はもう残されていない。
そのため俺は一気にイミュニティーとの距離を詰め、真っ白な仮面に拳をたたきつけようと拳を振るう。
しかし触れる直前にイミュニティーは姿を消し、離れた位置に移動し男性はその場で地面に落ちる。
落下と同時に咳き込んだため生きてはいるらしく俺は胸を撫でおろす。
こいつらの厄介なところはこの移動術。近距離とは言え瞬間移動が使える。
こちらの攻撃は直前で当たらず、向こうの攻撃は突然死角から現れる。
移動先に攻撃したいが、気配も一瞬で消えるため追撃も運任せ。何度転生しても面倒くさい相手だ。
「お前がドラゴンを倒したのか」
「ああ、俺がドラゴンを倒した。何か文句あるのか?」
「なら消去だ」
突然目の前に白い仮面が現れ、爪の武器を向けてくる。
見えたその手を掴みにかかるがやはりすんでのところで消えてしまい、空を切ってしまう。
そして次の瞬間には背後に周り攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃を避け反撃するもまた消えてしまう。
「早いな。それならこういうのはどうだ?」
「このクソ野郎」
イミュニティーは町の人を盾にした。
一人の子供に爪を向ける。
「この人間を殺されたくなければゆっくりとこちらに来――」
「来てやったぞ」
チートスキル【物換星移】で子供と俺の位置を入れ替える。
そして剣に触れさせ【鴉雀無声】の力で瞬間移動を封じる。
「魔王はどこにいる? それと魔王の二つ目の心臓はどこにある?」
「な、なぜ移動できない?」
今更自分の能力が封じられていることに気が付いたイミュニティーは、自分が負けたことを理解した。
「言えるわけがない。我らは魔王様に忠誠をささげる存在――」
そのまま剣でイミュニティーの体を半分に切ると、死骸はそのまま黒い煙に消え、魔石だけが残った。
ここで先に魔王の心臓がどこにあるかわかれば楽だったんだけどな。イミュニティーは相変わらず口が堅い。倒すのが面倒くさい上に情報もなしとか相手にしたくないんだよな。
剣を納めると、突然の歓声と共に町人が一斉俺の元に駆けよってきた。
「勇者様ですか?」「助けて頂いてありがとうございます」「お礼を受け取ってください」「ドラゴンも倒したことがあるんですか?」
何十人もの人が俺を取り囲み、あれやこれやと質問をしてくる。
駄目だ、もう何を言っていいかも何を言われているのかもわからない。
俺は咄嗟に【物換星移】を使い一番外側に居た人間と入れ替わり脱兎のごとく走り出した。
それからバレないように自分の家に戻り、姿を隠していた仮面とマントを取る。
「お兄さんお帰りなさい。さっきの衝撃よりも外が騒がしいのですが、何をしていたのですか?」
「ノノ、数ってやっぱり怖いよな……」
俺はそうつぶやいた。
「わかりました。勇者様!」
「フランちゃん、勇者様はやめる様にお兄さんに言われたでしょ」
「そうでした。タクト様」
「普通にタクトって呼んでもらいたいんだけどな……」
森の中に散らばるモンスターのドロップや、モンスターの核である魔石を無事に広い終わり、俺達は最後の打ち合わせをした。
口裏を合わせ、勇者の存在は俺じゃないとこの町の人達に印象付ける。
一人一つの袋を担ぎ詰め所に向かった。
「――という感じで、勇者様に助けて頂きました」
「よくわかったよ。ありがとうなノノ。それに引き換えタクトは説明もできないのか……」
「ごめんなさい……」
あれだけ大見えを切ったのに、俺は必要なことを何一つイージスさんに伝えることができず、説明は全てノノがしてくれた。
危うくドラゴンが出たという事実だけが独り歩きして町が大騒ぎになるところだった。
本当に情けない限りである……。
「しかし流石勇者だな。これだけのドロップを平気でくれるんだから懐が広い。もらったのはお前達なわけだが、現金と物資どっちがいいんだ?」
「欲しいものがあるので基本物資で余った分を現金にしてください」
「わかった、すぐに手配させるからこの用紙に希望の物をかけ」
一枚の紙を受け取り、生活に必要な物を書いていく。
「俺は書き終わったから二人も好きな物を書いてくれ」
そのまま二人も同じ紙に必要な物を書き終わりイージスさんに渡す。二人はあまり欲しいものが無いらしく紙はほとんど埋まらない。
このままだと結構なまとまった金が手に入りそうだな。
それから数日で物資が届いたと連絡を貰い、イージスさんに案内されながら新居に向かうことになった。
「急ぎだろうから家は空き家で少し古いんだが構わないか? 新しい家も準備はしているから仮住まいってことになる。他に書かれていた物も家に置いている」
「ありがとうございます。家は雨風がしのげるなら文句はないですよね、お兄さん」
「うん。本当に助かります」
今日も矢面に立って会話をしてくれているのはノノで、昨日と引き続きフランもいるのだが俺に隠れるだけ。
本当にノノのコミュ力が羨ましい。
「しかしノノはいいのか? 安全だろうが、男と一つ屋根の下だぞ?」
「大丈夫です。私はお兄さんの事好きですし、優しいので私が嫌がることはしませんから」
そう言ってくれるのは嬉しいが、男として見られていない感が悲しい。
今だって俺の腕に抱き付いているし、本当に兄のような扱いだ。
「よかったじゃないか。記憶の無いお前に妹ができたみたいだぞ」
「一人じゃないのは確かに嬉しいですけどね」
それからしばらく歩き、町の外れに家は立っていた。
見た目はお世辞にも綺麗とは言えないが、とても大きく丁寧に修繕されている二階建ての立派な家だ。
この辺りでは一般的な石造りの家で広さもそれなり、イージスさんの話では全部で五部屋あるらしい。
元は大家族が住んでいたらしいが、他の町に移住してからは空き家になっていたらしい。
これが俺の新しい家か。
豪邸とは到底言えないが、それでも自分の家というだけで世界一の豪邸の様に思えた。
「三人分の物は分けておいてるが、フランの分もこっちで本当によかったのか? お前の家に渡しに行ってもいいんだぞ」
「だ、大丈夫です」
そしてこの家の鍵を受け取ってイージスさんは帰って行った。
渡された鍵で玄関に入る。
外から見ても広かったが中はもっと広く感じた。人が住んでいたからかどこか生活感があり温かさを感じる。
一階は居間やトイレに浴室やキッチンなどの共有部分、二階が個人の部屋となっている。
個室で一番広いのは二階の奥にある部屋、その他の四部屋は全て同じ造りになっていた。
「家っていうよりも寮とか宿屋って感じだな」
「そうですね。そうなるとあそこのキッチンが受付でしょうか?」
俺達が家の内部を調べている間、フランはどこか不機嫌そうな顔をしていた。
「フランの荷物はここみたいだな。注文したのと間違っていないか確認してくれ」
フランは無言のまま部屋に入って行った。
やっぱり何か変だな。無口なのはいつも通りと言えばいつも通りなんだけど、違和感があると言うか、何かを怒っている感じだ。
「なあノノ、フランの様子がなんか変じゃないか? 怒ってるっていうかなんていうか変だ」
「お兄さんはフランちゃんの事が心配ですか?」
「当然だろ、仲良くなったわけだし。俺デリカシーとかそういうのはよくわからないし口下手だからな、フランを変に傷つけたりしたのかなって考えてたんだけどさっぱりだ」
何かしでかしたなら謝りたいんだけど、何をやらかしたかわからないせいで謝れない。
「お兄さんはフランちゃんの事が心配なんですね。そんなに悲しそうな顔しないでください。私が慰めてあげますから私の部屋に行きましょうか」
俺の答えを聞いたノノはわざとらしく考える素振りを見せたかと思えば、突然フランの居る部屋に向かってそんなことを言い始めた。
すると勢いよく部屋のドアが開いた。
「タクト様は、何もしてません! 私は怒っていません……から……?」
突然叫んだかと思えばそのままノノをにらみつける。
「ノノさん、少しお話があります」
これは間違いなく怒っている。いつものどこか怯えた言葉ではなくはっきりと力の籠った声だった。
ノノはやっちゃったな。という顔をしてフランの部屋に入って行った。
怒られるであろうノノの事は可哀想だが、フランがあそこまで感情を見せたのが何故か嬉しく感じ俺は自分の荷物を探した。
注文が多かったからかここの家主が俺だからかは知らないが、俺の荷物は一番広い部屋に置かれていた。
荷ほどきをしながら中身を確認する。
ベッドなんかの家具に、日用品、それと装備を一式。
装備は剣と鎧だ。鎧はチートスキル【金剛不壊】で壊れることがないため見た目用で十分なので一番安い物を選んだが、武器だけは少し高い物を選んだ。
チートスキル【鴉雀無声】のせいで【金剛不壊】の効果が無くなってしまうため、それなりの頑丈さが必要だ。
相手の面倒な魔法も向こうにできるから【鴉雀無声】は便利なんだけどな……。
それから数分ほどで全ての荷物が問題なく届いていることを確認を終えると、他の荷物は後でいいやと先に寝床を作ることに決め、ベッドにマット、布団を準備し早速横になってみる。
「ああ、気持ちいい……、詰め所のせんべい布団とは大違いだ……」
詰め所の布団は床で寝ているのと大差ないほどに薄く、その上埃っぽい。
寝床があるだけマシと自分に言い聞かせ寝ていたが、その必要はもういらない。俺の布団、俺の寝床がここにできた。
「もう、このまま寝てしまおうかな……、蓄えもできたし、家も寝床もあるしもういいんじゃないかな」
ふかふかのベッドというのは人から意欲という物をことごとく奪っていくな……。
「タクト様、入ってよろしいでしょうか?」
「いいぞ、入れ入れ」
急にフランが訪問してきたが、俺はベッドから動く気にはならない。
だらしないと思われても致し方無い。気持ちいいものは気持ちいいのだ。
「お休み中でしたか? 邪魔なら帰りますけど」
「大丈夫だぞ、別に寝るつもりじゃないし」
そうは言いつつも正直いつ眠ってもおかしくない。
「お休みになっていただいて結構です。その、差し支えなければ私がタクト様の部屋をお片付けさせていただきたいのですが」
「別に気を使わなくてもいいんだぞ。くつろいで行ってくれ」
「いいえ、気を使っているわけではなくて、私がお片付けしたいのです。よろしいですか?」
「わかった、じゃあ、片づけてくれ」
なんで片づけてくれるフランが下手に出て、片づけられている俺が上からなのか。
眠気で朦朧としている俺には何も考えることができなかった。
それは突然だった。
眠りから覚める程に異常な魔力が町に近づいてきた。
「タクト様どうかしましたか?」
部屋の中には片づけてくれているフランが突然起き上がった俺に奇異の目を向けているが、それどころではない。
「フラン、今すぐ家に……、いや、寧ろここの方が安全か」
この魔力は知っている。
魔王直属の近衛隊だ。
奴らは破壊衝動が魔力を宿した様な化け物で、免疫の様に魔王に害をなすものを破壊して回る通称『イミュニティー』。
どこの世界でも共通しているのはその名前と、純白のマントと純白の飾りのない仮面を身に纏っている姿だ。
ポイズンドラゴンが出た時に考えておかないといけないことだったな。
イレギュラーで片づけていい規模ではなかった。
こんな辺鄙な場所にあんなドラゴンが居る理由なんて、一つしかなかった。
誰かがわざとあそこに置いた。近隣の町からは離れていて全滅しても気づかれにくい。
「タクト様、どうかしたんですか? 怖い顔をしてらっしゃいますが……」
「ちょっとこの町にとって悪いことが起った」
それが何かを説明すよりも早く町の入り口で何かが墜落した音が聞こえた。
「今の音がそうなんですか?」
「お兄さん、外で何か凄い音が聞こえましたけど」
今の音に驚いてノノも部屋に入ってきた。
しかし今は事情を話している暇もない。
こうなると自分の事ばかり気にしても居られない。
正体がバレるかもしれないがこれを使うしかないらしい。
俺は届いた荷物の中からある物を取り出し装備する。
模様の入った真黒な仮面に安い防具だと気づかれない大き目の黒いマント。
これなら俺だと気づかれることはないだろう。
「二人とも絶対この家から出るなよ。この家の中は安全だからな。【プロテクト】これでこの家は魔王が来ても平気だ。だから絶対ここに居るように」
家の中から魔法陣は見えないが、この家に今防御魔法を張った。
魔王でさえ壊せない強固な防御魔法だ。これでこの家は万が一にも壊されることはない。
「お兄さん、その恰好でものすごく真剣そうに言われても反応に困るんですけど」
「タクト様カッコいいです」
ドン引きのノノとうっとりした表情のフラン。
その対照的な反応にどうしていいかわからなくなっているが、とりあえずイミュニティーの元に急ぐことにした。
「人間共、ポイズンドラゴンを倒した人間を出せ。イミュニティーの名において消却してくれる」
広場にはたくさんの町の人がいた。
その中にそいつは真っ白なマントに真っ白な仮面でそう町の人にそう宣言する。
明らかに異質で異様な姿の存在が、ドラゴンというありえない単語を口にしている。
その恐怖心が町の人々から反抗心を奪いイミュニティーの指示に従っている。
飛び出してもいいのか? 他のイミュニティーはこの場に来ているのか?
「そこの人間は知っているか?」
「ド、ドラゴンが出たことも、知らない……」
俺が悩んでいるうちに一人の男性が首を掴まれ持ち上げられる。しかし警備隊の人達以外にドラゴンの存在は知らされてはいない。
「た、助けてくれ……、ぐっ、がっ……」
その答えが不服だったらしいイミュニティーは男性の首をより強く締め付ける。
「知らないならこのまま死――」
考えている余裕はもう残されていない。
そのため俺は一気にイミュニティーとの距離を詰め、真っ白な仮面に拳をたたきつけようと拳を振るう。
しかし触れる直前にイミュニティーは姿を消し、離れた位置に移動し男性はその場で地面に落ちる。
落下と同時に咳き込んだため生きてはいるらしく俺は胸を撫でおろす。
こいつらの厄介なところはこの移動術。近距離とは言え瞬間移動が使える。
こちらの攻撃は直前で当たらず、向こうの攻撃は突然死角から現れる。
移動先に攻撃したいが、気配も一瞬で消えるため追撃も運任せ。何度転生しても面倒くさい相手だ。
「お前がドラゴンを倒したのか」
「ああ、俺がドラゴンを倒した。何か文句あるのか?」
「なら消去だ」
突然目の前に白い仮面が現れ、爪の武器を向けてくる。
見えたその手を掴みにかかるがやはりすんでのところで消えてしまい、空を切ってしまう。
そして次の瞬間には背後に周り攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃を避け反撃するもまた消えてしまう。
「早いな。それならこういうのはどうだ?」
「このクソ野郎」
イミュニティーは町の人を盾にした。
一人の子供に爪を向ける。
「この人間を殺されたくなければゆっくりとこちらに来――」
「来てやったぞ」
チートスキル【物換星移】で子供と俺の位置を入れ替える。
そして剣に触れさせ【鴉雀無声】の力で瞬間移動を封じる。
「魔王はどこにいる? それと魔王の二つ目の心臓はどこにある?」
「な、なぜ移動できない?」
今更自分の能力が封じられていることに気が付いたイミュニティーは、自分が負けたことを理解した。
「言えるわけがない。我らは魔王様に忠誠をささげる存在――」
そのまま剣でイミュニティーの体を半分に切ると、死骸はそのまま黒い煙に消え、魔石だけが残った。
ここで先に魔王の心臓がどこにあるかわかれば楽だったんだけどな。イミュニティーは相変わらず口が堅い。倒すのが面倒くさい上に情報もなしとか相手にしたくないんだよな。
剣を納めると、突然の歓声と共に町人が一斉俺の元に駆けよってきた。
「勇者様ですか?」「助けて頂いてありがとうございます」「お礼を受け取ってください」「ドラゴンも倒したことがあるんですか?」
何十人もの人が俺を取り囲み、あれやこれやと質問をしてくる。
駄目だ、もう何を言っていいかも何を言われているのかもわからない。
俺は咄嗟に【物換星移】を使い一番外側に居た人間と入れ替わり脱兎のごとく走り出した。
それからバレないように自分の家に戻り、姿を隠していた仮面とマントを取る。
「お兄さんお帰りなさい。さっきの衝撃よりも外が騒がしいのですが、何をしていたのですか?」
「ノノ、数ってやっぱり怖いよな……」
俺はそうつぶやいた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる