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魔族信仰 ハバリトス
ノノちゃんって呼んでもいい?
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「ノーナアルヴェルスお手柄だったな。勇者を捕らえるとは驚いたよ」
「ありがとうございます。司祭様」
牢にタクトを収監してからノノはクルトでの最高責任者オーガ・シクルルスに結果を報告しに来ていた。
オーガ・シクルルスは御年八十六になる老体でありながら、クルトに住むハバリトスの信者に恐れられている。
残虐な処刑も教典に書かれていればそれを実行できる冷酷さを持ち合わせており、周囲の人間から冷血の処刑人と呼ばれていた。
ノノはそんなオーガに拾われ育てられた。
ハバリトスの信者の三割近くはノノの様に孤児だ。
身寄りがなく逃げられない子供達を洗脳紛いの方法で調教している。
ノノがそれに気が付いたのはつい最近で気が付いたからといっても、すでにノノから逃げるという選択肢は存在していなかった。
「それでお前が部屋に匿っている少女のことだが、あの男を縛る鎖になるとのことだがそこまでしなければならないほどに男は強大な力を持っているのか?」
「はい。私が知る限りポイズンドラゴン、イミュニティー、グリーンスライム、そして魔族ヴェルモンドを単独で打ち取っています」
「それほどか。それならばその少女の世話はお前に任せるがよいな」
「承りました」
その言葉に安堵しノノは司祭の部屋を後にした。
フランちゃんが助かってなんで安堵してるんだろう。
こんなところに閉じ込めて表の世界に出られないようにして何を自分勝手に安堵しているんだろう。
友達が助かったから?
そもそも友達をこんな組織に居る時点で助かってなんかいないのに。
ノノの考えは自室についた段階ですぐに消えた。
自室の前に居る二人に異常が無かったかを確認しノノは自室に入る。
キックスにある家よりも広い部屋に入るとフランはノノが出かけた時の状態のままソファーに座っていた。
「フランちゃん、好きにくつろいでいいんだよ。外には出してあげられないけどね」
ノノは無感情のままにそう言いフランの対面に座る。
「ノノさん私は怒っています」
「だろうね。いきなりこんな部屋に閉じ込められれば誰だってそうだよ」
「そんなことじゃないです。なんで裏切ったんですか?」
裏切るその言葉にノノは胸が痛んだ気がした。
しかしそれは気のせいだとノノは痛みを無視する。
「それは違うよ。最初からあの人を捕まえるために行動を共にしてきただけ。だから裏切ってなんかいない」
魔族を倒せる可能性のある者を片っ端からここに連れてくるのが私の仕事だ。
あの人もあそこまででたらめに強くなければよかったんだ。
普通に人見知りないい人だったらキックスで時が来るまで友達でいられた。
「タクト様ならこんな状況簡単に覆してくれるよ。ノノさんもそれは知ってるよね」
「無理だよ。あの人は逃げ出さない。一人だったら確かにこの程度の町すぐに制圧できるだろうね」
魔族さえも歯が立たないあの人なら、フランちゃんの言う通りすぐにでもあの牢を壊して司祭様を倒せる。
そうしてハバリトスの支部が一つ消えてなくなるだろう。
「それなら――」
「でもフランちゃんがいるでしょ? か弱くて可愛くて自分に懐いてくれる女の子のフランちゃんがいるんだよ」
「私のせいで……タクト様は逃げられない?」
フランは自分の現状を正しく理解した。
なんで自分が生きているのか、なぜここまで自由な暮らしをしているのか。
全てはタクトに行動させないためだと理解した。
自分が平和に暮らしているのはタクトが捕まっているからだと理解した。
理解したからこそみんなが助かるためにどうすればいいかフランは深く考える。
「だからフランちゃんは安全だよ。欲しい物があったら買いに行かせるし、食べたいものがあれば何でも食べさせてあげる。遊び相手も用意してあげる。この部屋でできる事なら何でも言ってね。私が全力で甘やかしてあげるから何でも言って」
「それなら――」
これは私の贖罪なのかもしれない。
関係の無いはずだったフランちゃんをここに閉じ込めてしまった私の贖罪。
友達としての贖罪だ。
殴らせろと言われれば殴らせるつもりだった。
その辺の男と寝ろと言われれば寝るつもりだった。
目を抉れと言われれば抉るつもりだった。
きっと自分はそれくらいのことをしたのだとノノは理解はしていた。
しかし理解はしていても、ハバリトスの楔はノノの心に深く突きささっている。
「それならノノちゃんって呼んでもいい?」
「……?」
想像もしていなかった言葉に私は声が出なかった。
無理難題を吹っかけてくると思っていた。
あの男を助けてあげてなんていうものだと思っていた。
「やっぱりだめかな?」
「それくらいなら許可の必要もないけど」
「呼び方を変えるのって結構勇気がいるから。こんな時に言わないと」
「ふふっ、あははは」
そのあまりにも普通な反応にノノは大口を開けて笑ってしまう。
人質になっているはずなのにそれを感じさせないほどに普通の友達同士の様な会話に笑いが堪えられない。
「ノノちゃん酷いよ。言い出すの結構勇気が必要だったんだからね」
「うん。好きに呼んでいいよ、私もフランちゃんって呼んでるし」
「なんかようやくいつものノノちゃんになってくれて嬉しいよ」
いつもの私ってなんだろう。
こんな風に笑っているのが私なのかな?
それなら笑っていよう。
フランちゃんはそれを望んでいるはずだ。
「そう言えば私いつも笑顔だったね。ここに来ると笑い方忘れちゃうんだよ」
そう言って笑顔を作るノノを見て、フランはノノが壊れていることに気が付いていた。
この笑顔は笑顔じゃない。
笑っているけど笑っていない。
タクト様ならどうやって助けるんだろう。
ノノちゃんをこんなにした誰かを倒すのかな?
それともそうじゃないって怒ったりするのかな?
今の私にそんなことはできないから、できないなりにキックスに居た時のノノちゃんを取り戻そう。
ノノちゃんは私の数少ない大事な友達だから。
「それじゃあ、今お茶を持ってこさせるね。それとお菓子も必要だよね」
ノノが笑顔で外に居る監視役に声をかける。
「それくらい他の人でもいいでしょ?」
監視役の人と何かを言い争っているらしくフランはノノに近づく。
「あの小娘の無事を伝え、その上でこちらの要件を伝える。その適役はお前しかいないと司祭様からの勅命だノーナアルヴェルス」
「勅命……わかった。それならまずフランちゃんにお茶とお菓子を私が戻ってきたら私の分も部屋に届けて」
あの人には会いたくないな。
どんな顔をして会えばいいのかわからない。
あの人と居ると心がかき乱される。
ここにいた時とキックスに居た時の二人の私が混ざって不安定になる……。
「ノノちゃんこれからタクト様に会いに行くの?」
「うん。何か伝えて欲しいことはある?」
ノノは一瞬だけ見せた戸惑いの表情はすぐに笑顔に塗りつぶされる。
「私も頑張るからタクト様も負けないでって伝えて」
「わかった必ず伝えるね。それじゃあお茶とお菓子はすぐに来ると思うから私は行ってくるね」
ノノは部屋を出ると無感情な表情に戻ってしまう。
私は今何をしてるんだろう……。
あの人を罠に嵌めてフランちゃんを守って、ハバリトスに従って何をしてるんだろう……。
ノノは自分の中にある感情が徐々にわからなくなってきたまま、教会の地下にある収容所に向かっていった。
「ありがとうございます。司祭様」
牢にタクトを収監してからノノはクルトでの最高責任者オーガ・シクルルスに結果を報告しに来ていた。
オーガ・シクルルスは御年八十六になる老体でありながら、クルトに住むハバリトスの信者に恐れられている。
残虐な処刑も教典に書かれていればそれを実行できる冷酷さを持ち合わせており、周囲の人間から冷血の処刑人と呼ばれていた。
ノノはそんなオーガに拾われ育てられた。
ハバリトスの信者の三割近くはノノの様に孤児だ。
身寄りがなく逃げられない子供達を洗脳紛いの方法で調教している。
ノノがそれに気が付いたのはつい最近で気が付いたからといっても、すでにノノから逃げるという選択肢は存在していなかった。
「それでお前が部屋に匿っている少女のことだが、あの男を縛る鎖になるとのことだがそこまでしなければならないほどに男は強大な力を持っているのか?」
「はい。私が知る限りポイズンドラゴン、イミュニティー、グリーンスライム、そして魔族ヴェルモンドを単独で打ち取っています」
「それほどか。それならばその少女の世話はお前に任せるがよいな」
「承りました」
その言葉に安堵しノノは司祭の部屋を後にした。
フランちゃんが助かってなんで安堵してるんだろう。
こんなところに閉じ込めて表の世界に出られないようにして何を自分勝手に安堵しているんだろう。
友達が助かったから?
そもそも友達をこんな組織に居る時点で助かってなんかいないのに。
ノノの考えは自室についた段階ですぐに消えた。
自室の前に居る二人に異常が無かったかを確認しノノは自室に入る。
キックスにある家よりも広い部屋に入るとフランはノノが出かけた時の状態のままソファーに座っていた。
「フランちゃん、好きにくつろいでいいんだよ。外には出してあげられないけどね」
ノノは無感情のままにそう言いフランの対面に座る。
「ノノさん私は怒っています」
「だろうね。いきなりこんな部屋に閉じ込められれば誰だってそうだよ」
「そんなことじゃないです。なんで裏切ったんですか?」
裏切るその言葉にノノは胸が痛んだ気がした。
しかしそれは気のせいだとノノは痛みを無視する。
「それは違うよ。最初からあの人を捕まえるために行動を共にしてきただけ。だから裏切ってなんかいない」
魔族を倒せる可能性のある者を片っ端からここに連れてくるのが私の仕事だ。
あの人もあそこまででたらめに強くなければよかったんだ。
普通に人見知りないい人だったらキックスで時が来るまで友達でいられた。
「タクト様ならこんな状況簡単に覆してくれるよ。ノノさんもそれは知ってるよね」
「無理だよ。あの人は逃げ出さない。一人だったら確かにこの程度の町すぐに制圧できるだろうね」
魔族さえも歯が立たないあの人なら、フランちゃんの言う通りすぐにでもあの牢を壊して司祭様を倒せる。
そうしてハバリトスの支部が一つ消えてなくなるだろう。
「それなら――」
「でもフランちゃんがいるでしょ? か弱くて可愛くて自分に懐いてくれる女の子のフランちゃんがいるんだよ」
「私のせいで……タクト様は逃げられない?」
フランは自分の現状を正しく理解した。
なんで自分が生きているのか、なぜここまで自由な暮らしをしているのか。
全てはタクトに行動させないためだと理解した。
自分が平和に暮らしているのはタクトが捕まっているからだと理解した。
理解したからこそみんなが助かるためにどうすればいいかフランは深く考える。
「だからフランちゃんは安全だよ。欲しい物があったら買いに行かせるし、食べたいものがあれば何でも食べさせてあげる。遊び相手も用意してあげる。この部屋でできる事なら何でも言ってね。私が全力で甘やかしてあげるから何でも言って」
「それなら――」
これは私の贖罪なのかもしれない。
関係の無いはずだったフランちゃんをここに閉じ込めてしまった私の贖罪。
友達としての贖罪だ。
殴らせろと言われれば殴らせるつもりだった。
その辺の男と寝ろと言われれば寝るつもりだった。
目を抉れと言われれば抉るつもりだった。
きっと自分はそれくらいのことをしたのだとノノは理解はしていた。
しかし理解はしていても、ハバリトスの楔はノノの心に深く突きささっている。
「それならノノちゃんって呼んでもいい?」
「……?」
想像もしていなかった言葉に私は声が出なかった。
無理難題を吹っかけてくると思っていた。
あの男を助けてあげてなんていうものだと思っていた。
「やっぱりだめかな?」
「それくらいなら許可の必要もないけど」
「呼び方を変えるのって結構勇気がいるから。こんな時に言わないと」
「ふふっ、あははは」
そのあまりにも普通な反応にノノは大口を開けて笑ってしまう。
人質になっているはずなのにそれを感じさせないほどに普通の友達同士の様な会話に笑いが堪えられない。
「ノノちゃん酷いよ。言い出すの結構勇気が必要だったんだからね」
「うん。好きに呼んでいいよ、私もフランちゃんって呼んでるし」
「なんかようやくいつものノノちゃんになってくれて嬉しいよ」
いつもの私ってなんだろう。
こんな風に笑っているのが私なのかな?
それなら笑っていよう。
フランちゃんはそれを望んでいるはずだ。
「そう言えば私いつも笑顔だったね。ここに来ると笑い方忘れちゃうんだよ」
そう言って笑顔を作るノノを見て、フランはノノが壊れていることに気が付いていた。
この笑顔は笑顔じゃない。
笑っているけど笑っていない。
タクト様ならどうやって助けるんだろう。
ノノちゃんをこんなにした誰かを倒すのかな?
それともそうじゃないって怒ったりするのかな?
今の私にそんなことはできないから、できないなりにキックスに居た時のノノちゃんを取り戻そう。
ノノちゃんは私の数少ない大事な友達だから。
「それじゃあ、今お茶を持ってこさせるね。それとお菓子も必要だよね」
ノノが笑顔で外に居る監視役に声をかける。
「それくらい他の人でもいいでしょ?」
監視役の人と何かを言い争っているらしくフランはノノに近づく。
「あの小娘の無事を伝え、その上でこちらの要件を伝える。その適役はお前しかいないと司祭様からの勅命だノーナアルヴェルス」
「勅命……わかった。それならまずフランちゃんにお茶とお菓子を私が戻ってきたら私の分も部屋に届けて」
あの人には会いたくないな。
どんな顔をして会えばいいのかわからない。
あの人と居ると心がかき乱される。
ここにいた時とキックスに居た時の二人の私が混ざって不安定になる……。
「ノノちゃんこれからタクト様に会いに行くの?」
「うん。何か伝えて欲しいことはある?」
ノノは一瞬だけ見せた戸惑いの表情はすぐに笑顔に塗りつぶされる。
「私も頑張るからタクト様も負けないでって伝えて」
「わかった必ず伝えるね。それじゃあお茶とお菓子はすぐに来ると思うから私は行ってくるね」
ノノは部屋を出ると無感情な表情に戻ってしまう。
私は今何をしてるんだろう……。
あの人を罠に嵌めてフランちゃんを守って、ハバリトスに従って何をしてるんだろう……。
ノノは自分の中にある感情が徐々にわからなくなってきたまま、教会の地下にある収容所に向かっていった。
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