35 / 57
魔族信仰 ハバリトス
ビックリしたか?
しおりを挟む
翌朝を迎えた。
今日の昼にあの人は魔族に洗脳される。
少しだけ残念だけど、私のために仕方のない犠牲だ。
「ノノちゃん、おはよう……」
私が起きたからかフランちゃんも目が覚めたらしい。
体を起こして伸びをするとフランちゃんには大きいパジャマのせいか、パジャマが肩からズレ落ちてしまう。
女の子同士のせいかズレたことに何の恥じらいも無いらしく、そのままパジャマを脱いで普段着に着替え始める。
こういうのももうないんだよな。
一方の自由を手に入れるともう一方の自由を失う。
ようやく気が付いたこの事実もまた忘れることになるだろう。
自分達の朝食を終え、あの人の元に向かう。
「ランスグライスさん。こいつにこんな食事を与えてもいいんですか?」
すでにいくつか積み上げられている食器に看守が狼狽えていた。
「いいんです。今日で最後、最後の晩餐くらいは好きなだけ食べてあげさせますよ」
「今日なんですか?」
やっとこの暇な仕事が終わるのかと看守は胸を撫でおろしている。
対してこの人は聞こえていないのか昨日と同じように食べかすを散らかしながら黙々と食事をしていた。
「聞いてるの? 今日魔族がここに来るの、あんたも終わりなの」
「聞こえてるよ。それでフランは間に合ったのか?」
「ごめんなさい、間に合わなかったみたいです。だってさ」
部屋を出る時にフランちゃんにそう言われた。
説得は成功していると言ってもいい。
私も二人には助かって自由というものを見せてもらいたい。
だけどもうすでに遅くどうしようもない。
フランちゃんが逃げ出さないように私の家を信者が囲んでいて、蟻一匹通れない。
もうこの人の洗脳が完了するまで誰も身動きは取れない。
「そっか、間に合わなかったか」
「残念だったね、ご愁傷様」
「腹いっぱいになれた、ありがとうな」
そのやり取りを最後に私は教会を後にし、定時連絡を司祭様に伝え私は自分の部屋に戻る。
「タクト様は元気だった?」
「馬鹿みたいに食ってたから元気だろうね」
おそらく私とフランちゃんの生活もこれで終わり。
太陽が昇り切る時には魔族が来てあの人を洗脳してしまう。
このまま時間が流れなければいいのにな。
なんでお兄さんとフランちゃんを騙しちゃったんだろう。
今更の後悔を重ね気が付くと太陽は天辺を通過していた。
「ランスグライスさん、司祭様がお待ちです」
「今行きます」
私はハバリトスの正装として黒いローブを身に纏い、フランちゃんに目を向ける。
「ごめんね、魔族が来たみたいだからもう行くね。短い付き合いだけど楽しかったよ」
「大丈夫だよ」
こんな時でさえフランちゃんはお兄さんを信用しているんだな。
洗脳にも魔族にも負けないと信じている。
私は魔族を信じてしまったんだな。
定時連絡に使う応接間ではなく教会跡に私は呼ばれていた。
「ノーナアルヴェルス間に合ってよかった。これから魔族ウール様がいらっしゃる、お前も司祭になるなら顔を覚えておいてもらえ」
「はい、ありがとうございます」
そして私が教会に入ってからすぐに地鳴りと共に魔族が現れた。
心の内を表す様に禍々しい大きな角、ほぼ側面についた目はどこでも見渡せそうで、私の倍くらいありそうな巨躯をしていた。
ヤギの獣人の魔族。
その姿は人間にとって死と同義と思えるほどの威圧感で、私は今すぐ逃げ出したくなる。
「それが、お前の後釜になるのか?」
「はい。その通りでございます。この者が自称勇者を捕らえました」
「名前は何というのだ?」
私の方を向くだけで冷や汗が止まらない。
今すぐに逃げ出したい、自ら死んだ方がマシだと思えるほどの威圧感。
質問に口さえも動かせない。
「申し訳ありません、ウール様の強さを感じ取ったらしく口が利けないようです。この者の名前はノーナアルヴェルス・ランスグライスというものでございます」
「そうか。お前は従順そうだ、我ら魔族のためにその身を捧げよ」
「は、はい……」
私の頭に蹄の様な手を置かれると生きた心地がしなかった。
脳裏には私の体が砂の様に崩れ死ぬ姿が浮かぶ。
隠していたとは言え、同じ魔族のヴェルモンドを前にした時には一切感じなかった感情だった。
こんな怪物が相手だと流石にお兄さんといえ勝てるはずがない。
手足を縛られ身動きできない状態で死神と形容できるこの魔族を相手にして生き残れるはずがない。
「ノーナアルヴェルスもうよいぞ、部屋に帰っていろ。今後の事は後で連絡する」
「はい」
背中に感じる圧倒的な威圧感に耐えながらなんとか部屋に戻る。
部屋に入るなり私は床に膝を着き震えてしまう。
お兄さんはあんなレベルの化物の親玉を倒そうとしているの?
無理、絶対に無理、あれは人間が勝てる存在じゃない。
「ノノちゃん、落ち着いて。紅茶飲む?」
「ごめんね、フランちゃん。あれにはいくらお兄さんでも勝ち目はないよ、洗脳されてもされなくても結局死んじゃう。ごめん……」
私はフランちゃんに抱き付きながらひたすら謝り続けた。
友達だと思っていた彼女の好きな人をあんな怪物に差し出した罪悪感に私は押しつぶされそうになり何度も何度も謝り続ける。
それを聞きながらフランちゃんは私を慰めてくれた。
「ありがとう。少しだけ落ち着いた」
「それはよかったよ」
震えながらもようやく自分を取り戻し席に着いたのに、部屋の扉がノックされた。
「ランスグライスさん、司祭様が人質を連れて広場に来いとのご命令です」
「……わかりました」
この時フランちゃんの処刑が決まったのだと理解した。
この可愛い彼女もあいつに殺されてしまう。
そのことを何度も何度も謝りながらフランちゃんの手に鎖を巻いた。
「大丈夫だって、タクト様は負けないから」
負けないはずはない。
洗脳に成功したからフランちゃんを呼んでいるんだ。
私はこれから友達を処刑場に連れて行かないといけない。
言われた通り広場に連れて行くと魔族ウールと司祭様にハバリトスの信者、それとお兄さんがすでにスタンバイしていた。
やっぱりお兄さんでもダメだったんだ。
「ノーナアルヴェルス人質をここに」
言われるがままフランちゃんを支持された場所に連れて行き、座らせてしまった。
「これより勇者による仲間の処刑を行う」
魔族の宣言に周囲は大きな声を上げた。
所々お兄さんの体に見える傷跡からお兄さんは必死に反抗したのがわかる。
やっぱり駄目だったんだ……。
「勇者よお前の手でお前の仲間を殺せ!」
魔族の雄たけびでお兄さんは持っていた剣を振り下ろす。
見ていられず目を閉じると、剣が深く地面に刺さる音が聞こえた。
「【プロテクト】」
それと同時に聞きなれた声が聞こえた。
目を開けると私とフランちゃんを覆う防御の魔法がかけられていた。
「お兄さん……?」
「ビックリしたか? 俺達ばっかり騙されっぱなしなのは納得いかなくてちょっとびっくりさせてみた」
快活な笑顔を向けるお兄さんと、可愛らしく舌を出したフランちゃん。
無事な二人に私は溢れる涙を止められなかった。
今日の昼にあの人は魔族に洗脳される。
少しだけ残念だけど、私のために仕方のない犠牲だ。
「ノノちゃん、おはよう……」
私が起きたからかフランちゃんも目が覚めたらしい。
体を起こして伸びをするとフランちゃんには大きいパジャマのせいか、パジャマが肩からズレ落ちてしまう。
女の子同士のせいかズレたことに何の恥じらいも無いらしく、そのままパジャマを脱いで普段着に着替え始める。
こういうのももうないんだよな。
一方の自由を手に入れるともう一方の自由を失う。
ようやく気が付いたこの事実もまた忘れることになるだろう。
自分達の朝食を終え、あの人の元に向かう。
「ランスグライスさん。こいつにこんな食事を与えてもいいんですか?」
すでにいくつか積み上げられている食器に看守が狼狽えていた。
「いいんです。今日で最後、最後の晩餐くらいは好きなだけ食べてあげさせますよ」
「今日なんですか?」
やっとこの暇な仕事が終わるのかと看守は胸を撫でおろしている。
対してこの人は聞こえていないのか昨日と同じように食べかすを散らかしながら黙々と食事をしていた。
「聞いてるの? 今日魔族がここに来るの、あんたも終わりなの」
「聞こえてるよ。それでフランは間に合ったのか?」
「ごめんなさい、間に合わなかったみたいです。だってさ」
部屋を出る時にフランちゃんにそう言われた。
説得は成功していると言ってもいい。
私も二人には助かって自由というものを見せてもらいたい。
だけどもうすでに遅くどうしようもない。
フランちゃんが逃げ出さないように私の家を信者が囲んでいて、蟻一匹通れない。
もうこの人の洗脳が完了するまで誰も身動きは取れない。
「そっか、間に合わなかったか」
「残念だったね、ご愁傷様」
「腹いっぱいになれた、ありがとうな」
そのやり取りを最後に私は教会を後にし、定時連絡を司祭様に伝え私は自分の部屋に戻る。
「タクト様は元気だった?」
「馬鹿みたいに食ってたから元気だろうね」
おそらく私とフランちゃんの生活もこれで終わり。
太陽が昇り切る時には魔族が来てあの人を洗脳してしまう。
このまま時間が流れなければいいのにな。
なんでお兄さんとフランちゃんを騙しちゃったんだろう。
今更の後悔を重ね気が付くと太陽は天辺を通過していた。
「ランスグライスさん、司祭様がお待ちです」
「今行きます」
私はハバリトスの正装として黒いローブを身に纏い、フランちゃんに目を向ける。
「ごめんね、魔族が来たみたいだからもう行くね。短い付き合いだけど楽しかったよ」
「大丈夫だよ」
こんな時でさえフランちゃんはお兄さんを信用しているんだな。
洗脳にも魔族にも負けないと信じている。
私は魔族を信じてしまったんだな。
定時連絡に使う応接間ではなく教会跡に私は呼ばれていた。
「ノーナアルヴェルス間に合ってよかった。これから魔族ウール様がいらっしゃる、お前も司祭になるなら顔を覚えておいてもらえ」
「はい、ありがとうございます」
そして私が教会に入ってからすぐに地鳴りと共に魔族が現れた。
心の内を表す様に禍々しい大きな角、ほぼ側面についた目はどこでも見渡せそうで、私の倍くらいありそうな巨躯をしていた。
ヤギの獣人の魔族。
その姿は人間にとって死と同義と思えるほどの威圧感で、私は今すぐ逃げ出したくなる。
「それが、お前の後釜になるのか?」
「はい。その通りでございます。この者が自称勇者を捕らえました」
「名前は何というのだ?」
私の方を向くだけで冷や汗が止まらない。
今すぐに逃げ出したい、自ら死んだ方がマシだと思えるほどの威圧感。
質問に口さえも動かせない。
「申し訳ありません、ウール様の強さを感じ取ったらしく口が利けないようです。この者の名前はノーナアルヴェルス・ランスグライスというものでございます」
「そうか。お前は従順そうだ、我ら魔族のためにその身を捧げよ」
「は、はい……」
私の頭に蹄の様な手を置かれると生きた心地がしなかった。
脳裏には私の体が砂の様に崩れ死ぬ姿が浮かぶ。
隠していたとは言え、同じ魔族のヴェルモンドを前にした時には一切感じなかった感情だった。
こんな怪物が相手だと流石にお兄さんといえ勝てるはずがない。
手足を縛られ身動きできない状態で死神と形容できるこの魔族を相手にして生き残れるはずがない。
「ノーナアルヴェルスもうよいぞ、部屋に帰っていろ。今後の事は後で連絡する」
「はい」
背中に感じる圧倒的な威圧感に耐えながらなんとか部屋に戻る。
部屋に入るなり私は床に膝を着き震えてしまう。
お兄さんはあんなレベルの化物の親玉を倒そうとしているの?
無理、絶対に無理、あれは人間が勝てる存在じゃない。
「ノノちゃん、落ち着いて。紅茶飲む?」
「ごめんね、フランちゃん。あれにはいくらお兄さんでも勝ち目はないよ、洗脳されてもされなくても結局死んじゃう。ごめん……」
私はフランちゃんに抱き付きながらひたすら謝り続けた。
友達だと思っていた彼女の好きな人をあんな怪物に差し出した罪悪感に私は押しつぶされそうになり何度も何度も謝り続ける。
それを聞きながらフランちゃんは私を慰めてくれた。
「ありがとう。少しだけ落ち着いた」
「それはよかったよ」
震えながらもようやく自分を取り戻し席に着いたのに、部屋の扉がノックされた。
「ランスグライスさん、司祭様が人質を連れて広場に来いとのご命令です」
「……わかりました」
この時フランちゃんの処刑が決まったのだと理解した。
この可愛い彼女もあいつに殺されてしまう。
そのことを何度も何度も謝りながらフランちゃんの手に鎖を巻いた。
「大丈夫だって、タクト様は負けないから」
負けないはずはない。
洗脳に成功したからフランちゃんを呼んでいるんだ。
私はこれから友達を処刑場に連れて行かないといけない。
言われた通り広場に連れて行くと魔族ウールと司祭様にハバリトスの信者、それとお兄さんがすでにスタンバイしていた。
やっぱりお兄さんでもダメだったんだ。
「ノーナアルヴェルス人質をここに」
言われるがままフランちゃんを支持された場所に連れて行き、座らせてしまった。
「これより勇者による仲間の処刑を行う」
魔族の宣言に周囲は大きな声を上げた。
所々お兄さんの体に見える傷跡からお兄さんは必死に反抗したのがわかる。
やっぱり駄目だったんだ……。
「勇者よお前の手でお前の仲間を殺せ!」
魔族の雄たけびでお兄さんは持っていた剣を振り下ろす。
見ていられず目を閉じると、剣が深く地面に刺さる音が聞こえた。
「【プロテクト】」
それと同時に聞きなれた声が聞こえた。
目を開けると私とフランちゃんを覆う防御の魔法がかけられていた。
「お兄さん……?」
「ビックリしたか? 俺達ばっかり騙されっぱなしなのは納得いかなくてちょっとびっくりさせてみた」
快活な笑顔を向けるお兄さんと、可愛らしく舌を出したフランちゃん。
無事な二人に私は溢れる涙を止められなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる