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第二話 自己紹介と事情聴取一人目
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女将が事務室の方へと行き、どうすればいいか分からなくなった客達だったが、その中の一人――先程から無言で突っ立っているだけだった男性――が、相も変わらず、何も言わずに自室へと戻って行った。
それに続いて、女子大生らしき二人組が自室に帰っていった。
「部屋に戻る?」
一旦休みを与えられた探偵もどきさんが、部屋に戻るか悩んでいるようだ。
探偵もどきさんが、うーん、と唸っていると、女将が外出用らしい服に着替えて、戻ってきた。
既に、リビングに残っている人が減っていた為、女将が少しだけ驚いたようだ。
「あ、他の方は部屋に戻られたんですね」
「はい。まぁ、疑心暗鬼になって、あまり一緒に居たくなかったのでしょう」
女将は、納得したようにすこし頷くと、玄関の方へと向かった。
「それでは、行ってきますね」
「お気をつけて」
「私達はここで待っていますので」
女将を見送り、いよいよやる事が無くなった私達も各自、部屋に戻ることになった。
「晃さん、でしたっけ? 晃さんのところには近づかないように。既に現場を荒らしてしまいましたが、これ以上荒らしてしまうのはまずいと思いますので」
探偵もどきさんが気取った口調でそう言うと――そうなるのは言わずもがな分かっていたが――ヤンキー君が吼えだした。
「なら俺はどこに行きゃいいんだよ! ここか? このリビングに俺だけいてろってか?」
「落ち着いてください。私の部屋に来ますか?」
「あ、す、すみません。先程から気の障ることを言ってしまい……」
喚くヤンキー君を皆で宥めていると、ドタドタと外から走ってくる音が聞こえてきた。
その足音の主は、リビングに来るや否や、顔を青くして言った。
「車のタイヤが、やられていました……」
為す術なし、と言いたげに、ガックリと両膝をついて、肩を震わせる女将。
そんな女将に近づき、状況把握をしようと、探偵もどきが問いを投げかける。
「私達、全員の車が、ですか?」
「は、はい……今までこんなこと起こったこともなく、全く警戒していなかった私の不注意です。もちろん、修理代は払わせていただきますが、皆様にはなんとお詫びしたらいいのか…………」
これで、本当にいよいよ外との連絡が絶たれた。
歩いて下山することも可能だが、女将以外の外出をヤンキー君が認めないだろう。
そして当の女将は、恐らくだが、50代後半の体力的には元気だが気弱で、少し身体的に不安要素を抱えている女性、といったところなので、下山するには少し厳しそうなところがある。
「いえ、修理費は犯人に出させましょう。ですが、その話し方的に駐車場に監視カメラなど設置されていない、という感じですよね」
「はい……そもそもこんな山奥にある為か、先程も申しあげた通り、事件なんて起こったこともなく……」
確かに、実際にここに訪れる際、驚いた。
ここに来るための道は、一方通行と言っても過言ではなく、一般車両二台がギリギリ通れるか程の幅の道路。
しかも、その道は整備されておらず、この宿へ来る客達によって維持された、車の通行跡によって成り立っているような道だ。
寧ろ、この宿で生計が立てられているのが正直驚きだ。
女将の為にも言っておくと、宿自体は綺麗で、設備も最低限揃っていて、女将の作るご飯はとても美味しい。
質自体はとても良いのだ。
そして格安。
立地以外は完璧だと思う。
「とりあえず、他の客の方々にも事情説明も兼ねて、再びここに集まってもらいましょう」
「そうですね、いよいよ本格的に私達で事件を解決するしかなさそうです」
というわけで、再び、この蓬風亭にいるメンバーがリビングに招集された。
まず始めに、探偵気分さんが現状説明をし、一旦他の客達の不満を置いてもらった。
そして、事件解決の為にも、ということで自己紹介が行われることとなった。
トップバッターは言い出しっぺの探偵気分さんだ。
「私の名は、東宮 奏音と言います。大学生で文学サークルに所属していまして、今日はこの子と、自然に触れて、普段と違う環境の中で小説を書いてみよう、とこちらに来ました」
東宮、と言ったか、彼女は隣を指さし、続ける。
「そして、この子は、三畝 悠希。昔色々あって喋るのに抵抗があるとかで無口なため私が代わりに紹介させて頂きます」
皆、疑心暗鬼な為もあってか疑うような目付きをしている。
この場で無言なのは確かに怪しいだろう。
だが、誰も何も言わず、次に移る。
次は黒髪ロングの女性だ。
「私は鴾乃 彩。一人旅行が好きなOLで、今日も有給を取って一人旅行として来ていました」
彩さんは軽く会釈をすると、次の方どうぞ、と一歩後ろに下がった。
入れ替わるように一歩前に出たのは女子大生風の二人。
「私は俵木 苺香」
「そして私が細居 日奈良。私達は、知る人ぞ知る秘境にある絶景スポットってのがこの近くにあるからそこに行く為に来たの」
「あぁ、そこ目的のお客様、ここに来てくれること多いんですよね。あそこホント綺麗なんです」
女子大生風の二人の言葉を聞いて、女将が、まだ少し暗い顔をしてはいるものの、オススメスポットだと推した。
そして、次に自己紹介するのが流れ的にヤンキー君だったのだが。
「計間 瑠吏。てか何なんだよこれ! こんなことして意味あんのか? 名前とかどうでもいいだろ。とっととアリバイが無いかとか聞いてけよ!」
流れをぶち壊してまたも喚き散らす。
と、突然。
「そもそもお前らなんだよ! ずーっと無言で、お前じゃないのか? あ?」
朝から一貫して無言で突っ立っているだけの男性に突っかかる。
すぐさま、東宮さんと鴾乃さんが計間くんを抑えに行く。
「邪魔だよ! どけよ! どうせそいつが犯人だろ!」
「まだ何も皆さんから聞けてませんし、あなたが犯人かもしれないという可能性も残ってるんですよ! 落ち着いてください!」
「今暴れると余計に皆からの信頼を失うことになりますよ」
二人の言葉を聞いた後も、少し暴れる様子を見せたが、直ぐに落ち着いた。
だが、既に自己紹介を続けるといった空気では無くなり、計間くんの頭を冷やす為という事で、再び解散となった。
皆が部屋に戻った後、特にすることも無く、リビングに誰か残っていないかと様子を見に行くと、机の上にはメモが置かれていた。
『話すことに慣れてなくて、ごめんなさい。悠希』
メモを見て、あの男性のものだと直ぐに分かった。
改めて他の客の名前を入れる。
東宮さん曰く、今度からは皆が一斉に集まること無く、事情聴取的なものをするらしい。
計間くんが素直に応じるとは思えないが、恐らくあの二人が説得したら渋々のってくれるだろう。
とりあえず、また何か動きがあるまでは、少し疲れを感じるため、寝ることにした。
***
部屋に戻って寝始めてから何分、何時間経った頃だろうか。
騒がしい声に起こされた。
「起きてください! 今から事情聴取兼昼食ですよ!」
東宮さんがそう言って布団を捲りあげる。
時計を見ると、時間は昼の一時過ぎだった。
朝起きてから、事件が起こって、再び寝たのが確か十一時半頃だったから、ざっと一時間半寝ている。
でもまだ体がだるいし眠い。
とはいえ朝が騒々しかったこともあり朝食を食べていなかったことを思い出し、急に空腹感に襲われる。
渋々といった感じで起き上がり、東宮さんについて行った。
「昼食をどうぞ」
リビングに着くと、女将が昼食を出してくれた。
今リビングにいるのは、私、東宮さん、女将、そして鴾乃さんだった。
女将が作ってくれた昼食を前に、東宮さんが話し始める。
「それでは、事情聴取させていただきます。鴾乃さん、あなたの昨日のスケジュールを教えていただけますか?」
どうやら数名ずつ集まって事情聴取するようだ。
まずは鴾乃さん。
「私は昨日ここに着いたばかりでして、昼過ぎに着いてから、女将に挨拶をし、荷物を部屋に入れました。それからは、明日のことを考えつつ、部屋に篭もって読書、午後七時頃に皆さんがいないことを確認してから、女将から晩御飯を頂きました。その後、事前に確認されてはいましたが、女将から十時半からお風呂で良いか聞かれましたので、了承した後、ちゃんと時間を合わせてお風呂に入りました」
ここのお風呂は男女別にはなっているが、一組ずつしか入れない程の広さとなっており、予約時に事前に確認をされ、お風呂に入る順番、時間が決められている。
食事に関しては、女将に言うと三食分は、基本、忙しくないタイミングならいつでも作ってくれる。
だから、女将が関係しているところは女将に聞くと真偽がハッキリわかるが、問題はそれ以外の箇所だ。
「お風呂を上がった後は、ちょうど読んでた本がもうすぐ終わりそうだったので読み切るまでずっと部屋でいました。その間、計間さんと晃さんの部屋が、隣の部屋だったからか、騒がしかったの覚えてます。読了後はそのまま寝ました。大体零時過ぎだったかと」
聞いてもいないのに計間さん達の情報を教えてくれる。
素人の自分達には死亡推定時刻など大体の勘でしかないため、いつ頃まで晃が生きていたのかは重要な情報だろう。
まぁ嘘をついている可能性や気の所為の可能性も一応考慮しなくてはいけないのだけれど。
鴾乃さんからの情報をメモに書き留めて、質問をする東宮さん。
「ふむ。読書中騒がしかったとおっしゃいますが、ちゃんと読書、楽しめました? あと、読了後もまだ騒がしかったですか?」
「最初はうるさいなぁとは思っていましたが、次第に環境音のひとつみたいになって、物語の世界に入り込めましたよ。読了後もまだ騒がしさはありました。すこし大人しくなってた気もします」
「なるほどなるほど」
二人の会話を眺めながら、女将の作った昼食、チキンサラダとカレーのセットを頬張る。
美味しい。
東宮さんがメモを取っている間、鴾乃さんも昼食を食べているが、東宮さんは全く手をつけていない。
完全に冷めてきている。
勿体ない。
「あの、食べないんですか?」
私が小声で問うと、東宮さんはハッとしたようにカレーを見る。
慌てた様子でスプーンいっぱいにカレーをすくい、口の中に運ぶ。
冷めてしまったせいで、暖かい時よりは劣るだろうが、やはり女将の料理。
とても美味しそうに頬張っている。
頬張りながら、メモを取っている。
「これとても美味しいです」
「あ、ありがとうございます」
唐突に頭を上げ、料理の感想を言ったと思ったら、またすぐに質問に戻った。
「読書中、というより、部屋で篭っていた間、部屋にいたと分かるものがありませんか?」
「んー。ないですけど、多分私が寝た後に殺害されたんじゃないですか? 先程も申しあげた通り、彼らは私が寝る時も騒いでる様子でしたし」
そもそもの前提で、嘘をついている可能性があるのだから、この証言だけで信じろというのは無理がある。
鴾乃さんもそれは承知の上だろう、少し諦めのようなものを感じさせる、冷静な顔つきだ。
「言い方が悪くなってしまいますが、あなたが犯人だった場合この証言は全く価値のないものになってしまいますが、参考にさせていただきます」
東宮さんはそう言うと、今度はチキンサラダに手をつける。
一口が大きい。
「はい。ところで先程から気になってたのですが、何故あなたが取り仕切っているのでしょうか。他の方からすると貴方が犯人かもという疑いがあるんですよ?」
私も気になっていたことを鴾乃さんが聞いてくれた。
東宮さんの答えに耳を傾けながら、チキンサラダを食べる。
酸味の効いたドレッシングと程よく絡んでいて美味しい。
「皆さん、消極的ですし、私こういう経験、他にもしてるんで」
「他にも、ですか」
「はい」
妙にシリアスな空気が流れる。
短い間、沈黙が訪れ、レタスのシャキシャキという咀嚼音だけが聞こえてくる。
先に食べ終わったらしい鴾乃さんが沈黙を破った。
「とりあえずもういいですよね?」
「え、まぁ、はい。どうぞ」
「ごちそうさまでした」
鴾乃さんはそう言い残すと自室へと戻って行った。
この事情聴取、どういう風に聞いていくつもりなのだろうか。
そんな些細な疑問は、サラダのドレッシングの酸味に溶けて行った。
それに続いて、女子大生らしき二人組が自室に帰っていった。
「部屋に戻る?」
一旦休みを与えられた探偵もどきさんが、部屋に戻るか悩んでいるようだ。
探偵もどきさんが、うーん、と唸っていると、女将が外出用らしい服に着替えて、戻ってきた。
既に、リビングに残っている人が減っていた為、女将が少しだけ驚いたようだ。
「あ、他の方は部屋に戻られたんですね」
「はい。まぁ、疑心暗鬼になって、あまり一緒に居たくなかったのでしょう」
女将は、納得したようにすこし頷くと、玄関の方へと向かった。
「それでは、行ってきますね」
「お気をつけて」
「私達はここで待っていますので」
女将を見送り、いよいよやる事が無くなった私達も各自、部屋に戻ることになった。
「晃さん、でしたっけ? 晃さんのところには近づかないように。既に現場を荒らしてしまいましたが、これ以上荒らしてしまうのはまずいと思いますので」
探偵もどきさんが気取った口調でそう言うと――そうなるのは言わずもがな分かっていたが――ヤンキー君が吼えだした。
「なら俺はどこに行きゃいいんだよ! ここか? このリビングに俺だけいてろってか?」
「落ち着いてください。私の部屋に来ますか?」
「あ、す、すみません。先程から気の障ることを言ってしまい……」
喚くヤンキー君を皆で宥めていると、ドタドタと外から走ってくる音が聞こえてきた。
その足音の主は、リビングに来るや否や、顔を青くして言った。
「車のタイヤが、やられていました……」
為す術なし、と言いたげに、ガックリと両膝をついて、肩を震わせる女将。
そんな女将に近づき、状況把握をしようと、探偵もどきが問いを投げかける。
「私達、全員の車が、ですか?」
「は、はい……今までこんなこと起こったこともなく、全く警戒していなかった私の不注意です。もちろん、修理代は払わせていただきますが、皆様にはなんとお詫びしたらいいのか…………」
これで、本当にいよいよ外との連絡が絶たれた。
歩いて下山することも可能だが、女将以外の外出をヤンキー君が認めないだろう。
そして当の女将は、恐らくだが、50代後半の体力的には元気だが気弱で、少し身体的に不安要素を抱えている女性、といったところなので、下山するには少し厳しそうなところがある。
「いえ、修理費は犯人に出させましょう。ですが、その話し方的に駐車場に監視カメラなど設置されていない、という感じですよね」
「はい……そもそもこんな山奥にある為か、先程も申しあげた通り、事件なんて起こったこともなく……」
確かに、実際にここに訪れる際、驚いた。
ここに来るための道は、一方通行と言っても過言ではなく、一般車両二台がギリギリ通れるか程の幅の道路。
しかも、その道は整備されておらず、この宿へ来る客達によって維持された、車の通行跡によって成り立っているような道だ。
寧ろ、この宿で生計が立てられているのが正直驚きだ。
女将の為にも言っておくと、宿自体は綺麗で、設備も最低限揃っていて、女将の作るご飯はとても美味しい。
質自体はとても良いのだ。
そして格安。
立地以外は完璧だと思う。
「とりあえず、他の客の方々にも事情説明も兼ねて、再びここに集まってもらいましょう」
「そうですね、いよいよ本格的に私達で事件を解決するしかなさそうです」
というわけで、再び、この蓬風亭にいるメンバーがリビングに招集された。
まず始めに、探偵気分さんが現状説明をし、一旦他の客達の不満を置いてもらった。
そして、事件解決の為にも、ということで自己紹介が行われることとなった。
トップバッターは言い出しっぺの探偵気分さんだ。
「私の名は、東宮 奏音と言います。大学生で文学サークルに所属していまして、今日はこの子と、自然に触れて、普段と違う環境の中で小説を書いてみよう、とこちらに来ました」
東宮、と言ったか、彼女は隣を指さし、続ける。
「そして、この子は、三畝 悠希。昔色々あって喋るのに抵抗があるとかで無口なため私が代わりに紹介させて頂きます」
皆、疑心暗鬼な為もあってか疑うような目付きをしている。
この場で無言なのは確かに怪しいだろう。
だが、誰も何も言わず、次に移る。
次は黒髪ロングの女性だ。
「私は鴾乃 彩。一人旅行が好きなOLで、今日も有給を取って一人旅行として来ていました」
彩さんは軽く会釈をすると、次の方どうぞ、と一歩後ろに下がった。
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「あぁ、そこ目的のお客様、ここに来てくれること多いんですよね。あそこホント綺麗なんです」
女子大生風の二人の言葉を聞いて、女将が、まだ少し暗い顔をしてはいるものの、オススメスポットだと推した。
そして、次に自己紹介するのが流れ的にヤンキー君だったのだが。
「計間 瑠吏。てか何なんだよこれ! こんなことして意味あんのか? 名前とかどうでもいいだろ。とっととアリバイが無いかとか聞いてけよ!」
流れをぶち壊してまたも喚き散らす。
と、突然。
「そもそもお前らなんだよ! ずーっと無言で、お前じゃないのか? あ?」
朝から一貫して無言で突っ立っているだけの男性に突っかかる。
すぐさま、東宮さんと鴾乃さんが計間くんを抑えに行く。
「邪魔だよ! どけよ! どうせそいつが犯人だろ!」
「まだ何も皆さんから聞けてませんし、あなたが犯人かもしれないという可能性も残ってるんですよ! 落ち着いてください!」
「今暴れると余計に皆からの信頼を失うことになりますよ」
二人の言葉を聞いた後も、少し暴れる様子を見せたが、直ぐに落ち着いた。
だが、既に自己紹介を続けるといった空気では無くなり、計間くんの頭を冷やす為という事で、再び解散となった。
皆が部屋に戻った後、特にすることも無く、リビングに誰か残っていないかと様子を見に行くと、机の上にはメモが置かれていた。
『話すことに慣れてなくて、ごめんなさい。悠希』
メモを見て、あの男性のものだと直ぐに分かった。
改めて他の客の名前を入れる。
東宮さん曰く、今度からは皆が一斉に集まること無く、事情聴取的なものをするらしい。
計間くんが素直に応じるとは思えないが、恐らくあの二人が説得したら渋々のってくれるだろう。
とりあえず、また何か動きがあるまでは、少し疲れを感じるため、寝ることにした。
***
部屋に戻って寝始めてから何分、何時間経った頃だろうか。
騒がしい声に起こされた。
「起きてください! 今から事情聴取兼昼食ですよ!」
東宮さんがそう言って布団を捲りあげる。
時計を見ると、時間は昼の一時過ぎだった。
朝起きてから、事件が起こって、再び寝たのが確か十一時半頃だったから、ざっと一時間半寝ている。
でもまだ体がだるいし眠い。
とはいえ朝が騒々しかったこともあり朝食を食べていなかったことを思い出し、急に空腹感に襲われる。
渋々といった感じで起き上がり、東宮さんについて行った。
「昼食をどうぞ」
リビングに着くと、女将が昼食を出してくれた。
今リビングにいるのは、私、東宮さん、女将、そして鴾乃さんだった。
女将が作ってくれた昼食を前に、東宮さんが話し始める。
「それでは、事情聴取させていただきます。鴾乃さん、あなたの昨日のスケジュールを教えていただけますか?」
どうやら数名ずつ集まって事情聴取するようだ。
まずは鴾乃さん。
「私は昨日ここに着いたばかりでして、昼過ぎに着いてから、女将に挨拶をし、荷物を部屋に入れました。それからは、明日のことを考えつつ、部屋に篭もって読書、午後七時頃に皆さんがいないことを確認してから、女将から晩御飯を頂きました。その後、事前に確認されてはいましたが、女将から十時半からお風呂で良いか聞かれましたので、了承した後、ちゃんと時間を合わせてお風呂に入りました」
ここのお風呂は男女別にはなっているが、一組ずつしか入れない程の広さとなっており、予約時に事前に確認をされ、お風呂に入る順番、時間が決められている。
食事に関しては、女将に言うと三食分は、基本、忙しくないタイミングならいつでも作ってくれる。
だから、女将が関係しているところは女将に聞くと真偽がハッキリわかるが、問題はそれ以外の箇所だ。
「お風呂を上がった後は、ちょうど読んでた本がもうすぐ終わりそうだったので読み切るまでずっと部屋でいました。その間、計間さんと晃さんの部屋が、隣の部屋だったからか、騒がしかったの覚えてます。読了後はそのまま寝ました。大体零時過ぎだったかと」
聞いてもいないのに計間さん達の情報を教えてくれる。
素人の自分達には死亡推定時刻など大体の勘でしかないため、いつ頃まで晃が生きていたのかは重要な情報だろう。
まぁ嘘をついている可能性や気の所為の可能性も一応考慮しなくてはいけないのだけれど。
鴾乃さんからの情報をメモに書き留めて、質問をする東宮さん。
「ふむ。読書中騒がしかったとおっしゃいますが、ちゃんと読書、楽しめました? あと、読了後もまだ騒がしかったですか?」
「最初はうるさいなぁとは思っていましたが、次第に環境音のひとつみたいになって、物語の世界に入り込めましたよ。読了後もまだ騒がしさはありました。すこし大人しくなってた気もします」
「なるほどなるほど」
二人の会話を眺めながら、女将の作った昼食、チキンサラダとカレーのセットを頬張る。
美味しい。
東宮さんがメモを取っている間、鴾乃さんも昼食を食べているが、東宮さんは全く手をつけていない。
完全に冷めてきている。
勿体ない。
「あの、食べないんですか?」
私が小声で問うと、東宮さんはハッとしたようにカレーを見る。
慌てた様子でスプーンいっぱいにカレーをすくい、口の中に運ぶ。
冷めてしまったせいで、暖かい時よりは劣るだろうが、やはり女将の料理。
とても美味しそうに頬張っている。
頬張りながら、メモを取っている。
「これとても美味しいです」
「あ、ありがとうございます」
唐突に頭を上げ、料理の感想を言ったと思ったら、またすぐに質問に戻った。
「読書中、というより、部屋で篭っていた間、部屋にいたと分かるものがありませんか?」
「んー。ないですけど、多分私が寝た後に殺害されたんじゃないですか? 先程も申しあげた通り、彼らは私が寝る時も騒いでる様子でしたし」
そもそもの前提で、嘘をついている可能性があるのだから、この証言だけで信じろというのは無理がある。
鴾乃さんもそれは承知の上だろう、少し諦めのようなものを感じさせる、冷静な顔つきだ。
「言い方が悪くなってしまいますが、あなたが犯人だった場合この証言は全く価値のないものになってしまいますが、参考にさせていただきます」
東宮さんはそう言うと、今度はチキンサラダに手をつける。
一口が大きい。
「はい。ところで先程から気になってたのですが、何故あなたが取り仕切っているのでしょうか。他の方からすると貴方が犯人かもという疑いがあるんですよ?」
私も気になっていたことを鴾乃さんが聞いてくれた。
東宮さんの答えに耳を傾けながら、チキンサラダを食べる。
酸味の効いたドレッシングと程よく絡んでいて美味しい。
「皆さん、消極的ですし、私こういう経験、他にもしてるんで」
「他にも、ですか」
「はい」
妙にシリアスな空気が流れる。
短い間、沈黙が訪れ、レタスのシャキシャキという咀嚼音だけが聞こえてくる。
先に食べ終わったらしい鴾乃さんが沈黙を破った。
「とりあえずもういいですよね?」
「え、まぁ、はい。どうぞ」
「ごちそうさまでした」
鴾乃さんはそう言い残すと自室へと戻って行った。
この事情聴取、どういう風に聞いていくつもりなのだろうか。
そんな些細な疑問は、サラダのドレッシングの酸味に溶けて行った。
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只今次話を執筆中でして、今週中にはあげる予定ですのでよろしくお願いします!