冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

RIU

文字の大きさ
1 / 33

第1話:合理主義者は、突然の死すらも分析する

西暦二〇二X年、東京。  深夜二時を回った高層オフィスの会議室は、静寂と焦燥が入り混じった独特の空気に包まれていた。窓の外には東京の夜景が宝石箱のように広がっているが、この部屋にいる人間でそれに目を向ける者は誰もいない。

「――つまり、先方の敵対的買収(テイクオーバー)を防ぐには、現時点での資産売却しかないと?」

 震える声で尋ねる初老の社長に対し、私は手元のタブレットを滑らせてデータをモニターに映し出した。

「いいえ。資産の切り売りは延命措置に過ぎません。必要なのは『毒薬条項(ポイズンピル)』の発動、そして不採算部門の徹底的な外科手術です」

 私の名は堂島剛(どうじま ごう)。四十二歳。  世間では経営コンサルタント、あるいは企業再建屋などと呼ばれている。  身長一八〇センチ、体重七十五キロ。毎朝五時のトレーニングと、分刻みのスケジュール管理、そして徹底した数値に基づく合理主義。それが私の構成要素だ。  感情論は嫌いだ。ビジネスにおいて、感情は判断を曇らせるノイズでしかない。

「しかし、それでは従業員の三割が……!」 「会社が潰れれば十割が路頭に迷います。三割を切って七割を生かす。それが経営者の責任でしょう」

 淡々と告げると、社長は力なく椅子に沈み込んだ。  冷酷だと思われているのは知っている。だが、誰かが泥をかぶらなければ組織は腐る。私はその泥を、高額な報酬と引き換えにかぶるプロフェッショナルだ。

 会議を終え、ビルを出たのは午前四時だった。  ハイヤーを待つ間、ポケットから煙草を取り出す。唯一の悪癖だ。  ふと、交差点の向こうに人影が見えた。ふらふらと赤信号の横断歩道へ歩き出す、泥酔したサラリーマン。そして、カーブを曲がってくる大型トラックのヘッドライト。

(……衝突まで、約三秒)

 私の脳内で計算が走る。  距離、速度、制動距離。トラックの運転手は気づいていない。このままでは確実に轢かれる。  助ける義理はない。私は合理主義者だ。赤の他人のためにリスクを負うなど、投資対効果(ROI)が合わない。

 ――はずだった。

 体が勝手に動いていた。  長年習得していたクラヴ・マガ(近接格闘術)のステップで距離を詰め、男の襟首を掴んで歩道へと放り投げる。  男の体が一回転して安全圏へ転がるのと同時に、私の視界は白い光と、トラックの無機質なグリルで埋め尽くされた。

 衝撃。  痛みは一瞬。  宙を舞う視界の中で、私はどこか冷めた思考で自分の死を分析していた。  ……なるほど。これが走馬灯か。脳内物質のエンドルフィンが過剰分泌されているな。  生涯未婚。資産数十億。仕事だけが恋人。  効率的な人生だったが、最期だけは随分と非効率な選択をしたものだ。  まあいい。それもまた、一興か――。

 意識のブレーカーが落ちるように、私の世界は暗転した。

     ***

 次に感覚が戻った時、最初に感じたのは「匂い」だった。  病院の消毒液の匂いではない。  ラベンダーのようなハーブの香りと、少し黴(かび)臭い、古い木材の匂い。

(……集中治療室ではないな)

 私はゆっくりと覚醒していく意識の中で、現状のステータス確認を開始した。  全身の痛みはない。むしろ、体が驚くほど軽い。倦怠感も、四十代特有の節々の軋みも皆無だ。  目を開ける。  視界に飛び込んできたのは、無機質な天井ではなく、重厚な天蓋(てんがい)付きのベッドだった。レースのカーテンが微風に揺れている。

「……どこだ、ここは」

 声を出そうとして、違和感に気づく。  喉が、細い。  出るはずの低いバリトンボイスではなく、鈴を転がしたような高い声が漏れた。    私は反射的に上半身を起こした。  視線が低い。布団から出た自分の手を見る。  そこにあったのは、血管が浮き出た武骨な男の手ではなく、透き通るように白く、折れそうなほど華奢な子供の手だった。

「……馬鹿な」

 合理的に考えれば、これは夢だ。あるいは、死の間際に見ている長い幻覚。  だが、シーツのざらついた感触、窓から差し込む陽光の熱、肺を満たす空気の質感。すべてが「現実」であると、私の五感に訴えかけている。

 私はベッドから降りた。  足元はおぼつかない。床までの高さがやけにある。いや、私の身長が縮んでいるのだ。  部屋の調度品はアンティーク調……いや、本物のアンティークだ。プラスチック製品が一つもない。壁には見たこともない紋章のタペストリー。

 部屋の隅に、姿見(鏡)を見つけた。  私はふらつく足取りで鏡の前に立つ。  そこに映っていたのは、おっさんではない。

 ――天使がいた。

 比喩ではなく、絵画から抜け出してきたような美幼女だ。  腰まで届く白銀の髪は、陽光を受けてキラキラと輝いている。肌は陶磁器のように白く、病的なほどだが、それが逆に儚げな魅力を醸し出している。  そして何より特徴的なのは、その瞳。  アメジストのような、深く澄んだ紫色の瞳が、驚愕に見開かれていた。

「……七歳、いや六歳くらいか」

 鏡の中の少女が、私の意思に合わせて口を動かす。  状況証拠を積み上げるまでもない。  いわゆる「転生」。サブカルチャー知識として存在は知っていたが、まさか自分の身に起こるとは。確率は天文学的な数字だろう。

 私は鏡の中の自分を観察するために、少し顔を近づけた。  整いすぎている顔立ち。だが、表情が全くない。  中身が四十過ぎの男なのだから当然だが、愛想笑いの一つもしようと口角を上げようとしたが、頬の筋肉がうまく動かない。  どうやら、この体は感情表現が苦手らしい。

 その時。  ガチャリ、と重い木製の扉が開いた。

「お嬢様……? ああっ! お嬢様がお目覚めに!」

 入ってきたのは、クラシカルなメイド服に身を包んだ若い女性だった。手には水差しを持っている。  彼女は私を見るなり、水差しを取り落とした。ガシャン、と陶器が割れる音が響く。

「三日間も高熱でうなされて……もうダメかと……!」

 メイドは涙ながらに駆け寄ってくると、私の華奢な体を抱きしめた。  柔軟剤の匂いではなく、石鹸と……微かな焚火の匂いがする。  言語は日本語ではない。だが、なぜか意味が脳に直接響くように理解できる。知識のインストールも完了しているらしい。

 脳内のアーカイブが検索を終了し、この体の「記憶」が引き出される。  名前は、リリエラ・フォン・ローゼンベルク。  アグランド王国の有力貴族、ローゼンベルク公爵家の一人娘。  生まれつき体が弱く、屋敷の奥でひっそりと暮らしていた「深窓の令嬢」。  今回の高熱は、流行り病によるもので、生死の境をさまよっていたらしい。元のリリエラの人格は、その熱の中で消え……そして、私が入り込んだ。

(……すまないな、お嬢さん)

 私は心の中で、見知らぬ少女に黙祷を捧げた。  だが、感傷に浸っている時間はない。私は生きている。ならば、この状況を最適化(オプティマイズ)しなければならない。

「……苦しい」

 私はメイドの抱擁から逃れるために、短く呟いた。  すると、メイドはハッとして体を離し、私の顔を覗き込んだ。

「申し訳ありません! あまりに嬉しくて……。ご気分はいかがですか? まだお休みになりますか?」

 彼女の目には、私がどう映っているのだろうか。  私は努めて冷静に、経営者として培ったポーカーフェイス(元から無表情だが)で、淡々と指示を出した。

「水が欲しい。それと、今の状況を報告して。……父上と母上は?」

 私の言葉に、メイド――記憶によればマリという名だ――は一瞬、呆気にとられたような顔をした。  無理もない。今まで病弱で泣き虫だった七歳の少女が、突然、取締役会のようなトーンで話し始めたのだから。  しかし、彼女はすぐに居住まいを正した。私の冷徹な眼差しに、何か高貴なものを感じ取ったのかもしれない。

「は、はい! 旦那様と奥様は、王都へ陳情に向かわれています。領地の不作について、支援を仰ぐために……」

 陳情。不作。支援。  キーワードが私の脳内でパズルのように組み合わさる。  記憶にある屋敷の風景。すきま風。古い家具。そして、このメイドの服の袖口が少し擦り切れていること。  公爵家といえば聞こえはいいが、実情は「火の車」というわけか。

(やれやれ。前世では企業の再建、今世では貧乏公爵家の再建か)

 私は鏡の中の美しい少女を見つめ直した。  フリルのついたネグリジェ姿。戦闘能力は皆無。  だが、私には知識がある。現代社会という過酷なジャングルで生き抜いた知恵と、技術がある。

 まずは情報の収集だ。  帳簿、地図、法律、そしてこの世界の力学。  快適な生活環境(スローライフ)を手に入れるためには、この家を富ませ、安全を確保しなければならない。  不衛生なトイレも、硬いパンも、揺れる馬車も御免だ。

「マリ。図書室へ案内して。それと、この家の執務を取り仕切っている者を呼んで」 「えっ? 図書室ですか? お体は……」 「問題ない。歩けるわ」

 私はよろめきながらも、自分の足で大地を踏みしめた。  小さな一歩だが、これは堂島剛改め、リリエラ・フォン・ローゼンベルクとしての、世界に対する宣戦布告だ。

 この非効率な世界を、私が教育(コンサルティング)してやる。

 私が不敵な笑みを浮かべたつもりでいると、マリは頬を紅潮させてうっとりと呟いた。

「まあ……なんて凛々しい。女神様のようだわ……」

 ……どうやら、この顔面の「無表情補正」は相当強いらしい。  私は小さく溜息をつき、新たな人生の第一歩を踏み出した。
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

おせっかい転生幼女の異世界すろーらいふ!

はなッぱち
ファンタジー
赤ん坊から始める異世界転生。 目指すはロマンス、立ち塞がるのは現実と常識。 難しく考えるのはやめにしよう。 まずは…………掃除だ。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。