冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第18話:異端審問と、聖なる損益計算書

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大教会から派遣された異端審問官、ベルンハルト司祭は、歩く「威圧感」のような男だった。  身長一九〇センチを超える巨躯に、黒一色の法衣。深く被ったフードの奥から覗く眼光は、罪人を断罪する鋭利な刃のようだった。

「――ローゼンベルク公爵令嬢リリエラ。貴様に『異端』の嫌疑がかけられている」

 応接室に通された彼は、ソファに座ろうともせず、立ったまま私を見下ろした。  背後には二人の武装神官が控えている。

「神が創造せし人間と、魂なき獣である亜人を同列に扱い、あまつさえ彼らを屋敷に住まわせているとか。……これは神への冒涜であり、教義に反する重罪だ」

 ベルンハルトの声が部屋に響く。  ハンスが青ざめて震えている。  だが、私――中身四十二歳の経営コンサルタント――は、手元の紅茶を一口すすり、静かにカップを置いた。

「座ってください、司祭様。立ったままでは交渉(ディール)もできません」 「交渉だと? これは審問だ。貴様には弁明の余地など……」 「いいえ、あります。貴方が『教会の利益』を損なう決定を下そうとしているのなら、それを止めるのが私の義務ですから」

 私の言葉に、ベルンハルトが眉をひそめた。

「教会の利益だと? 神聖な教義を金銭の話にすり替える気か! これだから商魂逞しい貴族は……」 「現実を見ましょう、司祭様」

 私はハンスに目配せし、用意していた書類の束をテーブルに広げた。

「これは、当領地における過去三ヶ月の『教会への寄付金台帳』です」

 ベルンハルトが怪訝な顔で書類を覗き込む。  そこには、右肩上がりのグラフと、ずらりと並んだ数字が記されていた。

「見ての通り、寄付金の総額は昨対比で三百パーセント増。教会の屋根の修繕費も、孤児院への支援金も、すべてここから賄われています」

 私は書類の一点を指差した。

「そして、その寄付金の約四割を負担しているのが、貴方が『魂なき獣』と呼ぶ、亜人の労働者たちです」

「な、なんだと……?」

「彼らは当家で働き、正規の給与を得て、その一部を感謝の証として教会に捧げています。……もし貴方が彼らを『異端』として追放すれば、この寄付金は即座に消滅します」

 私は冷徹に畳み掛けた。

「教会の修繕は止まり、孤児たちは路頭に迷うでしょう。……神の威光を守るために、神の子である孤児たちを飢えさせる。それが貴方の正義ですか?」

 聖職者にとって一番痛いところを突く。それが「聖職者殺しの金銭ロジック(ロジカル・キリング)」だ。  ベルンハルトが言葉に詰まる。

「ぐ、ぬ……。だが、金で教義は曲げられん! 獣は獣だ! 彼らに信仰心などあるものか!」 「信仰心がない? ……ハンス、案内して」

 私は椅子から立ち上がった。  百聞は一見に如かずだ。

        ***

 私が彼らを連れて行ったのは、領内にある小さな礼拝堂だった。  以前はボロボロだったが、最近改修工事を終えたばかりの場所だ。

 重い扉を開けると、夕陽が堂内を満たしていた。  ベルンハルトが息を呑んだ。

「……これは……」

 彼の視線の先には、壁一面に嵌め込まれた、壮麗なステンドグラスがあった。  赤、青、黄金色。  無数のガラス片が複雑に組み合わさり、慈悲深い女神の姿を描き出している。その色彩の美しさと精緻な技術は、王都の大聖堂にも引けを取らない。

「美しいでしょう? このガラスを焼き、加工したのはドワーフの職人たちです。そして、枠を組み上げ、高所に設置したのは狼人族たちです」

 私はステンドグラスを見上げながら言った。

「彼らは、自分たちを受け入れてくれたこの土地と、安息を与えてくれた神に感謝し、無償でこの窓を作りました。……司祭様。これを作った者たちに、本当に『魂』がないと言い切れますか?」

 光の中で、女神像が微笑んでいるように見える。  それは、言葉や理屈を超えた、圧倒的な「事実」としての祈りの結晶だった。

 ベルンハルトは震える手で胸のロザリオを握りしめ、ステンドグラスを見つめていた。  芸術は、時に説教よりも雄弁だ。

「……見事だ。これほど清らかな光を放つガラスは、見たことがない」

 彼の中で、教義と現実が激しく葛藤しているのがわかる。  ここが攻め時だ。  私は最後の切り札(カトラス)を切った。

「見学でお疲れでしょう。軽食を用意しました」

 ハンスがバスケットから取り出したのは、白いパンに、黄色い具材をたっぷりと挟んだもの。  ――『たまごサンド』だ。  マヨネーズと茹で卵を和え、ふわふわのパンで挟んだ、前世におけるコンビニ最強の軽食。

「……これは?」 「当家の特産品を使ったサンドイッチです。どうぞ」

 ベルンハルトは迷いながらも、それを手に取った。  一口かじる。  パンの柔らかさと、卵フィリングの濃厚なコク、そしてマヨネーズの酸味が口いっぱいに広がる。

「――っ!」

 強面の審問官の表情が、一瞬で崩れた。  美味しいものを食べた時、人間は怒ることができない。これは生理学的な真理だ。

「……美味い。慈悲深い味がする……」 「このマヨネーズの瓶を作ったのも、ドワーフたちです。彼らの仕事がなければ、この味は完成しませんでした」

 私はダメ押しの一言を添えた。  ベルンハルトはサンドイッチを完食すると、深い、本当に深いため息をついた。  そして、私に向き直り、静かに頭を下げた。

「……私の負けだ、リリエラ殿」

「負けではありません。相互理解(コンセンサス)です」

「いや、完敗だ。……亜人たちがこれほど勤勉で、信仰心に厚いとは知らなかった。彼らを追放することは、神の家を破壊することと同義だと理解した」

 ベルンハルトは、憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。その笑顔は、意外にも穏やかだった。

「報告書にはこう書こう。『ローゼンベルク領の亜人たちは、聖女リリエラの導きにより教化され、模範的な神の使徒となっている』と」

 ……ん?  話が飛躍していないか?  「聖女の導き」とか余計な修飾語はいらないのだが。

「貴女は、言葉や剣ではなく、仕事と食事を通じて彼らに魂を与えたのだ。……貴女こそ、現代の聖女と呼ぶに相応しい」

 ベルンハルトが私の前に跪き、私の小さな手に口づけをした。  背後の武装神官たちも、感動の涙を流しながら祈りを捧げている。

(……やれやれ。今度は宗教界のお墨付きをもらってしまった)

 私は遠い目をした。  単に「労働力確保」と「税収維持」のために動いただけなのに、なぜか「魂の救済者」になってしまった。

 こうして、異端審問騒動は幕を閉じた。  後日、大教会からは「亜人保護の特別認可」が下り、我が領地は公然と亜人を受け入れることができるようになった。  ベルンハルト司祭はその後、サンドイッチの味が忘れられず、事あるごとに視察(という名のつまみ食い)に来るようになり、私の良き理解者(兼、教会の盾)となってくれた。

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