冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

RIU

文字の大きさ
18 / 33

第18話:異端審問と、聖なる損益計算書

大教会から派遣された異端審問官、ベルンハルト司祭は、歩く「威圧感」のような男だった。  身長一九〇センチを超える巨躯に、黒一色の法衣。深く被ったフードの奥から覗く眼光は、罪人を断罪する鋭利な刃のようだった。

「――ローゼンベルク公爵令嬢リリエラ。貴様に『異端』の嫌疑がかけられている」

 応接室に通された彼は、ソファに座ろうともせず、立ったまま私を見下ろした。  背後には二人の武装神官が控えている。

「神が創造せし人間と、魂なき獣である亜人を同列に扱い、あまつさえ彼らを屋敷に住まわせているとか。……これは神への冒涜であり、教義に反する重罪だ」

 ベルンハルトの声が部屋に響く。  ハンスが青ざめて震えている。  だが、私――中身四十二歳の経営コンサルタント――は、手元の紅茶を一口すすり、静かにカップを置いた。

「座ってください、司祭様。立ったままでは交渉(ディール)もできません」 「交渉だと? これは審問だ。貴様には弁明の余地など……」 「いいえ、あります。貴方が『教会の利益』を損なう決定を下そうとしているのなら、それを止めるのが私の義務ですから」

 私の言葉に、ベルンハルトが眉をひそめた。

「教会の利益だと? 神聖な教義を金銭の話にすり替える気か! これだから商魂逞しい貴族は……」 「現実を見ましょう、司祭様」

 私はハンスに目配せし、用意していた書類の束をテーブルに広げた。

「これは、当領地における過去三ヶ月の『教会への寄付金台帳』です」

 ベルンハルトが怪訝な顔で書類を覗き込む。  そこには、右肩上がりのグラフと、ずらりと並んだ数字が記されていた。

「見ての通り、寄付金の総額は昨対比で三百パーセント増。教会の屋根の修繕費も、孤児院への支援金も、すべてここから賄われています」

 私は書類の一点を指差した。

「そして、その寄付金の約四割を負担しているのが、貴方が『魂なき獣』と呼ぶ、亜人の労働者たちです」

「な、なんだと……?」

「彼らは当家で働き、正規の給与を得て、その一部を感謝の証として教会に捧げています。……もし貴方が彼らを『異端』として追放すれば、この寄付金は即座に消滅します」

 私は冷徹に畳み掛けた。

「教会の修繕は止まり、孤児たちは路頭に迷うでしょう。……神の威光を守るために、神の子である孤児たちを飢えさせる。それが貴方の正義ですか?」

 聖職者にとって一番痛いところを突く。それが「聖職者殺しの金銭ロジック(ロジカル・キリング)」だ。  ベルンハルトが言葉に詰まる。

「ぐ、ぬ……。だが、金で教義は曲げられん! 獣は獣だ! 彼らに信仰心などあるものか!」 「信仰心がない? ……ハンス、案内して」

 私は椅子から立ち上がった。  百聞は一見に如かずだ。

        ***

 私が彼らを連れて行ったのは、領内にある小さな礼拝堂だった。  以前はボロボロだったが、最近改修工事を終えたばかりの場所だ。

 重い扉を開けると、夕陽が堂内を満たしていた。  ベルンハルトが息を呑んだ。

「……これは……」

 彼の視線の先には、壁一面に嵌め込まれた、壮麗なステンドグラスがあった。  赤、青、黄金色。  無数のガラス片が複雑に組み合わさり、慈悲深い女神の姿を描き出している。その色彩の美しさと精緻な技術は、王都の大聖堂にも引けを取らない。

「美しいでしょう? このガラスを焼き、加工したのはドワーフの職人たちです。そして、枠を組み上げ、高所に設置したのは狼人族たちです」

 私はステンドグラスを見上げながら言った。

「彼らは、自分たちを受け入れてくれたこの土地と、安息を与えてくれた神に感謝し、無償でこの窓を作りました。……司祭様。これを作った者たちに、本当に『魂』がないと言い切れますか?」

 光の中で、女神像が微笑んでいるように見える。  それは、言葉や理屈を超えた、圧倒的な「事実」としての祈りの結晶だった。

 ベルンハルトは震える手で胸のロザリオを握りしめ、ステンドグラスを見つめていた。  芸術は、時に説教よりも雄弁だ。

「……見事だ。これほど清らかな光を放つガラスは、見たことがない」

 彼の中で、教義と現実が激しく葛藤しているのがわかる。  ここが攻め時だ。  私は最後の切り札(カトラス)を切った。

「見学でお疲れでしょう。軽食を用意しました」

 ハンスがバスケットから取り出したのは、白いパンに、黄色い具材をたっぷりと挟んだもの。  ――『たまごサンド』だ。  マヨネーズと茹で卵を和え、ふわふわのパンで挟んだ、前世におけるコンビニ最強の軽食。

「……これは?」 「当家の特産品を使ったサンドイッチです。どうぞ」

 ベルンハルトは迷いながらも、それを手に取った。  一口かじる。  パンの柔らかさと、卵フィリングの濃厚なコク、そしてマヨネーズの酸味が口いっぱいに広がる。

「――っ!」

 強面の審問官の表情が、一瞬で崩れた。  美味しいものを食べた時、人間は怒ることができない。これは生理学的な真理だ。

「……美味い。慈悲深い味がする……」 「このマヨネーズの瓶を作ったのも、ドワーフたちです。彼らの仕事がなければ、この味は完成しませんでした」

 私はダメ押しの一言を添えた。  ベルンハルトはサンドイッチを完食すると、深い、本当に深いため息をついた。  そして、私に向き直り、静かに頭を下げた。

「……私の負けだ、リリエラ殿」

「負けではありません。相互理解(コンセンサス)です」

「いや、完敗だ。……亜人たちがこれほど勤勉で、信仰心に厚いとは知らなかった。彼らを追放することは、神の家を破壊することと同義だと理解した」

 ベルンハルトは、憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。その笑顔は、意外にも穏やかだった。

「報告書にはこう書こう。『ローゼンベルク領の亜人たちは、聖女リリエラの導きにより教化され、模範的な神の使徒となっている』と」

 ……ん?  話が飛躍していないか?  「聖女の導き」とか余計な修飾語はいらないのだが。

「貴女は、言葉や剣ではなく、仕事と食事を通じて彼らに魂を与えたのだ。……貴女こそ、現代の聖女と呼ぶに相応しい」

 ベルンハルトが私の前に跪き、私の小さな手に口づけをした。  背後の武装神官たちも、感動の涙を流しながら祈りを捧げている。

(……やれやれ。今度は宗教界のお墨付きをもらってしまった)

 私は遠い目をした。  単に「労働力確保」と「税収維持」のために動いただけなのに、なぜか「魂の救済者」になってしまった。

 こうして、異端審問騒動は幕を閉じた。  後日、大教会からは「亜人保護の特別認可」が下り、我が領地は公然と亜人を受け入れることができるようになった。  ベルンハルト司祭はその後、サンドイッチの味が忘れられず、事あるごとに視察(という名のつまみ食い)に来るようになり、私の良き理解者(兼、教会の盾)となってくれた。

感想 3

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした

暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。 役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。 だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。 倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。 やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。 一方、病の裏で糸を引いていたのは………。 “無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で一人の騎士と運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています