冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第21話:空飛ぶ物流革命と、マヨネーズという名の制裁

第一王子派閥による「経済封鎖」の影響は、即座に数字となって表れた。

「……お嬢様。今朝、南の街道の検問所で、輸送隊が追い返されました」

 執務室にて、ハンスが悲痛な面持ちで報告する。

「隣領の伯爵が『通行税をこれまでの十倍(一〇〇〇パーセント)に引き上げる』と宣言したそうです。実質的な通行禁止です。これにより、原材料の輸入も、商品の輸出も完全にストップしました」

 私は冷静に、真っ赤に染まった損益計算書(PL)を眺めた。  典型的な兵糧攻めだ。  物流(サプライチェーン)を断てば、いかに繫栄した都市も干上がる。工場の火は消え、歓楽街のビールは尽き、民は不満を抱く。第一王子クラウス、なかなか的確で嫌らしい手を打ってくる。

「……で、向こうの要求は?」 「はい。『ローゼンベルク家の全事業権の譲渡』と『リリエラ様の王都への出頭(人質)』です」

 私は鼻で笑った。  この私が、手塩にかけた会社(領地)を明け渡す? あり得ない。

「ハンス。私が常々言っている『BCP(事業継続計画)』の基本は何?」 「えっと……『一つのルートに依存しないこと』、です」 「正解(コレクト)。陸がダメなら、別の道を行けばいいだけよ」

 私は椅子から立ち上がり、窓の外――遥か頭上に広がる青空を見上げた。

「『プロジェクト・イカロス』を発動するわ。準備なさい」

        ***

 領都の郊外、山間の盆地に設けられた秘密ドック。  そこには、私の指示でドワーフの技師たちと、裁縫が得意なエルフたちが総出で作り上げた「巨大な物体」が鎮座していた。

 巨大な球体の布袋。その下には頑丈な籐(とう)で編まれたゴンドラ。  そして中心部には、火属性の魔石を組み込んだ強力なバーナーが設置されている。

「お嬢様、これ……本当に飛ぶんですか?」

 見上げるハンスの声が震えている。  無理もない。この世界には「空を飛ぶ乗り物」など存在しない。ワイバーン騎兵はいるが、大量の荷物を運ぶことはできない。

「飛ぶわ。熱された空気は軽くなる。物理法則は絶対よ」

 私はドワーフの工場長に合図を送った。

「点火!」

 ボォォォォォッ!!  バーナーが爆音を上げ、青白い炎を噴き上げる。  熱気が球皮(エンベロープ)の中に送り込まれるにつれ、しぼんでいた布が生き物のように膨れ上がり、そして――ふわりと、巨体が地を離れた。

「う、浮いたぁぁぁーーっ!!」

 作業員たちの歓声が上がる。  一機だけではない。次々と十機の熱気球が空へと舞い上がる。  ゴンドラには、「マヨネーズ」「ガラス製品」「レンガ」といった商品が満載されている。

「これが『空輸(エア・カーゴ)』よ」

 私は満足げに頷いた。

「空に関所はない。通行税もない。風に乗れば、王都まで陸路の半分の時間で到達できる。……さあ、第一王子の鼻先を飛んでやりなさい」

        ***

 一方、ローゼンベルク領へと続く街道の検問所。  第一王子派の兵士たちは、退屈そうに空を眺めていた。

「へっ、もう一週間も物流を止めてるんだ。今頃、あの生意気な領地はパニックになってるだろうぜ」 「ああ。食い物が尽きて、泣きついてくるのも時間の問題だ」

 彼らが下卑た笑い声を上げていた、その時。    ――ゴォォォォォォ……。

 奇妙な音が頭上から響いた。  風の音ではない。何かが燃えるような轟音だ。  兵士の一人が空を指差し、絶叫した。

「お、おい! あれを見ろ! 空に……空に何かが!」

 彼らが見上げた先。  雲の合間から、巨大な「空飛ぶ船」の船団が現れた。  色とりどりの球体には、堂々たるローゼンベルク家の紋章(とマヨネーズの絵)が描かれている。

「な、なんだあれは!? 魔獣か!? いや、船だ!」 「関所の上を通っていくぞ! お、おい! 止めろ! 通行税を払わせろ!」

 隊長が叫ぶが、弓矢が届く高度ではない。  気球団は、地上の混乱など意に介さず、悠々と検問所を飛び越えていった。

 ゴンドラからは、操縦士の狼人族が身を乗り出し、兵士たちに向けて「アッカンベー」をしているのが見えた(私の指導ではない。彼のアドリブだ)。

        ***

 気球団の到着により、王都の市場は大騒ぎになった。  品薄で価格が高騰していた「天使のクリーム」や「ローゼン・ビール」が、空から大量に供給されたのだ。

「おお! 待っていたぞ! これがないと飯が食えん!」 「空から商品を運んでくるなんて……やはりローゼンベルク家は神に愛されている!」

 市民たちは歓喜し、第一王子の「封鎖失敗」を嘲笑った。  だが、私の反撃はこれだけではない。  私は、気球便に「ある手紙」を持たせていた。

 宛先は、今回の封鎖に加担した貴族たちの屋敷だ。

        ***

 第一王子の側近、バルガス侯爵邸。  夕食の席で、侯爵は不機嫌そうにナイフを置いていた。

「……おい、料理長。今日のサラダ、味が薄くないか? あの『白いクリーム』はどうした?」 「も、申し訳ありません、旦那様……」

 料理長が青い顔で震えている。

「実は……本日、ローゼンベルク家より通達がありまして……」

 料理長が差し出した手紙には、冷徹な筆跡でこう書かれていた。

『貴殿による不当な通行妨害に対し、遺憾の意を表します。つきましては対抗措置として、貴殿およびその一族への当社製品(マヨネーズ、ビール、ガラス製品、石鹸等)の販売を、今後一切お断りします。――リリエラ・フォン・ローゼンベルク』

「はぁ!? 販売拒否だと!? たかが調味料ごときで!」

 侯爵が激昂した瞬間、食卓に悲鳴が上がった。  侯爵夫人と娘たちが、絶望の表情で叫んだのだ。

「嫌よ! あのクリームがないと、野菜なんて食べられないわ!」 「お父様のせいよ! お肌がツルツルになる石鹸も買えないの!?」 「学校で『マヨネーズも買えない家』なんて馬鹿にされるわ! なんとかしてよ!」

「え、いや、しかし……」

 家庭内暴動の勃発だ。  同様の悲劇が、王子派の貴族たちの家々で同時多発的に発生していた。  彼らは知らなかったのだ。自分たちの生活(QOL)が、すでに私の商品に依存しきっていたことを。    ――マヨネーズ中毒(アディクション)。  一度知れば戻れない禁断の味を盾にした、えげつない「逆制裁」だった。

        ***

 数日後。  第一王子クラウスの元には、側近たちからの悲痛な陳情が殺到していた。

「殿下! もう限界です! 封鎖を解いてください!」 「妻が実家に帰ると言い出しまして……マヨネーズのためなら裏切ると……」 「空輸で稼がれ、地上では家庭崩壊……。これ以上は持ちません!」

 クラウスは、執務机を拳で殴りつけた。

「……おのれ、リリエラ! 空を支配し、貴族の胃袋まで人質に取るとは……!」

 一方、私は執務室で、窓の外を飛ぶ気球を見上げながら、優雅に紅茶を飲んでいた。

「……レッドオーシャン(地上の競争)がダメなら、ブルーオーシャン(空)へ。ビジネスの基本ね」

 これで当面の危機は去った。  だが、第一王子がこのまま黙っているとは思えない。  次なる一手は、おそらく「武力」か「政治的圧力」の最終手段だろう。

(来るなら来なさい。こっちには『筋肉』と『金』と『民衆』がついている)

 私は不敵に微笑んだ。  スローライフを取り戻すための戦いは、いよいよ最終局面(エンドゲーム)へと向かおうとしていた。
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