冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第22話:王位簒奪と、史上最高額の『買収工作(M&A)』

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事態は、私の想定していた「最悪のシナリオ(ワースト・ケース)」をなぞるように動き出した。

 早朝、ローゼンベルク公爵邸の会議室。  重苦しい沈黙の中、王都から命からがら逃げ延びてきた第二王子ジークフリートが、悲痛な声で告げた。

「……すまない、リリエラ嬢。兄上――第一王子クラウスが、ついに一線を越えた」

 彼の報告によれば、クラウスは病床の国王を「静養」と称して塔に幽閉。  さらに近衛騎士団の一部を取り込み、王都の主要施設を制圧。自らを「摂政」と名乗り、実質的な国王としての権限を行使し始めたという。

「兄上は、私とリリエラ嬢を『国家転覆を目論む逆賊』と認定した。……すでに、正規軍三万がこの領地に向けて進軍中だ」

 三万。  この領地の人口に匹敵する大軍だ。  私の私設部隊「白百合騎士団」や警備団は精強だが、数は合わせても千人に満たない。まともにぶつかれば、数で押し潰される。

 父と母は顔面蒼白で震え、ハンスも絶望的な顔をしている。  だが、私の中のおっさんは、冷めた頭で電卓を叩いていた。

(……三万の軍勢か。移動コスト、食費、人件費。一日あたり金貨数千枚が飛ぶ計算だな)

 私は静かに顔を上げた。

「殿下。クラウス王子は、兵士たちに十分な給与を払えていますか?」 「え? いや……兄上の派閥は、君の『マヨネーズ制裁』や『物流回避』のせいで資金繰りが悪化しているはずだ。おそらく、手形(借用証書)で支払っているのではないかと思うが……」

 ――勝機(チャンス)あり。  私はニヤリと笑った(無表情だが)。

「資金のない軍隊など、張り子の虎です。……戦争をする金がないなら、戦争そのものを『買い取って』しまいましょう」

「か、買い取る? 戦争をか?」 「ええ。これより史上最大規模の『敵対的買収(Hostile Takeover)』を行います」

        ***

 フェーズ1:市場操作(マーケット・メイク)

 私は即座に、気球便を使って王都の商人ギルド理事・マルセルに指令を飛ばした。  指令内容はシンプルだ。

『王都周辺の小麦、干し肉、豆。すべての保存食を、市場価格の三倍で買い占めろ。資金は無制限に出す』

 マルセルは私の忠実な代理店(および信者)だ。彼は即座に動き、王都の食料市場を吸い尽くした。  結果、何が起きたか。  進軍中のクラウス王子の軍勢は、現地調達しようとしていた食料が手に入らず、補給線が崩壊したのだ。

 フェーズ2:情報戦(プロパガンダ)

 次に私は、空の支配者たる気球部隊を出動させた。  彼らが敵軍の頭上からばら撒いたのは、爆弾でも矢でもない。  ――大量の『求人チラシ』だ。

『緊急人材募集! ローゼンベルク領警備団、業務拡大につき三万人採用!』 『日給:金貨一枚(王軍の十倍)』 『待遇:三食付き(マヨネーズ食べ放題)、大浴場完備、週休二日』 『※現在、王軍に所属している方の転職(寝返り)、大歓迎! 即日現金払い!』

 空から降ってくる「甘い誘惑」。  腹を空かせ、安月給(しかも手形)で働かされている兵士たちの頭上に、焼きたてのパンの香り付きでチラシを散布したのだ。

        ***

 そして、決戦の日。  ローゼンベルク領の境界線に広がる平原にて。  三万の王軍と、私の率いる千人の私兵団が対峙した。

 敵軍の先頭に立つ将軍が、剣を抜いて叫ぶ。

「逆賊リリエラよ! 観念して投降せよ! さもなくば、この大軍で踏み潰してくれる!」

 私は、特設ステージ(拡声用の魔道具付き)の上に立ち、マイクを握った。  フリルのドレスが風になびく。

「将軍。貴方の後ろの兵士たち、随分と顔色が悪いですね。朝食は抜いてきたのですか?」

 私の声が平原に響き渡る。  王軍の兵士たちがざわつく。図星だからだ。物価高騰で、彼らの配給は薄いスープ一杯だった。

「我が領地には、温かい食事と、ふかふかのベッドがあります。そして何より……」

 私は合図を送った。  背後から、ドワーフたちが巨大な鍋を運んでくる。  蓋を開けた瞬間、スパイスと肉の芳醇な香りが爆発的に広がった。

 ――『カレーライス』だ。  マヨネーズに続く、私の最終兵器。数種類のスパイスを調合し、じっくり煮込んだビーフカレー。その匂いは数キロ先まで届く(風魔法で送った)。

 グゥゥゥゥ……。  三万人の腹の虫が、地鳴りのように響いた。

「このカレーは、転職希望者に無料で振る舞います。さらに、今なら『契約金』として、その場で金貨五枚を支給します」

 私は積み上げられた金貨の山を見せつけた。  太陽の光を受けて輝く、圧倒的な「現金(キャッシュ)」。

「命を懸けて薄いスープをすするか。腹一杯カレーを食って金をもらうか。……賢明な皆様なら、どちらが『効率的』か、わかりますね?」

 その問いかけが、最後の一押しだった。  カラン、と誰かが剣を捨てた。

「……やってられっか! 俺はカレーが食いたいんだ!」 「国のために死んでも、家族は養えねぇ! 俺は転職するぞー!」 「リリエラ様ー! 雇ってくれぇぇぇ!」

 雪崩(なだれ)だった。  三万の兵士たちは、将軍の制止を振り切り、我先にとこちらの陣営へ殺到した。  攻撃するためではない。カレーの列に並ぶためだ。

「ま、待て! 貴様ら、戻れ! これは反逆罪だぞ! ええい、誰かあの小娘を射殺せ!」

 将軍が喚き散らすが、誰も従わない。  逆に、私の私兵団(白百合騎士団)が、将軍を取り囲んだ。

「将軍、貴方もどうですか? 管理職(マネージャー)のポスト、空いてますよ?」 「ぐ、ぐぬぬ……! き、貴様ぁ……武人の誇りはないのか!」 「誇り? そんなもので部下の腹は膨れません。……連行して」

 哀れな将軍は、ボリスとガロウによって優しく(関節技で)拘束された。

        ***

 戦闘時間、ゼロ分。  死傷者、ゼロ名。  消費したカレー、三万食。

 私は、平原を埋め尽くす「元・敵兵」たちが、幸せそうにカレーを頬張る光景を見下ろしていた。

「……勝負あり、ね」

 隣にいたジークフリート王子が、呆然と口を開けていた。

「……信じられない。三万の大軍を、剣を一振りもせずに無力化し、あまつさえ自軍に取り込むとは……。これは戦争ではない。……魔法だ」

「いいえ、殿下。これは『経済活動』です」

 私は請求書(コスト計算書)をヒラヒラさせた。

「彼らの給料と食費で、私の財布は軽くなりましたが……まあ、荒れ果てた戦場の復興費よりは安く済みました。彼らには明日から、新しい道路建設の現場で働いてもらいます」

 三万人の屈強な労働力を、金で買った。  これで領地の人手不足問題も一気に解決だ。

 ジークフリートは震える声で呟いた。

「……リリエラ嬢。君は、聖女というより……『慈悲深き魔王』だ」

 その日、歴史書にはこう記された。  『平原のカレー合戦』。  一人の少女が、金とスパイスで国を救った、前代未聞の戦いとして。

 だが、これで終わりではない。  手足を奪われた第一王子クラウスが、王都で一人、震えているはずだ。  次は彼への「引導」を渡しに行く番だ。

「行きましょう、殿下。王都へ凱旋(逆侵攻)です。……父上(国王)を救い出し、この非効率な内乱に終止符(ピリオド)を打ちます」

 私はカレーの匂いが染み付いたドレスを翻し、三万の「新入社員」を引き連れて、王都への進軍を開始した。
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