冷徹令嬢(中身42歳)の経営改革 ~企業再建のプロが転生したら、効率重視の行動が「聖女の奇跡」と勘違いされまして~

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第26話:理事長の横暴と、付加価値という名の『萌え』ビジネス

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学園の最上階にある理事長室。  そこは、第二食堂とは対極にある、豪華絢爛な空間だった。  マホガニーの机の向こうで、白髪の初老の男――理事長ゲスナー侯爵が、不快そうに鼻を鳴らした。

「……リリエラ・フォン・ローゼンベルク君。君の食堂経営は、目に余る」

 ゲスナーは、私が提出した黒字決算書を、ゴミのように弾いた。

「下品な味付け、品のない行列、そして何より……神聖な学園を『金儲けの場』に変えた罪は重い。即刻、食堂の運営権を返還したまえ」

 典型的な「既得権益層」だ。  裏調査によれば、彼は学園に出入りする高級食材業者からバックマージン(賄賂)を受け取っていた。私の食堂が安くて美味いものを出すせいで、彼の懐に入る金が減ったのだろう。

「返還するのは構いませんが……生徒たちの暴動が起きても知りませんよ?」 「ふん! たかが餌場の一つや二つ! ……そこでだ。来月の『学園祭』で白黒つけようではないか」

 ゲスナーはニヤリと笑った。

「私が直轄する『ロイヤル・サロン』と、君の『庶民食堂』。どちらが多くの『売上』を出せるか勝負だ。もし君が負けたら、食堂の閉鎖と、君の自主退学を要求する」

 わかりやすい罠だ。  「ロイヤル・サロン」は、フォアグラやトリュフを使った超高級店。客単価が違う。  数百円の定食を売る私たちが、売上総額で勝つには、圧倒的な回転数が必要になる。

 だが、私の中の経営者の魂(ゴースト)が囁いた。  ――単価が低いなら、上げればいいじゃない。

「……受けて立ちましょう。ただし、私が勝ったら、理事長の『予算編成権』を譲っていただきます」 「はっはっは! 大きく出たな、小娘! よかろう、契約成立だ!」

        ***

 第二食堂に戻った私は、緊急企画会議を開いた。  参加者はハンス、厨房のおばちゃん、そしてすっかり私の下僕(マヨネーズ信者)と化した生徒会長マクシミリアンだ。

「いい? 敵の客単価は金貨一枚(約10万円)クラスよ。対してこちらは銅貨数枚。まともに料理で勝負しても勝ち目はないわ」

「で、ではどうするのですか!?」 「料理そのものではなく、『付加価値(バリュー)』を売るのよ」

 私は黒板にチョークで大きく書いた。

『コンセプト・カフェ』

「原価数十円の卵料理を、数千円で売る魔法。……それは『サービス』と『体験』よ」

 私はマクシミリアンを指差した。

「会長。貴方のその無駄に煌びやかな顔面と、甘い声。それを商品化します」 「は? 私の顔を……?」 「そう。貴方は『執事(バトラー)』になりなさい。そして、我が派閥の可愛い令嬢たちには『メイド』になってもらうわ」

 そう、前世の日本が生んだ究極のサービス業、「メイド喫茶」の輸入だ。  ただし、ここは貴族の学園。  「本物の深窓の令嬢」が給仕をし、「本物の公爵令息」が執事として傅(かしず)く。  そのプレミアム感は、トリュフ如きでは太刀打ちできない。

        ***

 学園祭当日。  ゲスナー理事長の「ロイヤル・サロン」は、閑古鳥が鳴いていた。  豪華な料理は用意したが、堅苦しい雰囲気と高すぎる価格に、生徒も保護者も敬遠したのだ。

 対して、私のクラスが出店した『喫茶・リリエラ』の前には、長蛇の列ができていた。

「いらっしゃいませ、お嬢様(・・・・)」

 入り口で恭しくお辞儀をするのは、燕尾服に身を包んだマクシミリアンだ。  その麗しい姿に、女子生徒や貴婦人たちの黄色い悲鳴が上がる。

「きゃあああ! マクシミリアン様がエスコートしてくれるの!?」 「入るわ! 絶対入る!」

 店内では、フリルのエプロンドレス(私がデザイン監修)を着た令嬢たちが、慣れない手つきだが一生懸命に配膳している。  その「初々しさ」と「高貴さ」のギャップが、男性客の心を鷲掴みにしていた。

 そして、この店の主力商品は――

「お待たせいたしました。『愛のオムライス』でございます」

 私が運んできたのは、チキンライスに薄焼き卵を乗せただけの、原価率激安の品だ。  だが、ここからが「魔法」の時間だ。

「仕上げをいたしますね。……ケチャップで何を描きましょう?」 「えっ、えっと……じゃあ、うさぎさんで!」 「承知いたしました(イエスマム)」

 私は小瓶に入ったケチャップ(特製トマトソース)を使い、卵の上に器用にウサギの絵を描いた。  そして、無表情のまま、棒読みで言った。

「美味しくなーれ、萌え萌えキュン」

 ――ドカン!!  客(強面の騎士団長の息子)が、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏した。

「か、可愛い……! あの『氷雪の軍神』リリエラ様が、俺のために魔法をかけてくれた……!」 「俺もだ! 俺も一番高いセットを頼む!」 「リリエラ様との『記念撮影権(チェキの代わりに絵描きが速写)』も追加で!」

 爆売れだ。  オムライス一杯で金貨半分。原価率は驚異の一パーセント以下。残りの九十九パーセントは「萌え」という名の付加価値だ。  ボロ儲けである。

        ***

 夕方。集計結果が発表された。  『喫茶・リリエラ』の売上は、『ロイヤル・サロン』の十倍という圧倒的な差をつけて勝利した。

 理事長室に乗り込んだ私は、青ざめるゲスナー理事長に、契約書を突きつけた。

「約束通り、予算編成権はいただきます。……理事長、貴方の敗因は一つです」 「な、なんだ……料理の質か?」 「いいえ。『顧客満足度(CS)』の軽視です」

 私は彼を見下ろした。

「貴方は『高い食材』を出せば客が喜ぶと思っていた。ですが、客が求めていたのは『特別な体験』と『癒やし』だったのです。……市場のニーズ(需要)を読めない人間に、経営者の資格はありません」

 ゲスナーはその場に崩れ落ちた。  実は彼も、お忍びで『喫茶・リリエラ』に来店し、マクシミリアンの執事姿と私のオムライスに撃沈し、金貨を落としていた一人だったのだ。

 こうして、私は学園の実権をも掌握した。  生徒会予算は私の管理下に置かれ、食堂のメニューはさらに充実し、学園は「リリエラ・エコノミー」によって黄金期を迎えることになった。

 そして、学園祭の後夜祭。  キャンプファイヤーの炎の前で、マクシミリアンが生徒たちの前で叫んだ。

「我らが学び舎に、真の指導者が現れた! 伝統という名のカビを払い、革新の風を吹かせたリリエラ嬢こそ、次期『生徒会長』に相応しいと思わないか!!」

「「「異議なし!!!」」」

 全校生徒のシュプレヒコール。  私は遠い目をした。   (……どうしてこうなる。私はただ、部活の予算が欲しかっただけなのに)

 逃げ込んだはずの学園で、私はついに「生徒会長」という名の新たな激務(ポジション)に就くことになってしまった。  だが、私の周りには、マヨネーズと萌えの洗礼を受けた、忠実で優秀な「部下たち(生徒)」が育ちつつある。

 彼らが卒業し、国の中枢へ散らばった時――私(リリエラ)の派閥は、王家をも凌ぐ最強の組織になるだろう。  ……まあ、それはまた先の話だ。  今はまず、明日の生徒会選挙の手続き(という名の出来レース)を片付けなければ。
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