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最終話:早期リタイア(FIRE)と、森の中のハイテク・スローライフ
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アグランド王立学園への入学から十一年。 世界は劇的に変わった。 私の手によって構築された「世界経済ネットワーク」と「自動化システム」により、アグランド王国は黄金時代を迎えていた。
そして、ジークフリート王子の国王戴冠式の日。 王都が熱狂に包まれる中、私は王城の執務室に一通の置き手紙を残し、姿を消した。
『拝啓、国王陛下。 国のシステムは完成しました。マニュアル通りに運営すれば、あと五十年は安泰です。 よって、当初の予定通り――本日付で退職(リタイア)します。 探さないでください。 リリエラ』
***
それから数ヶ月後。 王都から遥か彼方、地図にも載っていない未開の山岳地帯。 そこに、結界で守られた一軒の屋敷があった。
屋敷と言っても、古臭い城ではない。 ガラス張りのサンルームを備えた、平屋建てのモダンな邸宅だ。
「……ふあぁ。よく寝た」
昼過ぎ。私はキングサイズのベッドから這い出した。 十八歳になった私は、緩いルームウェアに身を包み、寝癖も直さずにリビングへ向かう。 そこでは、小型の家事用ゴーレム(ルンバ型)が床を掃除し、自動調理器からコーヒーの香りが漂っていた。
「リリエラ様、おはようございます。本日の天気は晴れ。株価は安定しています」
AI(人工知能)を搭載した魔導スピーカーが告げる。
「うん。……今日も平和ね」
窓の外を見る。 庭では、改造された農業用ゴーレムたちが、黙々と野菜を育てている。 警備は「特務部」から引き抜いた精鋭たちが、姿を見せずに完璧に行ってくれている。
ここには、面倒な書類仕事も、非効率な会議も、うっとうしい貴族の付き合いもない。 あるのは、私が積み上げた莫大な個人資産と、最新鋭の魔導家電、そして無限の自由時間だけ。
これぞ、私が夢見た**『完全自動化スローライフ』**だ。
***
ピンポーン。
不意に、玄関のチャイム(魔導ベル)が鳴った。 こんな秘境に来る客など一人しかいない。
モニターを確認し、ロックを解除すると、埃まみれの旅装束を着た青年が入ってきた。 アグランド国王、ジークフリートだ。
「……やあ、リリィ。やっと見つけたよ。結界のパスワードが『マヨネーズは世界を救う』だなんて、君らしいな」
彼は王冠もマントも脱ぎ捨て、疲れ切った顔でソファに倒れ込んだ。
「陛下。不法侵入ですよ。ここは私の私有地です」 「つれないこと言わないでくれよ。……君がいなくなってから、城は大騒ぎなんだ。大臣たちは泣き叫ぶし、ガイウスとヴェルネットは『リリエラがいない世界など滅ぼす』って暴れるし……」
ジークフリートは身を起こし、私の手を取った。
「リリィ。戻ってきてくれないか? 君がいないと、世界は回らない。……それに、僕の隣には君が必要なんだ。王妃として、いや、宰相としてでもいい」
熱烈な勧誘(ヘッドハンティング)。 かつての私なら、情にほだされて戻っていたかもしれない。 だが、今の私は「自由」の味を知ってしまった。
私は彼の手を優しく、しかし断固として解いた。
「お断りします」 「即答!?」 「ジーク。私は十分働きました。七歳から十八歳まで、社畜のように国を支えてきたんです。……これからは、自分のために生きます」
私はキッチンから、冷えた瓶ビール(自家製)と、マヨネーズたっぷりの唐揚げを取り出し、テーブルに置いた。
「国政に疲れたなら、たまには遊びに来ていいですよ。美味しいご飯と、愚痴くらいなら聞いてあげます。……ただし、相談料は高いですけどね?」
ジークフリートは呆気にとられ、そして苦笑した。 彼はビールを一口飲み、ふう、と息を吐いた。
「……はは、最高に美味いな。君の勝ちだよ、リリィ。……わかった。連れ戻すのは諦める。その代わり、週末はここに通わせてもらうよ」 「ええ。予約を入れてから来てくださいね」
私たちは乾杯した。 恋人でも夫婦でもない。 けれど、週末だけ会って安らぎを共有する、そんな「大人の距離感」が、今の私には心地よかった。
***
ジークフリートが帰り、再び静寂が訪れた。 私は、この隠れ家の最奥にある「聖域」へと足を運んだ。
――トイレだ。
王宮にあったものよりさらに進化させた、最新試作機。 壁の一面がマジックミラーになっており、雄大な森林の景色を眺めながら用を足せる、開放感抜群の仕様だ。
ウィーン。 自動で蓋が開き、私は「王座」に腰を下ろした。 じんわりと伝わる温もり。森の静けさ。鳥のさえずり。
「…………極楽」
私は天井を見上げ、独りごちた。
転生して十一年。 私が戦ってきたのは、魔王でも帝国でもなく、「不便」と「過労」だった。 そして今、私は勝利したのだ。
地位も名誉もいらない。 好きな時に起き、好きなものを食べ、世界最高峰のトイレでくつろぐ。 これ以上の幸せが、どこにあるというのか。
「さて……明日は何をしようかな。二度寝か、それとも新作ゲーム(魔導コンソール)の攻略か」
元・おっさんの悪役令嬢、リリエラ・フォン・ローゼンベルク。 彼女の本当の人生(スローライフ)は、ここから始まるのだ。
私は個室の中で、誰に見せるためでもない、最高にだらしない笑顔を浮かべた。
【完】
そして、ジークフリート王子の国王戴冠式の日。 王都が熱狂に包まれる中、私は王城の執務室に一通の置き手紙を残し、姿を消した。
『拝啓、国王陛下。 国のシステムは完成しました。マニュアル通りに運営すれば、あと五十年は安泰です。 よって、当初の予定通り――本日付で退職(リタイア)します。 探さないでください。 リリエラ』
***
それから数ヶ月後。 王都から遥か彼方、地図にも載っていない未開の山岳地帯。 そこに、結界で守られた一軒の屋敷があった。
屋敷と言っても、古臭い城ではない。 ガラス張りのサンルームを備えた、平屋建てのモダンな邸宅だ。
「……ふあぁ。よく寝た」
昼過ぎ。私はキングサイズのベッドから這い出した。 十八歳になった私は、緩いルームウェアに身を包み、寝癖も直さずにリビングへ向かう。 そこでは、小型の家事用ゴーレム(ルンバ型)が床を掃除し、自動調理器からコーヒーの香りが漂っていた。
「リリエラ様、おはようございます。本日の天気は晴れ。株価は安定しています」
AI(人工知能)を搭載した魔導スピーカーが告げる。
「うん。……今日も平和ね」
窓の外を見る。 庭では、改造された農業用ゴーレムたちが、黙々と野菜を育てている。 警備は「特務部」から引き抜いた精鋭たちが、姿を見せずに完璧に行ってくれている。
ここには、面倒な書類仕事も、非効率な会議も、うっとうしい貴族の付き合いもない。 あるのは、私が積み上げた莫大な個人資産と、最新鋭の魔導家電、そして無限の自由時間だけ。
これぞ、私が夢見た**『完全自動化スローライフ』**だ。
***
ピンポーン。
不意に、玄関のチャイム(魔導ベル)が鳴った。 こんな秘境に来る客など一人しかいない。
モニターを確認し、ロックを解除すると、埃まみれの旅装束を着た青年が入ってきた。 アグランド国王、ジークフリートだ。
「……やあ、リリィ。やっと見つけたよ。結界のパスワードが『マヨネーズは世界を救う』だなんて、君らしいな」
彼は王冠もマントも脱ぎ捨て、疲れ切った顔でソファに倒れ込んだ。
「陛下。不法侵入ですよ。ここは私の私有地です」 「つれないこと言わないでくれよ。……君がいなくなってから、城は大騒ぎなんだ。大臣たちは泣き叫ぶし、ガイウスとヴェルネットは『リリエラがいない世界など滅ぼす』って暴れるし……」
ジークフリートは身を起こし、私の手を取った。
「リリィ。戻ってきてくれないか? 君がいないと、世界は回らない。……それに、僕の隣には君が必要なんだ。王妃として、いや、宰相としてでもいい」
熱烈な勧誘(ヘッドハンティング)。 かつての私なら、情にほだされて戻っていたかもしれない。 だが、今の私は「自由」の味を知ってしまった。
私は彼の手を優しく、しかし断固として解いた。
「お断りします」 「即答!?」 「ジーク。私は十分働きました。七歳から十八歳まで、社畜のように国を支えてきたんです。……これからは、自分のために生きます」
私はキッチンから、冷えた瓶ビール(自家製)と、マヨネーズたっぷりの唐揚げを取り出し、テーブルに置いた。
「国政に疲れたなら、たまには遊びに来ていいですよ。美味しいご飯と、愚痴くらいなら聞いてあげます。……ただし、相談料は高いですけどね?」
ジークフリートは呆気にとられ、そして苦笑した。 彼はビールを一口飲み、ふう、と息を吐いた。
「……はは、最高に美味いな。君の勝ちだよ、リリィ。……わかった。連れ戻すのは諦める。その代わり、週末はここに通わせてもらうよ」 「ええ。予約を入れてから来てくださいね」
私たちは乾杯した。 恋人でも夫婦でもない。 けれど、週末だけ会って安らぎを共有する、そんな「大人の距離感」が、今の私には心地よかった。
***
ジークフリートが帰り、再び静寂が訪れた。 私は、この隠れ家の最奥にある「聖域」へと足を運んだ。
――トイレだ。
王宮にあったものよりさらに進化させた、最新試作機。 壁の一面がマジックミラーになっており、雄大な森林の景色を眺めながら用を足せる、開放感抜群の仕様だ。
ウィーン。 自動で蓋が開き、私は「王座」に腰を下ろした。 じんわりと伝わる温もり。森の静けさ。鳥のさえずり。
「…………極楽」
私は天井を見上げ、独りごちた。
転生して十一年。 私が戦ってきたのは、魔王でも帝国でもなく、「不便」と「過労」だった。 そして今、私は勝利したのだ。
地位も名誉もいらない。 好きな時に起き、好きなものを食べ、世界最高峰のトイレでくつろぐ。 これ以上の幸せが、どこにあるというのか。
「さて……明日は何をしようかな。二度寝か、それとも新作ゲーム(魔導コンソール)の攻略か」
元・おっさんの悪役令嬢、リリエラ・フォン・ローゼンベルク。 彼女の本当の人生(スローライフ)は、ここから始まるのだ。
私は個室の中で、誰に見せるためでもない、最高にだらしない笑顔を浮かべた。
【完】
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