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第6話 野獣と幼女
ギルドの扉を開けた瞬間、そこにあったのは「熱気」だった。 昼間から酒を煽る男たち。怒鳴り声。賭け事の喧騒。 まさにファンタジー小説で読んだ通りの、荒廃した酒場のような光景だ。
だが。 俺が一歩足を踏み入れ、続いて巨体のガルドが入ってきた瞬間。
ピタッ。
劇場の照明が落ちたかのように、ギルド内の騒音が消失した。 数百人の視線が、一点に集中する。 もちろん、俺ではない。俺の背後に立つ、Sランク冒険者にだ。
「……おい、ガルドだぞ」 「『狂戦士』が帰ってきやがった」 「目を合わせるな、殺されるぞ」
ヒソヒソ話がさざ波のように広がる。 どうやらガルドは、このギルドでも相当な「要注意人物」として恐れられているらしい。 まあ、この顔面凶器だ。無理もない。
そして、視線は自然と、ガルドの足元にいる俺へと移る。
「……なんだあのガキ?」 「ガルドの連れか?」 「おいおい、まさか人攫(さら)いじゃねぇだろうな」 「いや、隠し子か……?」
勝手な憶測が飛び交う。 中には「ガルドの非常食じゃねぇか?」などという失礼極まりない囁きも聞こえた。後で裏拳で星にしてやろうか。
「チッ……」
背後でガルドが舌打ちをした。 それだけで、周囲の冒険者たちがビクッと肩を震わせる。
「おい、テメェら。ジロジロ見てんじゃねぇぞ」
ガルドが低い声で威嚇する。 空気が凍りついた。 Sランクの殺気。一般人なら失禁レベルのプレッシャーだ。
「(こら、ガルド)」
俺は小声で嗜(たしな)めた。 目立つなと言ったばかりだろう。
「(あ……す、すみません。つい、師匠への不敬な視線にイラッとしてしまい……)」
ガルドが慌てて殺気を引っ込める。 そして、何を思ったか、急に揉み手をしながら俺に道を譲った。
「ささ、どうぞこちらへ! お足元にお気をつけください、お嬢様!」
「「「はあぁぁぁぁ!?」」」
ギルド中の冒険者が絶叫した。 あの『狂戦士』ガルドが? 気に入らない奴はギルド長だろうがぶん殴る、あの暴れん坊が? 十歳の少女に、下僕のように頭を下げている?
「……ガルド、お前なぁ」
俺は頭を抱えた。 逆効果だ。余計に目立っている。 「あの子、何者だ?」「王族か?」「いや、ガルドの弱みを握っている魔女か?」と、さらに不穏な噂が加速していく。
もういい。早く用事を済ませよう。 俺は視線から逃げるように、受付カウンターへと早歩きで向かった。
◇
カウンターの中には、三人の受付嬢がいた。 その中央にいた女性が、俺たちに気づいて微笑んだ。
「あら、ガルドさん。おかえりなさい」
おっとりとした口調。 垂れ目の優しい瞳に、ふわふわとした栗色の髪。 そして、ギルドの制服が悲鳴を上げているほどの、豊かな双丘。 テンプレだ。 これぞ異世界ギルドの華、「巨乳の受付お姉さん」である。 名札には『ミナ』とある。
「おう、ミナ。戻ったぜ」 「今回の依頼も早かったですね。……で、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
ミナの視線が俺に向けられる。 俺はスカートの裾をつまみ、練習通りの愛想笑いを浮かべた。
「はじめまして、おねえちゃん! アリシアです!」
上目遣い。首をかしげる角度は四十五度。 完璧なロリっ子ムーブだ。 ミナの表情が一瞬で崩壊した。
「か、かわいい~~~~ッ!!」
ミナがカウンターから身を乗り出し、俺の頬をむにゅむにゅと摘んできた。
「なぁにこの子! お人形さん!? お肌すべすべ! 髪の毛サラサラ! ああん、食べちゃいたい!」 「ふぐっ、むぐっ……(く、苦しい……)」
豊満な胸に顔を埋められ、窒息しかける。 柔らかい。いい匂いがする。 前世の記憶(おっさん人格)が「役得だ!」と歓喜しているが、今はそれどころではない。
「ミナ、離してやれ。師……いや、アリシアが困ってるだろうが」 「あら、ごめんなさい。あまりに可愛くて、つい」
ミナは名残惜しそうに俺を解放した。 ふぅ、危なかった。この世界の受付嬢は物理攻撃力が高い。
「それで、今日はどうされたんですか? まさか、この子を登録させようなんて言いませんよね?」
ミナの目が少し真剣になる。 当然だ。十歳の少女が冒険者になるなど、自殺志願者と同じだ。
「その『まさか』だ」 俺は毅然と言った。 「冒険者登録をお願いします」
「……本気?」 「本気だよ。私、村から出てきてお金がないの。薬草採取とか、簡単な依頼でいいから働きたいの」
嘘八百である。 働きたくはない。 だが、身分証がないと、この街で定住してニート生活を送ることもできないのだ。 これは「働かないための労働」だ。
ミナは困ったようにガルドを見た。 「ガルドさん、止めてあげないんですか?」 「いや、俺が止めても聞かねぇんだ。……それに、こいつは俺が守る。絶対に死なせねぇ」
ガルドが親指を立ててウィンクした。 キザなセリフだが、顔が怖いので脅迫にしか見えない。 だが、Sランク冒険者の保証があるなら、とミナはため息をついた。
「わかりました。ガルドさんが保護者になるなら、特例で認めます」 「やった!」 「ただし!」
ミナが人差し指を立てる。 「まずは『魔力測定』を受けてもらいます。冒険者としての適性があるか、水晶玉でチェックするんです。もし適性がなければ、諦めてもらいますからね?」
来た。 第一の難関、ステータスチェックだ。
「はーい、わかったー」
俺は無邪気に返事をしたが、内心では冷や汗をかいていた。 先ほどかけた隠蔽魔法『村人A化』。 あれがちゃんと機能するかどうか。 もし失敗して「レベル999」が表示されたら、このギルドごと消し飛ばして逃げるしかない。
「じゃあ、この水晶玉に手を乗せてね」
ミナがカウンターの下から、バスケットボール大の透明な水晶を取り出した。 俺はゴクリと唾を飲み込み、その表面に小さな手を触れさせた。
「(頼む……! 平凡であれ! モブであれ!)」
俺の願いを乗せ、水晶玉が淡く輝き始めた。
だが。 俺が一歩足を踏み入れ、続いて巨体のガルドが入ってきた瞬間。
ピタッ。
劇場の照明が落ちたかのように、ギルド内の騒音が消失した。 数百人の視線が、一点に集中する。 もちろん、俺ではない。俺の背後に立つ、Sランク冒険者にだ。
「……おい、ガルドだぞ」 「『狂戦士』が帰ってきやがった」 「目を合わせるな、殺されるぞ」
ヒソヒソ話がさざ波のように広がる。 どうやらガルドは、このギルドでも相当な「要注意人物」として恐れられているらしい。 まあ、この顔面凶器だ。無理もない。
そして、視線は自然と、ガルドの足元にいる俺へと移る。
「……なんだあのガキ?」 「ガルドの連れか?」 「おいおい、まさか人攫(さら)いじゃねぇだろうな」 「いや、隠し子か……?」
勝手な憶測が飛び交う。 中には「ガルドの非常食じゃねぇか?」などという失礼極まりない囁きも聞こえた。後で裏拳で星にしてやろうか。
「チッ……」
背後でガルドが舌打ちをした。 それだけで、周囲の冒険者たちがビクッと肩を震わせる。
「おい、テメェら。ジロジロ見てんじゃねぇぞ」
ガルドが低い声で威嚇する。 空気が凍りついた。 Sランクの殺気。一般人なら失禁レベルのプレッシャーだ。
「(こら、ガルド)」
俺は小声で嗜(たしな)めた。 目立つなと言ったばかりだろう。
「(あ……す、すみません。つい、師匠への不敬な視線にイラッとしてしまい……)」
ガルドが慌てて殺気を引っ込める。 そして、何を思ったか、急に揉み手をしながら俺に道を譲った。
「ささ、どうぞこちらへ! お足元にお気をつけください、お嬢様!」
「「「はあぁぁぁぁ!?」」」
ギルド中の冒険者が絶叫した。 あの『狂戦士』ガルドが? 気に入らない奴はギルド長だろうがぶん殴る、あの暴れん坊が? 十歳の少女に、下僕のように頭を下げている?
「……ガルド、お前なぁ」
俺は頭を抱えた。 逆効果だ。余計に目立っている。 「あの子、何者だ?」「王族か?」「いや、ガルドの弱みを握っている魔女か?」と、さらに不穏な噂が加速していく。
もういい。早く用事を済ませよう。 俺は視線から逃げるように、受付カウンターへと早歩きで向かった。
◇
カウンターの中には、三人の受付嬢がいた。 その中央にいた女性が、俺たちに気づいて微笑んだ。
「あら、ガルドさん。おかえりなさい」
おっとりとした口調。 垂れ目の優しい瞳に、ふわふわとした栗色の髪。 そして、ギルドの制服が悲鳴を上げているほどの、豊かな双丘。 テンプレだ。 これぞ異世界ギルドの華、「巨乳の受付お姉さん」である。 名札には『ミナ』とある。
「おう、ミナ。戻ったぜ」 「今回の依頼も早かったですね。……で、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
ミナの視線が俺に向けられる。 俺はスカートの裾をつまみ、練習通りの愛想笑いを浮かべた。
「はじめまして、おねえちゃん! アリシアです!」
上目遣い。首をかしげる角度は四十五度。 完璧なロリっ子ムーブだ。 ミナの表情が一瞬で崩壊した。
「か、かわいい~~~~ッ!!」
ミナがカウンターから身を乗り出し、俺の頬をむにゅむにゅと摘んできた。
「なぁにこの子! お人形さん!? お肌すべすべ! 髪の毛サラサラ! ああん、食べちゃいたい!」 「ふぐっ、むぐっ……(く、苦しい……)」
豊満な胸に顔を埋められ、窒息しかける。 柔らかい。いい匂いがする。 前世の記憶(おっさん人格)が「役得だ!」と歓喜しているが、今はそれどころではない。
「ミナ、離してやれ。師……いや、アリシアが困ってるだろうが」 「あら、ごめんなさい。あまりに可愛くて、つい」
ミナは名残惜しそうに俺を解放した。 ふぅ、危なかった。この世界の受付嬢は物理攻撃力が高い。
「それで、今日はどうされたんですか? まさか、この子を登録させようなんて言いませんよね?」
ミナの目が少し真剣になる。 当然だ。十歳の少女が冒険者になるなど、自殺志願者と同じだ。
「その『まさか』だ」 俺は毅然と言った。 「冒険者登録をお願いします」
「……本気?」 「本気だよ。私、村から出てきてお金がないの。薬草採取とか、簡単な依頼でいいから働きたいの」
嘘八百である。 働きたくはない。 だが、身分証がないと、この街で定住してニート生活を送ることもできないのだ。 これは「働かないための労働」だ。
ミナは困ったようにガルドを見た。 「ガルドさん、止めてあげないんですか?」 「いや、俺が止めても聞かねぇんだ。……それに、こいつは俺が守る。絶対に死なせねぇ」
ガルドが親指を立ててウィンクした。 キザなセリフだが、顔が怖いので脅迫にしか見えない。 だが、Sランク冒険者の保証があるなら、とミナはため息をついた。
「わかりました。ガルドさんが保護者になるなら、特例で認めます」 「やった!」 「ただし!」
ミナが人差し指を立てる。 「まずは『魔力測定』を受けてもらいます。冒険者としての適性があるか、水晶玉でチェックするんです。もし適性がなければ、諦めてもらいますからね?」
来た。 第一の難関、ステータスチェックだ。
「はーい、わかったー」
俺は無邪気に返事をしたが、内心では冷や汗をかいていた。 先ほどかけた隠蔽魔法『村人A化』。 あれがちゃんと機能するかどうか。 もし失敗して「レベル999」が表示されたら、このギルドごと消し飛ばして逃げるしかない。
「じゃあ、この水晶玉に手を乗せてね」
ミナがカウンターの下から、バスケットボール大の透明な水晶を取り出した。 俺はゴクリと唾を飲み込み、その表面に小さな手を触れさせた。
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