『剣聖の愛玩姫(マスコット)』は元勇者 ~レベル999の幼女ですが、働きたくないのでSランク冒険者を盾にします~

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第10話 ギルドマスターの目

新しい服(村娘ルック)に着替えた俺たちは、再び冒険者ギルドへ戻ってきた。  目的はもちろん、最初の仕事(クエスト)を受けるためだ。

 ギルドに入ると、相変わらずの視線が突き刺さる。  だが、今の俺は最強の装備「可愛い服」を身に纏っている。  もう誰が見ても「ガルドに連れ回されている可哀想な親戚の子」にしか見えないはずだ。

「師匠、どの依頼を受けますか? やはりドラゴン退治か、邪神の眷属狩りあたりが手頃かと」 「却下だ」

 ガルドが張り出しボードの最上段(Sランク依頼)に手を伸ばそうとするのを、俺はピシャリと止めた。

「いいか、ガルド。俺はFランクだ。初心に帰るんだ」 「はっ! 基礎をおろそかにしない……さすがです!」

 俺はボードの最下段、誰も見向きもしないFランク依頼の紙を一枚剥がした。

 【依頼名】薬草採取  【内容】ヒーリング草を10本集める  【場所】西の森(浅い場所)  【報酬】銅貨5枚

 これだ。  これこそが俺の求めていた仕事だ。  森を散歩して、草をむしって、帰ってきておやつを食べる。  危険度ゼロ。ストレスゼロ。  報酬の銅貨5枚なんて、ガルドがチップで払った金貨の数万分の一だが、金はどうでもいい。「働いているフリ」ができればいいのだ。

「よし、これにするぞ」 「銅貨5枚……! 師匠が動くにはあまりに安すぎる……!」

 ガルドが悔し涙を流しているが無視して、俺は受付へ向かおうとした。

 その時だ。

「おい、ガルド」

 背後から、しわがれた、しかし芯のある声がかかった。  ギルドの空気がピリッと張り詰める。  振り返ると、階段の上に一人の老人が立っていた。

 白い髪と髭。左目には眼帯。  杖をついているが、その立ち姿には隙がない。  ギルドマスター、ゼッドだ。

「ゼッドの爺さんか。何の用だ?」 「久しぶりじゃな、暴れん坊。……ちと、話がある。その嬢ちゃんも連れて、執務室に来い」

 ゼッドの単眼が、鋭く俺を射抜いた。  心臓がドクリと跳ねる。

「(……やばい)」

 俺の直感(元勇者センサー)が警鐘を鳴らしている。  この爺さん、ただの老人じゃない。  「鑑定」を使うまでもない。纏っている気配が、歴戦の英雄クラスだ。

「断る。俺たちはこれから依頼で忙しいんだ」 「茶くらい出すぞ。高い菓子もある」

 ガルドが俺を見た。  「菓子」という単語に、俺(の演技)が反応すべきか迷ったが、ここで逃げれば余計に怪しまれる。  俺は無邪気な笑顔を作った。

「お菓子! 食べるー!」

   ◇

 ギルドの二階、一番奥にある執務室。  重厚な革張りのソファに座らされ、俺の目の前には高級そうなクッキーと紅茶が出された。

 ゼッドは机越しにパイプをふかしながら、俺たちを観察している。

「さて、ガルド。お前がガキを連れて歩くとは、天変地異でも起きるのか?」 「失礼な爺さんだ。こいつは俺の……大切な親戚だ」 「親戚、ねぇ」

 ゼッドが紫煙を吐き出す。  その煙の向こうから、俺を値踏みするような視線が飛んでくる。

「嬢ちゃん、名前は?」 「アリシアだよ!」 「ほう。……アリシアちゃん。おじいちゃんには隠さなくていいぞ。お前さん、『どこ』の使いだ?」

 空気が凍った。  ゼッドの声色が低くなる。

「ガルドを手懐けるなんざ、王家の隠密か? それとも帝国のスパイか?」

 やはり、疑われている。  十歳の少女がSランク冒険者を従えている状況が、どう考えても不自然なのだ。  ガルドが怒気を含んで立ち上がろうとする。  俺はそれを手で制し、クッキーを一枚口に入れた。

 サクッ。

「ん~、おいしい!」

 俺は満面の笑みで足をぶらぶらさせた。

「おじいちゃん、なに言ってるのかわかんなーい。アリシアはね、お父さんとお母さんがいなくなっちゃって、ガルドおじちゃんに拾われたの」

「…………」

「ガルドおじちゃん、顔は怖いけど、とっても強いんだよ! だからアリシア、冒険者になって強くなりたいの!」

 完璧な設定。  天涯孤独の少女と、それを拾った不器用な男。  涙を誘うストーリーだ。どうだ、参ったか。

 ゼッドはしばらく俺の目をじっと見つめていた。  俺も逸らさない。純真無垢な瞳(演技)で、キラキラと見つめ返す。

 数十秒の沈黙。  やがて、ゼッドはふっと力を抜いて笑った。

「カカッ! そうかそうか。疑ってすまんかったな」

 ゼッドの殺気が消えた。

「最近は物騒でな。変な虫が入り込んでないか、確認したかっただけじゃ。……ガルド、その子を大事にしろよ」 「言われるまでもねぇ」

 ガルドが不機嫌そうに鼻を鳴らす。  ふぅ、なんとか乗り切ったか。  やはり俺の演技力はアカデミー賞ものだ。

「よし、行っていいぞ。……ああ、そうだ」

 部屋を出ようとした俺の背中に、ゼッドが声をかけた。

「アリシアちゃん。もし薬草採取で『変なもの』を見つけても、決して手を出さんようにな」 「?」 「西の森は最近、魔力の流れがおかしい。……ま、Fランクのお前さんには関係ない話かもしれんがな」

 意味深な警告。  俺は「はーい!」と元気に返事をして、部屋を出た。

   ◇

 バタン、と扉が閉まる。  部屋に残ったゼッドは、パイプを置き、深くため息をついた。

「……食えんガキじゃ」

 彼は自分の右手を見た。  わずかに震えている。

「あんな純粋な魔力は見たことがない。スパイ? 馬鹿を言え。ありゃあ、もっとたちの悪い『災害』じゃよ」

 ゼッドの「心眼」スキルは、嘘を見抜くことはできなかった。  だが、本能が告げていた。  あの少女の中に眠る、底知れないナニカを。

「ガルドが飼い主か、それとも餌か。……しばらく泳がせてみるか」

 老練なギルドマスターは、ニヤリと笑い、再びパイプをくわえた。

   ◇

 一方、廊下に出た俺は、冷や汗で背中がびっしょりだった。

「(怖かったー……!)」

 心臓に悪い。  あんな狸(たぬき)親父に目をつけられるなんて。  やはり、さっさとFランク依頼を終わらせて、宿に引きこもるのが正解だ。

「師匠、大丈夫でしたか?」 「ああ。だが、長居は無用だ。さっさと行くぞ」 「はい! 西の森へ!」

 俺たちはギルドを飛び出した。  目指すは西の森。  たかが薬草採取。何事もなく終わるはずだ。

 ……ゼッドの「変なもの」という言葉が、少しだけ気になったが。  まさか、Fランク依頼でそんなトラブルに巻き込まれるわけがない。  俺のフラグ回避能力を信じろ。
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