『剣聖の愛玩姫(マスコット)』は元勇者 ~レベル999の幼女ですが、働きたくないのでSランク冒険者を盾にします~

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第18話 食材奪還作戦

南区。  そこは城塞都市バベルの光が届かない場所だ。  壊れた石畳。壁の落書き。昼間から酔っ払いが道端で寝転がり、路地裏からは何かの悲鳴や怒号が聞こえてくる。

 そんな世紀末のようなスラム街を、不釣り合いな二人が歩いていた。  フリフリの可愛らしい服を着た少女と、フルプレートアーマーの巨漢。

「……お嬢様、落ち着いてください。殺気が漏れすぎて、野良犬も逃げ出しています」 「落ち着いてるよ。早く材料を取り返して、お菓子屋さんに届けないと、今日の分が作れない」

 俺は早足で進んだ。  俺の頭の中は「シュークリーム」のことでいっぱいだ。  あのサクサクの生地。濃厚なカスタード。  それを邪魔した罪人は、地獄の業火で焼かれても文句は言えまい。

「おい、見ろよ。上等な服着たガキが歩いてるぜ」 「隣のデカブツは……ガルドか? なんでこんな所に」

 通りのゴロツキたちが俺たちを見てヒソヒソと話している。  だが、誰も手出しはしてこない。  ガルドの威圧感と、俺から滲み出る「触るな危険」オーラを感じ取っているのだろう。野生の勘というやつだ。

 俺は『探知』スキルを全開にして、特定の「匂い」を探っていた。  人間の気配ではない。  新鮮なミルクと、高級卵の匂いだ。

「……見つけた」

 俺は足を止め、ある廃ビルを睨みつけた。  元は倉庫だったのだろう。窓ガラスは割れ、入り口にはバリケードが築かれている。  そこから、下卑た笑い声と、甘い匂いが漂ってきていた。

「あそこだ」 「あそこは……犯罪組織『赤蛇』のシマですね。お嬢様、俺が先陣を……」 「いい。私がやる」

 俺はズカズカと入り口へ向かった。

   ◇

 廃ビルの中では、数十人の男たちが宴会を開いていた。  木箱をテーブル代わりにし、奪ってきた食料や酒を広げている。

「へっへっへ! 今日も大漁だぜ!」 「この卵、高級品だなぁ! 生で飲んでも美味いぞ!」 「牛乳も上等だ! 酒と割って飲むか!」

 彼らが粗末に扱っている木箱には、『王都屋』の焼き印が押されていた。  間違いない。俺のシュークリームになるはずだった尊い材料たちだ。

 バーンッ!!

 入り口のバリケードが、爆音と共に吹き飛んだ。  木片が散らばり、砂埃が舞う。

「あぁ!? なんだなんだ!?」 「敵襲か!?」

 男たちが慌てて武器を構える。  砂埃の中から現れたのは、小さな影だった。

「……おい」

 俺は低い声で言った。  フードを目深に被り、ゆっくりと歩み寄る。

「その卵、置けよ」 「あ?」

 男の一人――モヒカン頭の大男が、卵を手にしたまま呆けた顔をした。

「なんだこのガキ……? 迷子か?」 「おい、こいつガルドのペットじゃねぇか!?」 「マジか! ボスが探してたターゲットが、自分から飛び込んできたぞ!」

 男たちが色めき立つ。  彼らにとって俺は「懸賞首」であり、格好の獲物に見えたらしい。  モヒカン男がニヤニヤと笑いながら、手にした卵を放り投げ、キャッチした。

「へぇ、この卵が欲しいのか? 欲しけりゃくれてやるよ、ほら!」

 男は卵を俺に向かって投げつけた。  それも、地面に叩きつけるように。

 パシャッ。

 貴重な高級卵が、汚れた床に落ちて割れた。  黄色い黄身が無惨に広がる。

 ……プチン。

 俺の中で、何かが切れる音がした。

「あーあ、割れちまったなぁ! 床を舐めれば食えるぜ?」

 男たちがゲラゲラと笑う。  俺は深く息を吸い込んだ。

「ガルド」 「ハッ!」 「入り口を塞げ。一匹も逃すな」 「御意!!」

 ガルドが大剣を抜いて、入り口に仁王立ちする。  退路は断たれた。  俺はゆっくりとフードを外した。  笑顔だった。  ただし、目は笑っていない。

「食べ物を粗末にする奴は……死んでも償えないよ?」

 俺は右手をかざした。

 【風魔法:サイクロン・アーム】

 ゴオォォォォォッ!!

 俺の腕に竜巻が纏(まと)わりつく。  それは部屋中の空気を吸い込み、凶悪な回転エネルギーへと変換していく。

「な、なんだコリャァ!?」 「風が……吸い込まれるッ!?」

 男たちの体が浮き上がる。  俺は狙いを定めた。  ターゲットは「食材の箱」ではない。「人間」だけだ。  食材は傷つけない。人間だけをピンポイントで吹き飛ばす、超絶技巧の魔法コントロール。

「消えろ、『害虫駆除(ブラスト)』!」

 ドォォォォォォォォォォン!!

 暴風が解き放たれた。  数十人の男たちが、木の葉のように舞い上がり、壁に、天井に、お互いに叩きつけられた。

「ぎゃああああああああああ!!」 「空を飛んでるぅぅぅぅぅ!!」

 洗濯機の中のような惨状。  男たちは空中でキリモミ回転し、意識を刈り取られ、ボロ雑巾のように床に転がった。

 数秒後。  立っているのは俺だけだった。  そして、部屋の中央には、奇跡的に傷一つついていない木箱(牛乳と卵入り)が鎮座していた。

「……ふぅ」

 俺は服の埃を払った。  静寂。  入り口で見ていたガルドが、ポカーンと口を開けている。

「(人間だけを選別して吹き飛ばした……だと? しかも卵一つ割らずに? どんな魔力制御だ……神か?)」

 俺は木箱に駆け寄った。  中身を確認する。よし、無事だ。  割れたのは最初の一個だけ。残りは無傷だ。

「よかったぁ~。これでシュークリームが食べられる」

 俺は満面の笑みで木箱を持ち上げた。  レベル999なので、牛乳瓶が数十本入った箱も指一本で持てる。

「ガルド、これお菓子屋さんに持って帰ろう!」 「……は、はい。承知しました」

 ガルドは引きつった顔で頷き、気絶してピクピクしている男たちの山を跨いで俺に続いた。

 俺たちが去った後。  廃ビルの奥から、一部始終を見ていたボス・ボルゾイが、腰を抜かして震えていた。  「化け物だ……」と呟きながら。
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