『剣聖の愛玩姫(マスコット)』は元勇者 ~レベル999の幼女ですが、働きたくないのでSランク冒険者を盾にします~

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第21話 マスコットの苦悩とストーカー

『剣聖の愛玩姫(マスコット・プリンセス)』。  そのふざけた二つ名が定着してから数日。

 俺の生活は、天国と地獄のハーフ&ハーフになっていた。

 まず、天国要素。  街を歩けば、至る所から貢ぎ物が飛んでくる。

「あら、愛玩姫ちゃん! 焼きたてパン食べてく?」 「果物屋からの差し入れだ! 一番高い桃を持っていきな!」 「ガルドさんの活躍のお礼だ、この服もタダでいいぞ!」

 衣食住、すべてがフリーパス。  俺がニコッと笑って手を振るだけで、経済が回る。  財布(ガルド)を出す必要すらない。まさにヒモ生活の極みだ。

 だが、地獄要素もある。

「きゃー! 今日もかわいいわねぇ!」 「ほら、高い高いしてあげる!」 「こっち向いて~! 頭なでなでさせて~!」

 扱いが、完全に「赤ちゃん」か「小型犬」なのだ。  三十八歳(精神年齢)の元勇者に向かって、「高い高い」だと?  やめろ、三半規管が弱いんだ。吐くぞ。

「(……尊厳が、削り取られていく)」

 俺は広場のベンチで、近所のおばちゃんに強引に頬ずりされながら、虚無の目をしていた。  隣ではガルドが、子供たちに囲まれて「空斬の構え」を披露している。あいつも満更でもなさそうだ。

「……逃げよう」

 俺は限界を迎えた。  おばちゃんの隙を見て、ベンチから滑り降りる。  人混みを巧みにすり抜け、路地裏へと退避した。

   ◇

 路地裏に入ると、ようやく静寂が戻ってきた。  ふぅ、と息を吐く。  人気者というのも楽じゃない。  俺は誰もいない壁に向かって、ボソッと言った。

「……で? いつまで見てるの?」

 シン……。  返事はない。  だが、俺の『探知』にはバッチリ映っている。  三日前からずっと、俺の背後数百メートルを尾行している気配が。

「出てこないと、そこだけ『風』で更地にするけど」

 俺が指先を向けた瞬間。  バッッッ!!  屋根の上から、黒い影が飛び降りてきた。

 着地と同時に、地面に額をこすりつける。  鮮やかなジャンピング土下座だ。

「お、お命だけはお助けをぉぉぉッ!!」

 震える声で叫んだのは、右手を包帯でグルグル巻きにした男。  暗殺者ヴァイパーだ。

「なんだ、お前か」

 俺は興味なさそうに言った。  確か、俺の寝込みを襲って、勝手に手首を折って帰ったドジっ子だ。

「まだ懲りてないの? もう片方の手も折る?」 「めっそうもございません!!」

 ヴァイパーが必死に首を振る。顔面蒼白だ。

「お、俺は……あなた様の監視……いや、見守りをさせていただいておりました! 復讐なんてとんでもない! ただ、組織が壊滅して行き場を失い、あなた様の強さに魅せられ……!」

 支離滅裂だ。  要するに、「組織がなくなったから無職になった」ということか。

「ふーん。で、何の用?」 「あ、あの……! 俺を、下僕にしていただけないでしょうか!」

 ヴァイパーが顔を上げて叫んだ。  目は本気だ。恐怖と、それ以上の「畏怖」が混じった目。

「俺は見たんです。あの日、アジトを魔法一つで壊滅させたあなた様の御姿を! ガルドの剣技などフェイク! 真の怪物はあなた様だ!」 「声がデカい」 「ひぃッ!」

 俺は眉をひそめた。  バレている。まあ、あれだけ派手にやれば目撃者の一人や二人はいるか。  ここで口封じに消す(物理)のもアリだが……。

「(……待てよ?)」

 こいつ、使えるかもしれない。  ガルドは「表」の盾としては優秀だが、目立ちすぎるし、脳筋だ。  細かい情報収集や、裏工作、あるいは「お使い」には向いていない。  その点、この男は元・暗殺ギルドのエース(自称)。  パシリとしては優秀なのでは?

「名前は?」 「ヴァ、ヴァイパーでさぁ!」 「ふーん、ヴァイパー」

 俺はポケットから、先ほどおばちゃんに貰った飴玉を取り出した。

「これ、あげる」 「は?」 「契約金。これでお前を雇ってやる」

 俺は飴玉を放り投げた。  ヴァイパーは慌てて左手でキャッチする。  ただのイチゴ味の飴玉だ。

「……こ、これだけで……命を預けろと?」 「不満?」 「いえッ! 一生の宝にします! ありがとうございます姐さん!!」

 姐さんと呼ばれた。  まあ「愛玩姫」よりはマシか。

「で、姐さん。最初のご命令は? 要人の暗殺ですか? 国家転覆ですか?」 「違う」

 俺は路地の向こう、大通りのパン屋を指差した。

「あそこのパン屋、一日十個限定の『幻のメロンパン』があるんだけど、並ぶのが面倒なんだよね」 「……は?」 「買ってきて。ダッシュで」

 ヴァイパーはポカンとしていたが、俺の目が据わっているのを見て、瞬時に理解した。  これは試練だ。  メロンパン一つ買えぬ者に、側近は務まらないという高度な試験なのだと。

「御意!! ただちに確保してまいります!!」

 シュバッ!  ヴァイパーが風のように消えた。  速い。さすが暗殺者。並んでいる客の隙間を縫って、気配を消して割り込む(犯罪だが)スキルに長けていそうだ。

「よし」

 俺は満足して頷いた。  「表」のガルド。  「裏」のヴァイパー。  二つの便利な駒が揃った。  これで俺のニート生活は、より盤石なものになるはずだ。

 ……そう、この時は思っていた。  だが、俺は忘れていた。  「有能な部下」が増えれば増えるほど、組織(パーティ)は大きくなり、やがて「国」や「世界」が無視できなくなるということを。
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