『剣聖の愛玩姫(マスコット)』は元勇者 ~レベル999の幼女ですが、働きたくないのでSランク冒険者を盾にします~

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第23話 キラキラ王子とクローゼットの攻防

部屋の中が、物理的に眩(まぶ)しかった。  クローゼットの隙間から覗いているだけで、目が痛くなるほどの輝き。  第二王子レオン。  彼は立っているだけで発光していた(多分、光魔法による無駄な演出だ)。

「やあ、初めまして『剣聖』ガルド。噂は聞いているよ」

 レオンが優雅に手を差し出す。  ガルドはガチガチに緊張しながら、その手を握った。

「は、拝謁の栄誉に浴し……恐悦至極に存じ奉り……」 「固いな。楽にしていいよ。僕は堅苦しいのが嫌いでね」

 レオンが爽やかに笑う。  歯がキラーンと光った。SE(効果音)が聞こえた気がした。  うざい。前世で会ったどの魔物よりも精神を削ってくるタイプだ。

「この部屋を譲ってくれて感謝するよ。急な訪問だったからね。ああ、もちろん君たちを追い出すわけじゃない。君さえ良ければ、今夜はここで語り明かそうじゃないか」 「は、はぁ……」

 ガルドが助けを求めるようにクローゼット(俺)の方をチラチラ見ている。  見るなバカ。視線誘導するな。

「ところで、ガルド」

 レオンが部屋の中を見回しながら言った。

「もう一人、いるはずだよね?」 「ッ!?」

 ガルドが飛び上がった。  俺も息を止めた。  バレた? 気配は完全に消しているはずだ。

「ほら、噂の『愛玩姫(マスコット・プリンセス)』だよ。君が溺愛しているという少女だ。実はね、僕はこの街の視察よりも、彼女に会うのを楽しみにしていたんだ」

 ……最悪だ。  こいつ、ただのミーハーか?  王族がゴシップ記事を真に受けてどうする。

「あ、いや……あいつは今、出かけておりまして! パンを買いに!」 「パン? こんな時間に?」 「は、はい! メロンパンを求めて隣国まで!」 「隣国!?」

 ガルドの嘘が下手すぎる。  レオンはキョトンとしたが、すぐに「ハハハ、冗談が上手いね」と流した。

「隠さなくていいよ。……匂いがするからね」 「匂い?」 「ああ。極上の甘いお菓子の香りと……得も言われぬ、可憐な花の香りがする」

 レオンが鼻をヒクつかせた。  犬かお前は。  さっき食べたメロンパンの残り香か、あるいはミナに抱きつかれた時の残り香か。

「この部屋にいるね?」

 レオンが確信を持って歩き出した。  方向は、俺の隠れているクローゼットだ。  まずい。近づいてくる。

「殿下! そこは掃除用具入れです!」 「掃除用具入れから、こんな良い香りがするわけないだろう?」

 レオンの手が、クローゼットの取っ手にかかる。  俺は覚悟を決めた。  開けられた瞬間に『目潰し』を食らわせて、窓から逃げるか?  いや、王族への暴行は国際問題だ。ガルドが処刑されかねない。

 ガチャリ。  扉が開かれた。

 光が差し込む。  俺は体育座りのまま、レオンと目が合った。  上目遣い。口元にはメロンパンのカスがついている(かもしれない)。

「…………」 「…………」

 時間が止まった。  レオンの碧眼が、極限まで見開かれる。

 俺は咄嗟に演技に入った。  震える声で、小動物のように。

「……み、みつかっちゃった……」

 あざとい。自分でも引くほどあざとい。  だが、この状況を切り抜けるには「無害な子供」を演じきるしかない。

 レオンが動いた。  俺の手を取り、その場に膝をついた。

「――天使か」

 は?

「いや、女神か。奇跡か。芸術か。……僕の語彙力では表現しきれない」

 レオンの瞳が、狂気じみた輝きを帯びている。  こいつ、目がヤバい。  オーク・ジェネラルを見た時より背筋が凍る。

「黒髪の夜に、星のような瞳……。こんな完成された美少女が、この世に存在したとは……!」

 レオンは俺の手の甲にキスをした。

「決めた」 「へ?」 「結婚しよう」 「は?」

 思考が追いつかない。  会って三秒で求婚された。  こいつの頭の中はどうなっているんだ。

「で、殿下!? 何を仰いますか! その子はまだ十歳ですぞ!」

 ガルドが慌てて止めに入る。  ナイスだガルド。常識を説いてやれ。

「年齢など些末な問題だ。愛に国境はなく、年齢の壁もない」 「犯罪の壁はあります!!」

 ガルドの正論が炸裂する。  しかし、レオンは聞く耳を持たない。

「アリシアと言ったね。君を王宮に迎えよう。専属のパティシエをつけよう。毎日ドレスを着せ替えよう。君はただ、僕の隣で微笑んでいればいい」

 ……ん?  「専属パティシエ」?  「ただ微笑んでいればいい」?

 一瞬、心が揺らいだ。  それは俺が求めていたニート生活の完成形ではないか?  王族の財力で一生食っちゃ寝……。

「(いや、騙されるな俺!)」

 俺はブンブンと首を振った。  王宮に入れば、堅苦しいマナー講座、貴族同士の派閥争い、そして「王子の婚約者」として世界中から注目される地獄が待っている。  安眠どころではない。過労死まっしぐらだ。

「やだ」

 俺は手を引っ込めた。

「アリシア、お城きらい。ガルドおじちゃんと一緒がいい」

 俺はガルドの足にしがみついた。  ガルドが「師匠……! 俺を選んでくれたのですか!」と感動している。  違う、お前を盾にしているだけだ。

「ふむ……。フラれてしまったか」

 レオンは残念そうに立ち上がったが、その顔はむしろ晴れやかだった。

「だが、諦めないよ。僕は欲しいものは必ず手に入れる主義なんだ」 「(うわ、一番めんどくさいタイプだ)」

「今日は引こう。だが、明日。僕が主催するパーティーがある。そこに来てくれないか? 美味しいケーキを山ほど用意するよ」

 ケーキ。  山ほど。

 俺の耳がピクリと動いた。  レオンはニヤリと笑った。こいつ、俺の弱点を見抜いてやがる。

「待っているよ、僕の天使」

 レオンはウインクを残し、キラキラと輝きながら部屋を出て行った。  嵐が去った後には、甘い香水と、頭を抱える俺たちが残された。

「……師匠、どうしますか?」 「行かない」 「しかし、ケーキが……」 「……ぐぬぬ」

 俺は葛藤した。  王子の求婚は回避したい。だが、王室御用達のケーキは食べてみたい。  食欲か、平穏か。  元勇者にとって、これほど難しい二択はなかった。
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