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第7話:キリ番ゲッターと、幻の「151匹目」
平成八年(一九九六年)の春。俺は小学二年生になった。
相変わらず、夜十一時からの「テレホーダイ」タイムは、我が家にとってのゴールデンタイムだった。 兄貴のホームページ『SHOの電脳秘密基地(仮)』は、開設から半年で、ちょっとした有名サイトに成長していた。
背景は相変わらず目に悪い黒色だが、コンテンツは充実している。 特に人気なのが「攻略情報BBS(掲示板)」だ。 毎晩、全国のゲーム好きの小中学生たちが集まり、緑色や黄色の文字で書き込みをしていく。
【154. 名無しさん@電脳】 >管理人さん、昨日の裏技すごかったです! おかげでクリアできました!
【155. 堕天使†ルシファー】 >フッ……またつまらぬものを斬ってしまったか……。ところでキリ番踏んだんでカキコよろしく。
……うわぁ。出たよ、「堕天使」とか「†」とか付けちゃう痛いハンドルネーム。 これぞ九〇年代ネット文化の真骨頂だ。俺は(黒歴史製造機がフル稼働してるなぁ)と生温かい目で見守っている。
兄貴はと言えば、「管理人」という立場に責任とやりがいを感じているようで、一つ一つの書き込みに丁寧にレス(返信)を返している。
「ネットの向こうには、本当に人がいるんだね。僕の情報が、誰かの役に立っている。こんなに嬉しいことはないよ」
モニターの光に照らされた兄貴の横顔は、充実感に満ちていた。 いい傾向だ。この「情報発信による支配感」こそが、将来のITの帝王に必要な資質だからな。
†
さて、そんな二月のある日。 俺はリビングで、少年たちのバイブル『月刊ゴロゴロコミック』を読んでいた。(中身はおっさんだが、情報収集のためにこの手の雑誌は欠かせない)
誌面の片隅に、小さな新作ゲームの記事が載っていた。
『携帯ゲーム機「ピコボーイ」用ソフト「ポケット・スピリッツ 赤・緑」発売!』
――来た。 俺の心臓がドクンと跳ねた。通称『ポケスピ』。 後に世界的なコンテンツとなり、日本のキャラクタービジネスの頂点に立つ怪物の、静かな産声だ。
だが、発売当初の世間の反応は鈍かった。 ピコボーイ自体が既にブームを過ぎた、白黒画面の古臭いハードだと思われていたし、今さらRPGなんて流行らないと、大人は誰も注目していなかった。
だが、俺は知っている。このゲームが、口コミでじわじわと火が付き、やがて社会現象になることを。 そして、その起爆剤となる「ある秘密」を。
その夜。俺は兄貴の部屋に忍び込んだ。 兄貴はBBSの荒らし対応に追われていた。(「死ね」とか書いてくる厨房の対処だ。ご苦労なことだ)
「ねえねえ、おにーちゃん。これ、しってる?」 俺は、漫画誌の切り抜きを兄貴に見せた。
「ん? ポケット……スピリッツ? ああ、今日発売のピコボーイのソフトだね。クラスの何人かが買ってたみたいだけど」 兄貴の反応は薄い。当然だ。まだ誰もその真価に気づいていない。
俺は、声を潜めて、とっておきの情報を投下した。
「あのね、きょう、がっこうで、しんせきのおにいちゃんがゲームかいしゃではたらいてるって子がね、すごいひみつをはなしてたの」
もちろん大嘘だ。俺の脳内wikiからの情報だ。
「ひみつ?」
「うん。このゲームね、モンスターが150しゅるい、いるってかいてあるでしょ? でもね……ほんとは、『151ぴきめ』がいるんだって!」
兄貴の手が止まった。
「……え? 説明書には150匹って書いてあるのに?」
「うん! ふつうにやってたら、ぜったいにつかまえられない、まぼろしのモンスターなんだって! すごいウラワザをつかわないと、でてこないの!」
『幻の151匹目』。 この情報こそが、インターネットがまだ一般的でなかった時代に、子供たちのネットワークを通じて爆発的に拡散し、ポケスピを伝説にした最大の要因だ。 「誰も知らない秘密を知っている」という優越感。それが人を熱狂させる。
兄貴の目が、ギラリと光った。 カード転売で学んだ「レアリティの価値」、ポケベルで学んだ「秘密の共有」。その全てが、この情報に集約されていることに気づいたのだ。
「……愛理。その話、詳しく聞かせてもらえるかい? その『すごい裏技』っていうのを」
食いついた。 俺は、前世の記憶を頼りに、あの有名なバグ技――特定の場所で、特定の手順を踏むと出現する、あの方法――を、あくまで「友達から聞いた噂話」として兄貴に伝えた。
†
翌日の深夜。 兄貴のサイトのトップページに、赤く点滅する文字で、緊急速報が掲載された。
【緊急スクープ! 話題の『ポケスピ』に幻の151匹目が存在した!? 入手方法を独占公開!】
その効果は、劇的だった。 それまで一日数百アクセス程度だったカウンターが、翌日には一気に数千まで跳ね上がった。
BBSは祭り状態だった。 >マジかよ! 本当にいた! >管理人神すぎる! どこでこの情報仕入れたんだ!? >学校で広めたらヒーローになれたわ、サンキュー!
兄貴のサイトは、一夜にして、この界隈で最も影響力のある「情報発信源」となったのだ。
「すごい……。愛理、見てくれ、このアクセス数! 僕のサイトが、みんなの中心になってる!」
兄貴は震える手でマウスを握りしめ、興奮を隠しきれない様子だった。 自分の発信した情報が、リアルな世界の流行を動かしている。その万能感に、兄貴は酔いしれていた。
俺は、その隣でオレンジジュースを飲みながら、心の中でガッツポーズをした。
計画通りだ。 兄貴はこれで、ネットにおける「影響力」という最強の武器を手に入れた。 ポケスピブームは、これから数年続く。その間、兄貴はこの波に乗り続け、確固たる地位を築くだろう。
そして、次に控えているのは……あの「卵」型の育成ゲームのブームだ。 情報戦を制した者が、次の時代の勝者となる。 俺のプロデュースは、まだまだこれからが本番だ。
相変わらず、夜十一時からの「テレホーダイ」タイムは、我が家にとってのゴールデンタイムだった。 兄貴のホームページ『SHOの電脳秘密基地(仮)』は、開設から半年で、ちょっとした有名サイトに成長していた。
背景は相変わらず目に悪い黒色だが、コンテンツは充実している。 特に人気なのが「攻略情報BBS(掲示板)」だ。 毎晩、全国のゲーム好きの小中学生たちが集まり、緑色や黄色の文字で書き込みをしていく。
【154. 名無しさん@電脳】 >管理人さん、昨日の裏技すごかったです! おかげでクリアできました!
【155. 堕天使†ルシファー】 >フッ……またつまらぬものを斬ってしまったか……。ところでキリ番踏んだんでカキコよろしく。
……うわぁ。出たよ、「堕天使」とか「†」とか付けちゃう痛いハンドルネーム。 これぞ九〇年代ネット文化の真骨頂だ。俺は(黒歴史製造機がフル稼働してるなぁ)と生温かい目で見守っている。
兄貴はと言えば、「管理人」という立場に責任とやりがいを感じているようで、一つ一つの書き込みに丁寧にレス(返信)を返している。
「ネットの向こうには、本当に人がいるんだね。僕の情報が、誰かの役に立っている。こんなに嬉しいことはないよ」
モニターの光に照らされた兄貴の横顔は、充実感に満ちていた。 いい傾向だ。この「情報発信による支配感」こそが、将来のITの帝王に必要な資質だからな。
†
さて、そんな二月のある日。 俺はリビングで、少年たちのバイブル『月刊ゴロゴロコミック』を読んでいた。(中身はおっさんだが、情報収集のためにこの手の雑誌は欠かせない)
誌面の片隅に、小さな新作ゲームの記事が載っていた。
『携帯ゲーム機「ピコボーイ」用ソフト「ポケット・スピリッツ 赤・緑」発売!』
――来た。 俺の心臓がドクンと跳ねた。通称『ポケスピ』。 後に世界的なコンテンツとなり、日本のキャラクタービジネスの頂点に立つ怪物の、静かな産声だ。
だが、発売当初の世間の反応は鈍かった。 ピコボーイ自体が既にブームを過ぎた、白黒画面の古臭いハードだと思われていたし、今さらRPGなんて流行らないと、大人は誰も注目していなかった。
だが、俺は知っている。このゲームが、口コミでじわじわと火が付き、やがて社会現象になることを。 そして、その起爆剤となる「ある秘密」を。
その夜。俺は兄貴の部屋に忍び込んだ。 兄貴はBBSの荒らし対応に追われていた。(「死ね」とか書いてくる厨房の対処だ。ご苦労なことだ)
「ねえねえ、おにーちゃん。これ、しってる?」 俺は、漫画誌の切り抜きを兄貴に見せた。
「ん? ポケット……スピリッツ? ああ、今日発売のピコボーイのソフトだね。クラスの何人かが買ってたみたいだけど」 兄貴の反応は薄い。当然だ。まだ誰もその真価に気づいていない。
俺は、声を潜めて、とっておきの情報を投下した。
「あのね、きょう、がっこうで、しんせきのおにいちゃんがゲームかいしゃではたらいてるって子がね、すごいひみつをはなしてたの」
もちろん大嘘だ。俺の脳内wikiからの情報だ。
「ひみつ?」
「うん。このゲームね、モンスターが150しゅるい、いるってかいてあるでしょ? でもね……ほんとは、『151ぴきめ』がいるんだって!」
兄貴の手が止まった。
「……え? 説明書には150匹って書いてあるのに?」
「うん! ふつうにやってたら、ぜったいにつかまえられない、まぼろしのモンスターなんだって! すごいウラワザをつかわないと、でてこないの!」
『幻の151匹目』。 この情報こそが、インターネットがまだ一般的でなかった時代に、子供たちのネットワークを通じて爆発的に拡散し、ポケスピを伝説にした最大の要因だ。 「誰も知らない秘密を知っている」という優越感。それが人を熱狂させる。
兄貴の目が、ギラリと光った。 カード転売で学んだ「レアリティの価値」、ポケベルで学んだ「秘密の共有」。その全てが、この情報に集約されていることに気づいたのだ。
「……愛理。その話、詳しく聞かせてもらえるかい? その『すごい裏技』っていうのを」
食いついた。 俺は、前世の記憶を頼りに、あの有名なバグ技――特定の場所で、特定の手順を踏むと出現する、あの方法――を、あくまで「友達から聞いた噂話」として兄貴に伝えた。
†
翌日の深夜。 兄貴のサイトのトップページに、赤く点滅する文字で、緊急速報が掲載された。
【緊急スクープ! 話題の『ポケスピ』に幻の151匹目が存在した!? 入手方法を独占公開!】
その効果は、劇的だった。 それまで一日数百アクセス程度だったカウンターが、翌日には一気に数千まで跳ね上がった。
BBSは祭り状態だった。 >マジかよ! 本当にいた! >管理人神すぎる! どこでこの情報仕入れたんだ!? >学校で広めたらヒーローになれたわ、サンキュー!
兄貴のサイトは、一夜にして、この界隈で最も影響力のある「情報発信源」となったのだ。
「すごい……。愛理、見てくれ、このアクセス数! 僕のサイトが、みんなの中心になってる!」
兄貴は震える手でマウスを握りしめ、興奮を隠しきれない様子だった。 自分の発信した情報が、リアルな世界の流行を動かしている。その万能感に、兄貴は酔いしれていた。
俺は、その隣でオレンジジュースを飲みながら、心の中でガッツポーズをした。
計画通りだ。 兄貴はこれで、ネットにおける「影響力」という最強の武器を手に入れた。 ポケスピブームは、これから数年続く。その間、兄貴はこの波に乗り続け、確固たる地位を築くだろう。
そして、次に控えているのは……あの「卵」型の育成ゲームのブームだ。 情報戦を制した者が、次の時代の勝者となる。 俺のプロデュースは、まだまだこれからが本番だ。
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