小姓残酷物語 〜 冷酷な主君の『おもちゃ』として、もてあそばれた小姓の悲劇 〜【完結】

丸井マロ

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元和九年(1623年) 18歳

8.母の嘆き

三月二十六日

本丸御殿の表座敷で、虎長が二人の小姓を従えて上段の間に現れた。

側近の一人として、佐々木は上段の間のすぐ下手に座し、頭を下げて主君の登場を迎えた。

座敷の中央には、実千代の母、おさとがいた。

彼女は畳に額を擦りつけんばかりにしていたが、

「おもてを上げよ」

その虎長の声に、顔を上げた。

「まず……長年、実千代を、お預かりいただき、心より感謝申し上げます。どうか、最期の様子を……」

お敏の声は震えていたが、武家に生まれ育った女性らしく、涙は堪えていた。

佐々木は主君の横顔を盗み見た。

そこにいつもの冷酷な笑みはなかった。
代わりに、眉を寄せ、口元をわずかに歪めた表情があった。

虎長が立ち上がり、上段の間を下りた。
お敏に歩みよると、彼女の前で腰をかがめ、低い声で言った。

「お敏殿、実千代は……我の不徳の致すところだった」

佐々木の耳にその言葉が突き刺さった。
不徳だと?
あの牢で罪人をけしかけ、実千代を壊し尽くし、生きながら焼き殺したのは、他ならぬ虎長自身だ。

しかし 今、主君の声には微かな震えがまじり、次の瞬間、目を伏せた。

「昨夜、実千代は宿直番をしていたが、不慮の事故で……」そこでため息を吐き、続けた。「通路から崖に落ちたのだ。おそらく、紙かなにか、風に流されたものを取ろうとして身を乗り出したのであろう」

この時代、まだ戦国の世の気風が色濃く残っており、利便の良い平城ではなく、守りの堅い山城を居城とする大名が多かった。

険しい山肌や切り立った崖など、天然の要塞の上に、中奥や奥御殿があるのは珍しいことではなかった。

「見回りの者が気づいて、すぐに御殿医を呼んで治療に当たらせたが……実千代は逝ってしまった。我が手元で大切に育ててきたつもりだったが、守れなかった」

お敏の肩が震えた。
まばたきをした瞬間、涙がこぼれ、頬に伝い流れる。

佐々木は目を細めた。
虎長の言葉はあまりにも滑らかで、まるで事前に用意された台詞のようだった。

虎長は膝をつき、彼女の肩に手を置いた。

「我も胸を痛めておる。お敏殿と同じく、実千代を失った悲しみに……胸が抉られるとは、まさにこのことだ……」

そう呟くと、虎長は涙を一粒、流して見せた。

佐々木は奥歯を噛んだ。
虎長が実千代を玩具と呼び、涙を流して苦しむ姿を笑ったあの日々を、彼は決して忘れないだろうと思った。

忘れたくても忘れられない悔恨として、彼を苛み続けるだろうと思った。

しかし、虎長の声は悲しげに震え、優しくお敏を慰めるように手に手を重ねた。

お敏は、「殿のお言葉……ありがたく……」と述べると、ついに泣き崩れた。

佐々木は目を逸らした。
彼女の涙があまりに痛々しく、主君の偽りの涙があまりにも真に迫り、冷たい本性がその裏に潜んでいることが耐え難かった。

虎長が立ち上がり、藤田に目配せした。
「遺品を」と、低い声で命じた。

藤田は神妙な顔で、用意された脇差──かつて虎長が実千代に下賜したもの──を捧げ持って、前に出た。

ここでも、虎長は異例の対応を見せた。

主君が、家臣やその家族にものを渡したり受け取る際は、直に受け渡しをせず、側近を介して行われるのが通例だが、虎長はそれを取ると、お敏に手渡した。

「実千代が宝物と言って大事にしていたものだ。我には持つ資格はない」と呟いた。

お敏が脇差を受け取ると、虎長は静かに上段の間に戻った。

佐々木は、実千代の母に背を向けた虎長の顔を見て、背筋が凍った。

ほくそ笑んでいた。

七年間もの長きにわたり実千代をもてあそび、痛めつけ、しまいには嬲り殺し、その母の涙さえ、彼にとっては「お楽しみ」の延長だったのだ。

佐々木は太ももの上で拳を握りしめた。
桜吹雪が舞う庭を横目に、佐々木は虎長が一層冷たく、大きく見えた。
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