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番外その3-ギル編『かっこいいままでいさせて』

6.(FIN)

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「迷惑かけたからその詫びだ」
「何言ってんだ。今回のことは完全に俺が悪いし……それに、今までギルにどれだけ助けて貰ったと思ってるんだ」

そう言いながら、シュリはソファの横に置かれた椅子に腰かけて言った。

「ギルは俺の、かっこいいヒーローなんだ」

彼もまた、少し酔っているのだろう。少し赤らんだその頬と、恥ずかしそうな表情がとても可愛らしいが、その台詞に、何か妙なデジャヴのようなものを感じた。

「……なあシュリ」
「?」
「俺、酔ってる時にお前に何を言った?」

すると、途端にシュリはまるで天敵にでも出会ったかのように全身の毛をぶわりと膨らまして顔を真っ赤にした。あまりに激しい反応に、ギルベルトは驚いた。

(マジで何言ったんだよ俺……)

「シュリ?」

恐々と名前を呼びかけたその時、ドアが激しい音を立てて開き、コンラートがヘラヘラとした笑顔を見せて入ってきた。

「パイセンすみませーん! なかなかピグルテが捕まらなくて結局まだ飛ばせてなくて。シュリたんの貞操が心配で一時帰還しました。つーか、隣の部屋すごくないッスか? 廊下まで聞こえてくるんスけど」
「大きな声で言うな! 隣に聞こえたらどうする!」

邪魔しちゃ悪いだろとシュリが頬を赤くして怒り、バシンとコンラートの頬を尻尾でビンタする。

途端に、隣の部屋から聞こえてきた喘ぎ声がピタリと止むと、シュリはひどく気まずげに俯いた。

「お、俺、宿の主人にピグルテ呼んで貰えないか聞いてくる」

シュリの言葉に、コンラートは「その手があったか」と苦笑した。
普段はこざかしいぐらいに頭が回るくせに、コンラートもまた、大分酔っているようだ。

二人きりになると、コンラートは一つの乱れもないベッドに目を向けて安堵したように言った。

「良かった。ちょっと遅くなっちゃったから、センパイが一線を越えてないか焦りましたよ。隣は派手に盛り上がってるし」
「お前、どういうつもりで俺達を二人きりにした」
「いや、だってしょうがないじゃないですか。シュリをこんな時間に一人で酔っ払いがうろつく夜の街を歩かせていいんスか?」
「ダメに決まってんだろ」
「ですよねー。まあ、センパイはなんだかんだ大丈夫だろうって信じてましたよ。なんたってセンパイはシュリたんの〝ヒーロー〟ですからね」

またデジャヴを感じて、ギルベルトはこめかみを抑えながら言った。

「さっき酔い潰れて意識がなかった時、俺はシュリになんて言ったんだ?」

そう問いかけた瞬間、コンラートはピシィッと音がしそうなぐらいに固まってしまった。

「いや、聞かない方がいいっすよ。聞いたら後悔します。世の中には知らない方がいいことってあるんですよ。……それに、言ったら俺が消されるんで」
「言わなかったら今消す」
「こわっ」

喉元にリンデンベルクの紋章入りの剣を突き付けられ、コンラートは両手を挙げた。

「……えーと、なんだったかな。〝シュリの肉球舐め続けたい。嫌がってもやめない〟から始まって……」

もうすでに聞いたことを後悔した。

「あと、膝の上に乗って欲しいとか、足が痺れても絶対に膝の上からどかさない宣言とか、尻尾の付け根トントンしたいとか、お腹吸いたいとか……まあそこまでは良かったんですけど」
「全然よくねーよ!」
「いやー、そこからが本当にやばくて……シュリと正式な夫婦になったら妄想始まっちゃって……特に夜の妄想がすごかった。パイセンの趣味、なかなかッスね。あまりに激しすぎて途中からシュリたんの耳塞いじゃいました」
「分かった。もう言わなくていい」

ギルベルトはズキズキと痛む額を抑えながら剣を鞘にしまった。これ以上聞いていたら、この剣で自分の心臓を貫いて息の根を止めてしまいそうだと思った。

あまりにどん底に沈んでしまったギルベルトを、哀れむように見つめて、コンラートがフォローするように言った。

「ああでも、妄想の最後にセンパイ、シュリたんに……」
「言わなくていいっつってんだろ」
「ああ、ハイ……」

(終わった……俺の初恋……)





翌日。

ギルベルトは深い溜息を吐きながら、仕事をしていた。
結局昨日は、シュリが宿の主人に頼んでピグルテを呼んでくれたため、ギルベルトは失意の底に沈んだまま宿で一晩を明かし、明け方に密かに城へと戻った。

二日酔いは、シュリの〝おまじない〟のおかげか、思ったよりもひどくない。だが、心のダメージの方がひどい。

シュリの前では出来るだけかっこよくあろうとしていた。
生来ひねくれた性格ゆえにジークフリートのようにスマートにはいかないが、それでも、シュリが想いを寄せるその姿に、少しは近づけるようにと思っていた。

それがとんだ醜態だ。
基本的に酒に酔い潰れた時の記憶は無くしてしまうが、今回は記憶の断片が残っている。
確かに、コンラートが言っていたようなことをシュリに言った記憶がある。
思い出せば思い出すほど「終わった」という独り言が漏れる。日頃抱え混んでいた変態妄想の全てを本人の前で口にしてしまった。
もう何度目か分からない深い溜息を吐いていると、空の向こうからピグルテが飛んでくるのが見えた。

レイオット学院の紋章入りの手紙。シュリからだ。

昨日のことについてだろうか。
幻滅したとか、気持ち悪いから二度と話しかけるなとか書かれていたらどうしようと恐る恐る手紙を開く。

〝昨日は本当にごめんな。具合大丈夫か? 今日はあんまり、無理すんなよ〟

彼らしい優しい一文の下には、〝透明インク、さっそく使ってみた〟と書かれており、さらにその下には可愛らしい肉球のマークが押してあった。

「……!」

インクの色はピンクだった。
それも淡いピンクではなく、赤に近いはっきりとしたピンクだ。

「これは……」

どういう感情だ?

──アナタ、激しい恋してるネ~。真っ赤になってるヨ!

同じ色ではないけれど、かなり近い所にあるのではないだろうか。インチキだろうという考えはどこか彼方へと飛んでいってしまった。

ふと、酔っていた時の記憶の破片を、もう一つだけ取り戻した。

散々、シュリと夫婦になったらという好き勝手な気持ちの悪い妄想を繰り広げた後に、最後に言った一言。

『それでも俺は、シュリに二度と、悲しい想いはさせない。何があっても守る。俺は一生、お前のかっこいいヒーローになるから』

とんでもない恥ずかしいセリフを吐いたと頭を抱えたくなる。
だが、シュリはあの時「ギルは俺のかっこいいヒーローだ」と言ってくれた。

ギルベルトの醜態を見ても尚、彼はかっこいいと、そう言ってくれたのだ。そしてこのスタンプの色。

どん底まで沈み込んでいた気持ちが、分かりやすく急浮上していく。

まだ、全然終わっていない。これからだ。俺の初恋は。

ギルベルトはそう思った。もう二度と、醜態を晒さないように、弱い理性に負けて傷つけてしまわないように。
シュリの前ではいつでもヒーローであり続けたい。

このスタンプの色が、真っ赤に変わるその日を目指して。


─FIN─

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