孤高の騎士団長は誰のものにもならないオメガ

ゆなな

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扉越し

 アカデミー時代から世話になっている医師とバルト以外は、誰もがフェリクスをアルファだと信じて疑っていない。フィーさえも。
 だが、実際フェリクスはアルファどころか、ベータでもなく、オメガであった。
 フェリクスはオメガということを隠せたのはいくつかの理由がある。
 発情期はずれることなく定期的に来る体質や、発情抑制剤が効きやすい体質のお陰でずっと完璧に発情期がコントロールできたことがまず大きな理由だ。
 次いで、オメガの割には背が高かったことや、死に物狂いで騎士としての訓練を積みアカデミーで勉強もしたので優秀であったこと。
 いくつかの理由が混ざり合って、フェリクスが自ら言わずとも周囲の者はフェリクスをアルファだと思い込んだ。
 フェリクス自身も自分を守るため、また人身売買組織であるアンダーバーから一人でも多くの子どもを救うために、脇目もふらず鍛錬してきた。
 ストイックに鍛錬に励むその姿も、いっそうアルファらしく見えたようだ。
 仲間なんて作らず、ずっと一人で目的を遂げるつもりだったのに。

「う……っ……ぁ……」

 腹の奥が熱くなり、アルファを受け入れるところが、じゅくじゅくと熱を持ちひくひくと痙攣を始める。
 自分がオメガであるということを、嫌というほど実感させられる大嫌いな感覚。
 普段の発情期ならば予想できた。今日は発情期が来るはずの日ではなく、予想外だったのだ。
 今朝スタール帝国との国境戦線に勝利して帰宅したフェリクスだが、この遠征は久しぶりに長かった。
 その疲労が溜まっているのもあるだろうが、いつも以上にずっとバルトが傍にいた。
 そして恐らく引き金は、彼の御する馬の後ろに乗ってしまったことだ。
 少年をバルトの前に乗せていたので、フェリクスは彼の広い背に抱きつくような形で馬に乗った。
 絶体絶命の状況に現れたバルトの背で、フェリクスは無意識のうちに安堵してしまい、彼のアルファの香りをたっぷりとかいでしまったのだ。

「くそ……っ」

 後ろの熟れた穴がとろとろに蕩けていて、何かを入れて満たされたい衝動に襲われるが、フェリクスはどうしてもそこに触れて快楽を得ることが耐えられなかった。
 全身から汗が噴き出て、吐息も熱い。
 抑制剤が効くのはあとどれくらいだろうか。狂おしくて頭がおかしくなりそうだった。
 その時。
 ドンドン!
 部屋の扉が荒々しく叩かれた。

「フェリクス様っ……お願いです、開けてください……」

 バルトだった。扉の前に彼がいるのがわかり、とろりとした体液が溢れだし、下着をはしたなく濡らすのがわかった。普段の凛としたフェリクスからは、考えられないような痴態だ。

「なんの……用だ……っ」

「フェリクス様、予想外の発情期が来てしまいましたよね?」

「……っ発情期は来ていない。少し疲れただけだ。もう寝るから静かにしてくれ」

「そんなこと隠したってわかります。今すごく苦しいはずです……っ」

「たとえそうだとしても、抑制剤がよく効くから大丈夫だ」

「このままアルファにずっと抱かれずに過ごしていては貴方の身が危ない。抑制剤の副作用で体がボロボロになってしまいます……っ私と寝たからって番にしてくれとか恋人にしてくれとか言って困らせません。貴方の年々ひどくなってくる発情期を鎮めるための薬だと思って、私を使ってもらえませんか?」

 ドンっ!さらに強く扉が叩かれた。

「フェリクス様……っ」

 いくら子どもたちの部屋と遠く離れた部屋を使っているからといえ、聞こえてしまうかもしれない。
 恐ろしい思いをしてここにいる子供たちに、聞かせたくない会話だ。

「部屋の扉から俺のフェロモンが漏れているなら、自分で止める。お前に何かしてもらう必要はない」

「フェロモンを止めるって……まさか……あれをするつもりじゃないでしょうね⁉」

 バルトが扉を強引に開けて中に入って来るのを避けるために、フェリクスはかつて自分でフェロモンを止めた時のことを思い出させるようなことを言ったので、バルトは慌てたような声を出した。
 かつて番になってくれと迫ってきた幼いバルトに、一度だけ使ったことがある。
 体が生命の危機を感じると人体は生命を維持するために、脳がオメガのフェロモンを分泌する量をコントロールする性質がある。
 それは抑制剤よりも即効性があるため、フェリクスは自身の太ももをナイフでひと突きしたのだ。
 荒療治だとは思ったが助けた子どもの一人であるバルトと関係を持つつもりはないと、彼に思い知らせるためでもあったのだ。
 そしてそれはフェリクスの予想以上にバルトに効いている。

「生命の危機を感じれば、俺の体から出るフェロモンは自ずから止まるはずだからな。お前が扉を強引に開けるつもりならそうする」

「またフェリクス様自身を傷つけるつもりですか⁉ それだけは……それだけは……やめてくださいっ……扉は無理には開けません。ここで大人しく待っています……それくらいならいいよね……」

 いつもの男らしい声が弱弱しく掠れて、最後にはここにフェリクスが連れてきたころの十四歳当時のような口調になった。
 心から慕ってくれているバルトに、フェリクス自身を傷つけることをかざして大人しくさせるのは狡いとは思ったが、そうでもしなければ常に傍にいるバルトと関係を持たずにいるのは、難しいことなのだ。
 まだまだ子どもだと思っていたのに、バルトはそれくらいに魅力的な大人の男に成長した。
 十四歳の時に人身売買組織に誘拐されたところを、今夜の救出劇のようにフェリクスによって救い出されたバルト。
 そこから親元には帰らずアカデミーで誰よりも鍛錬に励み、トップの成績でアカデミーを卒業し、あっという間に第一騎士団でも副団長の地位まで上り詰めた。
 アルファのくせに誘拐されるような弱い自分が許せなかったと、助けてくれたフェリクスに恩を返したいと一足飛びに大人になったのだろう。
 そんなバルトはフェリクスにとって眩しい光のような存在だ。
 そして幾度となくバルトはフェリクスに想いを伝えてくれているが、フェリクスはそれを受け取ることはどうしてもできなかった。
 彼が立派に成長すればするほど、自分はバルトに相応しくないという想いは強くなっていった。
 トン……と扉の外側でバルトが扉に凭れる音がした。
 今夜助け出した子どもの中にはアルファもいる。扉の外で今夜はフェリクスを守ってバルトは眠らないだろう。
 そんな彼に掛ける言葉は見つからず、フェリクスは抑制剤の入った瓶からさらに多くの錠剤を呑み込むより最適な方法などわからなかった。
 助けた子どもには、恩を返す必要はないと繰り返し伝えている。
 人身売買組織に連れ去られたことなど忘れて生きてくれることが、フェリクスにとって何よりの報酬なのだと。
 だけど、その恩が忘れられずにバルトやフィーのようにフェリクスの手伝いをしてくれる子たちもいる。
 だからこそそんなバルトの気持ちはどうしても受け取るわけにはいかなかった。
 口の中にはうまく呑み込めなかった錠剤の残りがざらついて、苦い。
 フェリクスは大量に飲んだ抑制剤のせいで、意識を失うように眠りについた。

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