2 / 13
2
しおりを挟む
「あの……泊めてもらったからってわけじゃなくて…元々アオイさんのこと誘おうと思ってたんです」
朝ごはんの後そっとちいさなチケットを差し出された。
「え……」
「すげぇ小さなハコなんですけど、明日俺歌うから、聴きにきてもらえませんか?」
俺は差し出されたチケットを受け取って固まった。
「もしかしてコンビニじゃなくて、掛け持ちの方の居酒屋のシフト入ってました?」
固まってしまった俺に、恐る恐るというように彼が重ねて尋ねた。
「入ってない!シフト入ってないよ!行けるよ!行く!」
ホントは掛け持ちの居酒屋のバイトだったけど、食いぎみに俺は返答した。
いつも皆のシフト替わってあげているから、何人か当たってみれば一人くらい替わってくれる人は見つけられるだろう。
何としても見つけなくちゃと思いながら俺は必死に頷いた。
「よかった」
彼は綺麗な笑顔で笑った。泊めたお礼でないとは言っていたけれど、やはりそれは彼なりの泊めてくれた俺に対する礼であったんだと思う。
だから勘違いなんてしたらいけない。
小さくもお洒落なフォントで印刷されたそのチケットは、俺にとってはこの世のどんなチケットよりも価値あるものに見えた。
お礼なんてもう充分なのに、なんて律儀な子なんだろう。浮世離れした美しさがあるのに、そういう義理堅さがある子だった。
その翌日、俺は彼のライブを観に行ったのだが、もし行かないという選択をしていたらどうなっていたのかな、と今でも思うくらいそのライブは俺の記憶に焼き付いた。
*****
「ごめんなさい。待たせちゃいましたよね」
そう言ってライブハウスの裏口から出てきた彼が、とびきりの笑顔を見せて俺に駆け寄ってくれたのを、何だか信じられないような面持ちで俺は見た。
「アオイさん?」
彼の歌声は、夢のように美しかった。
歌っている彼はひどく扇情的で、俺はそのときもまだくらくらしていた。
少し着古したような黒のTシャツに、ジーンズというシンプルの極みみたいな格好なのに、彼の纏うオーラは凄まじくて、小さなライブハウスは彼の独壇場だった。
俺は目の前に現れた彼に何も言えなくなってしまった。まだあの歌声の中から抜け出せない。
「ライブ、もしかして気に入ってくれました?」
俺の部屋に二泊した彼に、二日連続で割り開かれた体の奥に響くテノールで尋ねながら、照れたように彼は笑った。
涙が出るほど美しかったステージの感想を言いたいのに、気持ちを言葉にするのが得意でない俺は、ただ頷いて背の高い彼を見上げることしかできなかった。
そんな情けない俺を見て、優しく彼は綺麗な瞳を大きく瞬かせた。
「ねぇ。アオイさんち、行ってもいい?」
綺麗な声が少しだけ掠れた。
うん、いいよ。もちろん。
だって今日コンビニの給料日だもんね。
俺んちじゃなくて何処か別なところに泊まるなら、俺の部屋に置きっぱなしのリュック取りに来なきゃだもんね。
俺が返事をすると、長い指先が、するりと俺の手に絡みついた。
「早く行こ」
そのことに驚く俺の手を、彼はぐっ、と引いた。
ライブ終わりでテンションが高いのかな。
それとも早くリュックを取って行くところでもあるのかな。
俺のことをぐいぐい引っ張って歩く彼の手はとっても熱かった。
朝ごはんの後そっとちいさなチケットを差し出された。
「え……」
「すげぇ小さなハコなんですけど、明日俺歌うから、聴きにきてもらえませんか?」
俺は差し出されたチケットを受け取って固まった。
「もしかしてコンビニじゃなくて、掛け持ちの方の居酒屋のシフト入ってました?」
固まってしまった俺に、恐る恐るというように彼が重ねて尋ねた。
「入ってない!シフト入ってないよ!行けるよ!行く!」
ホントは掛け持ちの居酒屋のバイトだったけど、食いぎみに俺は返答した。
いつも皆のシフト替わってあげているから、何人か当たってみれば一人くらい替わってくれる人は見つけられるだろう。
何としても見つけなくちゃと思いながら俺は必死に頷いた。
「よかった」
彼は綺麗な笑顔で笑った。泊めたお礼でないとは言っていたけれど、やはりそれは彼なりの泊めてくれた俺に対する礼であったんだと思う。
だから勘違いなんてしたらいけない。
小さくもお洒落なフォントで印刷されたそのチケットは、俺にとってはこの世のどんなチケットよりも価値あるものに見えた。
お礼なんてもう充分なのに、なんて律儀な子なんだろう。浮世離れした美しさがあるのに、そういう義理堅さがある子だった。
その翌日、俺は彼のライブを観に行ったのだが、もし行かないという選択をしていたらどうなっていたのかな、と今でも思うくらいそのライブは俺の記憶に焼き付いた。
*****
「ごめんなさい。待たせちゃいましたよね」
そう言ってライブハウスの裏口から出てきた彼が、とびきりの笑顔を見せて俺に駆け寄ってくれたのを、何だか信じられないような面持ちで俺は見た。
「アオイさん?」
彼の歌声は、夢のように美しかった。
歌っている彼はひどく扇情的で、俺はそのときもまだくらくらしていた。
少し着古したような黒のTシャツに、ジーンズというシンプルの極みみたいな格好なのに、彼の纏うオーラは凄まじくて、小さなライブハウスは彼の独壇場だった。
俺は目の前に現れた彼に何も言えなくなってしまった。まだあの歌声の中から抜け出せない。
「ライブ、もしかして気に入ってくれました?」
俺の部屋に二泊した彼に、二日連続で割り開かれた体の奥に響くテノールで尋ねながら、照れたように彼は笑った。
涙が出るほど美しかったステージの感想を言いたいのに、気持ちを言葉にするのが得意でない俺は、ただ頷いて背の高い彼を見上げることしかできなかった。
そんな情けない俺を見て、優しく彼は綺麗な瞳を大きく瞬かせた。
「ねぇ。アオイさんち、行ってもいい?」
綺麗な声が少しだけ掠れた。
うん、いいよ。もちろん。
だって今日コンビニの給料日だもんね。
俺んちじゃなくて何処か別なところに泊まるなら、俺の部屋に置きっぱなしのリュック取りに来なきゃだもんね。
俺が返事をすると、長い指先が、するりと俺の手に絡みついた。
「早く行こ」
そのことに驚く俺の手を、彼はぐっ、と引いた。
ライブ終わりでテンションが高いのかな。
それとも早くリュックを取って行くところでもあるのかな。
俺のことをぐいぐい引っ張って歩く彼の手はとっても熱かった。
397
あなたにおすすめの小説
僕の策略は婚約者に通じるか
藍
BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。
フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン
※他サイト投稿済です
※攻視点があります
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
大好きな婚約者を僕から自由にしてあげようと思った
こたま
BL
オメガの岡山智晴(ちはる)には婚約者がいる。祖父が友人同士であるアルファの香川大輝(だいき)だ。格好良くて優しい大輝には祖父同士が勝手に決めた相手より、自らで選んだ人と幸せになって欲しい。自分との婚約から解放して自由にしてあげようと思ったのだが…。ハッピーエンドオメガバースBLです。
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる