邪魔にならないように自分から身を引いて別れたモトカレと数年後再会する話

ゆなな

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「あの……泊めてもらったからってわけじゃなくて…元々アオイさんのこと誘おうと思ってたんです」
 朝ごはんの後そっとちいさなチケットを差し出された。
「え……」
「すげぇ小さなハコなんですけど、明日俺歌うから、聴きにきてもらえませんか?」
 俺は差し出されたチケットを受け取って固まった。
「もしかしてコンビニじゃなくて、掛け持ちの方の居酒屋のシフト入ってました?」
 固まってしまった俺に、恐る恐るというように彼が重ねて尋ねた。
「入ってない!シフト入ってないよ!行けるよ!行く!」
 ホントは掛け持ちの居酒屋のバイトだったけど、食いぎみに俺は返答した。
 いつも皆のシフト替わってあげているから、何人か当たってみれば一人くらい替わってくれる人は見つけられるだろう。
 何としても見つけなくちゃと思いながら俺は必死に頷いた。
「よかった」
 彼は綺麗な笑顔で笑った。泊めたお礼でないとは言っていたけれど、やはりそれは彼なりの泊めてくれた俺に対する礼であったんだと思う。
 だから勘違いなんてしたらいけない。
 小さくもお洒落なフォントで印刷されたそのチケットは、俺にとってはこの世のどんなチケットよりも価値あるものに見えた。
 お礼なんてもう充分なのに、なんて律儀な子なんだろう。浮世離れした美しさがあるのに、そういう義理堅さがある子だった。

 その翌日、俺は彼のライブを観に行ったのだが、もし行かないという選択をしていたらどうなっていたのかな、と今でも思うくらいそのライブは俺の記憶に焼き付いた。
*****
「ごめんなさい。待たせちゃいましたよね」
 そう言ってライブハウスの裏口から出てきた彼が、とびきりの笑顔を見せて俺に駆け寄ってくれたのを、何だか信じられないような面持ちで俺は見た。
「アオイさん?」
 彼の歌声は、夢のように美しかった。
 歌っている彼はひどく扇情的で、俺はそのときもまだくらくらしていた。
 少し着古したような黒のTシャツに、ジーンズというシンプルの極みみたいな格好なのに、彼の纏うオーラは凄まじくて、小さなライブハウスは彼の独壇場だった。
 俺は目の前に現れた彼に何も言えなくなってしまった。まだあの歌声の中から抜け出せない。
「ライブ、もしかして気に入ってくれました?」
 俺の部屋に二泊した彼に、二日連続で割り開かれた体の奥に響くテノールで尋ねながら、照れたように彼は笑った。
 涙が出るほど美しかったステージの感想を言いたいのに、気持ちを言葉にするのが得意でない俺は、ただ頷いて背の高い彼を見上げることしかできなかった。
 そんな情けない俺を見て、優しく彼は綺麗な瞳を大きく瞬かせた。
「ねぇ。アオイさんち、行ってもいい?」
 綺麗な声が少しだけ掠れた。
 うん、いいよ。もちろん。
 だって今日コンビニの給料日だもんね。
 俺んちじゃなくて何処か別なところに泊まるなら、俺の部屋に置きっぱなしのリュック取りに来なきゃだもんね。
 俺が返事をすると、長い指先が、するりと俺の手に絡みついた。
「早く行こ」
 そのことに驚く俺の手を、彼はぐっ、と引いた。
 ライブ終わりでテンションが高いのかな。
 それとも早くリュックを取って行くところでもあるのかな。
 俺のことをぐいぐい引っ張って歩く彼の手はとっても熱かった。
 
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