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「それでは明後日、朝7時にお迎えに参りますね」
彼のマネージャーはそう告げると、どこかの地下駐車場に俺達を下ろし、そのまま去って行った。
その間も彼はぎゅっと俺の手を繋いだままだった。
「あの……」
こんな有名になってしまった彼が、外で手なんか繋いでいたら、本当にまずいんじゃないだろうか。
「此処が俺のマンションだよ。セキュリティ厳重なところ選んだから、マンションに入っちゃえば大丈夫。心配しないで」
そう言って彼は優しく笑うと、エレベーターに俺を押し込んだ。
エレベーターを降りると、そのフロアには一つしかドアがなかった。俺のような一般市民は見たことないようなハイクオリティのマンションに呆然としていると、彼はセキュリティをさっと解除して、部屋に入った。
「やっと此処にアオイさんを連れて来れた。約束したもんね。俺が家を持ったら迎えに行くって」
ドアを閉めると彼はそう言って俺を見た。
「……最後にした約束のことなんて、気にしなくてよかったんだよ」
俺は年上の矜持でもって、笑って見せた。
律儀な彼。
売れなかった頃に助けてあげた俺を捨てることが出来ないなんて、本当に優しい人だ。
もっともっと好きになってしまいそうだけど、彼が欲しくて下心を持って助けてあげた俺のことなんて、もう気にしなくていいんだよ。
俺は十分君から貰ったよ。
そう思って、もう彼が俺に同情したりしないように、精一杯笑って見せた。
すると、俺の顔を見た彼の喉がぐっ、と鳴って、彼の顔が泣きそうに歪んだ。
俺、ちゃんと笑えたのに、どうして?
「ちゃんと言葉にしなかったからだよね……っごめん……」
彼はそう言うと、いつだったか、狭い玄関でされたように、ぎゅっと抱き締められた。
「ずっと言わなくてごめんね。アオイさんは自分に自信ないタイプだから、ちゃんと好きって言葉にした方がいいこと、本当はわかってたのに……っごめんね……」
そう言って、彼は緊張したようにすぅっと息を吸ってから、細く吐き出して、俺のことを正面から見た。
「好きだよ、アオイさん。あのコンビニで並んでレジしてたときも、一緒に暮らしてたときも、離れてたときもずっと好き。今も好き。大好き」
囁かれた言葉があんまりにも甘すぎて、俺は自分が妄想のしすぎでおかしくなったんじゃないかとさえ思った。
彼はそんな俺の顔を覗き込んだ。
「今さら言っても信じられない……?俺、ヒモみたいだったでしょ。あのときの俺じゃ何を言っても生活支えてもらうために言ってるみたいで、付き合おうって言うのが精一杯だった。好きだなんて言えなかった。でも、ごめん。それでもいっぱい、いっぱい言葉にすればよかった」
「うそ……それなら、あの歌に出てきた人は……好きなのはあの人なんじゃないの?」
喉からようやく出た声は、みっともなく掠れた。
「あの歌……?どの歌のことかわかんないけど、俺が書いた詞に出てくる人は、全部アオイさんだよ」
「そんな……俺なわけないじゃん……lily of the valley とか……」
そう、俺はあの曲に出てくるような綺麗な人じゃない。
「lily of the valley なんて、そのまんまアオイさんじゃん。だから、ずっとバレてると思って恥ずかしかったんだけど、わかってなかったから、こんなことになっちゃったんだよね」
俺の瞳をじっと見て言う彼の瞳は誠実そのものだったけれど。
「俺はあんな綺麗な人じゃない。うそ言わないで」
「うそじゃないよ。アオイさんはすごい綺麗で優しくて……アオイさんを想ったら、歌詞が書けなかった俺が歌詞を書けるようになったんだよ。アオイさんが居なくなって、歌うのも曲を作るのも嫌になっちゃって、辞めようかとも思ったこともあったんだよ。でも歌っていれば、アオイさんがどこかで俺の歌を耳にして、俺のことを忘れないでいてくれるんじゃないかと思ったから、続けてこれた。俺の歌、聴いてくれてた?」
少し心配そうな彼の顔。
そんなの当たり前じゃないか。ずっと聴いていたよ、きみの歌を。
俺は静かに頷いた。
「アオイさんのこと、大好きだ。お願い。こんな俺のことでもまだ好きだって言って……」
頷いた俺を見て、少し涙の混じった彼の声。甘くて爽やかな彼の香り。ぎゅっと抱き締めてくれる力の強さ。いろんな感覚が、これは妄想ではなく、現実なんだと俺にじわじわと教えてくれた。
いいのかな。彼に愛されていると自惚れても、いいのかな。
「……そんなの……っ俺こそずっと……っ好き……っんん」
言うと同時に唇が塞がれた。
あぁ、彼だ……
離れている間、ずっとずっと恋しくて、恋しくて仕方なかった彼だ……
俺の涙腺が壊れてしまったかのように涙が溢れたけれど、彼の涙腺も壊れたみたいだった。
「ずっと……アオイさんに会いたかった……っ」
バカみたいに二人でひとしきり唇を合わせて抱き合って泣いた。それから、瞳を合わせて何だか二人して泣いているのがおかしくなって、吹き出して。
ひとしきり笑ったあと彼が言った。
「この家、アオイさんも気に入ってくれるといいな。もちろん寝室は一緒だけど、アオイさんの仕事部屋もあるよ」
とびきり綺麗な顔で彼は笑ってみせると、俺は彼に手を引かれて、部屋の奥に入った。
彼のマネージャーはそう告げると、どこかの地下駐車場に俺達を下ろし、そのまま去って行った。
その間も彼はぎゅっと俺の手を繋いだままだった。
「あの……」
こんな有名になってしまった彼が、外で手なんか繋いでいたら、本当にまずいんじゃないだろうか。
「此処が俺のマンションだよ。セキュリティ厳重なところ選んだから、マンションに入っちゃえば大丈夫。心配しないで」
そう言って彼は優しく笑うと、エレベーターに俺を押し込んだ。
エレベーターを降りると、そのフロアには一つしかドアがなかった。俺のような一般市民は見たことないようなハイクオリティのマンションに呆然としていると、彼はセキュリティをさっと解除して、部屋に入った。
「やっと此処にアオイさんを連れて来れた。約束したもんね。俺が家を持ったら迎えに行くって」
ドアを閉めると彼はそう言って俺を見た。
「……最後にした約束のことなんて、気にしなくてよかったんだよ」
俺は年上の矜持でもって、笑って見せた。
律儀な彼。
売れなかった頃に助けてあげた俺を捨てることが出来ないなんて、本当に優しい人だ。
もっともっと好きになってしまいそうだけど、彼が欲しくて下心を持って助けてあげた俺のことなんて、もう気にしなくていいんだよ。
俺は十分君から貰ったよ。
そう思って、もう彼が俺に同情したりしないように、精一杯笑って見せた。
すると、俺の顔を見た彼の喉がぐっ、と鳴って、彼の顔が泣きそうに歪んだ。
俺、ちゃんと笑えたのに、どうして?
「ちゃんと言葉にしなかったからだよね……っごめん……」
彼はそう言うと、いつだったか、狭い玄関でされたように、ぎゅっと抱き締められた。
「ずっと言わなくてごめんね。アオイさんは自分に自信ないタイプだから、ちゃんと好きって言葉にした方がいいこと、本当はわかってたのに……っごめんね……」
そう言って、彼は緊張したようにすぅっと息を吸ってから、細く吐き出して、俺のことを正面から見た。
「好きだよ、アオイさん。あのコンビニで並んでレジしてたときも、一緒に暮らしてたときも、離れてたときもずっと好き。今も好き。大好き」
囁かれた言葉があんまりにも甘すぎて、俺は自分が妄想のしすぎでおかしくなったんじゃないかとさえ思った。
彼はそんな俺の顔を覗き込んだ。
「今さら言っても信じられない……?俺、ヒモみたいだったでしょ。あのときの俺じゃ何を言っても生活支えてもらうために言ってるみたいで、付き合おうって言うのが精一杯だった。好きだなんて言えなかった。でも、ごめん。それでもいっぱい、いっぱい言葉にすればよかった」
「うそ……それなら、あの歌に出てきた人は……好きなのはあの人なんじゃないの?」
喉からようやく出た声は、みっともなく掠れた。
「あの歌……?どの歌のことかわかんないけど、俺が書いた詞に出てくる人は、全部アオイさんだよ」
「そんな……俺なわけないじゃん……lily of the valley とか……」
そう、俺はあの曲に出てくるような綺麗な人じゃない。
「lily of the valley なんて、そのまんまアオイさんじゃん。だから、ずっとバレてると思って恥ずかしかったんだけど、わかってなかったから、こんなことになっちゃったんだよね」
俺の瞳をじっと見て言う彼の瞳は誠実そのものだったけれど。
「俺はあんな綺麗な人じゃない。うそ言わないで」
「うそじゃないよ。アオイさんはすごい綺麗で優しくて……アオイさんを想ったら、歌詞が書けなかった俺が歌詞を書けるようになったんだよ。アオイさんが居なくなって、歌うのも曲を作るのも嫌になっちゃって、辞めようかとも思ったこともあったんだよ。でも歌っていれば、アオイさんがどこかで俺の歌を耳にして、俺のことを忘れないでいてくれるんじゃないかと思ったから、続けてこれた。俺の歌、聴いてくれてた?」
少し心配そうな彼の顔。
そんなの当たり前じゃないか。ずっと聴いていたよ、きみの歌を。
俺は静かに頷いた。
「アオイさんのこと、大好きだ。お願い。こんな俺のことでもまだ好きだって言って……」
頷いた俺を見て、少し涙の混じった彼の声。甘くて爽やかな彼の香り。ぎゅっと抱き締めてくれる力の強さ。いろんな感覚が、これは妄想ではなく、現実なんだと俺にじわじわと教えてくれた。
いいのかな。彼に愛されていると自惚れても、いいのかな。
「……そんなの……っ俺こそずっと……っ好き……っんん」
言うと同時に唇が塞がれた。
あぁ、彼だ……
離れている間、ずっとずっと恋しくて、恋しくて仕方なかった彼だ……
俺の涙腺が壊れてしまったかのように涙が溢れたけれど、彼の涙腺も壊れたみたいだった。
「ずっと……アオイさんに会いたかった……っ」
バカみたいに二人でひとしきり唇を合わせて抱き合って泣いた。それから、瞳を合わせて何だか二人して泣いているのがおかしくなって、吹き出して。
ひとしきり笑ったあと彼が言った。
「この家、アオイさんも気に入ってくれるといいな。もちろん寝室は一緒だけど、アオイさんの仕事部屋もあるよ」
とびきり綺麗な顔で彼は笑ってみせると、俺は彼に手を引かれて、部屋の奥に入った。
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