邪魔にならないように自分から身を引いて別れたモトカレと数年後再会する話

ゆなな

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やさしいひと1(彼視点)

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 俺以外の人にも優しいんだ。

 傲慢に聞こえるかもしれないが、セナは見た目が頗るいいので人に優しくされることには慣れていた。
 そしてセナに優しくしてくれる人が、他の人には全く優しくない、という現象もセナにとっては日常茶飯事だった。
 だが、アオイは違った。
 セナにものすごく優しかったけれど、お年寄りのお客さんにも酔っぱらったお客さんにもコンビニの裏にふらふらやって来る野良猫にもセナに優しく接するのと同じように優しい。
 ただのアルバイトに過ぎないのに、できるだけ次のシフトの人がやりやすいようにしておくとか雨の日は濡れた床で誰かが滑ったりしないように小まめにモップを掛けているとか。
 それは曲作りに疲れ切った顔でバイトに来たセナの分の仕事をさりげなくやっておいてくれる優しさと同じだった。
 でも一つだけ違うことがあった。
 セナに優しくした後だけ、どこか後ろめたいような表情を浮かべるのだ。
 
 そしてバイト後にセナからラーメンに誘うと、花が咲くように嬉しそうに笑う。
 別のバイトの田中や池谷が誘ったときの笑顔とはちょっと違う。
 田中のときも池谷のときも笑顔を見せるけれど、セナに対してとは少し違うのだ。
 セナに笑うときは目元がぽわっと赤くなって、あまり大きくはないけど黒目がちの目がちょっと大きく見開かれる。
 そしてひゅっと緊張したように息を吸い込んでから。
「うん。行く」
 そう答える。
 そしてアオイからセナをラーメンに誘ってくれるときは酷く緊張しているのが良くわかる。
「上がったらラーメンでも行く?」
 田中や池谷に言う時と同じなんだけど、アオイはセナを誘う時だけきゅっと心臓の上あたりのユニフォームを掴む。
 そのとき少し震えている様子がとても愛らしくセナには見えて、少しだけ皆と違うことがどうしようもなく嬉しかった。
(……かっわいい……!)
 音楽活動の傍ら気軽に始めた深夜のコンビニのアルバイトで、セナはちょっと年上の大人しくて目立たないけれど優しい人に転がる様に恋に落ちた。

「あーーーアオイさんと付き合いたい……」
「お前にそんなこと言わす人ってどんなだよ。っていうか、脈はありそうなんだろ? セナから告白すれば一発じゃねぇの?」
 馴染みのレンタルスタジオで曲作りの作業をしているときに思わず気持ちが高ぶって呟くと、同じバンドのギターをしているマナトが笑って応えた。
「そりゃあ告白したいけどさ……レーベルが決まってさ、ちゃんと実力が認められてからがいい……信じられないくらい金無いし、何も認められていないのに『好き』とか言えねぇよ。かっこ悪い。優しいアオイさんに付け込んで生活支えてもらいたいから『好き』って言ったみたいに思われたら嫌だし。もっとちゃんとしてから言いたい」
 数日後のライブのための支払いでセナの持ち金がほとんど尽きたことを知っているスタジオのオーナーが見かねて奢ってくれた缶コーヒー。
 それをぐいっと飲み干してから呟いた。
「あのセナがこんなに誰かに夢中になるなんてねぇ。ま、そのお陰で今の曲、めっちゃいいじゃん。メロディに気持ち乗ってる」
「アオイさんに気持ちを伝えるときは、生活きっちり整えて、何の心配もしないで俺のところに来てくださいって言いたいんだよな」
マナトが何か言っているが、セナは脳裏にアオイの優しい笑顔を思い浮かべて妄想を口走る。
「俺の話聞いてるぅ? セナ? そんで何それ。それもうプロポーズじゃん。激重」
 マナトが引いたように言ったが、セナはアオイに一日も早く告白できる日が来るように、曲作りに没頭することにした。
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