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五章
無力を感じた時、僕は……~Part3~
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学校を後にし、僕たちは駅前を歩いていた。
辺りは学校帰りの学生とスーツを着たサラリーマンでいっぱいである。休みの日にしか駅の方に行かない僕にとって、放課後の駅前はまた違った空気を醸し出していて新鮮だった。
僕の少し前を茉莉が歩く。
後ろから見ると顔が見えない分、スタイルの良さがより目立つ。すれ違う人の視線が痛い。不釣り合いな男女が歩いているのだから仕方のないことだと思えばそれまでだが、もしかしたら姉弟に見えているのかもしれない。そう思うと、少しげんなりしてしまう。同時に世の中の不平等に遣る瀬無さを感じていた。
気づくと僕たちは駅から離れた住宅街を歩いていた。
閑静な住宅街にいるのは買い物帰りの主婦や犬の散歩をするおじいさん、学校帰りの小学生くらいで駅前とはまた違った風情が広がっていた。全く同じなのに心なし頬を撫でる風が気持ち良く、僕の心を和ませる。
茉莉がふと立ち止まる。
急停止に少し躓きながら僕も歩を止め、辺りを見回してみる。
ブランコ、ジャングルジム、鉄棒。
そこは間違いなく公園だった。
変わったところは特になく、どこにでもありそうな公園。ここが目的地なのだろうか。
何も言わずに茉莉は中に入り、ベンチに腰を掛ける。
戸惑いながらもその後を追いかけ隣に座る。
「…………」
「…………」
重苦しい沈黙がその場を支配する。
六月に入り少しずつ日は長くなってきたが、それでもこの時間になると周りは朱色に染まる。近所で鳴く犬の声とカラスの声が響き、協奏曲を奏でている。
「現実を忘れたい時というか、私が私じゃなくて一人の人間になりたい時というか……そういう時にたまにここに来るんです」
茉莉が口を開く。しかし、珍しく歯切れが悪い。
前を向いているが、どこか遠くを見つめているような感じがする。
「先輩はありませんか? そういう時」
いつもの重く尖った印象は全くなく、むしろ吹いたら飛んでいきそうなくらい軽く脆い。
横目で茉莉を一瞥し、僕は口を開く。
「あるよ。特に昔はそんな時ばっかりだった」
勉強に水泳、空手、ピアノ……。今考えただけでも吐き気がするほどやらないといけないことに追われていた時、あの事故が起きた。それがきっかけで自分が何者なのか、本当にこれでいいのか、分からなくなっていた時。そういう時は決まって僕のことを知っている人が誰もいない場所に行くことにしていた。父がつけた世話係もとい監視役の目を盗んで抜け出し一人きりで空をぼーっと眺めているだけだったが、それが僕にとってかけがえのない時間だった。
気づくとそんなとりとめもない過去の話を茉莉につらつらと話していた。自分でも分からないくらい滑らかに話せていることが不思議だった。
「ちょうどそんな時だったかな。もうだいぶ昔なんだけど、仲良くなった男の子がいて、日が暮れるまで遊んで、笑い合って……初めてだったから、すごい楽しかったな」
あまり詳しいことは覚えてないが、それだけは確かだった。
「そうなんですね。先輩にもそんな時期があったんですね。正直意外です」
「そう?」
「はい。何も考えないで自分のやりたいことだけやって、のほほーんと生きてるのかと思っていました」
「すごい偏見だな!」
苦笑するが、今の僕しか知らない人が見るとそう見えるのかもしれない。それはそれで困るのだが……。
「でも、先輩にもそんな過去があることが知れて、少し安心しました」
茉莉が目を細め言う。言葉以上に表情は緩んでいた。
僕の知らない茉莉がそこにいる。それだけでここに来た価値は十分あった。しかし、それでも聞かずにはいられなかった。
「でも、どうしてここに来たの?」
途端、茉莉の顔に緊張が走る。緩んでいた唇は固く閉められ、瞬きひとつしない。
一度目を閉じ、意を決したように口を開く。
「それはですね、先輩……実は、話さないといけないことがありまして」
「話さないといけないこと?」
「それは」
――――歩け、豚! 歩け、豚! 歩け…………。
突如、僕のポケットから奇声が鳴り響く。紛れもなく僕の声だった。
茉莉が訝しむような目をこちらに向ける。
慌ててスマホを取り出し、通話ボタンを押す。
「なんですか、先生!」
苛立ちを隠すことなく声を上げる。
「駄目じゃない。着信音は直しておかないと」
……また盗聴されてるのか。
呆れる感情はさておき。
「で、何ですか!」
「今すぐ寮に戻ってきなさい。以上」
そう言い、月島先生は通話を切った。
――……………………。
先ほどとは違った意味で重苦しい沈黙が僕と茉莉の間に鎮座する。
「……月島先生から呼び出された」
「そうですか」
茉莉が器用にお尻をずらして距離をとる。
「……あの、今のはね」
「大丈夫です。それでは、また今度」
そう言って立ち上がると僕を待つこともなくすたすたと歩いて行ってしまった。
ひとり取り残された僕の心に風が吹く。
すでに日は落ち、色が濃くなっていく景色を眺める。
誤解をどうやって解いたらいいのだろうか、と考えると茉莉が何を言いたかったのか、先生がなんで呼び出したのか、などはどうでもよくなり、ただただ憂鬱な気持ちが充満し拭い払うことが出来なかった。
辺りは学校帰りの学生とスーツを着たサラリーマンでいっぱいである。休みの日にしか駅の方に行かない僕にとって、放課後の駅前はまた違った空気を醸し出していて新鮮だった。
僕の少し前を茉莉が歩く。
後ろから見ると顔が見えない分、スタイルの良さがより目立つ。すれ違う人の視線が痛い。不釣り合いな男女が歩いているのだから仕方のないことだと思えばそれまでだが、もしかしたら姉弟に見えているのかもしれない。そう思うと、少しげんなりしてしまう。同時に世の中の不平等に遣る瀬無さを感じていた。
気づくと僕たちは駅から離れた住宅街を歩いていた。
閑静な住宅街にいるのは買い物帰りの主婦や犬の散歩をするおじいさん、学校帰りの小学生くらいで駅前とはまた違った風情が広がっていた。全く同じなのに心なし頬を撫でる風が気持ち良く、僕の心を和ませる。
茉莉がふと立ち止まる。
急停止に少し躓きながら僕も歩を止め、辺りを見回してみる。
ブランコ、ジャングルジム、鉄棒。
そこは間違いなく公園だった。
変わったところは特になく、どこにでもありそうな公園。ここが目的地なのだろうか。
何も言わずに茉莉は中に入り、ベンチに腰を掛ける。
戸惑いながらもその後を追いかけ隣に座る。
「…………」
「…………」
重苦しい沈黙がその場を支配する。
六月に入り少しずつ日は長くなってきたが、それでもこの時間になると周りは朱色に染まる。近所で鳴く犬の声とカラスの声が響き、協奏曲を奏でている。
「現実を忘れたい時というか、私が私じゃなくて一人の人間になりたい時というか……そういう時にたまにここに来るんです」
茉莉が口を開く。しかし、珍しく歯切れが悪い。
前を向いているが、どこか遠くを見つめているような感じがする。
「先輩はありませんか? そういう時」
いつもの重く尖った印象は全くなく、むしろ吹いたら飛んでいきそうなくらい軽く脆い。
横目で茉莉を一瞥し、僕は口を開く。
「あるよ。特に昔はそんな時ばっかりだった」
勉強に水泳、空手、ピアノ……。今考えただけでも吐き気がするほどやらないといけないことに追われていた時、あの事故が起きた。それがきっかけで自分が何者なのか、本当にこれでいいのか、分からなくなっていた時。そういう時は決まって僕のことを知っている人が誰もいない場所に行くことにしていた。父がつけた世話係もとい監視役の目を盗んで抜け出し一人きりで空をぼーっと眺めているだけだったが、それが僕にとってかけがえのない時間だった。
気づくとそんなとりとめもない過去の話を茉莉につらつらと話していた。自分でも分からないくらい滑らかに話せていることが不思議だった。
「ちょうどそんな時だったかな。もうだいぶ昔なんだけど、仲良くなった男の子がいて、日が暮れるまで遊んで、笑い合って……初めてだったから、すごい楽しかったな」
あまり詳しいことは覚えてないが、それだけは確かだった。
「そうなんですね。先輩にもそんな時期があったんですね。正直意外です」
「そう?」
「はい。何も考えないで自分のやりたいことだけやって、のほほーんと生きてるのかと思っていました」
「すごい偏見だな!」
苦笑するが、今の僕しか知らない人が見るとそう見えるのかもしれない。それはそれで困るのだが……。
「でも、先輩にもそんな過去があることが知れて、少し安心しました」
茉莉が目を細め言う。言葉以上に表情は緩んでいた。
僕の知らない茉莉がそこにいる。それだけでここに来た価値は十分あった。しかし、それでも聞かずにはいられなかった。
「でも、どうしてここに来たの?」
途端、茉莉の顔に緊張が走る。緩んでいた唇は固く閉められ、瞬きひとつしない。
一度目を閉じ、意を決したように口を開く。
「それはですね、先輩……実は、話さないといけないことがありまして」
「話さないといけないこと?」
「それは」
――――歩け、豚! 歩け、豚! 歩け…………。
突如、僕のポケットから奇声が鳴り響く。紛れもなく僕の声だった。
茉莉が訝しむような目をこちらに向ける。
慌ててスマホを取り出し、通話ボタンを押す。
「なんですか、先生!」
苛立ちを隠すことなく声を上げる。
「駄目じゃない。着信音は直しておかないと」
……また盗聴されてるのか。
呆れる感情はさておき。
「で、何ですか!」
「今すぐ寮に戻ってきなさい。以上」
そう言い、月島先生は通話を切った。
――……………………。
先ほどとは違った意味で重苦しい沈黙が僕と茉莉の間に鎮座する。
「……月島先生から呼び出された」
「そうですか」
茉莉が器用にお尻をずらして距離をとる。
「……あの、今のはね」
「大丈夫です。それでは、また今度」
そう言って立ち上がると僕を待つこともなくすたすたと歩いて行ってしまった。
ひとり取り残された僕の心に風が吹く。
すでに日は落ち、色が濃くなっていく景色を眺める。
誤解をどうやって解いたらいいのだろうか、と考えると茉莉が何を言いたかったのか、先生がなんで呼び出したのか、などはどうでもよくなり、ただただ憂鬱な気持ちが充満し拭い払うことが出来なかった。
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