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五章
無力を感じた時、僕は……~Part4~
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寮に着くと月島先生がお待ちかねだった。
「意外と早かったわね。もうちょっと遊んでくるのかと思ったけど」
「先生! どうしてくれるんですか!」
「どうって、何のことよ?」
「とぼけないでください! あの着信音ですよ!」
「ああ、あれね」
先生はアサヒのロング缶を傾け、開いた窓から煙草を吹かす。
「どうにだってなるわよ、そんなことは」
僕の心配など意に介さず、美味そうに缶を傾ける。
あんたにとってはそんなことでも僕にとっては一大事なんだよ! というツッコミは心に留めた。この人に何を言っても何を言っても暖簾に腕押しであることは嫌というほど分かっていた。そして、酒を飲んだり煙草を吸うことは百歩譲っていいとしても、未成年の、それも自分の学校の生徒の部屋では自重してほしい、と切に願う。
怒りで震える体を抑えながら、片隅にカバンを置き椅子に全体重を預ける。
力を抜くと一度に疲れがどっと押し寄せる。
「あら、もうギブアップ? 香椎茉莉の味方なんじゃなかったの?」
「あれは、その……って、なんで先生が知ってるんですか!」
自然な流れに危うく聞き流すところだったが、あそこにいたのは僕と茉莉だけのはずだ。先生が知るはずもないのにどうして……と、考えるだけ野暮だった。答えは決まっている。
先生はいつものようにふふんと鼻を鳴らす。
「私を誰だと思ってるの。校章の裏、よく見てみなさい」
先生が鼻を鳴らす前におおよその検討はついていたが、素直に校章の裏を見てみる。そこにはぱっと見では気がつかないほど小さく黒い物体が付いていた。
口に溜まる唾を飲み込み訊く。
「……いつからですか?」
「君が保健室に運ばれた時からよ」
……ということは、その間のことは常に聞かれていたということだから、つまり僕の発する言葉の逐一が聞かれていたわけで……ものすごく嫌な予感がする。
「…………ちなみに性能は?」
「勿論、現段階で一番いいやつよ。だから、陸奥くんが自分の部屋でしていたあーんなことやこーんなことも」
「あーあーあー……ごほん。分かりました。僕が悪かったです。それ以上は言わないでください。お願いします」
座ったまま先生の方に向き直り頭を下げる。していることは悪魔みたいな所業なのに気づけばいつも先生の思い通りに事が進んでいく。何をしてもこの人には一生敵わないだろう。それでも心の中で嘆かずにはいられない。
――くそっ、聞かれているとは露知らず、僕はあんなことを……夜道に気をつけろよ、この野郎!
「分かればいいのよ」
吸い終わった煙草を自前の携帯灰皿に入れ言葉を継ぐ。
「それで今日はひとつ提案があってね」
「提案、ですか?」
「そう。提案」
先生は新しい煙草を手に取る。
「まだ何をやるか決まってないじゃない。そのことなんだけど、相川真琴の〝心地よい鳥籠〟を使ってほしいのよ」
先日、部屋に閉じ込められた時、最後まで一気に読んだ本だ。内容を思い出すのは容易い。おそらく僕の人生でこれ以上感情移入ができた本はないだろう。それを踏まえた上で、しかしどうだろうか、と僕は首を捻る。
「確かに、上手く切り取れば場面はそこまで流動的じゃないので用意する小道具は少なくて済むし、知らない人は多いでしょうが短編なんですぐに読んで内容を把握することは可能でしょう。でも、その分、演じる人の技量は他の題目の比じゃないほど重要になってきます。その上、本の通りにやるのでは難しい点がいくつかありますので、多少書き換えなくてはいけませんが、それは誰がやるんですか?」
「……陸奥くんってそんな冷静に物事を分析出来るキャラだったかしら?」
「そうなんですかね?」
驚くのも無理はない。何せ自分が一番驚いているのだから。
代理人になっていくらか責任感が出てきたのか、はたまた決断し一歩前に進むことができたことが大きかったのか、僕は自分でも驚くほど積極的になった。些か遅くはあるが精神的に成長している証と言えよう。
僕の答えに満足そうな笑みを浮かべながら、月島先生は口を開く。
「そうね、台本は私が作るわ。副担任だけど参加可能だからいいわよね。それと役者の演技力だけど、まあ、それなら問題ないんじゃないかしら? 演じることに関しては幼い頃からやっている二人がいるから」
そう言って、先生が口角を上げる。
先生の考えることが分かってしまうあたり、僕も染められてしまっているのかもしれない。
「……僕はやりませんよ」
「えー、どうして? もっと仲良くなるチャンスじゃないの」
「確かにそうかもしれませんが、それ以上に失うものが多いような気がします」
「大丈夫よ。陸奥くん、小柄で中性的な顔立ちしてるから」
「出来る、出来ないの問題じゃないんですよ。男の尊厳の問題なんです」
「あら、元々陸奥くんにそんなものないじゃない?」
「…………」
反論出来ないところが、僕の弱いところである。
「じゃあ、そういうことだから、よろしく頼むわね」
先生は二本目の煙草を吸い終わったと同時に部屋を出ていった。
深いため息が自然と漏れる。
――芝居なんてやったことないのにどうしろというのだ。
僕は空き缶とサラミの袋を片付けながら、内容を邂逅していた。
確かに光の気持ちに共感した部分は多いが、それでも頭を抱えてしまう。
「意外と早かったわね。もうちょっと遊んでくるのかと思ったけど」
「先生! どうしてくれるんですか!」
「どうって、何のことよ?」
「とぼけないでください! あの着信音ですよ!」
「ああ、あれね」
先生はアサヒのロング缶を傾け、開いた窓から煙草を吹かす。
「どうにだってなるわよ、そんなことは」
僕の心配など意に介さず、美味そうに缶を傾ける。
あんたにとってはそんなことでも僕にとっては一大事なんだよ! というツッコミは心に留めた。この人に何を言っても何を言っても暖簾に腕押しであることは嫌というほど分かっていた。そして、酒を飲んだり煙草を吸うことは百歩譲っていいとしても、未成年の、それも自分の学校の生徒の部屋では自重してほしい、と切に願う。
怒りで震える体を抑えながら、片隅にカバンを置き椅子に全体重を預ける。
力を抜くと一度に疲れがどっと押し寄せる。
「あら、もうギブアップ? 香椎茉莉の味方なんじゃなかったの?」
「あれは、その……って、なんで先生が知ってるんですか!」
自然な流れに危うく聞き流すところだったが、あそこにいたのは僕と茉莉だけのはずだ。先生が知るはずもないのにどうして……と、考えるだけ野暮だった。答えは決まっている。
先生はいつものようにふふんと鼻を鳴らす。
「私を誰だと思ってるの。校章の裏、よく見てみなさい」
先生が鼻を鳴らす前におおよその検討はついていたが、素直に校章の裏を見てみる。そこにはぱっと見では気がつかないほど小さく黒い物体が付いていた。
口に溜まる唾を飲み込み訊く。
「……いつからですか?」
「君が保健室に運ばれた時からよ」
……ということは、その間のことは常に聞かれていたということだから、つまり僕の発する言葉の逐一が聞かれていたわけで……ものすごく嫌な予感がする。
「…………ちなみに性能は?」
「勿論、現段階で一番いいやつよ。だから、陸奥くんが自分の部屋でしていたあーんなことやこーんなことも」
「あーあーあー……ごほん。分かりました。僕が悪かったです。それ以上は言わないでください。お願いします」
座ったまま先生の方に向き直り頭を下げる。していることは悪魔みたいな所業なのに気づけばいつも先生の思い通りに事が進んでいく。何をしてもこの人には一生敵わないだろう。それでも心の中で嘆かずにはいられない。
――くそっ、聞かれているとは露知らず、僕はあんなことを……夜道に気をつけろよ、この野郎!
「分かればいいのよ」
吸い終わった煙草を自前の携帯灰皿に入れ言葉を継ぐ。
「それで今日はひとつ提案があってね」
「提案、ですか?」
「そう。提案」
先生は新しい煙草を手に取る。
「まだ何をやるか決まってないじゃない。そのことなんだけど、相川真琴の〝心地よい鳥籠〟を使ってほしいのよ」
先日、部屋に閉じ込められた時、最後まで一気に読んだ本だ。内容を思い出すのは容易い。おそらく僕の人生でこれ以上感情移入ができた本はないだろう。それを踏まえた上で、しかしどうだろうか、と僕は首を捻る。
「確かに、上手く切り取れば場面はそこまで流動的じゃないので用意する小道具は少なくて済むし、知らない人は多いでしょうが短編なんですぐに読んで内容を把握することは可能でしょう。でも、その分、演じる人の技量は他の題目の比じゃないほど重要になってきます。その上、本の通りにやるのでは難しい点がいくつかありますので、多少書き換えなくてはいけませんが、それは誰がやるんですか?」
「……陸奥くんってそんな冷静に物事を分析出来るキャラだったかしら?」
「そうなんですかね?」
驚くのも無理はない。何せ自分が一番驚いているのだから。
代理人になっていくらか責任感が出てきたのか、はたまた決断し一歩前に進むことができたことが大きかったのか、僕は自分でも驚くほど積極的になった。些か遅くはあるが精神的に成長している証と言えよう。
僕の答えに満足そうな笑みを浮かべながら、月島先生は口を開く。
「そうね、台本は私が作るわ。副担任だけど参加可能だからいいわよね。それと役者の演技力だけど、まあ、それなら問題ないんじゃないかしら? 演じることに関しては幼い頃からやっている二人がいるから」
そう言って、先生が口角を上げる。
先生の考えることが分かってしまうあたり、僕も染められてしまっているのかもしれない。
「……僕はやりませんよ」
「えー、どうして? もっと仲良くなるチャンスじゃないの」
「確かにそうかもしれませんが、それ以上に失うものが多いような気がします」
「大丈夫よ。陸奥くん、小柄で中性的な顔立ちしてるから」
「出来る、出来ないの問題じゃないんですよ。男の尊厳の問題なんです」
「あら、元々陸奥くんにそんなものないじゃない?」
「…………」
反論出来ないところが、僕の弱いところである。
「じゃあ、そういうことだから、よろしく頼むわね」
先生は二本目の煙草を吸い終わったと同時に部屋を出ていった。
深いため息が自然と漏れる。
――芝居なんてやったことないのにどうしろというのだ。
僕は空き缶とサラミの袋を片付けながら、内容を邂逅していた。
確かに光の気持ちに共感した部分は多いが、それでも頭を抱えてしまう。
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