キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ

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第1章 納車編 あるいは雪上スピードウェイ

第8話 地を往くクルマ、天翔けるモノ

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(体、重っ)

 起き上がれもしない疲労感の中、俺は辛うじて脳内でボヤく。
 重いし、ダルいし、とにかく眠い。油断したらその瞬間に二度寝する。
 夢うつつの中で聞いていた二人のやり取りによれば、これは魔力切れの症状だそうだが……なるほど。過労で倒れる少し前の症状と似ている。それよりはいくらかマシといったところ。
 よって、俺は踏ん張れる。
 また限界を迎える前に、伝えるべきことを伝えよう。

「あの、クリスさん」

 ろれつが回っているか心配だったが、オロオロとこちらを見下ろす彼女に、

「クリスさんが召喚師さんに敵意バリバリだったのは……俺を助けようとしてくれたからでしょう?
 それって地球の騎士道的には100点満点なんで、胸を張ってほしいっていうか。
 こっちの騎士道がどんな感じかわからないんですが……」
『だ、だいたい似たようなものだ!』

 クリスさんは俺の頬に触れようとして――ホログラムなので出来ずに、すり抜ける。
 じれったそうに手をワキワキさせながら、それでもクリスさんは笑ってくれた。

はげましに感謝する、エイジ。
 だが無理はしないように。しばらくはゆっくり眠るといい』
「そうしたいんですが……その前にあと幾つか」

 と、俺はオーガのイ=バさんに目を向け、

「怖がっちゃって済みませんでした。魔力切れのこととか知らなくて、失礼なことを……」
「はっは、お気になさるな。
 人類がオーガにおびえるのは生物として自然なこと。
 ゆえにこそ、その……こちらの配慮が至らず申し訳なく」

 イ=バさんがうなだれてしまった。
 もしかして、怖がられるの気にしてるのか。
 いやもうほんとごめんねイ=バさん。もうビビらないからから許して。

「……それで」

 謝罪合戦する体力が無いので、俺は次の話題に進む。

「人類と魔族、どっちの味方もするなって話ですけど――
 お引き受けします」
「おお……!」

 イ=バさんが声を震わせるのに、俺は思わず苦笑い。

「助かってるのは俺の方なんです、イ=バさん。
 誰かを殺せとか、殺すための武器を創れとか言わないでもらえてほんと良かった。
 ――クリスさんもそれでかまいませんか」
『無論だ』

 クリスさんの返事は軽やかだった。

『と言うより、私からも同じことを頼むつもりだった。
 出来ればこのクルマでもって、気ままに旅をしてくれないか』
「旅ですか」
「そうだ。
 人類の切り札であるはずの異世界人が、のんびり旅などしている姿が世界中で目撃されたら馬鹿馬鹿しくて誰も戦う気など起こさないからな。
 キミの旅姿が――キャンピングカーが世界を平和にする』
「それは妙案!」

 イ=バさんも大きな手を叩いて同意する。

「この≪猫≫は目立つゆえ、噂はグリフォンより速く飛びましょうな!
 停戦の、平和の使者として、エイジ殿ほどの適任は他に無し!」
「責任重大だったぁ……」

 平和の広告塔という大変な使命を与えられ、乾いた笑いを浮かべた――そのときだった。

 不意に、窓から光が差し込む。
 いや、正しくは、車外が急激に明るくなったらしい。
 晴れたのだ。
 あれだけ厚く、陽の光をさえぎっていた雪雲ゆきぐもが綺麗に消えた青空が、かろうじて窓から見えている。

「ンな馬鹿な……」

 驚きのあまり、身を起こそうともがく俺。
 雪が止むだけならともかく、雲が一瞬で消し飛ぶなどという気象現象は地球には無い。
 何が起きたのか。
 見たい。
 見たいけど体が動かない。

 ――おおっ!

 外から、オーガさんたちが一斉に沸く声。
 みんなでかまくらから飛び出して、空の一点を見上げている。
 だから何? 何ごと!?
 みんなの視線の先が天井にかぶってて見えない!

「ご無礼」

 諦めずにもがいていると、イ=バさんが俺の体を支えて――というかつまみ上げて、窓まで連れて行ってくれた。ありがとうございます。本当にありがとうございます。
 その感謝を口にしようとし――
 忘れた。

「――……」

 窓越しに見た光景に。
 雲ひとつ無い蒼穹を飛ぶ、白くきらめく雄大な影に。
 ――ドラゴン。地球の物語では、それをそう呼ぶ。
 雪より清らかな純白のうろこを陽光に照りえさせながら、桁外けたはずれの――百メートルはあろうかという翼を羽ばたかせて去ってゆく巨影きょえい
 あれが雪を降らせていたのだと、直感的に理解する。
 気紛きまぐれに雪を降らせ、飽きたから雲を消し飛ばしたのだと。
 それくらいは容易たやすいと一目でわかる、生命種としての圧倒的な≪力≫と≪格≫がこの地表まで伝わって来る。

白龍はくりゅうズィーガ=マデンツァ』

 目を細めて巨影を見上げつつ、クリスさんが教えてくれた。
 それがあの龍の名前か。

『世界を守護する神龍しんりゅう一柱ひとはしらにして――話しただろう。先ほどまでの雪の主だ。
 この目で見たのは私も初めて……いや、違うな』

 と、クリスさん何やら不満げに、

『すっかり忘れてたが、この目でじゃない! 通信越しだこれ!
 くそ、人類があの御姿を拝むなど百五十年ぶりだというのに!』

 そんなに珍しいことなのか。まあ、あんなでっかいのがちょくちょく目撃されるくらい近所に住んでたら人類の文明の進歩は遅れるか、最悪滅びてそうだけど。

『恨むぞイ=バ殿! 正真正銘その目で見られるなど!』
「はっは。しかも、風も浴びずに悠々と見物できておるぞ。
 有史以来、これほど贅沢ぜいたくな環境で白龍を見た者は人魔じんま通じて初めてであろうなあ」
『あー! あー! 自慢して!
 私もそこに行こうと思ったのに!
 貴公の部隊がキャンピングカーに手も足も出ないからやめたのだぞこっちは!?
 気持ちいいか? 自分の無力さゆえにたまたま手に入れた独り占めは気持ちいいかっ!?』
「最高に気持ちいいのうー。その無力さのおかげでエイジ殿を傷つけずに済んだわけだしのうー」
『くそう正しい! 軍人として正しい!』

 軍人同士のきわどいじゃれ合いを、俺は聞き流しながら――

「……凄い」

 知らず、声を震わせた。
 オーガさんと喋っておいて今さらだが……地球じゃない場所にいる実感が、胸の内で膨らんでいく。
 これからこの世界を旅するんだ。
 こういう絶景に、きっと幾つも逢えるんだ。
 それを喜んでいる自分が、ひどく新鮮で、驚きだった。
 つい昨日、満員電車で半分圧死していた頃は想像もしなかった自分の新側面。
 クリスさんたちから託された平和の広告塔という使命も、きっと果たせると、そう信じられた。

 信じたのと同時だった。

『あれ?』

 蒼穹そうきゅうの白龍が、身をひるがえす。
 長大な尾をむちのように華麗にしならせ、向きを変えたのだ。
 こちらへと。
 近づいて来る。
 間違いない。金色に輝くその双眸そうぼうでキャンピングカーをきながら、まっすぐこちらへ降りてくる。

「な、なぁっ!?」

 イ=バさんが声を上げてのける。
 クリスさんも、車外のオーガさんたちも、ほとんど同じリアクション。その顔に浮かぶ緊張と畏怖が、この状況の危うさを俺に伝えてくれる。
 ……え? でも、クリスさんは「こっちからケンカ売らない限り大丈夫」みたいなこと言ってなかった?
 そりゃ、新宿の高層ビルみたいなデカブツが近づいて来るんだから俺も結構ビビってるけど、あっちに敵意が無いならそんなに怯えなくていいんじゃ……。

「いかん! 敵認定された!」
「はあっ!?」

 悲鳴じみたイ=バさんの言葉に、俺は本気で耳を疑う。
 何で!? どうしてそういうことに!?

『わからん! わからんが、恐らくこのクルマだ!』

 立体映像でもわかるほど青い顔で、クリスさんが歯噛みする。

『史書にある――七百年前、さる異世界人が鉛の弾を吐く鋼の鳥を大量に創り出し、龍を狩らんとしたのだと。
 その者は結局返り討ちに遭い、狩りに協力した王朝もろとも灰にしたが……このが、かつての鳥と同じものと思われたとしてもおかしくは――』
「不名誉かつ迷惑にもほどがあるだろ!」

 愚痴ぐちを吐きながら、俺はベッドから立ち上がる。
 手足の重さに辟易しながら、運転席へ。

「エイジ殿!? 何を……」
「イ=バさんは降りてください」

 シートベルト装着。感覚の怪しい両手の指でハンドルを握り締め、俺は言う。

「嫌われてんのはクルマなんでしょう? なら逃げます」
『な……』
「ならん! それだけはならん!?」

 イ=バさんの巨体が飛んで来て、俺は肩をつかまれた。
 発車を止めようとしたんだろうが、残念。地球の乗用車は足のペダルで速度を決めるのだ。アクセルを踏む俺にこたえて、車体が勢いよく走り出す。

「おやめくだされエイジ殿! いかにこの≪猫≫といえど、白龍の爪牙を受けてはひとたまりも……」
「受けません。見た感じ、こっちの方が速い」
「山地に入れば足が鈍りましょう!
 一度止まり、我が部隊と合流を! 龍の注意をそちらに向けまする!
 我らオーガのほまれにかけて、御身を逃がす程度の時は稼いで御覧ごらんに入れる!」
「駄目です。軍隊が怪獣と戦うと蹴散らされるのが地球の法則です」
「ここは地球ではない!」
「……死なれると辛いんです」
「申し上げたはず! 御身こそ、人と魔の和平の切り札。
 対して、御身の合力ごうりきを取りつけた今、この身は既に用を終えている。
 どちらが捨て石になるべきかは明らか!」
「………」

 完全に正しい軍人の言葉を、しかし俺は黙殺した。
 ――わかっている。イ=バさんに従うべきだ。この場にいるオーガさんたちの犠牲で世界は救われるのだから。それに、もし俺が死んでイ=バさんたちが生き残ったりしたら、彼らはこの先二度と胸を張って生きられない。
 わかってるんだ。そんなことは。
 でも。

「自分のために死なれるのに慣れてないんです! 俺は!」

 平和ボケしたワガママで、軍人さんの覚悟に抵抗する。
 愚か者と言わば言え。でも、こっちにも言い分はある。
 この世界のヤツらは次から次へと、慣れない覚悟を人に押しつけすぎなんだ。
 吹雪の中に放り込まれたり、矢やら火の玉やら投げつけられたり。
 でもそれは、俺が危ないだけだからいい。俺はもともと、仕事中に何度死にかけても辞める気も起きなかったようなヤツだ。人より生への執着が薄いのか、あるいは未来に興味が無いのか、自分でもわからないが、命を使い捨てるのを躊躇ためらうタイプじゃない。
 でも、誰かに死なれるのは怖い。
 自分のための犠牲を直視するのに慣れていない。
 そんなものを目の当たりにしたが最後、きっと一生笑えなくなる。
 だから――

「優しいね。異界の人」

 声がした。
 初めて聞く、女性の声が。

「………ッ!?」

 背筋を駆け抜けた戦慄せんりつに、迫る白龍の恐怖も忘れて俺はブレーキを踏んだ。
 ……戦慄だと?
 馬鹿な。あり得ない。全高百メートルを超える飛行生物に追いつかれるより怖いことなどあるもんか。ここが異世界だとしても。
 脳の理性を司る部分がそう指摘してくるが、俺はそれでも、本能の絶叫を無視できなかった。
 一番怖いモノは、車内にいる――たった今、車内に乗り込んで来た。そんなあり得ない訴えを。
 振り向く。
 そこに――無人だったはずのベッドに、一人の少女が寝そべっていた。
 白い。
 ほっそりとした体を包む肌も、薄い肩を大胆にさらしたワンピースも、背中を覆うつややかな髪も。
 華奢きゃしゃ肢体したいと、はかなく可憐なその美貌。物理的な要素だけを並べれば、春の陽を浴びて消えてしまいそうな、深層の令嬢にも見えただろうか。
 でも違う。
 まるで違う。
 この少女は、強い。俺より頭ひとつは小さそうな体に宿した超絶的なエネルギーが、否応いやおうなしに伝わってくる。
 白という色には何百種類かあるというが、彼女の白は間違いなくその中で最強のものだ。どんな黒でも塗り潰し、完全に消し去る無敵の白。

「………」

 俺は恐る恐る窓を開け、クスクス笑っている白い少女と、青い空とを見比べる。
 蒼穹に阻むものは無い。雪も、雲も――白龍も。
 あの巨体がどこへ消えたのか、この世界へ来て間もない俺でも既に理解できていた。

「いい顔してるよ、異界の人」

 白い少女が――姿を変えた白龍ズィーガ=マデンツァが、心底楽しげに目を細める。

「驚いてるけど、おびえてない。ボクの一番好きな顔だ」
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