キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ

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第1章 納車編 あるいは雪上スピードウェイ

第12話 湖の騎士と窓際の龍

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「あれだ」

 助手席から指差された光景に、俺は感嘆の息をつく。
 木立こだち一本見当たらぬ雪原――街道の石畳だけが伸び続けるその傍らに、忽然こつぜんと湖が現れた。
 旅客機が羽まですっぽり入りそうな、なかなかの大きさ。周囲にさえぎるものが無いので思い切り陽光を吸い込み、凍った湖面が巨大な水晶のように輝いている。

「魚がいるんですか?」
「もちろん。カルパッチョを教えてあげよう」
「か……」

 飛び出したその料理名に、俺の全身から血の気が引いた。
 クリスさんが料理を教えてくれるというから、ここまで車を走らせてきたが――湖にいるってことは川魚だよな? 寄生虫いるよな? それを生食に?
 ……もしかしてこの世界では、寄生虫の存在が知られていないのか。
 あり得るぞ。顕微鏡とか発明されてなさそうだし。
 いやいや、あるいはこの世界には寄生虫自体が存在しないのかも。
 どうであれ、確認しないと命にかかわる!

「あ、あのクリスさん。この世界で、川魚を生で食べて死んだ話って……」
「地球でも多いのか?」
「こっちでも多いんですね!?」
「大丈夫だ。魔法で氷結させて五日ほど置けばしょくせるようになる。
 今日は作るだけだ。お預けにしてしまって済まないが、あくまでキミに料理の自信をつけさせるのが目的だからな」

 そうだった。
 それで自信を持って≪物質変換≫して、美味しいオムライスをみんなに振る舞う計画だ。

「しかし、驚いたな」

 と、クリスさんはごく真剣な顔でこちらを覗き込んでくる。近づくと美人の圧が凄い。

「川魚の生食いで人が死ぬのは、魚と水神の繋がりを断たないまま食べるからだろう?
 神が怒るんだよ。
 地球には、そういう神はもういないんじゃないのか」
「んー、人前に出ないだけでまだいると思うんですが」
「ほう」
「でも、生食いが危険なのは神様のせいじゃないですね。地球の場合。
 寄生虫っていうとんでもなく小さな生き物が魚の中にいて、それが生きたまま人の体に……」
「虫!?」

 今度はクリスさんが青褪あおざめる。もしかして虫が苦手なんだろうか。
 クリスさんは「虫……虫か……」と嫌そうにブツブツ繰り返してから、

「それは何というか……酷い話だな。神がいる世界の我々は幸せだ」
「かもしれませんねえ」

 寄生虫とは違うが――地球人類はもの凄い数の微生物を体内に飼っていて、共生の状態にあると伝えたらクリスさんはどんな顔をするだろう。泣くかもしれないから内緒にしとくけど。

 さて。

「とうちゃーく」
「ご苦労!」

 湖の脇に車をめると、クリスさんが勢いよくドアを開けた(開け方は事前に教えた)。虫の話を忘れたいようだ。
 忘れたいようなのだが。

「………」

 クリスさんが動かない。真っ白な地面を見て凍りついている。
 そのまま、背中で小さく一言。

「問題発生だエイジ」
「何事です?」
裸足はだしだ私」
「そうでしたっけ!?」

 よく見ていなかったが、車内でのことを思い返せばそうだった気もする。
 多分アレだ。空間跳躍でこっちに来るまでに、ご自分の屋敷から召喚師さんの執務室まで裸足で爆走してそのままだったんだ。もともとはヒールとか履いてたんだろうけど、走ってるうちに脱げちゃって。

「というわけでエイジ」
「?」
「おんぶを要求する」
「!?」

 この世界の飛行魔法は≪空間跳躍≫並みの超々高等技術だと、俺が知ったのはだいぶ後だった。

 ◇ ◇ ◇

「すまんなーエイジ……」
「かまくらで待たせている我が部下から狼でもお貸しするべきでしたなぁ」
「謝ることないよ二人とも。エイジ喜んでるから」
「シロさんは黙ってて!」

 的確に深層心理を見抜く白龍さんへ、俺は思い切りがなり立てる。
 声をやたらに張り上げるのは、シロさんが湖畔こはんのキャンピングカーから降りて来ようとしないためだ。車窓に頬杖ほおづえ突いてニヤニヤしてやがる――クリスさんをおんぶして氷の上を行く俺の背中を眺めながら。
 なお、イ=バさんも湖畔で見学だ。彼は重すぎて氷が割れる。

「……ふむぅ。確かにこれに限っては」

 耳元で聞こえるクリスさんの声が、何やら笑みの気配をまとった。
 何ですか? この距離での発声はそれ自体が凶器ですよ?

「白龍公の仰るとおり……こればかりは謝る必要は無いかもしれんなぁ? なぁエイジ……?」
あやしく囁かないでください!」

 俺は必死に喚くしかない。
 ほんとやめて。喜んでるから。泣くほど喜んでるのを表に出さないように一生懸命頑張ってんだから。
 だからそうやって体を動かすな。柔らかいものの存在感を強調するな心臓が破れる。

「はっは! ここまでいい反応をされると楽しくなってしまうなぁ。
 いや何、戦時下の騎士団長などやっているとな、鍛えすぎて体が硬くなるんだ。殿方とのがたの好みなど気にしている余裕が無くて、顔はともかく体の方は自信を失っていたのだが……エイジはこういう肉付きが好みか」
「返答を差し控えるッ」
「何おうー?」
「好きです! お世辞とかじゃなくてスポーティに引き締まった女性が性癖ですっ!
 だからそんなに抱きつかないであああああああ」
「うんうん嬉しい! 嬉しいな!
 思ったより嬉しくて恥ずかしくなったからそろそろ料理にかかろうか。
 エイジ、足元を」
「?」

 言われて、足元に目をやれば――
 ぶ厚い氷のその下に、白い光が見えていた。
 チカチカと点滅し、左右に不規則に揺れている。
 そんな白光に吸い寄せられるように、いくつかの魚影が集まっていた。
 あれは……。

「魔力の光だよ。少し前から灯しておいた」

 目を丸くする俺を面白がるように、クリスさんが教えてくれた。
 あの、さっきも言ったけどあんまり抱きつかないでください。近くで表情を観察しないでください。

「うまくやれば、魚がエサと間違えてくれる。そしてっ」

 ヒュッ! と。
 風が吹いたと思ったときには――クリスさんは湖面に膝を突き、手にした剣を氷に突き入れていた。
 いつの間にか剣を抜いていたことも、俺の背を離れたことさえも、戦いの心得が無い俺には全く気付かせないままに。

「凄い……」
「まだ獲っただけだぞ?」

 思わず拍手する俺に、クリスさんは照れたように笑った。
 剣を左右に振って氷の穴を広げ、引き上げてやると、小ぶりのカツオほどもありそうな魚が胴体を貫かれた姿で現れた。ダイナミックなワカサギ釣りだなあ。

「……みんなには内緒だぞ?」

 と、何やら声を潜めるクリスさん。

「剣をこんなふうに使うとな、『聖煌騎士団の長ともあろうものがー』とかうるさい者もいるんだよ。
 彼らの言い分も理解はできるが……エイジはこういうのを気にする方か?」
「まさか」
「よかった。……さてエイジ」

 と、クリスさんは空いている方の手をこっちに差し出し、

「氷が冷たくて動けない。助けてくれ」
「早く言ってください!」
「お姫様だっこがいい」

 マジかこの人。
 俺は渋々、クリスさんの前に屈み込み――
 足を滑らせ、見事にコケた。

「あ」
「だ、大丈夫かエイジ!? 顔からいったぞ!?」

 大丈夫じゃない。だいぶ痛い。
 ぶつけた額を押さえつつ何とか立ち上がろうとするが、つるつる滑ってうまくいかない。
 ああ畜生。ちょっと腹が立ってきた。オロオロしてくれているクリスさんは全く問題ないとして、キャンピングカーでケラケラ笑っているシロさんが気に入らない。どうしてくれようかあの爬虫類。
 いや、他人に当たるのはよくない。そもそも、普通のスニーカーで氷の上を歩いたのが間違いだったのだ。事前に長靴ながぐつでも創っておけば。
 ……って、長靴!?
 
「そうだ! 最初からクリスさんに長靴創ってあげときゃ何も問題無かったのか!」
「問題は無かったが、面白くもなかった」
「クリスさんこの野郎!」
「わはははははははは!」

 さらに爆笑する白龍を、俺は思いっきり睨みつけてやる。氷の上にあぐらをかきつつ、

「そこの超常生物! 笑ってないで助けに来てください!
 あんたなら簡単でしょ飛べるんだから!」
「こんな細腕ほそうでの乙女に、無理難題を」
「光の巨人と殴り合えそうなビッグボディが何を言う!」
「んーまあ……真面目な話、助けに行けるなら行くんだけどね」
「?」

 奇妙な物言いに、俺とクリスさんは顔を見合わせる。
 助けに来られない? 天下の白龍ズィーガ=マデンツァが?
 どういうことだろう。氷の上を飛べないみたいな弱点があったりするんだろうか。吸血鬼みたいに。

「うーん、どう説明したもんか……見た方が早いか」

 シロさんはしばし何かに悩んでいたが――やがて、ちょっと不安そうにしながら、小さな体を窓から乗り出す。
 そのまま降りるつもりらしいと、俺が悟ったその刹那。

「イ=バちゃん、クリスちゃん、全力防御」
「え」
「………!!」

 同時だった。
 シロさんの足裏が雪を踏むのと、二人の前に光り輝く魔力障壁が出現するのは。
 ――直後。

 ゴウッ!!!

 爆風――そうとしか呼べないものが、大地を揺るがし突き抜ける。
 悲鳴を挙げる余裕も無かった。
 ただただ硬直し、クリスさんが編み上げた魔力障壁越しに見える世界を凝視する。
 雪が吹き飛ぶ。
 土がえぐれる。
 湖面の氷に亀裂が走って、足元が危ういくらいに揺らぐ。
 何だ。
 何なんだ、一体これは。

「足踏み……だな。ただの」

 やがて、風が収まった世界で。
 干上がったように掠れた声で、クリスさんはそんなことを言う。

「足踏み!?」

 愕然と聞き返しながらも、俺は理解できていた。
 言葉通りだ。
 白龍ズィーガ=マデンツァが車窓の高さから跳び下りたことで、あれだけの衝撃が発生した。考えてみれば当たり前だ。あっちは本来、全長百メートルを超える巨体なんだから、質量保存の法則から言って――

「いや、おかしいでしょう!?」

 納得しかけたその結論を、俺は慌てて振り払う。

「車の中で結構動き回ってましたよシロさん! なのにこんなの一度も」
「それはね――」

 ゴウッ!!

 シロさんが何か言いかけるなり、砲弾じみた烈風――シロさんの吐息だろう――が俺とクリスさんをぶっ飛ばした。ぎゃあ。

「痛てぇ……だいぶ痛てえ……」
「……なるほど、理解した」

 悶えながら、クリスさんの震える声を聞く。マジですか教えてください。

「クルマの中のことはわからんが……白龍ズィーガ=マデンツァこうがわずかに動かれるだけで、世界に大きく干渉してしまうということか。
 物理的な作用ではないな。
 魔力だ。
 内に秘めた大きすぎる魔力が漏れ出し、吐息ひとつが破壊魔法並みの現象を引き起こす」
「クリスちゃんご明察ー」
「!」

 またシロさんの声がしたので、全力で身構えたが――今度はそよ風ひとつ立たなかった。
 見れば、シロさんは車内に戻り、窓から首だけのぞかせて「ごめんごめん」と手を合わせている。
 その窓も閉じていないようだが――いったいどういうことなのか。
 あのキャンピングカーに、何か不思議な力でも? 知らないぞ俺は。
 ひたすら首を傾げていると、シロさんが説明してくれた。

「あのねエイジ。
 どーもこの≪猫≫の中では、エイジが望まない変化は起きないみたいなんだ」
「んな……」

 シンプルかつ途方もないことを言われて、俺は立ち尽くすしかない。コケてるけど。

「望まない変化……って」

 それは例えば、砲弾めいた吐息で薙ぎ倒されたり、腕を振って生じた衝撃波で車体もろとも真っ二つにされたりするような現象がキャンセルされているということか。あり得るのかそんなこと。
 シロさんは何やら楽しげに、

「スキルで生み出されたモノゆえの権能けんのうだね。この世界のあらゆる法則に優先する。
 ボクと黒龍ちゃんがこの中で本気で暴れても――地上の全文明を十日で殲滅できるんだけど――ひっかき傷ひとつつけられないだろうなあ。
 凄すぎるよエイジ」
「確かに凄すぎるけど!」

 話のスケールがデカすぎて、どうにもうまく呑み込めない。
 俺が望まない変化が起きない? 何それ怖い。ただのキャンピングカーが持ってていい権能ちからじゃないと思います。

「あ、ちなみにこの力はクルマの構造材にも作用するから。
 ボクのレーザーブレスも効きそうにないなあ。城とか一秒でかしちゃうんだけどな」
「もうただの特異点じゃないですか俺のクルマ!? そんなもん創った覚えありませんよ!」
「胸を張ろう。キミの功績だ」
「怖すぎて張れません!」
「そう言わないでよ」

 言って、窓枠に頬杖を突くシロさんの笑顔は、底抜けに嬉しそうなものだった。
 俺が抱えた混乱も吹き飛ばし、思わず見とれてしまうほどの、輝く笑み。

「エイジがこれ創ってくれたから、ボクはキミたちと話せてるんだよ?
 楽しいんだあ。何百年ぶりかな、地上の民とまともに喋るの」
「……あ」

 その一言に、動揺と畏怖が消えて行くのを自覚する。
 シロさんと仲が良かったという、異界人の話を思い出したのだ。
 その人はきっと、俺と同じような力でシロさんと接触できたのだろう。その人との交流の中で、シロさんは人類が――恐らく魔族も――好きになったのかもしれない。ともに過ごした時間を思い出して涙を流すほどに。
 そんな超常の存在に、再びヒトと触れ合う機会を与えられたのなら。
 誇っていいんじゃないか。
 俺のでっちあげたキャンピングカー、なかなかのもんじゃないか。

「ほーらっ。わかったら帰っておいで自力で」

 ニヤニヤしながら、シロさんがこっちを手招いている。そっちが余計に吹き飛ばしたくせに。
 仕方ねえなぁと――スニーカーをゴム長靴に創り換えつつ――俺は何とか立ち上がり、

 ふと、気づく。

「……クリスさん?」

 傍らの、クリスさんの表情が強張っていた。
 信じられないものを見るように目を見開いて、あらぬ一点を凝視している。
 ひび割れた湖面の一点を。

「?」

 見れば、氷の割れ目に何か――剣のつかのようなものが覗いている。
 さっきの爆風で湖水こすいがかき回されて、水中を漂っていたものが浮かんできたのか。

「そんな……そんな!?」

 クリスさんは声を震わせ、つかの方へと駆けていく。持っていた剣を放り出し、裸足なのも構わずに。何度か転んでも気にも留めずに。
 事情は分からないが、どうも大切なものらしい。
 俺は彼女が進む先の氷を、アクリルのタイルに≪変換≫しようとし――
 それよりもほんの一瞬早く、

「ああっ!?」

 クリスさんが手を伸ばす先で、剣は再び水に沈んだ。

「あ……あああぁ……」

 ぺたり、と、その場に崩れ落ちるクリスさん。
 初めて見る、彼女の憔悴しょうすいしきった背中を、俺はつか呆然と見つめた。
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