幻日~遠い日の夢

森野あとり

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自由と解放

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 父親との関係を断ち切ったわけでは無いが、何かが吹っ切れたことは確かだった。
 一人で生きていくことを決意したハツは、すっかり大人びていった。周囲にもわかるほどに、少女の部分を見せなくなっていた。


「もうあの子も十六なんだねえ」
「そうさなあ」

 佐藤夫婦も、ハツの変わりように「そろそろ嫁入り先を考えてやろうか」――などと、考え始めていた。

「しかしよ、よその娘の前に、うちの源之助だ」

 彦右衛門が難しい顔をして、腕を組んだ。

「もういい加減、戦のことは忘れて、家業に専念すりゃあいいものを、あいつぁ……」

 最近の源之助は、言うことが益々過激になっていて、聞いている方が不安になってしまう程だった。

 明治の初期は、〈自由〉という言葉が新たな意味で使われ出した時代でもある。幕府は崩壊したが、かと言って新政府のやり方にもに不満を持つ人々は多く、彼らは徐々に「自由」や「解放」を口にするようになっていた。
 「国を動かして行くのは、雄藩の武士や公卿ではなく、我々庶民である」――という考えの魁であった。今まさに、庶民による政治活動が産まれようとしていた。
 新政府の中でも様々な思想や権力闘争が入り混じり、それらがまとまりきらないのか、明治二年には新政府軍事の中心にいた大村益次郎が、同じ長州藩士に暗殺されるという事件まで起こっている。
 そして今度は……



「見ろよ、参議の広沢氏が暗殺されただと。帝都東京も危ういもんだぜ。なんでも二十三傷。『喉元の三刺しが致命傷』だとよ。めった刺しじゃねえか。狂ってやがる」

 どこから拾って来たのか、源之助が半月前の横浜毎日新聞を手にしていた。
 このごろ、源之助の話し相手は、もっぱら鉄之助であった。

「結局、新政府と言ってもよ、薩長の雄藩に、得をしたい公卿やお殿様がくっついたってだけの政権だからな。やることにまとまりがねえ」
「そうですよねえ。おまけに新しい御触れはどこか西洋かぶれだし」

 ぶん!――鉄之助の木刀が音を立て、空を切った。

 新政権への不満を論じるのは、いつも道場の隅である。

「おめえら、稽古をしねえなら、出て行け」

 見かねた彦右衛門が入って来た。振り返った源之助が新聞を脇に寄せた。

「しますよ。父上が指南して下さるんでしょう? 今日こそは体術まで稽古しましょう」
「……稽古の後で、鉄ぅ、話がある。後でおめえの部屋に行くからよ」

 言いながら、持ち出したのは居合刀。つまり模擬刀だ。

「いいのかい父上」

 平民の帯刀禁止が前年に出されている。
 幕府時代には帯刀御免だった佐藤家も同じだ。名主ではあるが武士ではない。もう、刀を腰に差すことは赦されなくなった。

「構わんよ。ただの付け焼刃だ。斬れるしろもんじゃねえ。それに今朝は大雨だ」

 早春の雨は冷たい。こんな日の警らは雑なものだった。

「まして鉄は士分だ。堂々と刀を持てる身分ってわけだろ」

 鉄之助に見せたのは、二尺三寸の大刀。
 彦右衛門はその二尺三寸を腰に差し、道場の中央に正座した。
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