波間に漂う泡沫の声

Writer Q

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家族

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 三年前の息子との旅行を思い出すと、また私は絶望を感じ、その絶望から逃れるためにハードな仕事に没頭しようとする。
 この三年間はまさに、俊介の死を掻き消すために費やしたようなものだ。要するにまだ私は、俊介の死から立ち直れないでいる。
 あの旅行の後一ヶ月程経って俊介はこの世を去った。最後までエミは俊介の見舞いに来ないままだったから、結果論としてあの旅行で俊介をエミの家に連れて行ったのは間違いじゃなかった、と私は確信している。
 私は俊介の死を経て、もう家族を持つ勇気がなくなってしまった。誰とも再婚するつもりはない。また子どもを育てるつもりもない。家族とは難し過ぎる、少なくとも私には。
(父ちゃん、家族ってええもんやな)
 俊介の言葉が未だに分からない。
 家族とは一体何であろうか?
 俊介よ、厳密にはエミが私と別れ、お前がこの世を去った段階で、もう私たち家族は崩壊したのだよ。
 私は何もかもを失った。そんな何もない私が、あの懐かしい、私とエミと俊介が一緒に暮らしていた当時を偲んで家族というものを語っても良いものだろうか?
 家族の絆など、あの旅行で見た波間に漂う泡の如く儚いものだったじゃないか。
(なあ、父ちゃん。家族って難儀なもんやな。でも、やっぱりええもんや)
 そう言った。俊介は確かに、あの松原公園の砂浜でそう私に言った。
 敦賀市でエミの新しい暮らしぶりを見て落胆した後でも、俊介は家族という結びつきを信じて疑わなかった。あの時、私からすればエミはもう他人の女だった。だが、俊介からすれば愛する母親だったのだ。
 家族とは、一緒に籍を置き、暮らすという形態を差す言葉ではなく、もっとスピリチュアルなものなのだろうか?
 目を閉じれば、波打つ音が聞こえ、あの晴れ渡った五月の真っ青な海と、横にいる俊介の顔が思い浮かぶ。
 家族とは、一体何であろうか? (了)
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