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第一章 リラクゼーションの男

新社会人

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僕には付き合っている彼女がいる。
高校の同級生の女の子で、学年でもトップ3に入るほどの可愛い自慢の彼女だった。

これは、僕が実際に経験した10年間の物語である。


18歳の春。

高校を卒業した僕達は、大学へ進学せず、僕は地元の食品メーカー、彼女は都内のリラクゼーション店に就職をした。

社会人になったら、今までの高校生活とは違い、毎日顔を合わせることはできなくなるかもしれないけど、それでも2人なら乗り越えていける。そう思っていた。

ー4月ー

入社式を迎え、僕は初めて同期と顔を合わせた。

同期入社は、
地元や隣町の高校から5人。
大学からの就職組が4人。
そして僕の計10人だった。

周りに取り繕うことが苦手だった僕は、同期ともあまり関わりを持たないようにしていた。
それでも、山崎さんと町田さんの2人だけは、そんな僕を気にかけてくれていたみたいだった。

山崎さんは同県の大学出身で年上男子だったが、漫画や音楽の趣味が一緒ですぐに仲良くなった。

町田さんは隣町の高校出身で、肌が白く、いつもニコニコしていて無邪気な性格の女の子だった。

僕の社会人生活は入社と同時に目まぐるしく過ぎていき、早朝から日が暮れるまで毎日がむしゃらに働いていた。

幼い頃に思い描いていた将来像には程遠いけれど、それでも今はこれで良い。そう自分に言い聞かせて、目の前の仕事に取り組んだ。

入社して間もない頃は、彼女とも毎日マメに連絡を取り合って、2人で会う時間も作っていたが、入社して2ヶ月が経つ頃には彼女からの連絡も減っていった。

はじめは仕事で余裕がないのだろう。と思っていたが、1日、2日返信が返ってこないことや電話をかけても繋がらないことも増え、いつしか彼女に疑念を抱くようになっていた。

入社して3ヶ月が経ったそんなある日、同期の町田さんが僕のことを好きになってしまったらしい。という噂が耳に入ってきた。

「マッチーがお前のこと好きらしいぞ。」
とニヤニヤした顔で何人もの同期から言われた。

それからしばらくして、いつも通り会社のタイムカードを切って帰ろうとしていたとき、社内の休憩スペースで町田さんとたまたま会った。
ちょうど町田さんも帰るところだったようで、途中まで一緒に帰ろう。ということになった。

仕事の愚痴やら、学生時代の話やら他愛もない話をしながら駅までの道を歩いていると、もう少しで駅に着くところで町田さんが少し神妙に切り出した。

「彼女とはうまくいってるの?」

僕が答えに迷っていると、町田さんはそのまま続けた。

「彼女いる人にこういうこと言っちゃいけないのはわかってるんだけど、私好きだよ。君のこと。」

急な告白だったが嬉しかった。
僕は寂しかったのかもしれない。
いや、心のどこかで僕も町田さんのことが気になっていたのかもしれない。
なによりもただ町田さんの言葉が嬉しかった。
そして、僕は町田さんを抱きしめてしまっていた。

「彼女と別れないんでしょ?これはもう浮気だ。これ以上は引き返せなくなる。だから君とはここでお別れだね。ありがとう。」

彼女の言葉に僕はハッとした。

彼女は大人だ。
いや、強がりだったのかもしれない。
その真意は僕には分からないが、ただ僕は自分がどうしようもなく情けなく感じた。

それから町田さんは僕の手を解くと、1人で駅に向かって歩き出し、1度だけ振り返って「バイバイ。」と笑顔で手を振って駅の喧騒に溶けて行った。

1人取り残された僕の心が揺れている。
その気持ち悪さに眩暈がした。

それから数日が経ち、町田さんとはそれ以上なにもなかった。

そして、久しぶりに彼女と会うことになった。

彼女が職場近くまで迎えにきてくれるというので、僕は会社から出てすぐのベンチに腰をかけて待っていた。

同期が駅までのバスに乗り込んで行くのが見えた。
その輪の中に町田さんもいた。

「あ。バイバイ。」

あの日のバイバイと同じバイバイだった。
僕は何も言わず手を振り返した。
他の同期も僕に向かって手を振ってくれていた。

バスを見送ったあと、しばらくして彼女がきた。

「おつかれー」

2ヶ月ぶりくらいに会う彼女は、少し痩せたのか大人になったのか、雰囲気が少し変わったように感じた。

なによりも、久しぶりに彼女に会えたことが嬉しくて、僕は歩きながら職場のことや近況を彼女に沢山話した。

すると、彼女が口を開いた。

「ねぇ。その町田って女の子。連絡先知ってるんでしょ? "消して欲しいな。"」

彼女の口から唐突に出た言葉に、
僕は、戸惑いながら聞き返した。

「え?なんで。。?」

しかし、彼女は僕の目を見ずに前を向いたまま続けた。

「なんかやだ。もう連絡できません。ってその町田って子に言ってほしい。できないならやましいことがあるってことだね。」

これが女のカンってやつなのか。と思ったが、僕は不満気に彼女に言い返した。

「なんでよ。そこまでする必要なくない?仕事の連絡とかだってあるし。」

それでも彼女は止まらなかった。

「その子はあなたに興味があって近づいてるんでしょ?なんでそんな鈍感なの?できないなら私たち別れよ。」

"こんなの束縛じゃないか。"
そう思ったが、やましいことがあるという推測は彼女が正しいし、僕の中で彼女が1番大切であることに揺るぎはなかった。

「わかった。わかったよ。メールすれば良いんでしょ。ほら、メールしたよ。」

町田さんにはとても申し訳なく思ったが、自分が全部悪者になればいい。そう思った。

彼女にメール画面を見せようと携帯を渡そうとしたが、彼女は受け取ろうとせず、携帯の画面を確認することもなかった。

これで良かったんだ。と僕は自分に言い聞かせることにした。
そうするしか他なかった。

それから、お腹が空いたので駅のファミレスに入ろう。ということになった。

メニューを選んだ後、彼女は「トイレ行ってくる。」とだけ言い、席を立った。

すると、近くで携帯のバイブ音が鳴った。
彼女の携帯がテーブルの上でバイブ音を響かせていた。

サブ液晶画面には、

「Re:だいすきだよ❤️」
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