龍の錫杖

朝焼け

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第一章

壊された日常【VS害獣 幼生体】

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 その大きさ、千メートルはゆうに越える塔が有る。
その塔は無数の黒と灰色のケーブルと機械装置に隙間なく覆われ静かに鎮座している。
なぜか塔が揺れ動いているように見えるのは、突き抜けるような青空の中で、春一番に煽られる真っ白な雲がそれの背景にある故の錯覚だろう。
その塔の麓には円上に巨大な都市が広がっている。
無骨で洒落毛のないコンクリートが剥き出しの建物が多く都市は全体的に灰色だ。
地味な町並みに飾りを添えるように塔から伸びるケーブル達が町全体を蜘蛛の巣の様に張りめぐっている。
そのはりめぐった何千万というケーブルの一つが行き着く先、街中の人気のある商店街の裏道、薄暗く狭く埃っぽい配管と配線だらけの路地裏の行き止まりで不気味な塊が蠢いている。

 「ハフ……ハァ…………アグゥゥ……ハフ……」
塊に行き止まりで追い詰められ震えている幼い姉妹は、今さっきまで一緒に遊んでいた自分達の父が生々しい音と共に分解されその塊の餌にされる様を見せつけられている。
その塊は姉妹の父だった物の下半分をあらかた食いつくし今度は上半分を食そうと試みる。
ズリズリと死体の向きを変え、鋭く巨大な爪を器用に使い花を摘み取るような動作で肋骨を一つ一つ抜き取っていく。
恐怖に耐え兼ねた姉が妹の手を引き、道の脇から塊の横を走りすり抜けようと試みる。
その瞬間姉妹の目の前で猛烈な打撃音が炸裂する。
「ひぃ!」
轟音で腰が抜け、へたりこむ少女二人の目の前の地面には極太の鞭で叩きつけたような跡が煙を吹いている。
彼女らの目の前に恐竜のようなたくましい尾がふらふらと揺れる。
どうやらその煙を吹く跡はその尾の一撃によって刻まれた物のようだ。
その尾が軽く――あくまでその塊にとってだが――少女らを元の位置まで弾く。
「きゃあっ!」
尾はなおもふらふらと揺れ彼女らの逃亡を防いでいる。
姉妹は今の尾の猛烈な速度と威力の前に逃げる気力も失いただただ咽び泣く。
その様子を気にもかけず塊は黙々と死体の骨を摘み取る。
三分ほど経つと死体の骨は綺麗に取り除かれ、塊はハンバーガーにかぶりつくようにそれに噛みつく。
十秒としないうちに死体は食べ尽くされ、後に残るは脊椎が少し垂れ下がる頭部だけ。
間抜けな表情で固まるその頭部を塊は舐めるように眺め、飽きたのか道の脇にポイと捨てた。
骨の多い頭部はあまり好みでないらしい。
「グルルゥ……」
砂利を踏みにじる音と共にその塊はゆっくりと立ち上がり、いままでうずくまっていて見えづらかったその全身が鮮明になる。
爬虫類のような頭に鋭く生えた五十cmはあろう前に突きだした長い角、白濁し生気のないどんよりした目、その体躯は二.五mはあり皮膚は薄い紅色で筋骨隆々、明らかに体に対して大きすぎる逞しい腕、太い爪、そして恐竜のような逞しい尾。
その恐ろしい獣は目の前で震える少女二人に虚ろな白濁した目を向け、そしてのしりのしりと彼女らに近づく。
恐らく次はこの二人を喰らわんとしているのだろう。
ごくごく自然な流れだ。
獣はその大きな爪をゆっくりと振り上げる。
その巨大な爪に滴る赤い血液がポタポタと恐怖と涙にまみれた姉妹の顔に垂れ落ちる。

涙と血だらけになったそのあどけない顔に容赦なく鋭く重い一撃が叩きつけられ、グチャリと嫌な落下音を鳴らしながら獣の後方に肉の塊が落ちる。
それは姉妹の頭か、腕か。
否、何故か獣のその鋭い爪を備えた右腕が落ちている。
獣の右腕がちぎれて飛んだのだ。
獣は即座に警戒体制に入り助走も無しに数メートル後方に一気に飛び退く。
「畜生! 間に合わなかった……」
獣と少女の間に栗色のウェーブ髪の背の高い女性がいた。
化粧をすれば映えるであろうその顔には無念が滲んでいる。
彼女の足は鉛色で体躯に比べて異様に太い。
その足先には獣の血と思われる青色の液体が滴っている。
信じられないが状況を見るに彼女が少女たちを襲う獣の腕を蹴りあげ吹っ飛ばしたのだろう。
「グルルルゥ……」
獣はその女を白濁した眼で不機嫌そうに睨み付ける。
獣の気持ちを代弁するなら、俺のご機嫌なランチを邪魔しやがって! といったところだろうか。
害獣はイライラした様子で右腕に力を込める、すると生々しく不愉快な音と共に獣の右腕が再生した。
具合を確かめるように出来立ての腕をフラフラと獣は揺らす。
「!!」
女性は驚いた様子で呟く。
「ずいぶんとまあ、たくさん食べてるみたいだね……」
その台詞を言い終わるか終わらないかの瞬間に女性は獣との距離を詰め腰に携えたホルスターからリボルバーを引き出し素早い動作で獣に弾丸を打ち込む。
その弾丸を獣は風が流れるように滑らかにくぐり抜けすかさず女性に強烈な爪の一撃を食らわす。
澄み渡るような金属音が辺りにこだまする。
「!!」
今度驚いたのは獣のほうだ、振り抜いた自慢の爪が刃こぼれを起こしている。
女性の方を見ると膝をあげムエタイのファイティングポーズのような格好で佇んでいる。
そしてその脛には四本の軽い切り傷が煙を吹いている。
どうやら女性のこの鉛色の脚は獣の腕を吹き飛ばすほど力強く、そしてそこらの岩よりも頑強なようだ。
「グルゥ……」
獣は困惑を隠せない、この体を手に入れて二十日余り、この爪で切断出来ないものはなかった。
かつては壊れることがないと思っていた高いコンクリートの壁も、そびえ立つ電柱も切り刻めた。
いままでは防戦一方だったクソ人間どもも一方的になぶり殺せた、なのになんだこいつは!
獣が考え事をしている間に爪の刃こぼれがバキバキと乾いた音をたてながら回復していく、その再生力が獣にまた自信を吹き込む。
そうだ、俺は無敵なんだ! と。
獣は再度、爪を敵に向かい二度三度降り下ろす。
女性はその健脚で打ち込まれる爪をいなし、ガードする。
何度も攻撃をしていくうちに徐々に獣は前進し女性は少しずつ後退させられる。
強烈な体重差がじわじわと彼女を追い詰める。
「ジシャアアッ!」
さあ!これで止めだ、やっぱり俺は無敵なんだ!と言わんばかりに獣は声高く叫び思い切り大きく振りかぶった一撃を女性に打ち込もうとする。
「隙だらけよ!」
その大振りの一撃を女性は見逃さない。
二発の乾いた銃声が響く。
「グギャアァ!」
今度は獣の眼球に弾丸が命中した。
さっきまでの彼なら難なくかわせていたのだろうがこの体になり二十日余り、初めての強敵との戦いに焦りが生まれたのだろう。
「ハァッ!」
眼球を潰された獣に女性の蹴りが鈍く生々しい打撃音と共に三発叩き込まれる。
「アギャァア!」
内蔵を破壊され左腕を弾き飛ばされ両の足をへし折られた獣は苦悶の声を上げ、自らの青い血液と少女らの父の赤い血液でぐしゃぐしゃになった地面を転げ回る。
余りにも転げ回るので周りの配線や配管にも飛び散り辺りは鮮やかに染まっていく。
姉妹は叫び声をあげることすら忘れガタガタと震えながらその様を見つめている。
しばらく彼女はその様子を眺めていたが意を決したように獣に近づき一言呟く。
「ごめんね……」
ゆっくりと足を上げ彼女は獣の胸を狙い済まして蹴り潰す。
獣は一層苦痛のました叫び声をあげ、再生しかけていた両足をピクピクと痙攣させ、やがて動かなくなった。
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