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第一章
不審な訪問者
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「うん、こっちは終わったよ。そっちは終わった?」
女性は頬に付いた青い返り血を拭いながらトランシーバーで会話している。
「わかった15分位ね、待ってる。」
会話を終えた女性はトランシーバーを切り赤と青の血みどろになった路地裏の行き止まりで弱々しく震える二人の少女に手をさしのべる。
「大丈夫だった?とりあえずここから出ましょう?」
とても優しい声で少女らに彼女は語りかける。
「パパが…………パパを……病院につれていって……下さい……お願いします……」
姉が泣く妹を抱き締めながら潤んだ瞳を女性に向け嘆願する。
一瞬、女性は表情が強ばる。
この娘は父がまだ病院にさえ行けば助かると思い込んでいる。
平穏な日常に唐突に滑り込んできた死というものをまだ理解できていないのだ。
女性はその救いの無い姿につられて涙を流しそうになる。
だがすぐに元の柔らかな表情を取り繕う。姉妹をこれ以上追い詰めることを彼女はしたくない。
「分かってる、直ぐに連れていくよ」
彼女は姉妹らを目一杯に抱きしめたあと二人同時に抱き抱える。
そして三人は路地裏に残る二つの死体を出来るだけ見ないようにしながらその場を後にした。
コンクリート地が剥き出しのビルが並ぶそれなりに人気のある商店街の路地で野次馬に囲まれながら女性は駆けつけた救護部隊に姉妹を引き渡し、深い、深いため息をつく。
強烈な無力感に苛まれながら先程の連絡の相手を待つ。
ふと電線と蒸気パイプが張り巡らされた空を眺めると照りつけていた太陽に灰色の雲がかかっている。これで気温が四十℃くらいにまで下がってくれることを祈りながらボーっと待っていると張りのある威勢の良い声が彼女の名前を呼ぶ。
「おーい、桜ぁ! 大丈夫だったか!!」
大きなククリナイフを持つサングラスをかけた柄の悪い暴走族のような男が彼女に近づく。彼の衣服や武器には青い返り血がついている。
桜は沈痛な面持ちで俯きながら言う。
「駄目だった… 親が殺された……」
「そうか、まぁあの状況じゃあ間に合わねぇよな」
「うん……」
「気にすんな、お前のせいじゃねぇよ!」
「でも……」
ヤンキーは桜の頭を軽くひっぱたく。
「いたぁっ! 何すんの! 猛!」
カラカラと笑いながら猛と呼ばれた男性は言う。
「つまりお前のお陰で子供2人助かったってわけだ、くよくよしてんじゃねぇ」
「そうだけどさ……」
頭を擦りながら桜は猛に語りかける。
「そっちは怪我なかった?」
「あぁ、成体だったから時間はかかったが、ジェラルドのオッサンはいつも通りノーダメージでピンピンしてるよ、途中でお前が離脱しなけりゃさっさと片付いたんだろうが、まぁそれは仕方ねぇ」
どうやら桜は三人で別の獣と戦っている途中に抜け出してこの現場に急行してきたようだ。
「最近多いね、複数の害獣が一辺にでてくることがさ」
猛の表情が固まる。
「あぁそうだな、明らかに近年害獣の数が増えてる」
「どうしちゃったのかな……この街……」
桜は不安げな表情で猛に語りかける。
「俺にはわかんねぇよ、だが神出鬼没の奴等と戦えるのは今、俺らしかいねぇんだ、やれるだけやるしかねぇ」
「もう青鬼も赤鬼も、出てきてはくれないしね……」
桜は数年前に消えたある男達の事を思い出す、強大な害獣の前にのみ現れ打ち倒し、討伐報酬も受け取らずに去っていく、鬼と呼ばれたこの都市の英雄だった男達の事を。
「あいつらも二十年以上戦い続けたんだ、もう年齢的にも限界なんだろうよ」
「もう……私たちが代わりをやるしか、無いんだよね…………」
「その通りだ……俺達であの二人の分も皆の生活を守らなきゃいけねぇ」
二人の間に沈黙が流れる、自身に与えられた役割とその重大さに気が重くなる。
その沈黙を振り払うように猛が言う。
「現場に連れてってくれ……オッサンと管理局の姉御から指令府に提出するサンプルの採取を頼まれてる」
「うん、わかった……」
先ほど桜と害獣が戦った現場を猛が見渡す。
強烈な猛暑のせいで赤と青の血のペイントは乾燥しこびりつき、辺りは出来の悪いアート作品のような様相を呈している。
姉妹らの父の残骸には目もくれず猛は害獣の死体に近づく。
「幼体だな……寄生されて二十日位ってところか?」
薄緑色の液体が満たされた筒状のガラスケースの蓋を開けながら猛は言う。
「うん、そんなところだと思う……でもそのわりには栄養を蓄えてた感じだった……再生も異常に速かったし……」
「よっぽど俺らの知らんところでも人食ってたんだろうな、それ!」
猛は桜の開けた害獣の胸の穴に手を突っ込みなにかを探すようにまさぐる。
「お、いたいた!」
生々しい水音と血管の引きちぎれる音と共に何かをその中から引きずり出す。
引き抜かれた猛の手に捕まれていたのはボロボロになった動物の死骸。
「犬……ね……」
桜は呟く。
だが、彼女が犬といったその動物を見てみると異様に筋肉質で爪は大きく眼は白濁し小さな角が生え、背中に妙な腫瘍が張り付いている。
だがそんな事は微塵も気にせず猛はその犬のような妙な生き物をガラスケースに突っ込む。
「よし! 採取完了だ」
「後は清掃してもらうだけだね」
「おう桜、お前もう帰っていいぞ、後の手続きはオッサンと俺がやっとくからよ」
「え……いいの?」
「いいさ、一人で走り回って戦ったお前が一番疲れてるだろうし、それに明らかに落ち込みフェイスしてるぜ? 帰って飯くって風呂入って昼寝でもしな」
しまった、そんなひどい顔をしていたか、そう思い桜は表情を直し猛に言う。
「ありがとう、まだまだだね、私も」
「そんなことねぇさ、まぁ後は任しとけ」
歩いて自宅まで3㎞、たいした距離でもないし歩いて帰ろう。
帰ったらお風呂に入って顔に付いた青い血も髪に絡み付いた乾いた砂も胸にこびりついた後味の悪いこの悲しさも全て洗い流してしまおう。
猛の気遣いに感謝しながら桜は帰路につく。
地味な巨大高層団地の隙間を縫うよう建てられた商用ビル、小規模アパート、個人商店、スーパー、都市の限られたスペースを無駄遣いすることなく隙間なくみっちりと建造物が並び立つ。隙間らしい隙間と言えば電気駆動の巨大輸送バスがひっきりなしに通る、巨大な都市道位だ。桜の家はこのエリアにある二階建ての小さな一軒家だ。
このご時世、小さいとはいえ一軒家を借りることが出来るのは一握りだが彼女の収入を考えればそう無理のあることでもない。
この都市に住む男性の平均的な年収は大体300万円を越えればいいところだが彼女の年収は800万円を超える。
七割は労働安全管理局害獣討伐チーム第十四班の一員として、もう三割は自宅でほそぼそと経営している蓄電生体設備の修理屋としてだ。
「やっと着いた、思ったより時間かかっちゃったな」
桜は独り言を呟く、自宅が見えてきて気が緩む。
「おぃ、桜ちゃん!!」
「わぁっ! ビックリした!」
桜に話しかけたのは彼女の修理屋の客、近所に住む老人だ。
「あぁ、おじいちゃん……ゴメンね、今日やってないのよ、修理屋……」
「わかっとるわ! 定休日位把握しとる、それより気を付けぇよ、あんたの店の前に怪しい男が座り込んどるんじゃ!」
「ハイぃ?」
間の抜けた声で桜は答える、状況がつかめない。
「ほら、店のシャッターの前、あのでかい男、知り合いか?」
男は手に持っていた杖で桜の自宅を指す。
その杖先、閉めてある店舗用のシャッターの前に青いローブを身につけた男が俯き、だらしなく脚を放り出し座っている。遠くからでも異様な雰囲気を放っている。
「え、私も知らない! 誰あれ? 何あの人?」
「わしもあんな奴見たことないわ」
「どうしよう……」
老人が先人を切り桜が後ろをおどおどとついていく。
桜は老人の肩をガッチリと掴んでいる。
「何でワシが前なんじゃ! あんたの方が強いじゃろ!」
「だって怒鳴られたら怖いじゃん! おじいちゃんもまだかろうじて男なんだから女の子を怖い目に会わせちゃダメだよ!」
「かろうじてとはなんじゃあ! まだまだワシは現役じゃ! いつも夜な夜な婆さんをヒイヒイ言わせてい……」
「聞きたくなかったよ! 生々しいよ! 要らなかったよその情報!」
ギャアギャア喚きながらその怪しい男にジリジリと忍び寄る、男はその騒々しさにピクリとも反応しない。
「おい、こいつおかしいぞ、こっちを見ようともせん」
「寝てるのかな? 酔っ払い? もしもーし、そこ私の家なんですけどー」
老人が恐る恐る杖で男を小突く。
ドサリとバランスを崩して男は倒れる。
「え、し、死んどるのか?」
「ヤバいじゃん!」
桜は男にびびりながらも近寄り呼吸を確かめる。
「いや、よかった! 生きてるよ!」
「酔っ払いか? 迷惑な奴だな!」
老人は相手が気を失っている事がわかり強気になる。
「一応介抱してあげようか?」
「ほっとけ、桜ちゃん! 人ん家のシャッターの前で酔っぱらって寝ちまう奴なんてろくな奴じゃないぞ!」
「いや、そりゃそうだけどさ、この季節だし、ほっといたら脱水症状で死んじゃうよ! 目が覚めて歩けるようになるまでは涼しいところに入れといてあげよう」
さっきまでビビっていた相手を今度は介抱してやるというその人の良さに老人はあきれ返る。
「あんたはいっつもそうじゃな、ほっときゃエエのに……まぁあんたがそういうなら家に運び込むことくらいは手伝うぞ……あんたに変なこと出来る男なんぞそうそういないだろうしな……」
「ありがとう!」
桜は家のシャッターを開け老人と共にその男を自身の店に運び込もうとする。その男の見た目からは予想できない重さに二人は持ち上げるのに苦戦していたがなんとかシャッターの内側に男を放り込み、そしてガラガラとシャッターを閉めて建物の中に三人は姿を消した。
その直後、曇りかけていた空がまた輝きを取り戻し、閉じたシャッターに容赦なく照り付けた。
この時、桜は何の気なしに助けた男がこれから先、過酷な戦いを共に切り抜けていく仲間の一人となることをまだ知らない。
この男が歴史の表舞台に現れたこの時、この都市に潜む強大な暴力が、邪な野望が、狂気の陰謀が、想像を絶する脅威が、それぞれ一斉に動き出していた。
女性は頬に付いた青い返り血を拭いながらトランシーバーで会話している。
「わかった15分位ね、待ってる。」
会話を終えた女性はトランシーバーを切り赤と青の血みどろになった路地裏の行き止まりで弱々しく震える二人の少女に手をさしのべる。
「大丈夫だった?とりあえずここから出ましょう?」
とても優しい声で少女らに彼女は語りかける。
「パパが…………パパを……病院につれていって……下さい……お願いします……」
姉が泣く妹を抱き締めながら潤んだ瞳を女性に向け嘆願する。
一瞬、女性は表情が強ばる。
この娘は父がまだ病院にさえ行けば助かると思い込んでいる。
平穏な日常に唐突に滑り込んできた死というものをまだ理解できていないのだ。
女性はその救いの無い姿につられて涙を流しそうになる。
だがすぐに元の柔らかな表情を取り繕う。姉妹をこれ以上追い詰めることを彼女はしたくない。
「分かってる、直ぐに連れていくよ」
彼女は姉妹らを目一杯に抱きしめたあと二人同時に抱き抱える。
そして三人は路地裏に残る二つの死体を出来るだけ見ないようにしながらその場を後にした。
コンクリート地が剥き出しのビルが並ぶそれなりに人気のある商店街の路地で野次馬に囲まれながら女性は駆けつけた救護部隊に姉妹を引き渡し、深い、深いため息をつく。
強烈な無力感に苛まれながら先程の連絡の相手を待つ。
ふと電線と蒸気パイプが張り巡らされた空を眺めると照りつけていた太陽に灰色の雲がかかっている。これで気温が四十℃くらいにまで下がってくれることを祈りながらボーっと待っていると張りのある威勢の良い声が彼女の名前を呼ぶ。
「おーい、桜ぁ! 大丈夫だったか!!」
大きなククリナイフを持つサングラスをかけた柄の悪い暴走族のような男が彼女に近づく。彼の衣服や武器には青い返り血がついている。
桜は沈痛な面持ちで俯きながら言う。
「駄目だった… 親が殺された……」
「そうか、まぁあの状況じゃあ間に合わねぇよな」
「うん……」
「気にすんな、お前のせいじゃねぇよ!」
「でも……」
ヤンキーは桜の頭を軽くひっぱたく。
「いたぁっ! 何すんの! 猛!」
カラカラと笑いながら猛と呼ばれた男性は言う。
「つまりお前のお陰で子供2人助かったってわけだ、くよくよしてんじゃねぇ」
「そうだけどさ……」
頭を擦りながら桜は猛に語りかける。
「そっちは怪我なかった?」
「あぁ、成体だったから時間はかかったが、ジェラルドのオッサンはいつも通りノーダメージでピンピンしてるよ、途中でお前が離脱しなけりゃさっさと片付いたんだろうが、まぁそれは仕方ねぇ」
どうやら桜は三人で別の獣と戦っている途中に抜け出してこの現場に急行してきたようだ。
「最近多いね、複数の害獣が一辺にでてくることがさ」
猛の表情が固まる。
「あぁそうだな、明らかに近年害獣の数が増えてる」
「どうしちゃったのかな……この街……」
桜は不安げな表情で猛に語りかける。
「俺にはわかんねぇよ、だが神出鬼没の奴等と戦えるのは今、俺らしかいねぇんだ、やれるだけやるしかねぇ」
「もう青鬼も赤鬼も、出てきてはくれないしね……」
桜は数年前に消えたある男達の事を思い出す、強大な害獣の前にのみ現れ打ち倒し、討伐報酬も受け取らずに去っていく、鬼と呼ばれたこの都市の英雄だった男達の事を。
「あいつらも二十年以上戦い続けたんだ、もう年齢的にも限界なんだろうよ」
「もう……私たちが代わりをやるしか、無いんだよね…………」
「その通りだ……俺達であの二人の分も皆の生活を守らなきゃいけねぇ」
二人の間に沈黙が流れる、自身に与えられた役割とその重大さに気が重くなる。
その沈黙を振り払うように猛が言う。
「現場に連れてってくれ……オッサンと管理局の姉御から指令府に提出するサンプルの採取を頼まれてる」
「うん、わかった……」
先ほど桜と害獣が戦った現場を猛が見渡す。
強烈な猛暑のせいで赤と青の血のペイントは乾燥しこびりつき、辺りは出来の悪いアート作品のような様相を呈している。
姉妹らの父の残骸には目もくれず猛は害獣の死体に近づく。
「幼体だな……寄生されて二十日位ってところか?」
薄緑色の液体が満たされた筒状のガラスケースの蓋を開けながら猛は言う。
「うん、そんなところだと思う……でもそのわりには栄養を蓄えてた感じだった……再生も異常に速かったし……」
「よっぽど俺らの知らんところでも人食ってたんだろうな、それ!」
猛は桜の開けた害獣の胸の穴に手を突っ込みなにかを探すようにまさぐる。
「お、いたいた!」
生々しい水音と血管の引きちぎれる音と共に何かをその中から引きずり出す。
引き抜かれた猛の手に捕まれていたのはボロボロになった動物の死骸。
「犬……ね……」
桜は呟く。
だが、彼女が犬といったその動物を見てみると異様に筋肉質で爪は大きく眼は白濁し小さな角が生え、背中に妙な腫瘍が張り付いている。
だがそんな事は微塵も気にせず猛はその犬のような妙な生き物をガラスケースに突っ込む。
「よし! 採取完了だ」
「後は清掃してもらうだけだね」
「おう桜、お前もう帰っていいぞ、後の手続きはオッサンと俺がやっとくからよ」
「え……いいの?」
「いいさ、一人で走り回って戦ったお前が一番疲れてるだろうし、それに明らかに落ち込みフェイスしてるぜ? 帰って飯くって風呂入って昼寝でもしな」
しまった、そんなひどい顔をしていたか、そう思い桜は表情を直し猛に言う。
「ありがとう、まだまだだね、私も」
「そんなことねぇさ、まぁ後は任しとけ」
歩いて自宅まで3㎞、たいした距離でもないし歩いて帰ろう。
帰ったらお風呂に入って顔に付いた青い血も髪に絡み付いた乾いた砂も胸にこびりついた後味の悪いこの悲しさも全て洗い流してしまおう。
猛の気遣いに感謝しながら桜は帰路につく。
地味な巨大高層団地の隙間を縫うよう建てられた商用ビル、小規模アパート、個人商店、スーパー、都市の限られたスペースを無駄遣いすることなく隙間なくみっちりと建造物が並び立つ。隙間らしい隙間と言えば電気駆動の巨大輸送バスがひっきりなしに通る、巨大な都市道位だ。桜の家はこのエリアにある二階建ての小さな一軒家だ。
このご時世、小さいとはいえ一軒家を借りることが出来るのは一握りだが彼女の収入を考えればそう無理のあることでもない。
この都市に住む男性の平均的な年収は大体300万円を越えればいいところだが彼女の年収は800万円を超える。
七割は労働安全管理局害獣討伐チーム第十四班の一員として、もう三割は自宅でほそぼそと経営している蓄電生体設備の修理屋としてだ。
「やっと着いた、思ったより時間かかっちゃったな」
桜は独り言を呟く、自宅が見えてきて気が緩む。
「おぃ、桜ちゃん!!」
「わぁっ! ビックリした!」
桜に話しかけたのは彼女の修理屋の客、近所に住む老人だ。
「あぁ、おじいちゃん……ゴメンね、今日やってないのよ、修理屋……」
「わかっとるわ! 定休日位把握しとる、それより気を付けぇよ、あんたの店の前に怪しい男が座り込んどるんじゃ!」
「ハイぃ?」
間の抜けた声で桜は答える、状況がつかめない。
「ほら、店のシャッターの前、あのでかい男、知り合いか?」
男は手に持っていた杖で桜の自宅を指す。
その杖先、閉めてある店舗用のシャッターの前に青いローブを身につけた男が俯き、だらしなく脚を放り出し座っている。遠くからでも異様な雰囲気を放っている。
「え、私も知らない! 誰あれ? 何あの人?」
「わしもあんな奴見たことないわ」
「どうしよう……」
老人が先人を切り桜が後ろをおどおどとついていく。
桜は老人の肩をガッチリと掴んでいる。
「何でワシが前なんじゃ! あんたの方が強いじゃろ!」
「だって怒鳴られたら怖いじゃん! おじいちゃんもまだかろうじて男なんだから女の子を怖い目に会わせちゃダメだよ!」
「かろうじてとはなんじゃあ! まだまだワシは現役じゃ! いつも夜な夜な婆さんをヒイヒイ言わせてい……」
「聞きたくなかったよ! 生々しいよ! 要らなかったよその情報!」
ギャアギャア喚きながらその怪しい男にジリジリと忍び寄る、男はその騒々しさにピクリとも反応しない。
「おい、こいつおかしいぞ、こっちを見ようともせん」
「寝てるのかな? 酔っ払い? もしもーし、そこ私の家なんですけどー」
老人が恐る恐る杖で男を小突く。
ドサリとバランスを崩して男は倒れる。
「え、し、死んどるのか?」
「ヤバいじゃん!」
桜は男にびびりながらも近寄り呼吸を確かめる。
「いや、よかった! 生きてるよ!」
「酔っ払いか? 迷惑な奴だな!」
老人は相手が気を失っている事がわかり強気になる。
「一応介抱してあげようか?」
「ほっとけ、桜ちゃん! 人ん家のシャッターの前で酔っぱらって寝ちまう奴なんてろくな奴じゃないぞ!」
「いや、そりゃそうだけどさ、この季節だし、ほっといたら脱水症状で死んじゃうよ! 目が覚めて歩けるようになるまでは涼しいところに入れといてあげよう」
さっきまでビビっていた相手を今度は介抱してやるというその人の良さに老人はあきれ返る。
「あんたはいっつもそうじゃな、ほっときゃエエのに……まぁあんたがそういうなら家に運び込むことくらいは手伝うぞ……あんたに変なこと出来る男なんぞそうそういないだろうしな……」
「ありがとう!」
桜は家のシャッターを開け老人と共にその男を自身の店に運び込もうとする。その男の見た目からは予想できない重さに二人は持ち上げるのに苦戦していたがなんとかシャッターの内側に男を放り込み、そしてガラガラとシャッターを閉めて建物の中に三人は姿を消した。
その直後、曇りかけていた空がまた輝きを取り戻し、閉じたシャッターに容赦なく照り付けた。
この時、桜は何の気なしに助けた男がこれから先、過酷な戦いを共に切り抜けていく仲間の一人となることをまだ知らない。
この男が歴史の表舞台に現れたこの時、この都市に潜む強大な暴力が、邪な野望が、狂気の陰謀が、想像を絶する脅威が、それぞれ一斉に動き出していた。
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