龍の錫杖

朝焼け

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第一章

B区画bエリア7クロック3-809-403

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2020年7月東京

「本日未明、富士山に墜落した巨大隕石の調査のために政府は専門家による調査チームを……」
夜のニュースを見ながら、ラフな格好をしたその男はテーブルに運ばれた夕食を口に運び始める、今日のメニューは炊きたての白米と味噌汁、サラダと漬物、脂ののった鯖の塩焼き、鯖は焼きたてなのか皮の端でまだ脂がジュウジュウとはぜている。
「こら! いただきますは?」
温和そうな黒髪の女性が笑いながら男の頭を軽くはたく。
「あぁ、すまんすまん、いただきます」
男は素直に箸をおき、食事に一礼する。
「九山さん、何考え事してたの?」
味噌汁をすすりながら女性は夫である男に質問をする。
「このニュースでやってる調査チームに明日、参加することになってな。君のお父さんに頼まれたんだ」
「そうなんだ、じゃあまたしばらく忙しいの?」
「そうだな、それなりに大事だし大変な仕事になる、帰ってこれないことも多くなるだろう」
「そっかー、さみしいなー」
「美樹……いつもいつもすまないな」
申し訳無さそうに九山は自分の妻に謝罪をする。
「ごめんごめん、冗談よ! 継花と一緒だから大丈夫、ね!」
女性は隣に座る少女に語りかける。
「お父さんまた帰ってこなくなるの?」
少女は九山にムスッとした顔で質問する。
「あぁでも少しだけさ」
少女は寂しげに言う。
「またお父さんと遊べなくなるの?」
「ちょっとの間だけさ、終わったら沢山遊ぼうな」
「うん……」
九山は俯く娘の頭を優しく撫でた。
そのふわふわとした髪の毛からシャンプーの香りがふわりと仄かに舞う。

 食事を終え寝床に就いた九山はクーラーの電源を入れる。
最近は熱帯夜が続き36度を超えるのでクーラー無しでは寝れない。
静かな機械音と共に涼しくなっていく暗い部屋のなかでまぶたを閉じながら九山は先ほどの娘の顔を思いだし少しだけ心苦しい思いにとらわれる。
確かに自分は世の中の平均に比べると娘に接する時間はいささか少ないように思える、それに忙しさにかまけて妻に家事育児を任せすぎなようにも感じる。
にもかかわらずいつも妻と娘は満面の笑顔で帰宅する自分を迎えてくれるのだ。
そんな家族に自分は彼女らに十分に報いることが出来ているのだろうかと疑問に思う。
この仕事が一段落ついたら貯まっている有給を使おう、嫁と娘を連れて旅行にでも行こう、そこで沢山娘と遊んであげよう、嫁の行きたかった所に連れていってあげよう、日頃の感謝を伝えよう、そんな事を考えながら九山は眠りに就いた。

 夢の中だろうか、ふわふわとした霧のなかにいるような感覚、そこでおぼろげな影が語りかけてくる。ひどい頭痛がする。
「ここなら……君もきっと……わ…………にはされないだろう……の……がりとは……そういうものだ…………世界が……るその時迄……せめて…………安らかに暮らしてくれ……今まで世話になった……クザン…………」

むき出しのコンクリートの天井には三本の蛍光灯が備えつけられている。
1つは完全に切れている、1つは不安定にちらついている、まともに点灯しているのは1つだけだ……蛍光灯?
その男、クザンはベッドから飛び起きる、俺はどこで寝てしまったんだ? 家の電気は全てLEDのはず、家にこんな裸の蛍光灯を付けた部屋などないぞ?
軽いパニックに陥りつつ辺りを見回す。
「なんだこの部屋……」
むき出しのコンクリートの壁、ちらついた蛍光灯、自分が寝ているのは色気のひとつもないパイプ造りのベッド、ガラスケースに入った謎の液体、見慣れない道具、頑強そうなガラス棚には複数のモデルガンが置かれている。それに自身は全く身に覚えのない青いローブのような服を着ている。
おかれた時計をみると15時10分、外は明るい。
遅刻? それよりもここは何処だ?クザンが混乱していると風呂上がりの様子の背の高い女性が栗色の髪を拭き上げながら部屋に入ってきた、桜だ。
ショートパンツから覗く彼女の作り物の様に白く長い脚が窓から照らす光を弾いて眠りから覚めたばかりのクザンの目を眩ませる。
「あ、起きたんだ、大丈夫?」
桜はクザンに話しかける。
「…………」
「もしもしぃ? なんとかいったらどうなのよ?」
クザンの耳に彼女の言葉は入らない。
昨日自分が何をしていたか必死に思い返す。
だが何をどう思い出しても自宅で夕飯をとり眠りに就いたのが最後の記憶だ。たまらずクザンは桜に問いかける。
「ここは何処なんだ? 君は……一体誰だ?」
桜は心底呆れたように問い返す。
「あなたねぇ……人の家の前で酔いつぶれてぶっ倒れて、介抱までしてもらっておいてその言い草は何よ?」
「いや、俺は酒は飲まな……」
クザンは言いかけたあと事態を1割ほどだが理解し桜に礼を言う。
「……どうやら……なにも覚えていないが助けてもらったようだな……ありがとう」
「よろしい、はいこれ」
桜は言った後彼に氷の入った水を差し出す。
「すまん」
クザンは自信が異様に喉が乾いていることに今さら気づきそれを飲み干した。
「起き上がれる?」
「あぁ、大丈……痛っ!」
酷い頭痛がクザンを襲う、なんだ、本当に俺は酒でも飲んでつぶれてしまったのかと自分を疑う。
「あぁっ、ごめんごめんっ! 落ち着くまで寝てなさいよ」
「すまん……迷惑をかける……」
「別にいいわ、歩けるようになるまでは休んでていいから」
ここでクザンはもう一度先程の質問を彼女にぶつける。
「ここは何処なんだ?」
「自分が酔いつぶれた場所位覚えてなさいよ情けない、B区画bエリア7クロック3-809-403よ、貴方は近くにすんでる人? 見たことないけど」
「は?」
「B区画bエリア7クロック3-809-403よ!」
クザンは困惑しながら聞き返す。
「すまん、君が何をいっているのか俺にはさっぱり……」
桜は再度呆れた顔をする。
「住所よ住所、これでわかんないんなら何もわかんないよ?」
「住所? じゃあ、ここは何県の何市なのかをまず教えてくれないか?」
「何県何市って……そんな古臭い事いちいち記憶してないわよ、ヤマナシかシズオカのどっちかじゃない?というよりそれで言えばわかるの? 貴方は?」
何を言っているんだこの女性は、とクザンは思う。
恐ろしく地味な部屋だし女性らしからぬリアルなモデルガンを飾っているし実はおかしい人なのか?
クザンは色々考えながらふとモデルガンの入ったガラスケースにもう一度目を向ける、そこに写った自分の姿を見て彼は一つおかしな事に気づいた。
「…………!?」
「オーイ、なんとか言ってー」
サクラは困惑した様子で固まるクザンの返答を促す。
「髪が……伸びている……」
「え、何?」
「何故だ?……まさか記憶喪失? 何なんだ一体?」
「何ぶつぶつ言ってるのっ!? 怖いよ!」
クザンは今頭の中にある少なすぎる情報をまとめ上げ、一つの予想を打ち立てた。何かの事故で頭を打ち、何ヵ月分かの記憶を失い彼女の家の前に倒れた……そうだ!これなら説明が付く!
そして彼女に疑問を解消するための質問をする。
「質問ばかりですまない……今は何年の何月だったか?」
桜は疑問に答える。
「2073年4月、ついでに言うと新元号で復興48年」
「何?」
「2073年4月、復興48年」
「世話になった身で申し訳ないんだが真面目に答えてくれないか?」
クザンは苛立ちを隠せない。
だが桜はその苛立ちに気づきながらこう言うしかない。
彼女は彼に真剣さが伝わるようにもう一度声を大きくして言う。
「ふざけてないよ! 真面目に答えてるってば! 今は間違いなく2073年!」
彼女のその言葉を聞くや否やクザンはベッドから飛び起きる。
おそらく出口であろう扉を見つけ外に飛び出した。
「ちょっ! 大丈夫なの!?」
桜の言葉はまだ彼の耳には入らない、いまクザンは自身の目に入る外の風景の情報を処理するので精一杯だ。

コンクリート造りの巨大で地味な住宅群、頭の上にはパイプやケーブルが蜘蛛の巣のように張りめぐっている、街の細かいところまで目を見やる、電柱と思われる幾つも立つ柱の上には全て角の着いた不細工な黄色い蛙のような生き物が引っ付いて呻いている。
建物のコンクリートの壁から藤色の触手が飛び出しのたうっている。
その黄色と藤色、そしてケーブルの隙間から見える大空の綺麗な青と入道雲の白が地味な灰色の町に彩りを添えている。
そして一番目を引くのは建物の隙間から遠くに見える、スカイツリーの倍はあろうかというコードと機械に覆われた倒れかけの不気味で巨大な塔。
クザンは混乱する頭で1つだけ理解する。
いま自分は何処か遠くの別世界、恐らくは未来に来ている……。
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