龍の錫杖

朝焼け

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第一章

噴水広場の死闘 【vsスプリングストーム-1】

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害獣は騒ぐ周りを微塵も気にせず今踏みつけて殺した男の太く逞しい右腕を引きちぎる。
そしてそれを自らの頭の上に掲げあんぐりと大きな口を開ける。
まるで人が茹でたての蟹の足を食べるような動作だ。
そこにつむじ風の様に桜は切り込み害獣の懐に飛び込む、間髪入れず豪快な飛び後ろ回し蹴りを害獣に叩き込んだ。

周りの空気を振動させるほどの轟音と共に大きな水と血の飛沫が上がる、害獣は弾き飛ばされせっかく食べようとしていた右腕を取り落とす。
「ヴゥゥ?」
しかし害獣は今の素早い奇襲にしっかり反応し腕の甲殻でしっかりとガードをしていた。
何だ一体?とでも言うように唸りながら首を捻っている。
「!!」
反応しやがった! 桜はショックを受ける。
完璧な踏み込みとタイミングで彼女は奇襲をかけた。今まで彼女が戦ってきた奴等だったらまず反応出来なかったしダメージを与えていた筈だ。
「グルルゥゥ」
害獣は唸り声を上げながら彼女を見つめる。
今俺をぶっ飛ばしたのはこいつか? とでも考えているのだろう。
だがその考えを巡らすほんの一瞬で桜は素早い動きで再度、害獣の懐に飛び込み今度は足払いを敢行する。
およそ人の蹴りが出す音とは思えない豪快な音をあげ桜の足払いは空を切る。
害獣は4メートルもの大ジャンプをしてその足払いをかわす。
「バカね!」
乾いた二発の銃声が噴水広場に響く。
桜がリボルバーを害獣の眼球目掛けて撃ち放ったのだ。
桜はこれで勝敗が決まったと考える。
これが自身の必勝パターンだったからだ。
敵に自身の蹴りの驚異を覚えさせ、蹴りの回避に神経を集中させたその瞬間、拳銃で眼球を撃ち抜き敵の視界を奪い改めて蹴りで止めを指す。
今回もうまく行ったと彼女は思った、空中で視界を奪われたパニックで害獣は転倒するだろう、そこで急所を蹴り潰す!
だが今回はそう思い通りにはならない。
空中で害獣は見事に姿勢を立て直し地面にいる桜にその硬い上腕を叩きつける。
「危なっ……!」
大きな音と共に噴水広場の石畳がクッキーの様に砕け散る。
間一髪で桜はその逆襲の一撃をかわす。
しかし桜の頬には一本の切り傷が刻まれスウッと鮮血が垂れ落ちる。
本当にギリギリの回避だったようだ。
「何で? 絶対に当たったはず……」
距離も角度も完璧だった弾丸が何故効果をあげなかったのか。
桜はバラバラに砕け砂塵を上げる石畳の中心でゆっくりと立ち上がる害獣の姿を見て理解した。
害獣の透明の襟巻きは今は完全に閉じ、害獣の目をバイザーの様な形で守っている。
そのバイザー越しのドロリと白濁した目を見て桜は何故その害獣がその様な防御術を得たのか理解する。
目の周りに大きな傷跡が見える。
恐らくこの害獣は過去に眼球を破壊され苦戦を強いられた経験があるのだろう。
その経験を元に補食した獲物たちの遺伝子を組み合わせ自身の身体構造を変化させたのだ。
「ずいぶんベテランさんみたいね……」
桜の血まみれの頬に今度は冷や汗が垂れ落ちる。
こいつは多分身体改造者と数回は戦っている、そして少なくとも自分の目の前で一人を完全に打ち倒し殺している。
もし少しでも判断を誤れば、自分もそこで肉塊に成り果てた男の仲間入りだと桜は身震いした。
「ガァアアアァ!!」
その一片の恐れを感知したかの様に今度は害獣が力強いステップで距離を詰め桜に爪の連激を仕掛ける、その連激を桜はヒラヒラと蝶の様にかわし舞う。
なかなか当たらない攻撃に痺れを切らしたのか害獣は今度は自身の体を一回転させてそのしなやかな尾での殴打を繰り出す。
刀を振るような鋭い音を出す一撃を桜は蜘蛛の様に這いつくばって避け、その体のたわみを利用して跳躍し害獣の顔面目掛けて胴回し回転蹴りを放つ。
グシャリと肉の砕けた音、害獣は顔面への直撃は避けたもののその強力な蹴りを右肩に食らってしまう。
「グゴァア!」
重たい一撃を食らい害獣の右腕はだらりと垂れ下がる。
肉は抉れ折れた骨が見えている。
青い血液がボタボタと薄ら赤い水溜まりに落ちていく。
これを再生するのにはある程度の時間がかかるだろう、しかしそんな時間の猶予を桜は許さない、槍の一撃よりも鋭い蹴りの連激が害獣を襲う。
この連激はいかに戦闘経験豊富な害獣でも片腕で凌ぐことは厳しいだろう。
桜はそう考えた、だが現実は違う、一発貰って頭が冷えたのか、今度は害獣が桜の連撃を残った片腕の甲殻でいなし、受け、かわす。
大きな太鼓が叩かれているかのような音が広場に何回も何回も響く。
桜の脚と害獣の甲殻がぶつかり合う音だ。
「速すぎる! 間に合わないか!」
桜は気を急いている。
先程敵の肩口に浴びせた傷が徐々に塞がってきているからだ。
基本、害獣と言うものは成体になると回復速度は遅くなる。
身体構造が複雑なので回復に手間取るのだ。
だがこの害獣は今までの成体に比べて比較的回復が速い。
ダメージの上にダメージを重ねて徐々に衰弱させていくのが成体害獣駆除のセオリー、当然桜は焦る。
その瞬間、ズドンと一際大きい打撃音、気を急く桜の雑になった連撃の隙をつき害獣はその甲殻を利用したバックナックルで桜を吹き飛ばす。
桜はすかさずその健脚でガードしたものの7メートル近く吹き飛ばされる。
「強い……!」
体勢を立て直した桜は呟く。
しかし害獣の傷の回復は五割程度まで進んでいる、狼狽えている暇はない。
意を決し再度害獣に対して突進したその時桜は異常に気づく。
害獣の背中から生えた管がグニャリと伸び上がりまるで八門の砲口を向けるかの如くこちらに向いている。
そしてどっしりと重心を落とした姿勢で大口を開けながら奇妙な呼吸をしている。
まるで息を吸い続けているかの様な呼吸。
そしてその吸引力は強力で周りの瓦礫や砂利まで吸引していく。
吸った空気や瓦礫の量に比例して害獣の胸はまるで鉄の風船の様に膨らんでいく。
危険を察知した桜は突進を止めようとするが強力な吸引に妨害され一瞬体勢を崩す。
「マズい!!」
その一瞬、耳をつんざく巨大な風切り音と共に害獣の管から瓦礫や砂利を大量に含んだ風のビームが発射される。
その鋭い風のビームは広場の水と血に濡れた石畳を引き剥がし植えられた草花を引っこ抜き、向かいの建物の壁に自動車が思いきり追突した様なダメージを与えた後、一陣の風の余波と砂埃を広場にたなびかせ静まった。
そのビームの射線の跡には何も残っていなかった....。
そう何も、害獣はズタズタに引き裂いて吹き飛ばしてやった獲物がいない事に疑問を抱き辺りを見回す、そして後ろを振り返る。
「危なかった……」
「!!」
遥か後ろに無傷の桜が居たことで害獣は仰天する、完全に引き寄せて吹き飛ばした筈だ、何故ダメージを負っていないのかと。
どうやらあの時、害獣の吸引によりバランスを崩した桜はむしろそのまま吸引の勢いを利用して思いきり害獣に突進した様だ。
その勢いのまま害獣の肩を思いきり飛び抜けたのだ。
害獣は噴水で水に濡れたバイザーが視界を狭めていたことでその事に気付くことが出来なかった。
「グルルゥゥッ!」
害獣は苛つきの唸り声を上げながら苦々しそうな顔をしている。
自身の体にも負担がかかる必殺の切り札を避けられたことに腹が立っている様子だ。
「そろそろ大丈夫かな……」
桜は周りを確認する、人気はもう周りに無い、市民は皆避難できたようだ。
こいつは一人でやり合うには分が悪い、後は応援が来るまで逃げながら戦おう。
そう思い桜は腰にぶら下げてある拳銃を改めて手に取る。
時間を稼ぎながら戦う算段をつけているその時、桜は絶句する。
害獣と位置関係を入れ換えた事で初めて気づく、噴水の影、しかも害獣の側にまだ女の子が居る!
先程見かけたおかっぱ頭の5歳位の女の子、激しい戦いに腰でも抜かしたのか震えながら噴水の影にへたりこんでいる。
そして最悪なことに桜のその表情と一瞬の視線の変化に違和感を感じた害獣はその視線の先をチラリと見てしまう。
完全に気付かれてしまった。
「キェェェアァァアァ!!」
その瞬間害獣は邪悪な笑みと狂喜の雄叫びを上げ女児に突進する、その恐ろしい様相に血相を変えて桜も女児を救出しようと全力で走り出す。
しかし噴水から遠く離れた場所までジャンプしてしまった桜は当然ながら救出に間に合わない。
「ああっ!!」
思わず桜は目を伏せる、その女児は害獣に叩き伏せられ殺されてしまうと思ったからだ。
しかしその予想は大きく外れた。
害獣は涙目で恐怖に固まる女児を握りつぶさぬように優しく掴み、桜の方に向き直る。
「な....何?」
一瞬桜は害獣の考えが解らず硬直する、しかしまだ女児は生きている、救出に向かおうとしたその瞬間だった。
害獣は思いきり振りかぶり女児を上空へ投げ飛ばす、そして間髪入れずその方向に向かって先程の風のビームを放つための吸引を開始した。
「このゲス野郎っ!」
桜は怒りの声を上げる、女児を助けなければいけない、しかし助けに行けば自分も先程の風のビームの餌食だ、どうするか考える時間はない。
駄目だ、行くしかない!!
桜は思いきりジャンプし空中で女児を抱き締める。
またも耳をつんざく巨大な風切り音が鳴り、広場全体に砂埃が舞う。
今度の風のビームはチャージが短かったせいか先程の様な威力は無さそうだった。
だがそれでも人間一人仕留めるには十分だったようだ。
桜はジャンプした場所から10メートルも離れた所まで吹き飛ばされ力無く片手を付き座り込んでいる。
破けた服から見える背中には小石がいくつもめり込み血だらけだ。
恐らくもう片方の手で抱き締めている女児を守るために背中であのビームを受けたのだろう。
桜は女児をそっと地面に寝かせ残りの力を振り絞り立ち上がろうとする。
だが体に受けたダメージはそう軽いものではない、体が言うことを聞いていないのは誰の目にも明らかだ。
立ち上がるのにもたつき倒れる桜を害獣は満足そうに眺め、そしてゆっくりと余裕を感じさせる足取りで近づいてくる。
そして完全に再生した右肩の調子を確かめるようにゴキンと肩の間接を鳴らした後、這いつくばる桜にむかって爪を振り上げた。
「グルルゥ!」
「…………畜生……」
一唸りした害獣は桜と女児、二人まとめて石畳ごと叩き潰した。
…………かに見えた。
血塗れの肉塊が転がるはずの石畳には何もない、害獣は苛つきの滲んだような表情で二人を救出したその男に目を見やる。
害獣は思う、また新手か? と。
「大丈夫か? 桜?」
そこには資料館で観戦しているはずのクザンがいた。
害獣に叩き潰される寸前に二人を抱え救いだしたのだ。
「な……何でここに……危ないから逃げて……」
力無く桜は言う。
「後どれ程で救援がくるんだ?」
「わからない、後五分かもしれないし十分かもしれない……」
「そうか……」
クザンは二人を降ろし無言で立ち上がり害獣の方に向き直る。
「ちょっと……! 何する気!?」
桜はクザンの考えが解らない、今までの闘いを観ていたのならその獣がいかに危険な奴か解っている筈、なのに何故?
混乱する桜にクザンは言う。
「俺が少しでも時間を稼ごう、俺だって改造人間なんだろう? どうやって力を使えばいいんだ?」
「ダ……ダメ 馬鹿な事は考えないで! ……あなたに施された改造が戦闘用だなんて……保証はない!」
「そうか……まあいい」
「よくない! この娘をゴホッ!……ハァ……連れて早く逃げて! 私の……私の事はいいから! 命が惜しくないの!?」
息も絶え絶えの桜はそれでも必死でクザンを制止する。
しかしクザンはゆっくりと近づいてくる害獣を見つめながら呟いた。
「自分の家族の命を守れなかった男に今更命が惜しいなんてほざく権利はないさ……」
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