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番外編
【番外編】リンダの休日(3日目③)
しおりを挟む「なーーんとか形になったな」
フィーリィが嬉しそうにグラスを傾けている。中身は酒だ。飲み過ぎるなよ……、とお小言のひとつでも言ってやろうかと思ったが、ここ数日の作業を思えばそれもできず。リンダは何も言わずに、「おつかれさん」とだけ声をかけた。
部屋の中は、どうにかこうにか片付いた。居間も、前の家と同様……とまではいかないが、かなり似た配置になっている。荷物を詰め込んでいた箱が全てなくなっただけでも、感動ものだ。
「休みなんてもらって、悪かったな。おかげでゆっくり出来たよ」
ファングの買ってきた海老のフリットをつまみながら、リンダは頭を下げる。
本当に、学園を卒業してから、初めての休暇であった。菓子を食べて、本屋に行って、家でごろごろして……。思い返してみれば、かなり充実した休みだったのかもしれない。まぁ、唯一残念といえば、オーウェンと過ごしてしまったことくらいだろう。マーリスとも食事に行けたし、十分楽しい休日だった。
「リンダ、引っ越しではたくさん頑張ってくれたしね」
「リンダ、いつもありがとうね」
最近なにかと労いの言葉をかけてくれるようになったアレックスとローディが、「はいどうぞ」と言いながら、グラスに飲み物を注いでくれた。元々ふんわりとした優しい性格の二人であったが、最近ますますそれが顕著になってきた。リンダは二人に向かって「おう、ありがとな」とグラスを持ち上げてみせた。
ちなみにその二人の横では、ヴィルダががふがふと肉を食らっている。こちらは、中身は相変わらずだが、外見はぐんと大人っぽくなった。ファングに似たがっしりとした体型が際立ってきて、上背もかなり伸びたのだ。もうすっかり、大人の仲間入りだ。
「これ、これも食べていいの?」
「こら、シャン。まだだめだぞ。みんなでデザートの時に食べるんだ」
果物がたっぷりと載った豪華なケーキを前に、ガイルとシャンがきゃっきゃとはしゃいでいる。まだまだ子どもらしい二人だが、魔族……ラルィーザに襲われた「あの事件」から、少し成長したように感じる。特にガイルの方が、兄らしさを見せるようになった。
(何も変わらないって、変わらない毎日が続いていくんだって思ってたけど……)
変わらないように見えても、日々は進んでいく。みんな少しずつ変わっていく、成長していく。
今回の引っ越し騒動で実感したその思いに、リンダは頬を緩める。
少し、寂しい気持ちがなくもない。変わりゆくものを見守っていると、なんとなく「もう少しこのままで」と引き留めたくもなる。だが、そんな必要はないのだ。
(寂しい、なんて思う暇があるなら、自分も変わらなきゃな)
そう心の中で誓って、リンダはグラスの中の飲み物をグッと一気に飲み干す。
まずはマーリスに選んでもらった本を読むことから始めよう。いつも通りの毎日、その家事の合間、夢に向かってできることはいくらでもあるはずだ。
「……家の改装だが」
と、徐にファングが口を開いた。長男が喋り出すと、ガイルやシャンにいたるまで、みんなぴたりと口を噤むから面白い。しん……、としてしまった食卓で、ファングが言葉を続ける。
「一度壊してから建て直すから、かなり時間がかかる」
それはまぁ承知の上だったので、みんなしてこくこくと頷く。フィーリィが「俺はこっちの家の方が職場に近いからいいけどね~」と軽い調子で言って、酒を煽った。ファングはそんなフィーリィをちらりと見やってから、兄弟の顔を順に見渡した。
「また向こうの家に戻るタイミングで、俺も家に戻る」
ぶーーっ、とフィーリィが酒を吹き出す。ヴィルダが「きったな!」と叫び、アレックスとローディは「えっ!」と顔を見合わせる。ガイルとシャンは無邪気に「やったー」「ファング兄、帰ってくるの!?」とはしゃいでいる。
「えっ、やっ、ちょっ、かえっ、帰ってくんの!? 家に!?」
口端から酒を滴らせたまま、フィーリィが顔を青くする。先程まで赤くなっていたのが嘘のような真っ青っぷりだ。
リンダも、そこまではないが、「まじ……?」と頬を引きつらせた。
「今回の件で色々考えてな。側にいる方がいいと判断した」
腕を組んで重々しく告げるファングの顔に、迷いは見当たらない。どうやらこれは決定事項らしい。
「お、おい……、おい、カイン。お前、なんで平気そうな顔してんだよ」
兄貴だぞ、あの兄貴が戻ってくるんだぞ、とこれまで自由を謳歌していたフィーリィが、指を震わせてカインを指す。
カインは一人、ファングの爆弾発言前と変わらぬ顔で料理を食らっていた。
「まぁそうだろうな、って気はしてたからな」
「そうだろうな、ってお前……」
「大事なものは手の届く範囲に置いときたいんだよ、兄貴は」
そう言って肩をすくめるカインは、ちら、とリンダを見やってから、「いいからこれ食おうぜ」とケーキを指している。本当に、こんなに急にファングが帰ってくることに、驚きも何もないらしい。
ファングの「大事なもの」といえば、弟達だろう。リンダが原因とはいえ、魔族の襲撃もあったし、離れて暮らすことに少しの不安を覚えたのかもしれない。
(いや、まぁ、変わっていくのは当たり前とは思っていたけど……)
なにも、こうも急に目まぐるしく変わることはないのではないか、とリンダは頭を抱える。
厳しいファングが帰ってくるとなると、家事も手が抜けないし、弟達もそれほど甘やかしてやれない。特にフィーリィは自由奔放に遊びまわっていた(聖騎士になってから少しは落ち着いていたが)ので、衝撃もひとしおだろう。
いつかは帰ってくるとは言っていたが、こんなに早いとは思ってもいなかった。部隊長になったばかりで、まだまだ仕事も忙しそうだったからだ。
(それに……)
リンダはファング、そしてカインをそれぞれちらりと眺める。
定期的な精気の供給は、まだしばらく続ける必要がある。ファングが家に帰ってきたら、たしかにそれもやりやすくなるかもしれないが、他の家族に見つかる可能性も上がってしまうわけで……。
(いや、でも、うーーん……)
悩むリンダの腕を、つんつん、と誰かがつついた。顔を上げれば、右にガイル、左にシャンがいて、それぞれリンダの腕をつついている。
「リンダ、ケーキ」
「ケーキ食べよ?」
思い悩むリンダに構わず、二人は「ケーキ、ケーキ」と目を輝かせている。
しばしぽかんとそれを眺めてから、リンダは「ふっ」と吹き出した。
「そうだな」
まだまだ問題は山積みだし、ファングは帰ってくるし、その前に新しい家が出来なきゃいけないし。毎日の家事は待ってくれないし、弟達はすぐ腹をすかせるし、やる事はいっぱいだ。それに、夢だって叶えなければいけない。
ぐるぐると思い悩んでる暇はないな、と、リンダは腕まくりして立ち上がる。
「とりあえず、みんなでケーキ食うかぁ」
とんでもない発言で兄弟を混乱の渦に叩き込んでおきながらも相変わらず無表情のファング、「おう、はやく切ってくれ」と不遜なカイン、「絶望だ~」と嘆くフィーリィ、まだ肉に齧り付いているヴィルダ、顔を見合わせて笑っているアレックスとローディ、そして「ケーキ!」と喜ぶガイルとシャン。
一人一人の顔をじっくりと眺めてから、リンダは弾けるように笑った。
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