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とりひな

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本編

第15話 ありがたくないバリューセットもある

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(あ、いつもの席空いてねぇや……)

 定位置と言える窓際の席が埋まっている。柊夜が仕方なく別の席を探そうと教室内をぐるりと見回したところで手を振ってくる神々しい笑顔を浮かべる人物がいた。都村である。

「おはよう。こっち空いてるよ。来なよ、カッシー」
「あー……」

 コイツ呼び方に統一性ねぇなと思いつつ、返事をしかけて止まる。都村のいる席は確かに割と後方であるし位置的には悪くないが、都村の取り巻きたちも一緒にいた。便宜上赤茶短髪男の方をB、前髪真ん中分け焦茶ミディアム女の方をCとしよう。ーーーー両方から思い切り睨まれている。
 都村への苦手意識はほぼなくなったが、取り巻きたちは苦手だ。取り巻きたちは一様に柊夜に対して明確な敵意をぶつけてくる。取り巻き連中のトップであると思われる女性、取り巻きAーーーー加納美佐はそんな真似をしてこないのだが。取り巻きたちは最近自分たちの王子様が柊夜と話すようになったのが気に食わないようだった。だから柊夜を見ればすぐに威嚇してくるのだ。そんな敵意の渦巻く空間の居心地がいいわけがなく。

「俺、今日は前の方座るからいいよ。ありがとな」

 柊夜は謝意と共に都村の提案を断った。都村オンリーならともかく、付属の取り巻きは勘弁願いたい。

(いらない、こんなお得さ皆無のバリューセットはいらない!!!)

    柊夜は心の中で全力で遠慮する。
 取り巻きたちはフフンと鼻で笑って柊夜に向けて勝ち誇った顔をしていた。内心うんざりとつつ、踵を返していつもは座らないような前の席へと向かう。あまり人気がないであろう教壇の近くの席に腰を下ろすとすぐに誰かが柊夜の隣の席に着いた。ちらりと視線を投げると、

「ーーーーは?」

……何故か都村が座っていた。

「おま、なんでこっちにいんだよ!?」
「柊夜くんがこっちに行くならオレもこっちで授業受けようと思って」

 片肘をついて柊夜に笑いかけてくる。

「お前友達と一緒に座ってただろうが! あっちはい……ヒッ」

(うぉおおおおおお!!!!!コッエエエエエエエ!!!!!!)

 振り向いて後方の取り巻きたちを確認して、柊夜は後悔した。形相が物凄い。憤怒の化身のようだった、見るんじゃなかった。柊夜の背にじわりと嫌な汗が滲む。すぐに体勢を戻した。これ以上見ていられない。

「どうしたの?」
「あ、いや……お前の取り……じゃない、友達置いてきてよかったのかな、と……」

 柊夜の様子を訝しみ、都村も後方を見やる。すると取り巻きBとCは残念そうながらも笑顔で都村に対して手を振ってきた。都村も微笑んで手を振り返す。

「今日はシュウくんと一緒に受けたいからって言ったら、ちゃんとオレの意思を尊重してくれたよ。寂しそうな顔はされたけどね」
「でも取り巻……友達はそれでいいのか? 怒らないのか?」

 柊夜の問いかけに、都村も体勢を元に戻した。

「もうほぼ取り巻きって言っちゃってるよね? んー……怒られないよ。心配してくれるなんてシュウちゃんは優しいね」
「本当に呼び方に統一性がねぇな、お前。そもそも俺はお前に名前呼びを許可してない」
「あの時よりは仲良くなったんだし愛称で呼びたい。ねぇ、お願いだよ。シュウくんって呼ばせて」

 美形男子が上目遣いで乞うてくる。圧倒的顔の良さでそれをするのは最早凶器ではないだろうか。現に周囲から都村と柊夜の話す内容は聞こえないだろうに『はぅん……!』やら『ヤバい、新しい道に目覚めそう……』やら声が上がっている。以前とは違い、柊夜にとって都村は話しやすい友人になった。断る理由は特にない、よっぽど変な呼び方でなければ。

「……わかった、それでいい」

 柊夜は頷いた。後から小声でカフェではその名で呼ぶなと付け加えておくことは忘れない。

「ふふ、やった。改めてよろしくね、シュウくん」

 そう言って都村が浮かべた笑顔は、柊夜が見たの中で一番自然なものだった。

「いつもの胡散臭い王子スマイルより今みたいに笑ってた方が親しみやすいのに」

 ポツリと柊夜が零す。

「はは、胡散臭いってヒドイなぁ。うーん、今のがいつもと笑い方が違ったのなら……嬉しさの問題かな。シュウくんて呼べる嬉しさが爆発したんだよ、きっと。あとはシュウくんがオレのこと『藤真』って語尾にハートをつける感じで呼んでくれたらもっと嬉しいな」
「断固拒否」
「うーん、ツレないなぁ」

 都村が肩を竦め両掌を天に向け残念そうな面持ちになる。そのタイミングで教授が教室に入ってきた。教授は手にしていた教本を教壇へと叩きつけるように置く。立っていた生徒は席に着き、座っていた生徒たちはその居住まいを正した。
 ギリ、と奥歯を噛み締めながら取り巻きBーーーー松永寛也が教授の話に耳を傾ける柊夜の背中を憎々しげに睨め付ける。せっかく都村と隣り合って講義を受けるはずだったというのに、柊夜に邪魔をされた。ここのところ都村は柊夜に構いがちだ。ぽっと出の人物が取り巻きを差し置いて都村の仲良しを気取っているのが面白くない、それは松永だけでなく取り巻きCこと瀬田明日香を含む取り巻き全体の思いだった。松永が左で頬杖をつきながら、右手の人差し指でコツコツと机を叩く。『ヒロ』と隣に座る瀬田から小声で窘められ、指の動きを止めた。ふと周りを見ると周囲の生徒からやや非難めいた視線を浴びていることに気づく。マズイと思い軽く頭を下げて謝罪を示すと、周囲の視線が外れた。そのことに安堵する。

(クソ、柏木め)

 内心舌打ちをして、松永は柊夜の背中に憎悪を込めた視線を投げつけた。

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