ご注文は俺ですか?俺はメニューに載ってません!

とりひな

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本編

第16話 雄々しいオネエさんは好きですか?

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 ブラン・ノワールのスタッフ更衣室内、鏡の前。柊夜はくるりと一回転してから小首を傾げてにっこり笑う。

(メイクよし! ウィッグよし! 制服よし! スマイルよーし!!)

 鏡に映るのは可愛らしいお姉さん。今日も柊夜の身だしなみチェックは完璧である。柊夜は満足げに頷いて扉をバァンと勢いよく開けた。入り口付近に置かれた高い所のものを取るようの足台に足をかける。

「うっしゃあっ! 行くぜ!! ついてこい、ハル!!!」
「待って、それじゃカワイイお姉さんじゃなくて雄々しいオネエさんだよ、ひいちゃん先輩!」
「んあ?」

 陽葵の言葉で視線を自身の下半身に持っていくと、スカートの裾際どいところまでまくれ上がっていた。今日の下着はボクサーパンツなのでギリギリ見えていないが、女装的にはアウトである。

「おっと」

 柊夜はそそくさと足を閉じて裾を直した。その様子を眺めながら、陽葵は小さく笑う。

「俺は雄々しいひいちゃん先輩のことも大好きだけど、女装バレしないためには気をつけないとね」
「だよなぁ、あぶねぇあぶねぇ」
「…………」

 …………『大好き』というワードは盛大にスルーされた。陽葵がガックリと肩を落とす。

「どした?」
「んーん? 何でもないよ」

 柊夜が陽葵のしょんぼり感を感じ取って首を傾げると、陽葵は即座に白を切った。

「そうか?」
「うん。それより今日はえらく気合入ってんね、ひいちゃん先輩」
「そりゃ、お前アレだよ。久々のバイトだからな!」

 柊夜がバイトに出るのは三週間ぶりだった。レポート作成の資料集めが難航してなかなか進まず、大幅に時間を食った。しかも提出するレポートが重なってしまい、集中してやらなければ提出期限に間に合わないとして終わるまではバイトを休ませてもらったのだ。

「祝・レポート終了。やったね、ひいちゃん先輩。今夜はビーフステーキだ!」
「いや、ステーキは食わねえから。そうそう、缶詰め中はコーヒー配達しに来てくれてありがとな、ハル」

 自宅でレポートをしているときに陽葵はコーヒーを差し入れに柊夜の許へとちょくちょく現れた。一緒にコーヒーを飲みながら長すぎず短すぎず程度の雑談をして帰っていく。それが柊夜にとってはいい気分転換になったのだ。ちょいちょいと手招きをして陽葵を呼び寄せる。不思議そうに寄ってきた陽葵の頭を掻き雑ぜるように撫でてやれば、陽葵はふにゃっと崩れたような笑みを浮かべた。他の人にはあまり懐かないのに自分にはものすごく懐いてくる陽葵を見ていると、ムツゴ□ウさんのような気分になってくる。

「よーしゃよーしゃよーしゃ。お礼に飯でもごちそうしよう」
「やった。じゃあ久しぶりにひいちゃん先輩んちのごはん食べたい!」
「そんなんでいいのか? 今日家に来いよ。母さん居なければ俺が作ることになるけど」
「ひいちゃんママの料理もひいちゃん先輩の料理もどっちも好きだから、どっちでも嬉しい」

 お財布に優しい後輩である。柊夜がそのまま陽葵の頭を撫でていると、開け放たれた扉の向こうからケーキナイフを片手に暁が現れた。

「さっさと出て来な、貴匡くんと真菜ちゃんが天手古舞になってるでしょうが」

 その眉間には皺が寄っている。

「「ハイッ!!サーセン!!!!!」」

 柊夜と陽葵は慌てて更衣室を飛び出した。



 柊夜がホールに出ると、ティータイムのピークは過ぎているはずだが席が八割方埋まっていた。ホール全体の様子を窺っていると窓際一番奥の席の男性客から呼び出しがかかる。オーダー伝票を片手に席へと向かう。

「お待たせしました」
「お姉さん、久しぶりだね。辞めちゃってなくてよかったよ。お姉さん感じがいいから」

 いつものスイーツ好きの常連さんだ。近所にあるビルに入っている会社の人で、今日は残業前の休憩しに来たらしい。

「ありがとうございます。ご注文はお決まりでしょうか?」

 思わずニヤけそうになり、片手で口元を隠す。お客さんからそんな風に言ってもらえるとやはり嬉しい。

「今日のオススメはある?」
「そうですねぇ、全部お勧めしたいところですけど……あ、久々にヨーグルトケーキ来ますよ。今裏で切り分けてました。そろそろケースに並びます」

 ブラン・ノワールには定番のケーキと季節限定ケーキ以外に『パティシエの気まぐれケーキ』なるものがある。その名の通り、暁の気分次第で作られるケーキだ。その時々で作られるケーキが異なるし、ショーケース内にいつ並ぶかも分からないので、レア物として余計に人気を呼んでいる。ヨーグルトケーキもその中の一つで、甘酸っぱさのあるヨーグルトクリームと二種類の季節のフルーツをふんだんに使っている。
 柊夜がショーケースの方を振り返ると、丁度暁がヨーグルトケーキを並べているところだった。

「え、本当? さっぱりしててアレ美味しいんだよね。じゃあそれと、マスターのスペシャルブレンドコーヒーをお願いします」
「はい、ではヨーグルトケーキとスペシャルブレンドコーヒーをお一つずつですね」

 復唱しながら素早く伝票に書き込む。ペコリと頭を下げてその場を離れると、貴匡にコーヒーを、暁にケーキをオーダーした。待っている間に別の席へと御用伺いに行く。それから退席済みのテーブルの食器を片付けて布巾で丁寧に拭いていると、来客を告げるベルが鳴った。

「いらっしゃいませ!」

 満面の笑みで入口を振り返る。そして、ピシリと固まった。

「会いに来ちゃった」

 都村が爽やかな微笑みを浮かべて片手を挙げている。

「……お席にご案内しまぁ~す」

 柊夜は何とか営業スマイルを作り直して、メニューブックを携え都村を空いている席へと誘導した。

「ご注文がお決まりでしたらまたお呼び下さい」

 都村を席に着かせ、メニューブックを渡す。一礼してから場を離れようとすると、都村に手首を掴まれた。

「今日のオススメを教えてくれる? それにするから。ね、シュウ……」

 名前を呼ばれかけ、柊夜は目を細める。手を振りほどいて腰をかがめると、都村に顔を近づけた。

「ここでその呼び方するなって言っただろ」

 周囲に聞こえないように小音の地声で釘を刺す。男を丸出しだ。都村は一瞬目を丸くしたが、すぐに甘い眼差しに変わった。

「うん、ゴメンね。でもその姿で雄々しいのもいいね、好きだな」

 耳元で囁かれ、柊夜の耳に都村のあたたかな吐息がかかる。

「……っに言ってんだ、お前はっ」

 耳を押さえながら姿勢を正すと、柊夜は『オススメはマスター厳選のコロンビアです!それでいいんですね!』と言ってからカウンターへと逃げていった。
 

「あらー、あんなイケメンに狙われちゃって……顔真っ赤じゃない。随分強力なライバルが現れちゃったわね。どうするの?はーくん」

 バックヤードに戻ってきていた真菜が、柊夜と都村の様子を眺めながら陽葵に問いかける。

「……真菜姉には関係ない」
「心配してるのに、可愛くない!」

 陽葵はプンスカする真菜を無視しながら柊夜たちから視線を外すと、ホールに背を向けた。
  
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