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本編
第18話 sweet , bitter...... and spicy.
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「藤真くん、何考えてるの?」
美佐は長い指を都村の左腕に添わせつつ、その肩に頭を凭れかけさせる。
「ん?この店、ご飯も酒も美味しいなって。教えてくれた美佐のおかげだね」
「ふふ、良かった。やっと藤真くんを連れて来れてうれしい」
「ありがとう、美佐」
柊夜と陽葵がオムライスディナーをしている頃。都村は美佐と二人、彼女のおすすめのレストラン・バーに来ていた。以前美佐の誘いを断った際にした『埋め合わせをする』という約束を果たしに来たのだ。
シックで落ち着いた雰囲気のレストランバーで、店内にはジャズが流れている。バーカウンターとテーブル、半個室があるが、二人はバーカウンターに座っていた。美佐の希望だ。大学生には大人びた空間にも思えるが、美佐と都村は似合いこそすれ、浮いてなどいない。
都村がやんわりと美佐の指を自分の腕から離させると、美佐は少しだけ残念そうな顔をした。カランとグラスの中の氷が音を立てる。
「あ、そうだ! 明日一緒に映画観に行かない? 藤真くんが好きなシリーズの映画今やってるでしょ、だから」
そう言って美佐が自分のバッグの中を探り、手帳を取り出した。ピンク色で光沢のあるエナメル素材のカバーで包まれた手帳の中には都村が好きなミステリー映画のチケットを忍ばせている。一緒に行きたくて前売り券をあらかじめ買っておいたのだ。
「んー、ごめんね。無理かな」
手帳の留め金を外そうとしていた美佐の手が止まる。
「じゃあ、別の日は?」
「別の子と観に行く予定だから、ごめんね」
「……残念、先越されちゃった。誰と行くの? ヒロ? 明日香?それとも……」
美佐はお道化るようにしながら訊くが、『別の子と観に行く』という言葉に心中は穏やかではなかった。ぎゅうっと手帳を握りしめる。
「秘密」
都村が口に人差し指を添えて笑みを作ると、美佐は閉口した。都村その仕草は『これ以上は踏み込むな』ということだ。都村は基本的には誰にでも優しく来る者も拒まない。しかし相手が自分が望まないことをしてくる人間ならば話は別だ。望まないこととして一つ例に挙げるならば、都村は自身への干渉を好まない。好まないというよりも嫌っている。明言こそしてはいないものの、接し方に変化があるのだ。柔和さというオブラートに包まれているが、明確な拒絶が出る。それでもよほど度を越えたことをされなければ拒絶を示すことはない。
美佐たち取り巻きが都村の傍にいることを許されるのはその度合いを弁えているから、これに尽きる。反対に度を越えてしまえば――――……
美佐は喉の奥まで出て来ていた言葉をぐ、と飲み込んだ。そして代わりに言う。
「そ、じゃあ仕方ないね」
手帳をバッグに戻しながら、にっこりと笑って。すると都村の手が美佐の頭に乗った。
「また埋め合わせするよ」
その言葉に美佐の気分は急浮上する。しかし。
「二人きりではないけど」
「え……?」
せっかく高揚したばかりの気持ちは一瞬にして冷えて固まった。
「これからはそういうのやめようと思って。もう皆とデートもキスもセックスもしない」
「……待って、急にどうしたの?」
美佐は困惑した。今まで都村は望めばデートをしてくれたし、キスやそれ以上のこともしてくれた。自分相手だけではないけれど、優しく甘くしてくれた。その間だけは都村を独り占めできる幸せな時間だったのに、今都村はそれを止めると言う。今日だって期待して新調した勝負下着も身に着けてきた。ピルだって飲んできた。それなのに。美佐はテーブルに置いた両手の親指をきつく握りこむ。
「気持ちの変化、かな。勝手でごめんね」
都村の顔が綻んだ。美佐はその顔つきに目を瞠る。そんな愛しくて仕方がないとでもいうような表情など見たことがなかった、今までに一度も。この表情を引き出したのは一体誰かと考えたところで、ふと一人の男子学生の姿が美佐の脳裏を過る。ここのところ都村の傍にいるようになった中性的な顔立ちの男子。柏木と言っただろうか。いつからどういうきっかけで仲良くなったかは知らないが、都村が唯一自ら構いに行くのは彼だけだ。取り巻き連中の間では面白く思われていなかった――――当然、美佐にも。
「そう。……だったら、今度は皆でバーベキューにしよっか」
美佐の返答に都村は理解を得られたのだと判断する。
「ありがとう、美佐。また日程が決まったら教えてくれるかな」
都村が礼を言えば、美佐は笑みを深めるだけだった。
「すみません、ブラッディメアリー下さい。辛めで」
美佐がバーテンダーに告げる。注文を受けたバーテンダーは氷を入れたグラスにウォッカを注ぎ、そこへトマトジュースとレモンを加えステアした後、やや多めのタバスコ、塩、胡椒、ウスターソースで味を調えたものを美佐の前に差し出した。
「美佐、それ辛そうだけど大丈夫? 辛いの苦手じゃなかった?」
都村が心配げに美佐に問う。都村の言う通り、美佐は辛い物を苦手としていた。普段ならば美佐は少しピリリとするだけでも嫌がるのに、と訝しむ。
「……いいの、今このお酒の気分だから」
美佐はグラスを手に取ると、ブラッディメアリ―を一気に呷った。
美佐は長い指を都村の左腕に添わせつつ、その肩に頭を凭れかけさせる。
「ん?この店、ご飯も酒も美味しいなって。教えてくれた美佐のおかげだね」
「ふふ、良かった。やっと藤真くんを連れて来れてうれしい」
「ありがとう、美佐」
柊夜と陽葵がオムライスディナーをしている頃。都村は美佐と二人、彼女のおすすめのレストラン・バーに来ていた。以前美佐の誘いを断った際にした『埋め合わせをする』という約束を果たしに来たのだ。
シックで落ち着いた雰囲気のレストランバーで、店内にはジャズが流れている。バーカウンターとテーブル、半個室があるが、二人はバーカウンターに座っていた。美佐の希望だ。大学生には大人びた空間にも思えるが、美佐と都村は似合いこそすれ、浮いてなどいない。
都村がやんわりと美佐の指を自分の腕から離させると、美佐は少しだけ残念そうな顔をした。カランとグラスの中の氷が音を立てる。
「あ、そうだ! 明日一緒に映画観に行かない? 藤真くんが好きなシリーズの映画今やってるでしょ、だから」
そう言って美佐が自分のバッグの中を探り、手帳を取り出した。ピンク色で光沢のあるエナメル素材のカバーで包まれた手帳の中には都村が好きなミステリー映画のチケットを忍ばせている。一緒に行きたくて前売り券をあらかじめ買っておいたのだ。
「んー、ごめんね。無理かな」
手帳の留め金を外そうとしていた美佐の手が止まる。
「じゃあ、別の日は?」
「別の子と観に行く予定だから、ごめんね」
「……残念、先越されちゃった。誰と行くの? ヒロ? 明日香?それとも……」
美佐はお道化るようにしながら訊くが、『別の子と観に行く』という言葉に心中は穏やかではなかった。ぎゅうっと手帳を握りしめる。
「秘密」
都村が口に人差し指を添えて笑みを作ると、美佐は閉口した。都村その仕草は『これ以上は踏み込むな』ということだ。都村は基本的には誰にでも優しく来る者も拒まない。しかし相手が自分が望まないことをしてくる人間ならば話は別だ。望まないこととして一つ例に挙げるならば、都村は自身への干渉を好まない。好まないというよりも嫌っている。明言こそしてはいないものの、接し方に変化があるのだ。柔和さというオブラートに包まれているが、明確な拒絶が出る。それでもよほど度を越えたことをされなければ拒絶を示すことはない。
美佐たち取り巻きが都村の傍にいることを許されるのはその度合いを弁えているから、これに尽きる。反対に度を越えてしまえば――――……
美佐は喉の奥まで出て来ていた言葉をぐ、と飲み込んだ。そして代わりに言う。
「そ、じゃあ仕方ないね」
手帳をバッグに戻しながら、にっこりと笑って。すると都村の手が美佐の頭に乗った。
「また埋め合わせするよ」
その言葉に美佐の気分は急浮上する。しかし。
「二人きりではないけど」
「え……?」
せっかく高揚したばかりの気持ちは一瞬にして冷えて固まった。
「これからはそういうのやめようと思って。もう皆とデートもキスもセックスもしない」
「……待って、急にどうしたの?」
美佐は困惑した。今まで都村は望めばデートをしてくれたし、キスやそれ以上のこともしてくれた。自分相手だけではないけれど、優しく甘くしてくれた。その間だけは都村を独り占めできる幸せな時間だったのに、今都村はそれを止めると言う。今日だって期待して新調した勝負下着も身に着けてきた。ピルだって飲んできた。それなのに。美佐はテーブルに置いた両手の親指をきつく握りこむ。
「気持ちの変化、かな。勝手でごめんね」
都村の顔が綻んだ。美佐はその顔つきに目を瞠る。そんな愛しくて仕方がないとでもいうような表情など見たことがなかった、今までに一度も。この表情を引き出したのは一体誰かと考えたところで、ふと一人の男子学生の姿が美佐の脳裏を過る。ここのところ都村の傍にいるようになった中性的な顔立ちの男子。柏木と言っただろうか。いつからどういうきっかけで仲良くなったかは知らないが、都村が唯一自ら構いに行くのは彼だけだ。取り巻き連中の間では面白く思われていなかった――――当然、美佐にも。
「そう。……だったら、今度は皆でバーベキューにしよっか」
美佐の返答に都村は理解を得られたのだと判断する。
「ありがとう、美佐。また日程が決まったら教えてくれるかな」
都村が礼を言えば、美佐は笑みを深めるだけだった。
「すみません、ブラッディメアリー下さい。辛めで」
美佐がバーテンダーに告げる。注文を受けたバーテンダーは氷を入れたグラスにウォッカを注ぎ、そこへトマトジュースとレモンを加えステアした後、やや多めのタバスコ、塩、胡椒、ウスターソースで味を調えたものを美佐の前に差し出した。
「美佐、それ辛そうだけど大丈夫? 辛いの苦手じゃなかった?」
都村が心配げに美佐に問う。都村の言う通り、美佐は辛い物を苦手としていた。普段ならば美佐は少しピリリとするだけでも嫌がるのに、と訝しむ。
「……いいの、今このお酒の気分だから」
美佐はグラスを手に取ると、ブラッディメアリ―を一気に呷った。
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